たとえ、うさんくさく見られても…憲法学者がタトゥー裁判に感銘を受けたワケ

    医師免許なく客にタトゥーを入れたとして、大阪の彫り師・増田太輝さんが医師法違反の罪に問われた裁判。最高裁は検察側の上告を棄却し、増田さんの逆転無罪判決が確定することになった。裁判を支えた曽我部真裕教授、高山佳奈子教授の談話を紹介する。

    医師免許なく客にタトゥーを入れたとして、大阪の彫り師・増田太輝さんが医師法違反の罪に問われた裁判で、最高裁は検察側の上告を棄却。

    控訴審・大阪高裁の逆転無罪判決が確定することになった。弁護側の証人となった識者2人の談話を掲載する。

    誰もが自分らしく生きられる社会

    曽我部真裕教授(京都大学・憲法)

    まずは増田さんのこれまでの頑張りと、弁護団の先生方のご尽力に心から敬意を表したいと思います。どうもおめでとうございます。

    これまで何件かの事件のお手伝いをしてきましたが、この事件にはとりわけ学ぶことが多く、印象深い事件でした。

    タトゥーを道徳に反するものと考える人も少なくなく、彫り師という職業には偏見を持たれがちです。

    しかし、この事件で増田さんがこの仕事への情熱と誇りを繰り返し語り、規制の不当性を訴え続けるその姿は、職業というものが個人の個性を発揮し全うする、かけがえのないものでありうることを示しました。

    「誰もが自分らしい生き方ができる社会を」というのが憲法の理念だと私は考えていますが、たとえ社会から胡散臭く見られようとも、それだけを理由に自分らしく生きる自由を止めることはできない、ということが増田さんや弁護団の訴えたかったことなのだろうと思い、深く感銘を受けました。

    日本社会には「誰もが自分らしい生き方ができる社会」という理念に反するような現実があちこちに残されています。

    こうした理念を実現するために、当事者が訴訟その他の方法で戦っていかなければならない状況が残されているわけですが、今回の事件はこうした人々に勇気を与えるものだと思います。

    最後に、今回の決定の内容については別途コメントしますが、ここでは1つだけ、決定の補足意見では、タトゥーに美術的価値や一定の信条・情念を象徴する意義を認める者などがおり、タトゥーをすること自体を否定的に捉える必要はないということが述べられています。

    これは、タトゥーへの社会の偏見に対する1つのメッセージとなるものだと思います。

    以下、判決内容についてコメントさせていただきます。

    最高裁決定は、高裁判決が「医行為」の限定的な定義を採用したことを正当とし、医療関連性のないタトゥー施術のような行為は「医行為」に該当しないとしました。

    その理由付けは、医師法の制度趣旨から導かれたもので、オーソドックスな法令解釈の手法に基づいたものとして、当然の判断です。

    タトゥーの文脈を離れても、「医行為」の概念はこれまで非常に曖昧で、恣意的とも言えるような運用がなされてきており、法治国家原理の観点から問題があったところですので、今回、一定の明確化がなされたのは一定の意義があったと思われます。

    ただ、「医行為」概念が曖昧であることによる混乱(AEDの使用が医行為ではないかと問題となったことなど)は医療関連性のある領域で生じており、また、今回の決定は、「医行為」に当たるかどうかは諸事情を考慮した上で社会通念に照らして判断すべきだとしているので、今回の決定が現実に及ぼす影響は限定的だと考えます。

    今回の事件の中で引き合いに出されたアートメイクなどは、技術的にはタトゥーと同じであっても、社会通念を理由に「医行為」に当たるとするものだと推測されます。

    さて、今見たように、最高裁は、今回の問題を医師法の解釈によって解決し、憲法に対する言及はありませんでしたが、このことは個人的には予想されたことです。

    「医行為」の要件として医療関連性が必要だという解釈は、医師法の制度趣旨から自然に導けることで、憲法判断をするまでもなく無罪の結論が導けるからです。

    もっとも、最高裁決定の補足意見では、タトゥー施術行為に医師免許を要求すると、我が国において彫り師がいなくなってしまい、タトゥー施術を受けることができなくなってしまうということへの懸念が示されています。

    タトゥーには美的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義を認める者がおり、タトゥー施術が受けられなくなると、国民が享受しうる福利の最大化を妨げるものであると言われています。

    このような補足意見は、憲法との明示的な関連を極力薄めそうとする意図は見えるものの、実質的には被告人の主張してきた憲法的な価値を考慮するものです。

    医師法の制度趣旨だけではなく、憲法的な価値を考慮することによって(また、場合によっては傷害罪が成立することに注意を促して)、今回の判断によって規制が全くない状態になってしまう不都合を正当化しようとしているものと見られます。

    彫り師の職業の自由、正面から認めた

    高山佳奈子教授(京都大学・刑法)

    オリンピックの開催予定が変わったことで、タトゥー文化への国際的評価に悪影響が出ないよう、念じておりましたが、期待どおり最高裁で無罪が認められ、ほっとしました。

    ここまで闘ってこられた増田さんと弁護団のみなさんに、心よりお祝いと感謝を申し上げます。

    今回の決定で最も重要なのは、他人の身体に手を加える行為であっても、医師が行うことが想定されていない行為は、医師法上の「医行為」に当たらない、と明確にされた点です。

    このような解釈は、医師免許制度の趣旨にも歴史的経緯にもかなっていますし、医師法に対する一般市民の理解にも合っています。

    タトゥーの文化的価値と、彫り師の職業の自由も、正面から認められたと思います。最後に付されている草野裁判官の補足意見は、これらのことを具体的に説明していて、高く評価できますし、もし悪質な事例が出た場合には業務上過失傷害罪などで処罰できることに言及している点も重要だと思います。

    衛生管理への貢献を実現している日本タトゥーイスト協会のみなさまにも心より敬意を表します。