白い粉をペロッ…刑事ドラマのお約束はアリ? ダンディすぎるマトリ元部長に直撃

    『マトリ 厚労省麻薬取締官』の著者で元麻薬取締部部長の瀬戸晴海さんが、覚醒剤の隠語である「シャブ」をめぐる、意外なエピソードを語った。

    覚醒剤=シャブという隠語の由来をめぐっては、様々な説があるという。

    マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)の著者で「Mr.マトリ」とも呼ばれる瀬戸晴海さんが、驚きの奇説を明かした。

    水にシャーッと溶けるから?

    ――覚醒剤の隠語は「シャブ」ですが、この言葉の由来には諸説あるそうですね。

    一般的には「骨までしゃぶられる」ですが、もっとあります。

    覚醒剤は水溶性で、水のなかに入れるとシャーッと溶けていくんです。

    ――「シャー」が転じてシャブになった?

    ええ。

    ※青森県警のホームページには、こんな風に記載されている。

    《シャブ=覚醒剤の隠語ですが、中毒になると骨までシャブられるから、注射すると身体が寒くなる(さぶい)感じがするから、注射をするため水で溶かして振るとシャブシャブという音がするから等ということで、このような名がつけられたなどと言われています》

    「サブロウが来る」

    ――著書のなかで紹介されていた「サブロウ」起源説も非常に興味深かったです。

    《私がマトリとしてデビューしたての頃、ヤクザを引退した大阪のある親分から聞いた話だ。彼は戦後の暴力団、覚醒剤情勢の生き字引のような人物で、情報を欲する私に対し、「兄ちゃん、勉強しいや」と前置きした上で次のように語ってくれた。


    「60年代の覚醒剤ブームは阪神地域から始まった。その頃、尼崎にあるX組にサブロウという男がいた。この男は韓国から密輸された結晶型のヒロポン(覚醒剤)の中間売人で、せっせとヒロポン を配達していた。仕事熱心で、その筋では誰もが信頼を置いていた。そのうちにヒロポンが届くことを“サブロウが来る”、さらには“サブが来る”と言うようになった」。そして、サブがシャブに訛り“シャブが届く”に変化。まもなく覚醒剤自体を“シャブ”と呼ぶようになった」》


    (『マトリ 厚労省麻薬取締官』)

    もう引退した業界の親分で、覚醒剤の世界で極めて著名だった人から聞きました。昭和40年代の話です。

    当時私はまだ若くて、情報を欲していた。あちこち行って情報収集している時に話してくれたことが、ずっと記憶にあったんですよ。

    ――覚醒剤(メタンフェタミン)は日本で初めて合成され、第2次大戦中は軍需品として使用されました。「ヒロポン」などの商品名で一般にも売られ、戦後爆発的に広がっていきます。「シャブ」という隠語がフィリピンでも通じるというのは本当ですか。 

    そうですね。国際会議などでも、フィリピンの取締機関は「シャブ」という言葉を使うので、つい親近感を覚えてしまいます。

    おそらく1980年代の「ジャパゆきさん」(東南アジアからの出稼ぎ女性)ブームだとか、日本からも相当数の人がフィリピンへ行ったりするなかで定着していったのではないかと思うんですけど。

    「ペー」渇望する人々の群れ

    ――ヘロインは何と呼ばれていたのでしょう。

    「ペー」「ペイ」ですね。ヘロインの「ヘ」が「ペ」に変わっていったんですよ。

    ヘロインはもともとドイツの正規薬品として発売されていましたが、あまりに危険だということで規制された。当時の商品名の「ヘロイン」が、そのままスラングとして使われるようになりました。

    ――1962年、横浜で300人ものヘロイン中毒者が集まり、禁断症状に苦しみながら深夜までたむろした、という本書のエピソードには背筋が凍りました。

    私は直接現場に出ていた時代ではないんですけど、若いころは上司からそういった話を徹底的にすり込まれましたし、資料も読み込みました。

    ところが見事に、ヘロインはなくなっていきましたね。

    麻薬の王

    ――なぜでしょう。

    国民全体の機運の高まりもありましたし、あまりにも(禁断症状が)厳しいですから。

    私もこの世界に入ってヘロインの依存者・中毒者に何名か接しましたけど、それはそれは苦しみます。

    身体依存があり、薬効が切れてくると骨がきしみ、筋肉が痛む。通常の生活をするためにもヘロインが必要となってきます。

    ――日常生活を送るためだけに?

    多幸感を得るとか以前の問題になってくるんです。朝起きて歯を磨く、そのためにヘロインが必要。ヘロインがなければ生きていけないんですね。

    たとえるなら血管の中にムカデがはうような…それぐらいキツイ。苦しみます。「麻薬の王」ですね。

    ロードローラーに隠して密輸

    ――戦後すぐに覚醒剤が流行し、50〜60年代初頭にヘロイン 、そして70年代に第2次覚醒剤ブームが起きるわけですね。

    移っていきましたね。

    ――そして現在も、4年連続で覚醒剤の押収量が1トンを超えています。本によれば、道路舗装用のロードローラーに100キロを超える覚醒剤を隠し、密輸する手口まであったとか。よく摘発できたなと。

    オーストラリア連邦警察と連携して。一国だけで薬物に対応するのは、絶対に無理なんです。ロードローラー事件はその一例ですね。

    薬物犯罪は、端緒となる情報が命。

    海外の犯罪組織は実態そのものが見えない。組織の動向を掴むだけでも世界レベルの話で、そうした情報を入手するのは本当に神業です。

    覚醒剤と氷砂糖

    ――泳がせ捜査で、ロードローラーのなかの覚醒剤を氷砂糖に入れ替える場面はさながら映画のようでした。麻薬特例法上は、薬物犯罪を犯す意思をもって取り引きした場合、「その他の物品」であっても検挙対象になります。

    薬物犯罪(規制薬物の譲渡し、譲受け又は所持に係るものに限る。)を犯す意思をもって、薬物その他の物品規制薬物として譲り渡し、若しくは譲り受け、又は規制薬物として交付を受け、若しくは取得した薬物その他の物品を所持した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。


    (麻薬特例法8条2項)

    「規制薬物として」というね。

    中身をすり替えていた場合、所持違反で逮捕しても法定刑は軽いのですが、その後さらに密輸事件で再逮捕する仕組みです。

    ――入れ替わったことに気づいた時の、売人の表情を見てみたいです。「あ、何か変だぞ」と思うものなんでしょうか。

    そうでしょうね。しかも氷砂糖は100キロも入れない。わずかに入れるだけですから。

    「ペロッ」はアリ?

    ――ずっと気になっていたのですが、映画やドラマで捜査員が白い粉をペロッととなめる場面。あれって実際にあるんでしょうか?

    いやいや、あれはアメリカ映画の受け売りですよ(笑) まず、ああいうことはしません。

    ――「これは極上品だな」みたいな。

    ないです。

    ――では、みなさん本当の味は知らない?

    知りません(笑)

    瀬戸晴海〈せと・はるうみ〉 1956年生まれ。福岡県出身。明治薬科大学薬学部卒。1980年、厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを経て、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2013年、2015年に人事院総裁賞を受賞、2018年3月退官。「Mr.マトリ」の異名を持つ。