今年の1月、私は友人と石垣島を訪れていました。
きっかけは『イハナシの魔女』という同人ゲームを遊んだこと。
クリア後のさわやかな読後感とは裏腹に「ゲームが終わってしまった喪失感」がすさまじく、いてもたってもいられなくなった私は、気付けば友人を誘って飛行機のチケットを確保していました。
『イハナシの魔女』は沖縄の離島を舞台にしたビジュアルノベルゲームです。
身寄りのない少年『西銘光』と自称魔女の『リルゥ』がサトウキビ畑で出会い、お金もなく頼れる人もいない中で助け合って生きていくというお話です。
一緒に行った友人とは現地集合で合流しました。
「イハナシの魔女が面白すぎたから石垣島に行こう」という理由で旅行に誘ったときはさすがにドン引きされたのではと心配しましたが、友人が主人公のコスプレ(「琉球王国」と書かれた黄色いTシャツ)で現れたので完全に杞憂でした。
確かに友人も同時期に『イハナシの魔女』を遊んでいました。
こいつも同じくらいこのゲームに狂わされていると分かって安心したのを覚えています。
観光地からはわからない舞台としての沖縄
ゲーム中で描かれる沖縄は、単に「自然が豊かな美しい南国の島」というだけでなく、輸送費により物価が高く「実は生活するには不便」とか、古くから伝わる信仰や文化による「閉塞感に満ちた場所」としても描かれています。
そのため今回の旅行では華やかな観光地よりも、どちらかと言えば田舎にある商店や、地元の人に愛されている食堂などをメインに散策しました。
レンタルバイクに跨って海沿いの道路を当てもなく走ると、サトウキビ畑や石作りの生垣、赤瓦の民家、雑木林を抜けた先にある閑散とした海など、作中で描写されている飾らない景色が一段と輝いて見えました。
他にも、普段はあまり足を運ばない「歴史博物館」にも行ったりしました。
『イハナシの魔女』では、沖縄で信仰されている『ノロ』と呼ばれる神女の存在が一つのキーポイントになっています。そのモチーフとなった歴史を知ることができ、作品の解像度がぐっと上がりました。
また、夜には波の音が聞こえる宿で友人と『イハナシの魔女』について心ゆくまま語り合いました。
思えば学生だったころも、面白いゲームを遊んだ後は彼と熱心に語り合っていたのを思い出しました。
「いつまでもこのゲームで遊んでいたかった」という喪失感が消えたわけではありません。でも旅が終わるころには、私は『イハナシの魔女』のことがもっともっと好きになっていました。
限界まで研ぎ澄まされた“昔ながら”のアドベンチャーゲーム
私をここまで狂わせるアドベンチャーゲーム『イハナシの魔女』。
その魅力は、クリアまで約10時間と比較的短い時間で、往年の名作アドベンチャーゲームと同じくらいの満足感を得られることだと考えています。
沖縄の離島特有の文化や信仰、職業、継承問題、魔法。
かわいらしく幻想的なパッケージからは想像もつかないほど物語は深刻なものとなり、「えっこんな重い話なの?」と正直驚きました。
本作はこれだけの要素を内包しながら、10時間程度のボリュームで完結するのです。
無駄なシーンを削りに削り、ただひたすら本筋であるボーイ・ミーツ・ガール――「主人公『西銘光』とヒロイン『リルゥ』がどう幸せになるか」というテーマに終始しており、そのひたむきさに熱中させられます。
ここまでシナリオを磨くのに、想像もつかないほどの作りこみがあったのは察しがつきます。
日常シーンを最小限にするのはもちろん、設定資料集やクリア後のTIPSには本編で語られないとても沢山の設定が練られていた痕跡があり、それすら削ることで異常なほどのテンポの良さを実現しているのです。
昔ながらの一本道のサウンドノベルがここまで面白い作品になるのかと感動すると同時に、この異常なテンポ感が娯楽に溢れ余暇時間の奪い合いになっていることに適応した「令和のゲーム」であることにただただ拍手しました。
家庭用ゲーム機への移植でさらなる勢いに
本作は『DLsiteアワード2022』受賞、『INDIE Live Expo Awards 2022』にもノミネートされるなど徐々に評価されているほか、4月28日には待望の家庭用ゲーム機版(Nintendo Switch、PlayStation 5、PlayStation 4、Xbox Series X|S、Xbox One)もケムコから発売されました。
家庭用ゲーム機版には、コミックマーケット101で頒布された小冊子、『イハナシの魔女Apend』もゲーム内小説という形で付属しています。本編終了からの1年間を補足するようなショートストーリーになっており、クリア後に読みたかった内容が詰まった小冊子です。
家庭用ゲーム機への移植でさらに勢いに乗り、このゲームがたくさんの人に遊ばれてほしいと心から願っています。
そしてあわよくば『イハナシの魔女2』が発売され、もっともっとこの世界に浸れますように……。あとアニメ化も……ぜひ……。