「政治と宗教はやめておけ」漫画家がアドバイスを無視して突っ走った結果

    『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチVS』『SCATTER』…。数々の衝撃作を発表してきた、鬼才・新井英樹。不朽の名作『宮本から君へ』が池松壮亮と蒼井優の出演で映画化されるのを機に、漫画と政治、生理の関係を語った。

    代表作『宮本から君へ』が池松壮亮・蒼井優の出演で映画化され、改めて注目を集める漫画家・新井英樹。

    『ザ・ワールド・イズ・マイン』『SCATTER』でむき出しの暴力や性を描き、『キーチ!!』『キーチVS』では政官財とメディアの欺瞞を暴き出すなど、問題作の数々を世に送り出してきた。

    昨秋の『愛しのアイリーン』から相次ぐ劇場版作品の公開は、時代がようやく鬼才に追いついたことの証明なのか、それとも…。

    日本一危険な漫画家が語った、政治と生理、表現の関係とは。

    偉そうなヤンキーとへつらう級友

    ――『宮本から君へ』の主人公・宮本浩は「いつだって誰だって敵にまわせますよ」と豪語する男です。宮本に限らず、新井先生の漫画には何かに怒り、反逆するキャラクターが多いですが、先生自身のパーソナリティーとも関係があるのでしょうか。

    反骨とか反体制とかじゃなくて、生理的に偉そうなのがとにかく嫌だっていうのがある。

    中学校の時、ヤンキー系の強いグループがいて、それにペコペコするクラスメイートがすごく嫌で。学級会で「今度誰かがいじめられていたら、みんなで協力してやめさせよう」と話し合いました。

    ある時、ヤンキーの一人にケンカを売られて、俺はねじ伏せたんだけど、周りの人たちは結局黙ったままで何もやらなかった。それで俺、ねじ伏せたのに泣き出しちゃって。

    ケンカに勝ったのに泣いた

    YouTubeでこの動画を見る

    スターサンズインフォ / Via youtu.be

    映画『宮本から君へ』90秒予告

    ――ケンカに勝ったのに?

    勝ったんだけど泣いちゃった。なんで? みんな、ウソじゃんって。

    しばらくして2人がかりで襲われたこともあって。1人に押さえつけられて、顔面を思い切り蹴られて、上履きの跡がクッキリついたんだけど。

    一緒にいた友達は「お前のケンカだから手を出しちゃいけないと思った」って、前を向いたまま何にも助けてくれない。ああ、これダメだなと。

    自意識モンスターな自分が嫌

    ――人間不信になりますね。

    高校に入ってからも、応援団の唱歌指導っていうのがあって。

    竹刀でバンバンやりながら、「オラー!」って覚えさせようとするんですけど、その態度とモノ言いに腹立って「言うこと聞きたくないです」と言ったら、また上履きで殴られました。

    ――上履きに縁がある。

    そう、上履きに縁が(笑)

    とにかく、自分の自意識がすごい過剰で気持ち悪い。下手すると、どこまでも偉そうに肥大しそうなのが嫌で嫌でしょうがない。自意識モンスターみたいなところがあるから。

    で、自分のなかに何か見ちゃってるからかもしれないけど、他人の偉そうなのも許せなくなるんです。

    生理的嫌悪だけは、ちゃんと処理しておかないとキツイ。これは普通でしょって言われるものに対しても、俺が生理的嫌悪を感じたら、「いや、ごめんなさい。それ見逃したくないです」と突きたくなっちゃう。

    だけどみんな、耳貸してくれないですよ。正論ってぶつけられても言い返せないし。

    「俺、タピオカ大好きなのに」

    ――たとえば、どんなことを言ってしまうんですか。

    「世の中、金がすべてだ」と言われた時に、「いや、金ばかりじゃないでしょ」とか。

    「そうですね」ってうなずく人もいるけど、流行りものに飛びつくこととかも「金がすべて」の世の中に協力してることになると思うんです。

    「あなたも加害者だからね」と言っても、「なんでそんなこと言うの?」とか「難癖だ」って聞く耳持ってもらえないんだけど。

    ――いくら流行ってもタピオカは飲むな!みたいな。

    そう。俺、タピオカ大好きなのに、いまは飲んでないもん。

    ――新井先生のタピオカ好き、意外すぎる(笑) 俺のタピオカを荒らしてくれるな!的な心境ですか。

    そうそう。随分前から好きだったのに、なんでいま流行ってるの?って。

    俺ナタデココも大好きだったんだけど、ああやってブームをつくると滅ぼされるんで、やめてほしくて。いったんブームになると、廃れた時に消えちゃうでしょ。

    正しさよりも快・不快

    ――作品に話を戻すと、『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチVS』『SCATTER』とテロリストが登場する漫画も多いですよね。

