じわじわくるw 食べ物にまつわる13の美味しい逸話

    あなたをすごく腹ペコにしてくれるはず。

    1. 1976年のある晩、エルビス・プレスリーはデンバーで昔食べたサンドウィッチ「フールズ・ゴールド・ローフ」が無性に食べたくなった。

    michaelkazimir / Via instagram.com

    NPRによれば、このサンドウィッチは中をくり抜いたイタリアパンにマーガリンをたっぷりと塗り、ピーナツバターを1瓶丸ごと、ジャム、そして炒めたベーコンを1ポンド詰め、それを丸ごと揚げたもの。

    サンドウィッチは当時の価格で約5300円、現在では約2万円相当し、8000〜4万2000カロリーあると推定されている。エルビスと彼の取り巻きは、このサンドウィッチを食べるためだけにプライベットジェットに乗り込み、デンバーまで飛んだと言われている。

    2. 2015年、ミネソタ在住のユーチューバーがまったくのゼロからチキンサンドウィッチを作った

    YouTubeでこの動画を見る

    youtube.com

    小麦の収穫、鶏の屠殺、塩を得るために海水を沸かし、菜園を丸ごと世話し、種から油を絞ったのだ。サンドウィッチを作るのに全部で約16万円の費用と6ヶ月の歳月を費やした。

    サンドウィッチを食べて彼は一言、「まずくはない...この『まずくはない』の一言のために僕は人生の6ヶ月を費やした」。

    3. 2005年にイタリアのベルルスコーニ首相がフィンランドを訪問した際、フィンランド人は『マリネしたトナカイだけを食べる』といってフィンランド料理をバカにした。

    CC/ commons.wikimedia.org

    しかし3年後の国際ピザ選手権で、フィンランドはトナカイの燻製で作ったパイでイタリアを退けて優勝を果たした。そのピザの名前は「ベルルスコーニ・ピザ」だった。

    4. 2008年、イランは史上最大のサンドウィッチを作ってギネス世界記録への登録を狙った。

    ATTA KENARE/AFP / Getty Images

    この挑戦では、長さ1524m)のサンドウィッチに約907kg)のダチョウの肉を詰めるために1500人のシェフが必要だった。チャレンジを終えるのにかかった時間は2日間。

    しかし、サンドウィッチの計測の最中に見物客が走り込みサンドウィッチを食べてしまったため、ギネスの担当者は記録を認定することができなかった。

    5. 2007年、テネシー州で殺人の有罪判決を受け、死刑が確定したフィリップ・ワークマン被告は最後の食事にホームレスの人に寄付できるベジタリアンのピザをリクエストした。

    Fokusgood / Getty Images

    しかし、刑務所職員はこのリクエストを拒否。その後、このリクエストを聞いた地元住民たちから、ホームレスのシェルターにピザの寄付が多数寄せられた。ナッシュビルのあるシェルターは150枚ものピザを受け取ったという。

    6. 2013年の時点で、ニューヨークのセントラルパークでホットドックの屋台を営むムハンマド・ムスタファさんは年間約3090万円を営業権利のために公園課に支払っている

    Juanmonino / Getty Images

    「たくさんのお金。たくさんのホットドックだよ」と、公園関係者は語る。

    7. オランダのマクドナルドで、従業員がハンバーガーを買った。会計を担当していた従業員はタダでチーズを追加してあげた。その従業員はチーズ代を請求しなかったためにクビになった

    wilfredjaai / Via instagram.com

    この件は裁判になり、マクドナルドはチーズ1枚で大騒ぎしたことを非難された。裁判所はマクドナルドをクビになった従業員に約63万円の支払いを命じた。

    8. 2015年、アルバカーキ在住の23歳の男性が母親の家に侵入し、メキシコの伝統的なシチューポソレを盗んで逮捕された

    Mofles / Getty Images

    刑事告訴状によると、男性は母親にポソレを食べたいとメールしたが、母親が拒否したため家に侵入したという。その後、男性は住居侵入窃盗罪で逮捕された。

    9. 1939年の冬、戦争の最中でロシアの大隊はフィンランドに奇襲攻撃を仕掛けた。しかし、行く手を阻んだのは大樽いっぱいの出来立てのソーセージシチュー

    Iamthatiam / Getty Images

    お腹を空かせたロシア兵たちは進撃をやめて食事をし、フィンランド人に再編成、反撃の時間を与えてしまった。

    10. 1994年6月17日、有名なO.J.シンプソンのブロンコ追跡劇の最中、ドミノピザは当時史上最も忙しい日を送っており、スーパーボウルサンデーに匹敵する忙しさだった。

    lisamoels / Via instagram.com

    「事態の奇妙さに心奪われて、みんな一瞬も見逃したくなかった。だから夕食を作る代わりに、たくさんの人がピザを注文しました」とドミノの広報担当者は言う。

    11. シアトルでは、クイズノーズサブのフランチャイズオーナーがお金を残さず、食材だけを残し、お店を少人数のスタッフに任せて失踪してしまった

    Goodlifestudio / Getty Images

    お店のマネージャーで25歳のダウナ・レンツさんは前日の売上金を使い、スーパーマーケットでランチミートを購入。

    レンツさんと3人のスタッフは何ヶ月も、時には給料なしでレストランを切り盛りし、ついにクイズノーズサブが助け舟を出し、食材を補給した。レンツさんは社長に会うためにデンバーに呼ばれ、そこで受けたのはたくさんの仕事のオファーだった。

    12. 2014年、13歳のガールスカウトとその母親がサンフランシスコの医療大麻薬局の外でクッキーを売ることにした。薬局のおかげで、女の子は2時間で117箱を売ることができた。

    dr.jc.cadena / Via instagram.com

    薬局の広報担当者によると、女の子は45分で予備を持ち出さなければならなかったほどに盛況だったらしい。

    13. アラン・アルダさんと彼の妻アーリーンさんは1956年にディナーパーティーで出会った。アッパーウェストサイドで開かれたそのパーティーでは、キッチンの床にラムケーキが誤って落ちてしまった。アランさんとアーリーンさんはためらわず床からケーキを拾って食べた唯一のゲストだった。

    Roxiller / Getty Images

    結婚して約62年、アーリーンさんは言う。

    「私たちはいまだに、間違いなく床からケーキを拾って食べるでしょう」

    この記事は英語から翻訳されました。