「降りられない男たち」女性大統領誕生を阻んだ「ガラスの天井」とは?

    女性が大統領候補になる国。ウナギになって飼育される国。

    ドナルド・トランプ氏がヒラリー・クリントン氏を抑えた米大統領選。ヒラリーが女性だということは結果にどう影響したのだろうか。ジェンダーと政治を専門にする上智大学の三浦まり教授に聞いた。

    <クリントンはガラス張りの会場で勝利演説をするはずだった。だが、女性が組織を上りつめるうえでの障害「ガラスの天井」は破れなかった>

    質問:選挙結果のどこに注目されていますか?

    選挙には負けましたが、得票数ではクリントンがトランプをかなり上回っています。トランプが大統領になると、女性や人種への差別が正当化される世の中になる可能性が高いため、クリントンを支持した人にとっては、受け入れるのがとても難しい結果だったと思います。

    <得票は11月19日現在、クリントンが6339万票でトランプ(6182万票)を160万票近く上回った。だが、州ごとに選ぶ選挙人の数ではトランプが上回り、次期大統領に選ばれた>

    クリントンは選挙後のスピーチで「信じる価値に向かって、戦い続けることは重要だ」というメッセージを発信しています。クリントンがここまで戦ったことは、女性たちに大きな勇気を与えました。女性の権利の象徴的存在であり、ロールモデルだと思いました。

    しかし、女性蔑視発言を繰り返しているトランプに対して負けてしまった。だからこそ女性たちにとっては自分自身の痛みとして受け止められています。

    女性差別の言動で問題を起こしたトランプが、クリントンに迫る票を集めたということは、クリントンが女性であり、フェミニストだったので嫌われた面があるのだろうと思います。割合からすると、男性からより嫌われています。

    フェミニストは「男女同権論者」だ(「女性を大切に扱う男性」というのは誤訳)。CNNによると、男性の53%がトランプを支持。クリントン支持は41%だった。対照的に女性は54%がクリントンを支持し、トランプは42%だった>

    質問:なぜ男性はクリントンを嫌う傾向があったのでしょうか?

    ひとつには、女性の進出に対して脅威を感じるのではないかと思います。男性優位の秩序への挑戦となるからです。

    とりわけ白人男性の優位性は、いろんな意味で揺らいでいます。アメリカのメインストリームだったはずなのに、女性やLGBTの人たちがどんどん出てきて、自分が絶対的に優位であると思っていた価値観が侵食されていると感じているのかもしれません。

    女性が管理職に進出し、男性が部下になることが出てきている。女性の社会進出を脅威に感じる場合もあるのでしょう。

    質問:なぜ脅威に感じるのでしょうか? 経験や知識、技術に裏付けられた自信があれば、そうは感じないと思うのですが?

    自信が持てない、あるいは自信がむしばれるような、社会や経済の変化があるのではないでしょうか。

    自分が大切にしていた価値観、自分の地位と超大国アメリカの地位、いろんなものが下降していくのに、「降りて」いけない男性のあり方。地位低下への恐怖心から、相手を攻撃する心理が働いているんだと思います。

    質問:それ、とてもみじめじゃないですか?

    社会の主流的な男性規範にとらわれ、男性たちも生きづらさを感じていることがあるのではないかと思います。

    人間関係における上下や優劣を強く意識している人たちにとっては、社会における自分のポジショニングが何より重要なんだろうと思います。下がいることを確認しないと、自分が高みにいると感じられないのかもしれません。

    男性がみなそのように感じでいるわけではなく,政治の世界では、例えばオバマ大統領やカナダのトルドー首相のように、フェミニストだと宣言する男性もいます。彼らは女性をどんどん登用しています。

    質問:女性が政治家になるハードルは下がりつつあるのでしょうか? 大統領選と同時にマイノリティーの女性も首長や議員に選ばれました。

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    ミネソタ州議会議員に選ばれたソマリア系のイルハン・オマー氏