    個人が最低限の武器や知恵を使って、集団に歯向かうのがすごく好きなんですね。集団はその人のことを「テロリスト」って呼ぶんだろうけど、どっちが正しいかなんて誰が決めるんだって話で。

    頭のいい人たちが決める正解やルールには従いたくない。世間にテロリストと呼ばれても、個人のモノサシや価値観つくって何が悪いの?っていうのがやりたいんです。

    俺が言ってることが正しいって言いたいわけじゃなくて、生理的にこっちが気持ちいいってだけ。反応してくれる人は反応してねって。

    だから正しい・間違ってるで言われると、余計にカチンときちゃうんだけど。

    ――正誤や正邪ではなく。快・不快?

    快・不快ですね。

    共感強盗にうんざり

    ――『キーチVS』では敵がどんどん大きくなって、在日米軍まで出てきます。

    形的に米軍は出したけど、敵は読者だと思って描きました。「敵はあんたたちだよ」っていうのがやりたくて。あなた、現実のなかで輝一の側にいましたか?って。

    漫画のなかでも描きましたが、スキャンダルが出たり、テロリストだってことになると日本の国民は潰しにかかるでしょ。

    「私は騙された」って、みんなこぞって被害者になりたがる。しかもずるいことに、本当の被害者に同情・共感することで権利を奪う。ほとんど「共感強盗」してるみたいなものですよ。ただの外野のくせに。

    「政治と宗教やると…」

    ――政治的な話題も、ひるむことなく題材にしています。

    『キーチVS』の時はすごい言われて。敵が見えないっていうのは読者が嫌がるし。一番最初に漫画家デビューした時にも「政治と宗教やると漫画家生命短くするよ」って言われてたんだけど。

    (VSの前作の)『キーチ!!』を描き始めた2001年は小泉政権。いま描いておかないと、この手の作品が描けなくなるっていう思いがあった。

    民主党政権終わった後、安倍政権になって怒り始めた人たちもいるけど、別に偉ぶるわけじゃなくて、俺はもう描いておいたからっていうのがある。だからできれば、政治のことは描きたくないんだけど…。

    絶望と遊べ

    ――ある程度、描き切った?

    これ言うと怒る人が結構いるんだけど、俺もう大きい流れは変わらないと思っていて。世界の大きな流れのなかで、日本だけがハンドル持ってかじ切れるようなものってない。

    もちろん抵抗しようとする人は応援するし、俺もそれは一応やるけど、根っこは変えようがないんじゃないかって。その歪みやひずみが一番いくのが、下の世代の子どもたち。

    ある種もう、絶望しか待ってない。でも、絶望の受け止め方は変えることができる。うまくやれば、絶望と遊ぶことだってできるわけですよ。

    自分が描いたものに触れた人が、「世の中諦めようかな」「死のうかな」と思ってたのを、やめるまでいかなくても、「ちょっと待ってみよう」となったらいいなと。

    暇つぶしにはプラスのオーラを

    政治のことをもうあんまり語りたくないっていうのは、あきらめとは違うんだけど、変わらない以上しょうがない、ということ。

    政治的なことも、ほかのことも等価。人生の暇つぶしやってるだけでしょ。いや、暇つぶしってすごい重要ですよ?

    だけど、その暇つぶしやってる時にマイナスなオーラ出す人は世の中悪くするから、やるなら一生懸命いいオーラ出してほしい。それはきっと、世の中よくするから。

    抵抗に意味がないとは思ってないし、政治的なことをやってる人たちを腐したり、バカにする気も全然ない。俺は協力したいし、自分でもやろうと思う。でも、「変わらない」っていうのが前提ですね。

    ――Twitterでも発信を始められました。

    あれ、断れなくて。まさか自分がつぶやくとは思ってなかった。この人に言われたら断れない、という人に声をかけられたから。

    しかもタイミングが参院選の公示後だったんで、参院選についてつぶやかないのが、もうストレスたまりすぎて無理だ!と。もっと全然関係ないところで始めてたら、政治に触れずに宣伝としてできたんだけど。

