ISの虐待から逃れ……普通の生活を取り戻そうと歩む、17歳の女性

    簡単には癒えない傷


    イラク出身、17歳の女の子、ネハドのFacebookプロフィールは、どこにでもいるティーンエイジャーのものに見える。日常の写真や、新しいビデオがタイムラインに追加される。友人が投稿にコメントする。テレビドラマ「トワイライト」シリーズや、映画の「タイタニック」が好きだ。

    「Facebookのフレンズに追加しましょ」とネハドは通訳を通して言ってきた。私のスマホを手に取り、自分の名前を検索バーに入力した。彼女の右手にはタトゥーがある。名前を指す小さな「N」の文字。左腕にも走り書きのようだが、丁寧に掘られたタトゥーがある。

    イラクの支援団体、AMAR財団の活動の一環でロンドンを訪問したネハドは、穏やかな口調で趣味やライフスタイルについて話した。家族や友人の話題になると顔が明るくなった。これまで1年以上に渡りIS(イスラム国)に拘束され、虐待やレイプを受けていたのにも関わらず、驚くほど開放的だった。

    ネハドと27人の家族は2年前、イラク北西部の街・シンジャーで拉致された。IS構成員に売り飛ばされ、離れ離れになった。ネハドは、シリアに連行され、IS構成員の妻や子供と生活を共にすることを強いられた。そして数カ月に渡り虐待を受け、レイプされ、妊娠した。

    これは彼女だけの話ではない。ISの構成員たちは、当たり前のようにヤジディ教徒の女性を奴隷にして、レイプしている。こうした女性の多くは、ISの兵士や支援者に売却されたり「贈答品」扱いされるケースがある。ネハドのように、IS構成員のもとから逃れることができた人もいるが、多くの女性が囚われの身のままとなっている。

    「ISがやっていることを、どうしても受け入れられないんです。現実は世界が想像しているよりもずっと酷いから」とネハドは言う。「耐えがたいし、立ち向かうこともできない状況でした。ISの構成員は処罰されることもありませんし、何をしてもいいんです」


    恐ろしい体験で、ネハドは傷ついた。しかし、彼女は深いトラウマに立ち向かおうとしている。そしてISの騒乱に巻き込まれる前に送っていた、普通のティーンエイジャーとしての暮らしを取り戻そうとしている。

    ネハドがロンドンに来てから、私たちはFacebookメッセンジャーで、お互いにGIF画像や写真を送りあってきた。笑った顔の絵文字やネコの足のイラスト、花のアニメ動画。たまに自撮り写真をお互いに送信することもあった。言葉が通じない者同士が連絡を保つのには、いい方法だった。

    「自撮り写真を友達に送ったりしています」と彼女は話す。「友達も写真を送ってきます。たいてい、携帯でFacebookを使って。他にも楽しいSNSがあっても、Facebook以外にいろいろやるほどのエネルギーはなくて」

    ネハドを拘束していたISも、SNSを活用することで知られている。一方で、ネハドのようなティーンエイジャーにとって、SNSは自分の等身大の感覚を、友人たちと共有できる場なのだ。

    しかし、ヤジディ教徒の女性が何を訴えても、その声が届くことはない、と彼女は言う。

    「自分が何を言っても、何をしても、足りない。大量虐殺や大規模な民族浄化について私たちが話しても、惨状を伝えきれていない。何か変化を起こすにも、足りない。何を言っても変わらないんです」

    いくら積極的で活動的だからといって、ネハドが残酷な体験をし、深く傷ついていることを忘れてはいけない。支援団体は、虐待やレイプから逃れてきた女性の精神衛生にまでケアが行き渡っていないと認めている。イラク北部の医療センターでは、精神科医の深刻な不足が問題だ。これは難民危機により、精神科医が出払っているためだ。ISの残虐行為の影響受けている人々が本来受けられるべきのサポートを受けられないまま放置されている。