    アメリカ社会は分断を深めています。人種問題では、多様性を尊重する人たちもいますが、あからさまな人種差別もある。同性婚が認められる一方で、その反動も激しい。

    「文化戦争(culture war)」と呼ばれています。その文化対立の一つにジェンダーもあります。異性愛者の白人男性が優位であった社会が侵食されているので、激しいせめぎ合いが生じています。

    価値観の全面的な対立だから、勝つか、負けるかしかありません。しかも、感情を巻き込む争点だから非常に激しい。社会保障の改革なら、いろいろな分配方法があるわけですが、そういう金銭的な解決はできないのです。

    質問:先行きはしばらく不透明なままでしょうか?

    非常に困難な時代が続くと思います。まず経済的な格差を解決しない限りは、この文化戦争は解決しないでしょう。経済が安定しないと、寛容性も出てこないからです。

    でも、トランプ政権は格差を拡大させる方向だと思いますので、任期4年間は激しい対立が続くと想像できます。

    質問:日本の女性政治家が置かれている状況は違うのでしょうか?

    アメリカほど女性が権力を持つに至っていないので、その分反動も弱いといえるかもしれません。日本も女性がもっと力をつけてきたら、さらに強い反動が起きるのかもしれません。


    <日本の国会議員に占める女性比率は著しく低い。衆参両院(717人)のうち女性は94人で13%にとどまる。女性首相はこれまで一人もいない>

    質問:なぜ日本で女性はトップに立ちにくいのでしょうか?

    政権交代で新陳代謝があれば、新しい人が入るときに女性も入る可能性が開けます。でも日本は政権交代がほとんどないので、チャンスが訪れにくいという背景があります。

    そもそも政治においては女性の母数が小さいので、トップにたどりつきにくいといえます。地域の権力構造が女性を排除する傾向にあります。業界や地域の権益を持っている人たちは圧倒的に男性で、その中から市議、県議が選ばれます。女性は市民系か、共産、公明党に少しいるという状況です。

    選挙制度も影響しています。小選挙区制では、地元中心の選挙運動をしなくてはなりません。お祭り、忘年会と、顔を出さないといけない機会が多く、そうしないと当選の可能性が下がりますから、地元活動にかけるエネルギーや時間がとても大きくなります。

    でも、子どもがいる女性には時間的余裕が限られてきます。

    それに対して、男性政治家の場合は配偶者が「資源」となってくれるケースが多いですね。妻に選挙活動を手伝ってもらい、事実上「1.5人」で政治家をやっていることが多いです。

    逆に、家族の面倒をみないといけなかったり、配偶者が資源になってくれなかったりすると「0.7」ぐらいのパワーしか政治に割けなくなってしまいます。女性の多くはこのケースになってしまいます。

    質問:では、どうしたらいいのでしょうか?

    選挙制度を変えていく必要があると思います。比例代表であれば、専門性がいきます。政党は有権者へのアピールを考えて、専門性のある女性を含むバラエティーのある比例名簿をつくるようになるでしょう。男性候補者の多様性が生まれることも期待できます。

    衆議院は小選挙区と比例代表の二つの制度を合わせた並立制という選挙制度を採用していますが、小選挙区と比例代表の重複立候補が認められているため、小選挙区で落選した人が比例代表で救済されます。

    せっかく多様な候補者を集めることのできる比例代表制があるのですから、この制度を本来の趣旨に沿っていかすことが大切だと思います。

    さらには、比例代表に(候補者の男女割合を一定程度定める)クオータ制を導入すればより有効でしょう。

    女性が出にくい現状をすぐには変えられないので、まずは候補者になりやすい仕組みを整え、意思決定に参画させることによって、社会のあり方を変えていくという発想です。

    衆議院の女性比率は1割にも満たないわけですが、人口が男女ほぼ半々で構成されていることを考えれば、この偏りは問題ではないでしょうか。できるところから変えていくことが必要だと思っています。

    <男女平等の度合いを示す世界経済フォーラム(WEF)の2016年版「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は調査対象144カ国のうち111位に急落。主要7カ国(G7)で最低だった。なかでも「所得格差」が75位から100位に落ちた。より実態に近くなるように比較方法を修正したためだ>

    質問:男女格差を放置するのは、日本経済や日本社会全体にもデメリットでは?

