「涙出てきた…」30年ぶりに“思い出のゲーム”と再会した持ち主のリアクションがこちら。

    『キングスナイト』に書かれた達筆な名前の謎。「名前入りカセット博物館」の返却活動に密着しました。

    「ハハハハッ。これ、僕のですね!」

     小笠原一宏さん(46)が、興奮気味に声をあげた。手にした古いファミコンカセットの裏側には、太めの油性ペンで書かれた、やけに達筆な「小笠原」の文字が躍っている。

    「間違いない。間違いないです。すごいな……。なんか涙出てきちゃった」

    小笠原さんがこのカセットに触れたのは、実に三十数年ぶり。少年時代の思い出が一気によみがえり、思わず目頭が熱くなる。

    一本のファミコンカセットの背後に、一体どんな物語があるのか? 名前の書かれたゲームソフトを元の持ち主へと返す「名前入りカセット博物館」の活動に密着した。

     名前入りカセット博物館って?

    大切な宝物だから。絶対に借りパクされないように……。子どものころ、ゲームソフトに名前を書いた経験のある人は少なくないだろう。

    名前入りカセット博物館の館長、関純治さん(49)は名前が書かれたソフトばかりを収集し、元の持ち主へと返却する活動に取り組んでいる。

    本業は『偽りの黒真珠』『歪んだ竹灯篭』などのゲームソフトを販売する、ハッピーミール株式会社の社長だ。

    そんな関さんの活動をテレビで目にした小笠原さんが、名前入りカセット博物館のサイトで何気なく自分の名前を検索してみたところ、見覚えのある『キングスナイト』のカセットを発見。

    関さんに申し出たことで、冒頭の「時を越えた再会」が実現したのだった。

    キングスナイトに憧れて

    『キングスナイト』は1986年、スクウェア(現スクウェア・エニックス)から発売された。ドラゴンにさらわれた姫を救うため、4人の勇者たちが冒険の旅に出る――というストーリーだ。

    メーカー側は「フォーメーションRPG」を標榜していたが、縦スクロールのシューティングゲームといった方がわかりやすいかもしれない。

    この1986年には、『ドラゴンクエスト』『魔界村』『がんばれゴエモン!からくり道中』『ツインビー』『高橋名人の冒険島』といったヒット作が、多数発売されている。

    当時、小学生がファミコンソフトをゲットできるチャンスは、誕生日やクリスマス、お年玉などの特別な機会に限られていた。

    札幌在住の小学4年生だった小笠原さんはなぜ、やや通好み(?)にも思える『キングスナイト』を選んだのだろうか。

    「キングスナイトのCMがすごいカッコ良くて、テレビで見てほしい!と思ったんです。そんな時に、同級生のナガサワ君が電話してきたんですね。『キングスナイト買ったぞ!』って」

    「『いまから行くわ』って持ってきたのが、カセットじゃなくて攻略本だった。ガッカリして何だよ〜と思ったけど、その攻略本が漫画だったんですよ。そこで漫画にハマっちゃって」

    嗚呼、すれ違い……

    思わぬお預けをくらい、まだ見ぬゲームへの思いは募るばかり。とはいえ、高価なカセットをすぐに買うことはできない。

    まずは漫画だけでも、どうにかして手に入れられないか。考えあぐねていると、7歳年上の姉から「何か本を買ってあげるよ」と持ちかけられた。

    またとないチャンス! 小笠原少年は「キングスナイトの攻略本を買ってきて!」と頼み込んだ。ところが……。

    「姉が買ってきたのが、漫画じゃない方の攻略本だったんです」

    キングスナイトの攻略本は、漫画形式の『まんが攻略本』(扶桑社)と活字中心の『パーフェクト攻略本』(飛鳥新社)の2種類があり、姉が買ってきたのは後者の方だった。

    「姉に『これでよかった?』と聞かれて。違うとも言えないから、『うん、これでいいよ』って。僕、キングスナイトに全然たどり着けなかったんです」と小笠原さんは笑う。昔の恋愛ドラマばりのすれ違い劇である。

    それほどまでに熱望していたはずなのに、なぜか購入した時のことはよく覚えていない。

    「クリスマスプレゼントかなあ。でもウチ、クリスマスに願い通りのカセットきたことがないんですよね。珍しくほしいのがちゃんときたから、キングスナイトが印象に残ってるのかも」

    館長の関さんが「キングスナイトほしい熱が、ご家族にも浸透していたのかもしれないですね」と相槌を打つ。

    大人びた筆跡の理由

    一方で、「小笠原」と名前を書いた時の記憶は、鮮明に残ってるという。

    「これは母の筆跡をまねて書いてるんです。母は書道の先生でした。僕自身は別に字がうまい方じゃなかったんだけど、大人の書く崩した文字に変な憧れがあって……」

    「母にちょっと『小笠原』って紙に書いてって頼んだんです。そうしたら、普通の楷書でキレイに書いてきたから、『そうじゃなくて、もっとグチャグチャのやつ書いて!』ってリクエストして。それを見ながら、僕が同じように(カセットに)書いたんですよ」

