一軍選手から球団職員に“転職”した男が語る「プロ野球チームの社員」という生き方

    全国各地で実施する「ビールかけ」の事前ロケ、西武ライオンズのホームが3塁側にある理由ーー。それらは球団職員の仕事だった。

    2006年、プロ野球選手から球団職員に「転職」した選手がいる。

    髙木大成。西武ライオンズの中心選手として活躍し、“レオのプリンス”としてファンに愛された。

    ⒸSEIBU Lions

    1995年にドラフト1位(逆指名)で入団。2年連続でゴールデングラブ賞を受賞し、97〜98年のリーグ二連覇にも大きく貢献した。

    しかしケガのため2005年オフに31歳で現役引退を発表すると、次の職場はコーチや解説者ではなく、西武ライオンズの球団職員だった。

    西武ライオンズの職員となった髙木大成氏(ワニブックス)

    異例の転職から15年。すでにプロ野球人生よりもサラリーマン人生のほうが長くなった。そんな会社員・髙木大成氏が、初の書籍として『プロ野球チームの社員』(ワニブックス)を書き上げた。

    「プロ野球チームの社員」(髙木大成)ワニブックス刊 / Via amazon.co.jp

    この記事では、本の中で語られるエピソードと髙木氏へのインタビューで得られた言葉から、プロ野球チームの社員という仕事に迫る。

    なぜ球団職員という道を選んだのか

    「選手は皆、引退してもユニフォームを着たいと思っていると思います。もちろん私も同様で、今もその気持ちは少なからず持っています」

    引退と同時に球団から職員転身の打診があったときは戸惑いも強かったという。ユニフォームを着る仕事への思いもあった。

    ⒸSEIBU Lions

    ただ年齢的にも新しいことに挑戦するならこのタイミングしかなかった。

    「32歳で引退したため、サラリーマンとしてセカンドキャリアを積むにはギリギリの年齢でした」と振り返る。

    プロ野球界の課題も感じていた。当時の西武ライオンズは常にAクラスと強く、松井稼頭央選手や松坂大輔投手のような注目選手が揃っていた。

    「それでも観客動員は右肩下がりで、そこへ追い打ちをかけるように2004年のプロ野球再編問題が勃発しました。ユニフォームではなくスーツに袖を通す決断をしたのは、少しでもライオンズの役に立ちたかったからです」

    そうして配属されたのは、新たに立ち上げられた「ファンサービスチーム」だった。

    最初の仕事はひたすらファンにサイン

    「開門直後からゲート付近に立って、ずーっとサインをしまくっていました」

    現在と比べるとプロ野球チームのファンサービスはまだそれほど充実していなかった。初めて球団運営の仕事に関わる髙木氏にできることはファンの前に立ち続けることだった。

    そして徐々に仕事で成果を出し始める。試合を盛り上げるチアリーディングチーム(現在の「bluelegends」の前身)を結成したり、主催カードの見どころを紹介する冊子を発刊するなどいまも続く施策に関わってきた。

    入社1年目から球団公式サイトに「TAISEI LABORATORY(大成ラボ)」というコーナーをスタートさせ、ファンからの意見やアイデアも取り入れた。

    「経歴や肩書など、余計なプライドを持たず相手をリスペクトすること。分からないことは素直に分からないと認めること。『ありがとう』と『ごめんなさい』を素直に言えること」

    慣れない環境で結果を出す、仕事をやり抜くにあたっての心構えや秘訣を聞くとこう返ってきた。

    「そして、決して楽をせず自ら体感し、頭で理解するのではなく、体で理解することを心掛けています」

    2008シーズンからは「サラリーマンナイト」が始まった。平日の試合後、社会人の観客を対象に、直前まで試合が行われていたプロのグラウンドで髙木氏のノックが受けられるというイベント。

    新型コロナウイルスの影響でノックこそやっていないが、いまでも帰宅の際の密の回避を目的として埼玉西武ライオンズの主催試合後にグラウンドに入ることができる。

    BuzzFeed

    2019年9月、優勝マジックが5となった試合

    埼玉西武ライオンズのホームが3塁側にある理由

    この本にはさまざまな球団運営の裏話が書かれている。なかでも面白かったのは「球場のホーム」の話と「ビールかけのロケ」「2019年の優勝シーンの映像」に関するエピソードだ。

