私は、暴力にしか欲情できない 女性漫画家が向き合った「性」と「業」

    「私みたいなのが生きてるんで、だいたいの人は生きてて大丈夫です」

    殴られ、蹴られることでしか性的な興奮を得られない――。女性漫画家のペス山ポピーさんが自らの性と向き合った漫画『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』(新潮社)が、4月9日に発売された。

    「救われた」「涙が止まらない」「勇気を与えてくれる作品」…。ウェブ連載のアクセス数が累計300万PVを超え、作者自身も予想しない高評価を集めた問題作は、どのようにして生まれたのか。BuzzFeed Newsはペス山さんに話を聞いた。

    初めて恋に落ちた

    「バンッ」「ボコッ」「ベキ」

    ホテルの一室で繰り出される、絶え間ない暴力。まだあどけなさの残る男子学生の手には、ボクシングのグローブがはめられている。すわった目の奥底は、獰猛な野獣のようにギラついていた。

    体がカーッと熱く火照り、爆発したような感覚。痛みにうずくまる度、「立てよ」と促される。

    つらい、助けて、もう勘弁して…。朦朧とする意識のなかで、いままで経験したことのない快感が全身を駆け巡った。

    「残虐で執拗、問答無用の暴力。あれはうれしかった。神でしたね。顔はかわいいし、いい匂いもするし…。天才というか、とにかく全部があったんですよ。それまで恋愛したことがなかったのですが、これが恋愛感情なのかと」

    『ボコ恋』には、そんな体験を赤裸々に描いた。

    暴力は大嫌いなのに

    3、4歳のころから、ゲームに登場する小さなモンスターに自分を投影し、ボコボコにされる妄想をしてきた。テレビでボクシングの試合を見ては、性的な興奮を覚えたという。

    「暴力シーンを見ると、股間がムズムズする。小6、中1ぐらいでほかの人と違うかも?という自覚がありました。だいぶ変なところにいるかもしれないって」

    現実に起きる犯罪や暴力は大嫌いなのに、湧き上がる欲望には歯止めがきかない。ひとり行為にふけりながら、自己嫌悪を募らせた。

    同級生の前では「明るい変態キャラ」として道化を演じながら、内心では罪の意識に苛まれていたのだ。

    死んでもいいや、ぐらいの気持ち

    漫画家としてくすぶっていた数年前、アシスタント先でひどいセクハラを受けた。心を病んで仕事を休み、死すら頭をよぎるほどに追い詰められた。

    「もう人生ラスト、死んでもいいやぐらいの気持ち。守るものもないし、最後に殴られてみよう、と思ったんです

    出会い系の掲示板に「暴力系プレイのパートナーを探しています」と書き込み、水道橋の格闘技ショップでグローブを購入。ボクシング経験者の男性とのプレイにのぞんだ。

    必然性が足りない

    これまで散々、脳内で被虐妄想を繰り返してきたものの、「実戦」は初めて。待ちに待った初体験のはずなのに、結果はいまひとつだった。

    ボクシング経験者ならば、力加減を考えてギリギリの痛みを与えてくれるだろう。そんな期待を抱いていたが、「大丈夫ですか」「気持ちいいですか」といった男性の言葉に萎えてしまった。

    「そんな気遣いはいらない。私は『痛い体(てい)』で殴られたい。『殴られたくない体』で殴られたいんです」

    山本英夫の漫画『殺し屋1』に登場するマゾヒストのヤクザ垣原は、暴力に「必然性」を求める。

    男性の暴力には「必然性」を感じられなかった。「必然的な暴力」を求めて出会いを重ね、失敗を繰り返した末にめぐり会ったのが冒頭の大学生だ。

    学生との「恋」の行方は、漫画で確かめてみてほしい。

    受け入れられない肉体、暴力で壊す

    自身の性を見つめ直す作業のなかで、気づいたことがある。

    ゲイのマゾヒストの男性が女の肉体を持ってこの世に生まれてきた おそらくそれが私 ペス山ポピー

    受け入れられない肉体を暴力で壊す 私は自分の女性性を暴力で壊そうとしているのではないか

    『ボコ恋』にはそう綴った。

    思えば、幼少期の妄想のなかで、自分はいつも小さな「オス」のモンスターの姿をしていた。性欲を発散する手段も、もっぱらゲイビデオだ。

    男性として男性が好きだけれど、体は女性。暴力を欲する背景に、心と体の違和があることに気づいたという。

    「『私もまったく同じです』という感想をいただいて驚きました。私しかいないと思っていたので」

    「掲示板で殴られる相手を募集する時は、ほかの女性の書き込みを参考にするのですが、『ボーイッシュです』『おなべです』と書いている人が多い。殴られたい女性が、もう1個何か持っているケースはあると思います」

    エイリアンに思い重ね

    冨樫義博の『レベルE』という漫画に、オスがメスを捕食することでしか繁殖できない宇宙人のエピソードがある。

    自らの星が滅びてしまい、許されざる欲望に苦しみながら、地球人になりすまして暮らす孤独なエイリアン。我が身を重ね、一心不乱にネーム(漫画の設計図)を描き写した。

    「その話が大好きで、全部写しました。く〜って、どうしようもなく泣けてくるんです」

    自分だけじゃない

    新潮社のWEB漫画サイト「くらげバンチ」で連載中の『ボコ恋』には、2千件近い感想が寄せられている。

    《なんか分からないけど感動して泣いた。なんの涙だろうこれ》

    《私もポピーさんと全部同じ嗜好です。初めて1人じゃないんだと思えました》

    《人生楽しんでいいのだと作者さんの背中に励まされ、今泣きながら書いています》

    かつてのペス山さんが『殺し屋1』や『レベルE』に救われたように、『ボコ恋』も誰かにとっての助けになっているのだろうか。

    「むしろ私の方が読者の方々の反応に救われてます。『絶対に誰にもわからないだろうけど、せめて面白くしよう』と思って描き始めた漫画。まさか『わかる』と言ってもらえるなんて、思ってなかったですから」

    「自分はおかしいんじゃないかって、悩んでる若い人に読んでほしいですね。自分だけじゃない。私みたいなのが生きてるんで、だいたいの人は生きてて大丈夫です」

    BuzzFeed JapanNews