お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎が、大ヒット漫画『大家さんと僕』シリーズの完結編、『大家さんと僕 これから』を出した。
大家と店子でありながら、おばあちゃんと孫のようであり、気のおけない友達同士であり、時にはまるで恋人のよう。そんな不思議な関係性が、じんわりと染み込むような味わいを生んでいる。
『これから』には、第1作の刊行後に訪れた「大家さんの死」が描かれている。
「大家さんに読んでほしいという気持ちは、1冊目よりもすごく強かった。大家さん、覚えてるかな? あの時のこと、僕はこう思って、こんな風に描いてみましたって」
この作品は、天国の大家さんへのラブレターだ。
背中を押された博多大吉の言葉
――もともと続きを描くつもりはなかったとか。
1冊目を出した時に描けることは全部描いた、これ以上は描けないなっていう思いがありました。1本の映画を撮ったという感覚に近くて、連作漫画を描いているつもりはなかったんです。
――番外編の『「大家さんと僕」と僕』によれば、博多大吉さんの言葉に背中を押されたそうですね。
ルミネtheよしもとの出番の合間に、大吉さんに『大家さんと僕』を渡したら、すぐに読んで感想をくださって。
「大家さんのためにも描いた方がいいよ」と。そのあとに僕の出番があったのですが、「そんなことやってないで、いますぐ描きなさい」っていう感じで(笑)
それが胸に残っていて、そうか…と思ったんですよね。
そのころ新潮社さんから週刊新潮で連載するお話をいただいて、それなら毎週、大家さんのところへ持っていって読んでいただけるなと。当時、大家さんは足を骨折されて、入院していたんです。
「今度はにぎやかに」
――大家さんからも「描いてほしい」と。
はい。「1作目は湿っぽかったから、今度はにぎやかにしてほしいわ」と言われました。
――そんなに湿っぽかったですか?
大家さんの好きな『のらくろ』や『フクちゃん』に比べたら、登場人物も少ないし、賑やかにしてほしいということだったんだと思います(笑) なので、できる限り楽しく、面白くと思って描きました。
『大家さんと僕』はあくまでもフィクション。漫画に出てくる大家さんは僕の目から見た大家さん像で、現実そのままというわけではないのですが。
すべてが失われた
――昨年、大家さんが亡くなられたと報じられていたので、どう描くのだろうと注目していました。とても詩的で、印象深いシーンでしたね。
僕が思ったままを描かせてもらいました。もう会えないし、お話を聞くこともできない。急にすべてが失われた気がして…。
このシーンは描き下ろしで、イギリスやドイツなどで描いたんです。以前、大家さんから船でヨーロッパへ旅した話を聞いて、行ってみたいなと思っていたので。
連載中はやっぱりつらくて、スケジュールに追われているところがありました。描き下ろしの時間がとれて、その間に大家さんとのことを見つめ直すことができました。
「血のつながらない親族」
――入院中の大家さんが、看護師さんに矢部さんとの関係を聞かれて、「血のつながらない親族」と答える場面はグッときました。
大家さんは多分、ユーモアでおっしゃったと思うんですよ。「ご親族の方ですか?」と聞かれて、「親族じゃないの」と答えるのもシャレが利いてないので。
大家さん自身は軽く言ったのかもしれないけど、思わず席を外しちゃいましたね。こういう場でもユーモアを忘れない大家さんの姿に…。
涙腺弱い方なんで、ごまかすのが大変なんです。「ちょっと花粉症なんで…」と言ったりして。
「これから」に込めた意味
――特に印象に残っている大家さんの言葉は。
大家さんの家の2階から引っ越すことが決まった時に、「これまでいいことばっかりで、本当にありがとうございました」とお伝えしたら、大家さんに「いやいや矢部さん、これからが長いわよ」って言われたんです。
それをすごく覚えていて、タイトルにも「これから」と入れました。これまでのことを描いているんだけど、これからのことを、これからのために描こうと。
これからの「これ」がどの地点からなのか、大家さんがどう思っていたかはわからないですけど、僕にとってはずっとですからね。
亡くなられたとしても、やっぱり僕のなかには残り続けるし、忘れることはできないし。読む人にとっても、ずっと「これから」が続いたらいいなと思って、描きました。
若いと言われて
――昨年、手塚治虫文化賞短編賞を受賞した際のスピーチでは、大家さんがいつも「若い」と言ってくれると明かしていましたね。
《大家さんがいつも、「矢部さんはいいわね、まだまだお若くて何でもできて。これからが楽しみですね」と言って下さっていたのですね。ご飯を食べていても、散歩をしていても、ずっといつも言って下さるので、本当に若いような気がしてきて、本当に何でもできるような気がしてきて……》
《これはあまり人には言っていないのですが、僕の中では、38歳だけど18歳だと思うようにしていました。だからいま、20歳(ハタチ)なんです。何を開き直っているんだと思われるかもしれませんが、これは本当に効果があって、10代だと思ったら大概の失敗は許せました》
(2018年6月7日、第22回「手塚治虫文化賞」贈呈式)
「若い」っていうのは何度も言われましたし、大家さんは本当にそう思っていた気がします。「矢部さん、若いからこれ食べて」とか、「若いから海外にもいくらでも行けていいわね」とか。
普段、自分を若いと思う機会なんてそうないんですけど、大家さんにと言われると、若いって思える。大家さんの「若い」で、自分の可能性をすごく感じられましたね。
――年齢を重ねると、守りに入って腰が重くなってしまう人も多いと思います。誰でも、何度でも「20歳」になれるのでしょうか。
もちろん、そうだと思います。
僕も腰が重くなっちゃってることがいっぱいあるので、また20歳と思っていろんなことをしたいです。
20歳のころのように
――たとえば?
やっぱり、20歳のころのように恋愛したいですね(笑)
――『大家さんと僕』にも時々、恋愛系のエピソードが出てきますし。
そこら辺も大家さんが目覚めさせてくれたというか。「どうなの? 矢部さん」って。なかなか40歳の独身男性にグイグイそういうことを聞いてくる人っていないと思うんですよ。
大家さんは「矢部さんは若いんだから、いっぱいあるでしょ。ないの? じゃあ紹介するわ」みたいな感じで (笑)
僕の「これから」
――『大家さんと僕』が完結して、矢部さんが「これから」やってみたいことは?
『大家さんと僕』では、描きたい人のことを描かせてもらいました。
「次は俺のことを描いて」っていう人が周りに大勢います(笑) もちろん、そういうものもできたらいいなと思いますが、まったく違ったものも描けたら。
――完全なフィクションとか?
そうですね。誰かのことじゃないこととか。描けるかどうか全然わからないですけど、また漫画を描いてみたいですね。いっぱい勉強しないとな、という気持ちです。
〈矢部太郎〉 1977年生まれ。お笑い芸人。1997年に「カラテカ」結成。芸人業のほか、ドラマや映画、舞台などでも幅広く活躍。初めて描いた漫画『大家さんと僕』(新潮社)で手塚治虫文化賞短編賞を受賞。最新作『大家さんと僕 これから』も合わせた累計発行部数は100万部を超える。父親は絵本作家・やべみつのり。