東大卒、左耳が聴こえない女性が出会った音 ジュエリーブランドで少数民族の伝統をつなぐ

    マイノリティーへの温かな目線

    張り出した竹の根と華やかな南洋真珠が揺れるピアス。ジュエリーブランド「EDAYA」の商品だ。フィリピンの少数民族の技で作られている。マイノリティーの力になりたい、と立ち上がったのは左耳の聴こえない東大生だった。

    ブランドEDAYAはある出会いから始まる。東大院で国際保健学を学んでいた山下彩香さん(30)が、少数民族カリンガのエドガー・バナサンさん(44)の竹楽器の演奏に魅せられた。

    15種類の手作りの竹楽器を操るエドガーさん。竹を細く切って振り回すと、低い音が鳴った。リズムは不揃いに聞こえた。「吹奏楽のような西洋の音楽しか知らなかった私には、すごく衝撃、新鮮だったんです」

    だが、エドガーさんは生活のため金鉱山でも働く。「世界も巡るプロの演奏家なのに……」。途上国の厳しい現実。カリンガの伝統音楽もものづくりの技も伝承が危ぶまれていた。

    「人が紡いできた価値が、大きな力に飲まれそうになってる。海外で独自文化への評価が高まれば、大切に残していく自信につながるんじゃないかって。村にお金が回ることで、職人としていきていくことができればって思います」

    カリンガの技を海外に紹介するブランド・EDAYAの挑戦が始まった。

    わたしもマイノリティー

    山下さんが少数民族に心寄せるのは、自身もマイノリティーだからだ。

    生まれつき左耳が聴こえない。でも、ブランドを立ち上げるまで友達に明かすことはなかった。「いま思うと全然たいしたことじゃないんですよ。でも、言い出しにくい空気があって」

    友人と並んで歩くときは左側に回り込んだ。「映画館で『わたし左側が好きなの』とか冗談をいって、席を移って。いつも他人の視線を気にしてました……」

    特別視されたくなかった。だから、東大にも進学した。「でも、人生よくわかんなくて、情熱を持ってできることを探していました」

    東大院1年の夏、奨学金を得て、フィリピンの劇団でインターンをする機会をつかむ。テーマは「マイノリティーとアート」。奏者のエドガーさんと出会った。

    修士論文の対象にエドガーさんが働く金鉱山を選び、研究のかたわらカリンガ族の村々を訪れた。

    そこはフィリピン北部の山岳地帯。1500〜2000メートル級の山奥で、農業と狩猟の暮らし、竹を使った伝統音楽、信仰や儀式が守られてきた。

    でも金鉱山で一山当てれば、プール付きのコンクリートの家が建つ。「目先のお金に走る。いろんなものが壊れていく。自分たちのユニーク性を表したほうがいいはずなのに。でもそんな手段もしらなくって……」

    卒業後、EDAYAを立ち上げた。原動力はなにか。

    「弱いもの、はかないものへの共感があります。真の強い光るものがきっとある。ユニークであることは、美しいって」。それは障がいと向かい合ってきた山下さんの軌跡とも重なる。

    障がいも隠すことをやめた。「べつに、いいじゃんって思えたんです」。ブランドからこんなメッセージを発信した。

    「他人に追随しなくていい。迎合せず、違いを恐れず、道を切り開く人こそが世界をより良い場所に変えていく」

    どこにもないデザイン

    デザインは、カリンガの楽器や生活の道具をモチーフにしている。

    部族闘争の後に吹いて平和を知らせる笛サッガイプが揺れ、コーヒー豆を収穫する道具サングルが印象的なピアス。大ぶりのラタンを編んだ髪飾り。

    「土地の文化や民族のルーツを反映した商品をつくっています。品質を磨いて日本の消費者に認められたい」

    材料は所有する山から採る。燻し、削り、曲げ、ワックスをかけ、彫るーー。バナサンさんが1点ずつ手作りし、山下さんがデザインをアドバイスする。

    「商品はそろえないとクレームがくるから」。そんな、日本人にとっては当たり前の商品規格を説明するところから始めた。山に工房も建てた。経済的な自立モデルをつくろうと、オンラインストアで世界中に売る。

    広がる事業

    4月から金沢美術工芸大学(金沢市)でエドガーさんは漆など日本の伝統工芸を学んでいる。文化を融合させた作品に挑戦する。

    EDAYAが注力するのは工芸だけではない。水銀を使わないエシカル・マイニング(倫理的な採掘)の仕組みづくり。若者の教育。

    2014年に現地で大学を卒業したばかりの女性を採用。現地の若者向けに、TED Talksを見てディスカションしたり、Acumenのリーダーシップのオンラインコースで学んだりするワークショップを開いたりしている。

    「村の将来を考えるリーダーを育てたいんです」。カリンガでの事業モデルをもとに、経済成長と伴奏して、マイノリティーが文化を継承していけるコミュニティーのデザインが大きな目標だ。

    「障がい者も先住民族もマイノリティー。それだけじゃなくって、きっと誰もが、どこかマイノリティーである面があると思う。多様性が受け入れられてこそ、生きやすい世界ができるんじゃないかなって思うんです」

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    EDAYA ARTS CORDILLERA CORPORATION / Via youtube.com

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