     子どものカセットを管理するために、親が名前を書くケースは割とよくある。大人のような達筆ぶりゆえ、関さんも今回は両親が書いたものと予想していたが、「謎」がひとつ解けた。

    謎の「11」の意味

    そうなると、もう一つの「謎」が気になってくる。「小笠原」のすぐ左下に書かれた「11」の文字だ。「11本目に買ったソフトという意味ですか?」と関さんが尋ねる。

    「違うんです。これ、試し書きなんです。母親のまねをして書く時に、マジックの太さとか、インクが出るかを確認したんです」(小笠原さん)

    「雑だな〜!(笑) それは絶対わからないですね」(関さん)

    「僕の性格が出てますね」(小笠原さん)

    激ムズゲームに大興奮

    謎が解けたところで、実際にキングスナイトをプレイしてもらおう。

    年季の入ったソフトだけに、最初はなかなか画面が立ち上がらなかったが、関さんがカセットを念入りに掃除するとついに起動した。

    「おー!」と歓声をあげる小笠原さん。すっかり「小学35年生」の顔つきだ。「こんなデモ画面あったんだ。カッコイイなあ」

    キングスナイトは、騎士、老魔術師、一角獣、盗賊の4人のキャラクターが交代で4つのステージを撃破し、最後の第5ステージでは4人全員が力を合わせてドラゴンを倒すという構成になっている。

    「1面がレイジャック、2面がカリバ、3面がバルーサ、4面がトビーですね。で、さらわれた姫がクレア姫。めちゃめちゃ覚えてます」。小笠原さんの口から、立て板に水のごとくキャラの名前が出てくる。

    「マンガが好きでストーリーを読んでるから、ゲームやりながら物語をどんどん補完していけるわけですよ。だから、どっぷりハマったんですよね」

    4人の勇者のうち誰か1人が欠けてもクリアはできないし、道中に現れる大量の隠しアイテムを取り逃がすと、やはりクリアできず詰んでしまう。かなり過酷な激ムズゲームのため、当時は涙をのんだ子どもたちも多かった。

    「シャレにならないくらい難しいですよ。4人揃うところまではいったんですけど、結局クリアはできませんでした」

     気になる買取価格は?

    名前入りカセット博物館は、ソフトの返還にあたって3つのルールを定めている。

    1.カセットは手渡しでお戻しさせてください。

    2.カセットはあなたの思いの額で買い取ってください。

    3.カセットにまつわるお話をサイトに公開させてください。

     郵送でなく手渡しにこだわるのは、一緒にゲームで遊びながら、思い出話を聞いてみたいから。金銭目的の活動ではないので、「思いの額」は1円からで構わない。

    はてさて、小笠原さんは思い出のカセットに一体いくらの値段をつけるのだろうか?

    「実は去年の5月に父が亡くなりましてね。これだけなんですよ、親父が僕に遺してくれたのは」

    スケッチブックに値段を書きながら、小笠原さんがおもむろにつぶやく。値段を見ないよう、背を向けていた関さんが「それは重いですね」と返す。

    「……はい。書きました」

    緊張の一瞬。小笠原さんの買取価格は……

    「150円!」

    ???

    ちょっと待って! お父さんの形見エピソードからの150円って、どういうことですか?

    「中1の時、同級生のイソベくんがファミコンをほしがっていて。本体とソフト10本を全部まとめて、3000円でイソベくんに売ったんです。本体が1500円として、ソフトは10本で1500円だから、1本150円」

    まさかの値付けに、関さんは「かなりロジカル。中古屋みたいな査定ですね」と苦笑する。

    小笠原さんは「中学生の頃にギターを買ってもらって。当時は『ロッカーがファミコンなんてだせー!』と思ってしまった。いまもバンドをやってますが、実際はバンドマンほどファミコンやってる人種はいない。売る必要なかったですね」と振り返った。

    思い出はプライスレス

    こうして、キングスナイトは無事に小笠原さんのもとへと戻った。

    「今回は返しがいがありました! (最初にカセットを手にした時のリアクションに)もらい泣きしそうになった。150円以上の価値がある、重い150円。本当に活動の冥利に尽きますね」と関さんは言う。

    ナガサワくん、イソベくん、そしてお姉さん、お母さん、お父さん。フォーメーションRPGのように、目まぐるしくキャラクターが登場する小笠原さんのキングスナイト物語は、最高のエンディングを迎えたようだ。