    「あの体験が、精神面に大きな影響を与えています」とネハドは言う。「いつも気を紛らわせるようにしています。まだ終わっていないから。信じる気持ちを強く持つことで何とかなっていますが、まだ兄弟は戻ってきていません。全員が戻るまで気が晴れることはないでしょう。この痛みは私の人生をひどいものにしているし、人生は奪われたままなんです」

    イラクの女性は誰しも、複雑な紛争が生むトラウマに苦しんでいる。AMAR財団によれば、鬱や不安感や心的外傷後ストレス障害のレベルは「危機的に高い」状況であり、安全が確保されるだけでは生存者の苦痛は終わらないという。

    AMAR財団のイラク支部ディレクター、アリ・ムタンナ博士はISから逃れ、苦しんでいる多くの女性と会っている。ムタンナ博士は、ネハドのような女性たちに、メンタルヘルスケアを提供することが急務だと主張する。

    「鬱や他に何もできなくなるような不安やパニック、頭痛、吐き気に苦しむ女性が非常に多いんです。自傷行為をしたり、人間関係を維持することに苦しむ人もいます」

    記憶に付きまとわれ、声を出すこともできず、痛みに耐えかねて自殺する者もいるという。

    「ブロンドメッシュが好きだな」。ネハドは、黒髪の中の髪の毛をいじりながら話す。近所のヘアサロンで髪を切り、メイクしたいと思う。親戚の写真を見せてくれた。単純だけど家族で過ごす暮らしが街に戻ることを心待ちにしている。

    平和な暮らしの記憶は彼女の頭にある。ISから逃がれるときに置いて逃げてきた赤ん坊のことも、思い出す。IS構成員の家でレイプされ、何回か妊娠中絶を試みたが、16歳のときに出産した。

    「妊娠していることを知ったときも、別に何も感じませんでした」と彼女は言う。「生まれてくる子が、犯罪者の息子だっていうのが怖くて。でも赤ちゃんを抱くとすぐに思い直しました。子供は自分の一部で、自分が母であることを感じたんです」

    拉致され、レイプされ、産んだ子供を残したネハドのような女性にとって、トラウマのせいで元の家庭に戻るのは難しい。レイプの被害者は、所属していたコミュニティや家族からつまはじきにされることが多い。

    だがIS支配地域で性的暴行の被害者は多く、レイプ被害者を支援するコミュニティも生まれてきている。

    「一部のイラクやシリアのIS支配地域では、状況が変わってきています」と女性の権利のチャリティーであるMadreのエグゼクティブ・ディレクターのイファト・サスキンドは昨年2月、ガーディアンに書いている。

    「性的暴行の被害者をつまはじきにする社会のありかたを被害者自身が問題提起し、女性の人権に関してより広範な、新たな全国レベルの議論を引き起こすことになっています」

    ネハドの家族とコミュニティも彼女をサポートしてはいる。だが潜在的な緊張はまだ残ったままだ。ネハドは自身の体験を家族に明かし、精神的に傷ついたことへの理解を得た。一方で、愛する人たちを自分の苦痛に巻き込むことを心配している。

    「考えていること、感じていることは言えないんです。親や家族なら余計に。心配させたくないんで。自分の中に閉じ込めているんです」とネハドは話す。

    「私が一人になるのを父は許しません。落ち込ませたくないから。買い物に連れ出したり、兄弟の家に連れて行ったり、常にやることがあるようにしています。両親も落ち込んでいるから、私は家族を元気づけなけないといけない。両親が強い心を保っていられるよう、頑張っているんです」

    SNSで自分の考えを友人と話したり、両親と過ごしたり、ISの嵐がやってくる前にしていたように髪を染めてみたり。普通のことを、自分の暮らしに取り入れようとしている。普通のことがあるから、将来を描くことができる。

    「勉強して、教育課程を修了して教師になり、結婚して自分の家庭を持ちたいです。兄弟や姉妹のみんなが戻って、家族がまたひとつになる日が来ることを願って」