    その共同管理の人に「ごめん、ちょっと書くわ」と言って、政治的なことも含めて書き始めました。

    左右ではなく上下

    映画『宮本から君へ』観て、改めて気付かされたのが ボクは、誰かに噛みつく時、味方がいるのが居心地悪いんですよ 噛みつくなら自分は加害者で自分以外はすべて敵じゃないと ボクの中のあらゆる正当性が維持できないんです きっと、これを「生理的」って言うんでしょうけどね(新井)

    ――デビュー時に止められたという話もありましたが、政治的な発言に関して、先生のなかで「これはOK」「あれはやめておこう」といった線引きはあるのでしょうか。

    いや、ないです。俺って自分の発言が政治的だとは思ってなくて、本当に生理的な話でしかないんで。『ザ・ワールド・イズ・マイン』を描くまで、政治になんて興味なかったし。

    そこから政治のことをかじるようになったんですけど、「右翼」「左翼」って言葉が、何度説明を受けてもわからない。

    いろいろな本を読んだりして、頭には入らない理由がわかりました。属国に右翼も左翼ない。「親米保守」なんていうインチキな言葉を、よくのみ込めるなと思いますよ。

    だから「右」とか「左」みたいな政治の話は、まったくする気がなくて。「上」と「下」の話ならしてもいい。金持ちと貧乏人の話だったらって。

    「にわか」をバカにするな

    ――先日、『遊☆戯☆王』の高橋和希先生が、キャラクターを使って政治的な発言をFacebookに投稿したことで批判され、謝罪しました。日本社会だと、著名人の政治的な発言は敬遠される風潮があります。

    誰に罪があるかなんて一方的に決められないと思いますけど、でも結局、政治を好きな人たちが、「政治」ってものの扱いをそうしちゃったんでしょうね。

    政治について発言する時のハードルがすごく高くて。知識がないまま乗っかると「こんなことも知らずに言ってるの?」ってバカにされる。

    広く声を届けたいなら「届く言葉」「わかりやすい言葉」を使えばいい。じゃないと、一番聞いてもらいたい、聞いてもらわなきゃならない人たちが「聞かない」って状況になっちゃうのにね。

    格闘技好きな人もサッカー好きな人も「にわか」をバカにするけど、なんで? 好きになったら喜べばいいじゃん。

    映画好きの人だって「えっ、『ゴッドファーザー』も見てないの?」じゃなくて、「これから『ゴッドファーザー』見られるなんていいね!」って言えばいいんですよ。

    ほぼ全作が打ち切り

    ――『SCATTER』以外の作品はすべて打ち切りになっているという話は本当ですか。

    本当です、本当です。

    ――しっかり完結している感じもするのですが。

    打ち切りと言われても、「じゃあ、あと何巻分ください」ってお願いして。終わらせられるものは、その範囲で終わらせてますね。『シュガー』や『RIN』もそうだし。

    『愛しのアイリーン』の時は「残り2巻で」と言われて、「2巻あればなんとか終わります」と。

    『ザ・ワールド・イズ・マイン』なんて、何回延長してもらったか。何度も打ち切りの話がきて、「いや、もうちょい、もうちょい」「終わったらそこそこのものになるから」と言い続けました。

    唯一、終わらせられなかったのは『なぎさにて』。あれはどう考えても終わらせられないから途中でやめて、死ぬまでに描こうって決めてるの。

    編集部とは絶対会わない!

    ――『なぎさにて』は3巻で未完になってますよね。

    「2巻が売れなかったら3巻で打ち切り」って言われた時に、3巻で終わるわけないから、絶対途中で終わらせようと。「編集部とはコンタクト取らない!」って言ってね。

    「収束させない」って宣言したら、途中で何かされるかもしれない。そうするとやる気なくなるんで、「絶対に会わない」と。あえて話がガーッと展開するところで、終わらせようって決めてたから。

    ――こんなに面白いのに。

    いやいや、しょうがないですよ。「いまの読者は最初にフックをつけてつかまないとついてこない」っていうのは言われていて。

    俺も「はい、わかりました」と言いながら、最初にフックをつくるような、「この物語はこうですよ」って始まる漫画がどうしても好きじゃなくて。

    ――ひとつとしてそんな作品ないですもんね。どこに連れていかれるか、わからない話ばかり。

    そう、どこに行くのかわからないのが好きなのに(笑)

