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じわじわとスピリチュアルに侵食されていく私たち

「赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくる」?「子宮が願いをかなえてくれる」? 女性のヘルスケア周辺では、なぜそんなスピリチュアル系にハマる人が出てくるのでしょうか。

「お産の周辺は、自然出産や子宮系女子がブームとなり、スピリチュアル系に絡め取られやすいですね」

こう指摘された時、正直(いや、まぁレアケースではあるけれど、実際に周産期を扱う者として問題だと思ってるのは、見えない貧困とか中絶とか、助けられるかどうかギリギリの判断を瞬時に迫られることとかで……。自宅での無介助分娩に失敗したケースにもそうそう当たらんし、パワーストーンを腟内に挿れてる人もまだお見かけしておりませぬし……)という思いでした。

「自然なお産をしたい」という漠然とした思いはかなりの妊婦が抱いています。それは何も「野原の真ん中で産みたい!」とか「薬や器械に囲まれたお産はごめんこうむる!」という「NO!医療!」ではありません。

「できれば会陰切開はしたくないな」「帝王切開や陣痛促進剤は必要最低限がいいな」といったぼんわりとしたものであって、お産前に「自然なお産」を希望している妊婦に陣痛促進剤や帝王切開を提案して拒否されたことは1例くらいでありましょうか。

まぁそれはそれで夜中から明け方まで妊婦を説得したのでしんどかったけど、無事生まれましたしね。

素っ頓狂と言わざるを得ない「子宮系」

それでも、じんわりと「スピリチュアル系」に多くの人が侵食されていることも事実ではあります。「赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくる」「赤ちゃんは胎内での記憶がある」と思っている人はたくさんいるし、「お産はデトックス=毒を出すもの」だと思っている人もいる。

その中でも、素っ頓狂なのきたなこれは、と思ったのが「子宮系」

「子宮を大事にすること、温めることで運をつかもう!」みたいなことが「教義」らしい。

ところで、義務教育で習うことではありますが、人間は恒温動物といって、周囲の温度に左右されることなく、自らの体温を一定に保つことができる生き物です。

子宮は冷えるのか?

冷えるなら、あなたは人間ではない可能性があります。

子宮はたくさんの血管から栄養が送られ、腹部には脂肪がついています。身体中をめぐる血液はほとんど温度差なく流れており、子宮のみを温めることなど無理です。手術で何人の子宮を触ったか記憶にはありませんが、全員ホカホカの体温ちょうどです。書いていてバカらしくなるくらいにあたりまえです。

「子宮系」な方の血管の図説を見ると、明らかにテキトー。解剖学にご協力いただいた先人全員に謝ってほしいレベルでテキトー。

言ってることもむちゃくちゃです。

「子宮が願いをかなえてくれる」、普通に考えれば、なにをおかしなことを言っているのかと斬り捨てておしまいです。

「キラキラ女子」でありたい女性たち

では、なぜそれが共感を呼ぶのでしょう。

それは、私が考えるに、「キラキラ女子」だからなのです。高級な店、リゾートの写真でアピールするキラキラ女子、SNSで見たことある人も多いはず。スピ系、特に子宮系は、生き方をキラキラ見せる手法で商売する人なんですね。

「男には困らない」

「生きたいように生きてる私」

「私って、キラキラしてるでしょ?」

そんな「キラキラした私」を全面的にアピールするのに「子宮」という文字が使われてるだけです。「嫌いな人に煽られても気にしない! 自分がよければそれでいい!」

子宮は全然関係ありません。

でも、ほしい言葉がもらえるから、キラキラしてるそこに近づきたいわけです。

子宮を温めたところでいきなり人間ポジティブになれるものでもないですし、そして実際温まるわけもないのですが、「私もこんなに自由に生きてみたい!」と、現代社会に蝕まれた窮屈な女子たちの共感を、子宮という、ちと神秘的なものを使って得たのが子宮系だと思います。

子宮を大事にするというのなら、きっちり婦人科検診も受けてメンテナンスしてください。「紙ナプキンは子宮を冷やす!」などと言っている場合じゃありません。紙ナプキンで冷えるなら、「発熱時、紙ナプキンに水分含ませて冷やすために貼っているんですか?」と問いかけたいぐらいです。

「カウンセラー」「アドバイザー」は怪しい資格

子宮系に限らず、スピ系のカウンセラーも同じように「ほしい言葉」で集客しています。カウンセラーって、自己申告で誰でもなれるって知ってましたか?

