セルゲイ・ポルーニンが好むのは、苦悩。2000万回再生された、異色の天才バレエダンサー

    「苦しみから解放されるには——踊るしかない」

    バレエの天才セルゲイ・ポルーニン(27歳)

    「神の贈り物」とも評される肉体美と完璧な技。苦悩と希望に揺さぶられる若い魂を表現したバレエ『Take Me to Church』は、YouTubeで2000万回近く再生された。バレエとしては異例だ。

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    LGBT迫害を強烈に告発したホージアの曲で、もがき、打ちのめされ、跳躍する。

    19歳で世界の頂点に

    セルゲイは2009年、史上最年少の19歳で世界の最高峰、英ロイヤル・バレエ団のトップ(プリンシパル)に上り詰めた天才だ。均整の取れた肢体、完璧な技、しなやかな感情表現——。観る者を夢の世界に誘った。

    だが、早熟の天才は、次第に壊れていった。夜遊びを度々目撃され、レッスンに現れなくなり、ドラッグ使用を赤裸々に話した。タトゥーが全身を覆った。2012年に電撃退団。「反逆者」「破壊者」「空を舞う堕天使」などとも呼ばれた。

    頂点に登りつめた天才が好むのは、苦悩だった。

    7月日本公開の映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』は、セルゲイの成功と苦悩、家族との葛藤を映し出す。

    4月26日、東京都内で会見したセルゲイ。来日は6年ぶりだ。英語で、言葉を慎重に選びながら、ゆっくりと質問に答えた。

    ドキュメンタリー制作はセルゲイをどう変えたのか。

    「ドキュメンタリーは大きな旅でした。セラピーのような、癒しのような。成熟の旅でした。怖がってきたものに直面することでした」

    アルコールに羽目を外し、ドラッグ体験を赤裸々に語る場面も登場する。

    「ダンサーが成熟するのは難しいんです。日々、スタジオの中で練習に明け暮れます。自分自身、人生経験を教えてくれる人がいなかったので、難しかった。ガイダンスがあり、メンターがいることが大切だと思います。人生レッスンという科目が学校にあってもいいと思います」

    「部族なら、ある年齢になると、成人男性になるために、狩猟に出るというようなことがありますよね。でも西洋文化ではそういうのがない。だから、成熟せず、他者のせいにし続けるようなこともある。このドキュメンタリーは私が成熟する助けになりました」

    セルゲイには影がある。だがそれは自らの苦悩を直視し、真摯に苦闘する者だけが持つ深みでもある。

    「心地がよすぎるとき、そこには安住しません。いつも苦悩していて、何かを達成しようとしています。心地よくなった瞬間に、楽しみ始めた瞬間に、これは違うと思うからです。何かを達成するには、いつも何かについて苦悩しなければならない」

    「私には戦っている感覚が必要。戦う相手がいる方がいい。そんなときに強くなれます。だから戦う相手が必要なんです。それがないと、見失い、目的がなくなります…...何かと戦い続けることが大切なんです」

    映画を観た感想は。

    「映画を観たくなかった。でも(『Take Me to Church』を撮影した)デヴィッド(・ラシャペル)にだまされて見せられてしまいました。で、観ました。質は気に入っています。非常によくできた映画だと思いました」

    母の厳しい指導は、息子セルゲイには支配に映った。家族は崩壊し、バレエの目的を次第に失っていく。だが映画では、師に出会い、友人に助けられ、絆を確認していく。

    「感情のジェットコースターに乗せられたような感じでした。観るのは大変でした。しかし、映画から、両親が与えてくれたこと、友情について、再認識できました」

    『Take Me to Church』はセルゲイにとって重要な転機となった。いま、踊ることは楽しんでいるのか。

    「浮き沈みはあります。それが人生ですから。ただ、どうポジティブでいるか、よいエネルギーを出すかということを学びました。内側からそういうものは生まれてきますから。考え方から生まれますから」

    「ときには、自分の内側での葛藤はあります。でも、プラスに考えられるようになった......ええ、楽しんでいます。特に、踊ろうと決心したので、踊らなければならないというときとは違った感情を持っています」

    『Take Me to Church』を最後に踊りを捨てるつもりだった、というセルゲイ。心境の変化をこう説明した。

    「ダンスをやめるつもりでした。より成熟した業界に移ろうと思っていたんです。でも『Take Me to Church』を踊っていて、これをラストダンスにしたくなくなったんです」

    繊細すぎる魂。映画では『Take Me to Church』撮影中ずっと泣いていたと打ち明けている。

    「考え込みました。ラストダンスにするというのは難しいものです。何かできることはないか。なんでバレエ界で自分は幸せじゃなかったのか考えました」

    「その過程で、強さを身につけることができました。自分が何かを変えることができるんじゃないかと思いました」

    「だから、戻りました」

    若手ダンサーを支援し、ミュージシャン、振付家らも巻き込んでコラボする『プロジェクト・ポルーニン』を立ち上げた。ロンドンで3月に公演を終えたばかりだ。

    「これは『傘』のようなものです。ダンスをより良くする、ダンスと人々を近づける、ダンスに声を与え、もっとポピュラーにするような」

    「私はダンスだけじゃなく、ダンサーのことをとても気にかけています。箱物、バレエ団、衣装より人間の方が大切。もっと人の面倒をみなければならない」

    「サポートチームがあるようなダンサーを知りません......俳優やスポーツ選手、オペラ歌手のようなサポートチームがダンサーにはありません。チーム、システムがあるべきです。エージェント、広報担当、会計士も含む大きなチームです」

    「こういうものを作りたくて、自分のためにこのようなチームを作ったようなものです。今後は、より多くのダンサーをこのチームに加えたい。インフラを作っているようなものです。ダンサーを守るものでもあります」

    バレエ振興では、セルゲイにとってロイヤル・バレエ団の大先輩にあたる熊川哲也氏が日本で尽力している。バレエ団、学校を立ち上げ、踊りながら後進を育成してきた。

    「テツヤの公演は何度もみたことがあります。あんなに高く跳べる人はいない。みんなヌレエフやニジンスキーだって言うけど、テツヤほど高く跳べる人はいない」

    「素晴らしいことをされています。バレエ学校をつくり、ダンスやバレエのインフラを作られました。彼は偉大なインスピレーションです」

    セルゲイの今後の目標。それは業界を変えることだという。

    「ダンサーとして特定の目標は特にありません。もしかしたら、素晴らしい振付師、ディレクターと出会って、素敵な音楽とともに、作品を作り上げることでしょうか。それは大きな目標でしょう。でも業界を変えることの方が大切です」

    「練習」「正直」「勇気」。若いダンサーたちへのメッセージをくれた。

    「とにかくいっぱい練習してください。で、しっかり勉強してほしいと思います......本当に一生懸命努力したものだけが一流になれるんです。練習する時間があるうちに、練習してください。その後はただ楽しむだけなのですから」

    「そして、自分に正直でいてください。やりたいことに正直でいてください。自分が何者であり、何になりたいのか見失わないでください。それが、真実の自分の姿なのですから」

    「あと勇気を持って下さい。ステップを踏み出し、新たな旅に出るのを恐れないことが大切です。未知の世界は怖い。だから、そのステップを踏み出さない人もいる。でも大切なのは、やること。勇気を持つこと」

    「私はよく、離陸して、高度をあげた飛行機をイメージします。ある程度の高さになると降りて来ようとする」

    「でも、じっとその高さをがんばって踏ん張る。そんなイメージが助けになりますよ」