芸能人が薬物で逮捕されるたび、「次のターゲットは〇〇」というイニシャル報道が週刊誌やスポーツ紙をにぎわせる。
厚生労働省の元麻薬取締部部長で著書『マトリ 厚労省麻薬取締官』(新潮新書)を出した瀬戸晴海さんは、ヒートアップする報道を「捜査の障害になる」「不倫問題と変わらない」と批判する。
イニシャル報道に「誰だ、これ」

――「次に薬物で逮捕されるのは大物芸能人のXだ」「いやいや女優のYだ」といったイニシャル報道が後を断ちません。
「次は著名な誰それを狙っている」とかね。マトリでは「誰だ、これ?」って言ってますよ(笑)
――「おいおい、情報漏れてるぞ!」ということはない?
マトリは犯罪事実が確定していないものも含めて、相当な情報を持っています。ごくたまに、そうした情報をかすっていることはあるかもしれない。でも、「狙っている」とか、そんなことはないですよ。
なぜ、こんなものが出るのかなと。「捜査関係者」とか書いてありますが、一切ないです。
――信憑性に乏しいものも少なくない、ということでしょうか。
ほとんどがそうですね。
芸能人逮捕は大金星?

――当局の側にも「一罰百戒」で、有名人を逮捕したら大金星という考え方があるのでは。
ないです。
有名人であっても一般人でもあっても、取り扱いはまったく同じ。いわゆる使用事案、単純所持違反は、薬物犯罪全体からみると「末端」になるわけです。
ところが、なぜかメディアは騒いでくる。私どもにしてみれば、むしろ捜査の障害になります。
――報道を見て、薬物をやめようと思う人もいるかもしれません。
確かに反響はありますよね。薬物問題について改めて考えようとする機関・団体も出てきますし、問い合わせもあります。
検挙によって大きな反響があることは事実です。
――そのあたりを見越して、芸能人を狙い撃ちにしていくということは…
いやいや。目の前に証拠があって、粛々と仕事をするだけです。
過熱報道を懸念

――瀬戸さんとしては抑制的な報道を期待しているわけですね。
完全に過剰報道、過熱報道といいますか。芸能人自体に注目が集まって、情報番組などで、ああでもない、こうでもないと叩かれていく。
どうしても芸能人の私生活だとか、どこそこのクラブのVIPルームにいた、みたいな話に移っていってしまう。
当然、視聴率というものがあるのはわかります。ただ、現場で捜査をしている者から言わせると、あれは悲しいですね。
――薬物問題というよりは、単なる芸能人バッシングになっていると。
そうです。不倫問題と同じですね。
だけど、そうじゃないんだよと。やめたくてもやめられない。相談したくても相談しにくいっていう環境があると思うんですよ、著名人は。
薬物乱用には「人」「ブツ」「環境」がかかわってきます。そのあたりをもう少し詳しく報道してもらえると、実態が伝わるのではないかなと。
孤立させない

――『マトリ』では、依存症患者を《孤立させないことが社会復帰への第一歩となる》と書かれていました。芸能人の場合、過剰なバッシングによって孤独を深め、むしろ再犯のリスクを高めている面もあるのかなと。
その文章は、芸能人を念頭に書いたものではないんです。彼らはきちっとした施設に入って依存症の治療を受けているわけで、むしろ恵まれている。
一般の無職の人やアルバイトをしている子が、薬物で捕まって執行猶予になったとします。お金もないまま、放置されてしまう。そういう孤立した状態でいると、また薬物に走る、ということです。
――それに比べれば、芸能人はまだ恵まれていると。
最近、報道されているものに関してはそうですね。ただ彼らは彼らなりに、大きなリスクを抱えていますよね。
だから芸能事務所にもっと取り組みを強化してもらいたいと思うのですが、会社自体がいわゆる個人事業主との契約なので。
普通の会社のように上から下への指揮系統があるわけではない。一方で逮捕されたら大きな損害が生じる。その辺がひとつ、難しいところでしょうね。

瀬戸晴海〈せと・はるうみ〉 1956年生まれ。福岡県出身。明治薬科大学薬学部卒。1980年、厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを経て、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。2013年、2015年に人事院総裁賞を受賞、2018年3月退官。「Mr.マトリ」の異名を持つ。