今後「公認心理師」という国家資格ができることとなりますが、「カウンセラー」とか「アドバイザー」は自称なんです。「資格」を名乗っていても、自分たちで作り、高額なセミナーを開いて資格を与えてというものだらけです。「安いセミナーは質が悪い」と言っているところさえある。

今、よく目にする「カウンセラー」も、NLP心理療法なるものを独学したと言います。「NLP療法ってなんぞや?」と心理士にきいても精神科医にきいても、「70年代くらいからある、五感に働きかけると謳うもので、そういえばそんなものあったなみたいな」という返事。別に現代の心療内科の治療で一般的に使われているわけじゃありません。

それがなぜ高額のセミナーを開き、講演をできるのかというと、規制がないからなんですね。時代で多少の違いはあるものの、常に見かける商法のようです。

それが絶対悪なのかというと、そこは医療者としては猛省すべきところです。一般の方が医療に求めているのは、病気を治すということ以外に、ヒーリング的なこと、癒しの要素も含んでいるわけです。

「医療は何もしてくれなかった」という思いの先

でも、医療者側にはそこまでできる余力やスキルがない。そして、ひたすら「傾聴」すればいいわけじゃないことも私たちは知っている。夢の治療を望まれたとき、現実に引き戻す冷徹さも時には必要になります。

その結果、ドン底のままの人へ差し伸べられるのが、スピ系の放つ「今あなたが一番必要な言葉」なんだろうと思うわけです。

誰にも相談できない、したってわかってもらえない、逃げ場がない。

そんな時に、スピ系の言葉がその人の支えになっているわけです。

スピ系が唱えがちな現代医療の忌避も、そのへんの「医療は何もしてくれなかった」という思いが軸になっている気がします。

周産期界隈がスピに絡め取られやすいのも、現代医学では説明のつかないことが多いし、答えのない場合もあるからでしょう。それでも、今を安心するために、あるいは現状から抜け出すために、必要な言葉があるわけです。「科学」は何もしてくれなかったわけですから、「感情」が救ってくれるわけですね。

そこからの「ワクチン忌避」であったり「西洋医療忌避」であったり、「普通の人とは違う」自然への回帰があるのではないでしょうか。他の人と同じ行動をとっていても問題にぶつかった人が多いでしょうから、脱却するためには「普通」から逸脱する傾向にあるわけです。

「そうか、生きたいように生きていいんだ」

「嫌なものを見なくてもいいんだ」

「今を受け入れれば幸せを感じられるんだ」

そこには自分を否定しない共感の世界があるのです。

医療は患者を癒せるのか?

ちなみにカルトへの入り口も一緒です。

まずは傾聴。基本です。長く話を聴けば、どんなことを訴えたいかがわかります。そこで共感です。

「そうだよね。こういうことだよね。つらいよね」

「この人はわかってくれる!!」

外来をしていても経験することですが、ほしい言葉を言ってもらえたときの患者の表情の変化やその後に寄せられる信頼はすごいものがあります。「あ、キマっちゃったな」と思う。そういう経験が、カルトでは上手に使われているわけです。孤独な人だと感動を伴いながら信頼感を深めていくことでしょう。居場所がそこにあるのだから。

しかし、共感があるだけで、現実は変わらないから、現実に戻ると問題はそこに横たわったままです。そしてさらに共感の場を求めて、スピにカルトに傾倒していく。

医療者が、そんなあなたの癒しになれていないことは反省していきたいです。

しかし、残念ながら医療は疾患を治すことに主眼が置かれがちで、心を癒すことはおざなりになりがちです。また、疾患を抱えていなくても、心の癒しを求めている人はたくさんいます。その穴を埋めるのは医療職だけでは到底無理ですが、高額なセミナーや受診の料金を負担させないカウンセリングが、民間や公的機関問わず必要であろうと思われます。

カウンセリングという名前がついていなくとも、私たちは身近な人によって必要な言葉がかけられ、心が癒される経験をたくさんしています。その延長上にカウンセリングがあるのであって、特殊な人だけが受けるものではないということを周知し、カウンセリングやメンタル面で医療機関を受診することの心理的なハードルを下げていくべきでしょう。

それでも、なかなか怪しいサービスとの線引きや、そこからのカルトなどへの傾倒を完全に止めることはゼロにはできないと推測しています。あとは、特に出版ですが、メディアが片棒を担いでる側面はありますので、そこへの規制、法的整備も必要だと思います。

厚生労働省がデマ医療広告のパトロールを始めました。金儲けスピ系にも続いてメスの入ることを願ってやみません。

訂正

「公認心理師」と漢字を訂正しました。


佐藤ナツ 産婦人科専門医

東京都出身。200○年、国立大学医学部卒。現在、総合病院産婦人科と総合周産期母子医療センターで勤務中。ツイッターでは「タビトラ」名義でつぶやいている。