    1970年代の石油ショック後、先進国では製造業からサービス業に比重が移る中で、女性が進出して、共働きが増えました。日本はそのときに専業主婦を優遇し、女性をパート労働で安く使う道を進みました。

    このモデルがある時期まではうまくいっていたため、共働き型への転換にかえって遅れてしましました。

    バブル崩壊後、平均成長率は0.9%で、先進国で最低です。雇用や賃金で女性を差別することで経済が回ると思っていたのが,実は逆だったのです。

    質問:経済成長には、人口を増やすか、1人あたりの生産性を上げるしか、道はないですよね?

    高度成長期のように「ドリンク剤を飲んで、24時間働く」みたいなモデルは今では完全に時代遅れでしょう。でも、働き方改革がそれほどは進まないということは、旧来のやり方で乗り切れると思っている人がまだまだ意思決定層にいるということを示唆しているように思えます。

    議会の多様性が低く、一部の偏った人たちだけで意思決定がなされているから、経済のモデルチェンジもできないのだと思います。

    日本は成熟経済になったのですから,がむしゃらに働くのではなくて、新しいアイデアや、創造的な作業にエネルギーを使うべきではないでしょうか。

    女性の活躍も当然のことだと思います。女性の能力が十分にいかされていないのはあまりにもったいなく、せめて他国並みになれば、まったく違う社会になるのではないかと思います。

    <「ジェンダー・ギャップ指数」の順位低下は、専門職や技術職の男女格差が拡大していることも一因だった>

    質問:専門職や技術職の女性が活躍しにくいのはなぜでしょうか?

    ひとつには理系に女性が少ないことがあると思います。女の子は数学をやらないくていいといったメッセージが発せられることがまだ多いですね。

    <昨年8月、鹿児島県の伊藤祐一郎知事(当時)が「サイン、コサイン、タンジェントを女の子に教えて何になるのか。花とか草の名前を教えたほうが良い」などと発言した>

    質問:こんな価値観がはびこっているのが原因ですか?

    そうですね。他国は、教育者が意識的に働きかけますが、日本でももっと積極的な取り組みが必要でしょう。

    「女性が国を率いる。娘にはそれを見て育ってほしい。可能性は無限大だと知ってほしい」とステージで訴えたビヨンセ、大統領選後「信じることのために一生懸命に戦う」とツイートしたエマ・ワトソン。だが、日本の女性アイドルグループは「アインシュタインよりディアナ・アグロン」「勉強できても 愛されなきゃ意味がない」と歌う。鹿児島県志布志市は性搾取を連想させるウナギのPR動画をつくり、資生堂は男性受けする化粧を薦めるCMを放映して、批判を浴びた。(その後削除)>

    質問:どうしてこのような価値観が広まっているのでしょうか?

    残念ながら社会に性差別が満ちあふれ、性差別だとは感じにくくなっていることが理由としてあるのではないかと思います。日本のメインストリームの文化では、男性が女性を性的に消費するのが当然とされてしまっていて、感覚がまひしてしまっているのではないかと思います。

    性商品を売る場合だけじゃなくて、行政や公共交通にまで浸透してしまっています。

    質問:わたしは2年前にアメリカから帰国して、特異性を改めて感じました。

    コンビニでも成人コーナーがあり、完全には遮断されていないので、子どもの目に入ってしまう危険があります。

    質問:外圧で変えるしかないのでしょうか?

    東京オリンピックの開催を機に、(販売場所を限る)ゾーニング規制を強める声は高まるかもしれません。

    男性たちも、このままでいいとは思っていないのではないでしょうか。男性が率先して変えていくことも期待しています。