    やらないはずのことを全部

    ――漫画家をやめたくなったことは。

    『なぎさにて』の時かな。もうやめたいなと思ったのは。いまも…。

    いまはね、やめたくないのは『KISS 狂人、空を飛ぶ』っていうのを描いた時に、あっ楽しいっていうのがよみがえってきて。

    いや、その前に読み切りで建築家・岡啓輔さんの話を描いた時からかな(『セカイ、WORLD、世界』収録『せかい!! 岡啓輔の200年』)。

    さっき言った「絶望と遊ぶ」っていうのをやろうって決めたから。じゃあ自分、変わらないとダメだと思って、この体たらく。最近になってTwitter始めたり。

    もう自分が「やらない」と思ってたこと、とりあえず全部やろうと。もし10年前に『宮本から君へ』が映画化されてたら、俺、絶対父親役で出たりしてないんで。

    シティホテルのスイートなんて

    ――宮本のような熱い人間、あるいは輝一のような反逆者は白眼視されるというか、「反逆=ダサい」という時代の空気も感じます。とはいえ、『宮本』を連載していた90年代初頭の時点でも、決して読者から歓迎されたわけではなかったんですよね?

    そうそう。宮本はそのころから、うっとうしい、熱苦しいって言われてた。そもそも、俺たちは「しらけ世代」と言われてたし。

    バブルの時代は俺、本当に腹立ちまくったね。意味のないことの連続で。クリスマスはシティーホテルのスイートで彼女と過ごすとか気持ち悪くて。

    当時の彼女に「頼むからそれだけはやらせないでくれ」って言った。何で自分たちが酔うために、一般の人が泊まるホテルを汚しにいかなきゃいけないのかって。

    ――汚す(笑)

    やることはひとつでしょ。だったらラブホテルでいいじゃんって。

    まわりの男はみんな、スイート泊まるために集中的にバイトして金ためたりしてすごかった。「スイート」って言葉の響きも嫌でさ。……質問なんだっけ?

    ルール破りへの嫌悪と嫉妬

    ――「反逆」はダサくなったのか?という質問でした。

    ダサいより、怖いんじゃない?

    物語が消えちゃったから。やりとりするのも、たとえばTwitterなら140字でしょ。短い文にしか触れなくなり、物語が消えていった。

    人間の美意識や哲学って物語からできるはずなのにね。物語が消えた時の拠りどころが、集団のルールになっちゃってる。

    ルールを破ることが、哲学や美意識を傷つけられたのと同義みたいになってるのが気持ち悪くて。結局、ルールを破るヤツははじかれる。

    要するにルール破って得してるヤツが許せないんだろうな。自分はルールを守ってるのに…って。

    自分が損してるって気持ちが嫌なんだよ。得したけりゃ、ルール破ってでもそこへ行けばいいのに、やる度胸もないから。

    えぐられろよ!

    ――わかる気がします。

    みんな傷つかなくて済むなら傷つきたくないし。空気を読まなきゃはじかれる。反抗する人って空気を壊す人だから、当然いじめられるし。

    傷つくのは嫌だって避ける人いるでしょ。今回の『宮本』の映画に関しても、「えぐられそうだから嫌だ」っていう声を見たりするんだけど、えぐられろよ!って。

    自分が好きな人でもいいし、友達でもいい。その人が生きてりゃ何かで傷ついてえぐられることだってある。そんな時、お前自分で経験してないで、何してやれるの?っていう話で。

    本当に自分だけでいいの? あんたが傷ついた時はあんたが困りゃいいけど、大事にしてる人がそうなった時に、何か言ってやったり、してやったりすることできるの?って思うんですよ。

    新井英樹(あらい・ひでき) 1963年、横浜生まれ。明治大学卒業後、文具メーカーを1年で辞め、漫画家を志す。1988年、ちばてつや賞入選。翌年、『8月の光』でアフタヌーン四季賞・夏の四季大賞を受賞し、漫画家デビュー。1993年、『宮本から君へ』で小学館漫画賞〈青年一般部門〉。『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』『SCATTER -あなたがここにいてほしい-』などの話題作、問題作を次々と発表。昨秋の『愛しのアイリーン』に続き、今秋『宮本から君へ』が劇場公開された。インタビュー本『ザ・ワールド・イズ・ユアーズ:この熱い魂を君にどう伝えよう』が発売中。丸井錦糸町店で10月15日まで、妻・入江喜和との「画業30周年原画展」を開催、トークショーやサイン会も予定している。