    10年以上前、久しぶりに埼玉西武ライオンズの本拠地に行って驚いたことがある。ホームチームであるライオンズのベンチが3塁側になっていたからだ。

    一般的にプロ野球では1塁側がホームになっていることが多いが、ライオンズが3塁にホームを移したのは2008年オフのこと。これには髙木氏も関わっているという。

    プロ野球のテレビ中継でよく使われるのが、1塁上にあるカメラが捉える内野ゴロの処理。そのときに1塁から3塁方向がテレビに写ることになるが、3塁をビジターとしていると試合によってはお客さんの入りが少なく、寂しく見えてしまう。

    だが、これを逆にして3塁側をホームとすると、よくカメラに撮られる3塁ベンチ上にたくさんのお客さんが映り込む。自然とにぎやかな感じが出るというわけだ。

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    2019年6月の交流戦。3塁側をホームにするとこの角度で人がたくさん見える。

    「ビールかけ」は全国各地で事前ロケをしている

    現在の髙木氏の担当部署は事業部メディアライツグループ。仕事内容は試合の中継映像を制作し、テレビやネットの配信事業者に販売すること。

    そこで意外と大変なのが、優勝時に恒例となっている「ビールかけ」だという。これには多大な苦労があることが、「プロ野球チームの社員」という本には書かれていた。

    当たり前だが、チームがどこで優勝するかは読めない。あと1勝というところから足踏みすることもあるし、2位チームが負け続けると一気に優勝が早まることもある。

    だから遠征先の各地で優勝したときのことを想定し、すべての球場周辺でビールかけに適した会場を押さえ、テレビ局などの報道陣と事前打ち合わせをする必要があるという。

    なんとこの準備は8月下旬から始まっており、優勝の可能性がある全チームが用意しているそうだ。優勝できなかったチームはもちろん、優勝チームでさえ、1つの会場以外は空振りとなってしまう。

    あの短い時間のイベントにここまで準備をしているのか、と驚きしかない。そして2018年、19年はライオンズが見事優勝した。準備が報われたわけだ。

    「ライオンズ優勝の瞬間の映像」を提供してくれた千葉ロッテ

    映像に関する裏話としてこれも面白かったのが、千葉ロッテマリーンズとの心温まるエピソード。

    2019年、埼玉西武ライオンズは2連覇を達成した。優勝を決めたのは千葉ロッテの本拠地「ZOZOマリンスタジアム」だった。

    そうするとその試合に関する映像権利は千葉ロッテが持つ。ライオンズは自チームの優勝の瞬間の映像を使うには千葉ロッテから購入しなければならない。

    しかし「その1試合はいいですよ。優勝ですから、どうぞ使ってください」と千葉ロッテ側から言ってもらえたそうだ。

    パ・リーグはリーグ全体で盛り上げるべく、チーム間でさまざまな共同事業を展開している。そのつながりがあるからこそ、このような「ご祝儀」を融通しあう関係ができているのだという。

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    ZOZOマリンスタジアムにて、スマホで撮影した2019年優勝の瞬間

    球団職員になってよかった?

    「選手は皆、引退後もユニフォームを着たいと誰もが思っていると思います。もちろん私もそのひとりです」

    いつかはまたユニフォームを着たいという気持ちはあるのか、そう聞くと率直な答えが返ってきた。

    ワニブックス

    実は髙木氏は西武ライオンズからグループ会社のプリンスホテルに異動したこともある。2011年から約6年間ホテルに勤務し、パーティーの配膳係からフォークやナイフ、おしぼりの準備、ディナーショーの誘導係も担当した。

    慣れない業務ながら元プロアスリートの体力と馬力で、少しずつ自分の仕事にしていった。リニューアルした客室のプロモーションに加わり、コンセプトつくりから関わったのは「とてもやりがいのある仕事でした」と振り返る。

    球団職員の仕事にも、プリンスホテルの仕事にも、野球人としての経験が生きたという。

    「選手時代の度重なる怪我による手術やリハビリで感じた孤独感や、脳からの信号が思うように体に伝わらないことへの苛立ち、戦力外への不安などの精神的な苦しみも経験したことで、引退後のハードな仕事も乗り越えることができたのだと思います」

    そして2017年。また西武ライオンズの球団職員に着任した。2018年からチームは2連覇。かつての常勝軍団らしさも戻ってきた。

    最近はテレビでプロ野球中継を目にすることは少なくなったが、ネット配信の環境が整ったことでプロ野球人気はむしろ高まっている。

    「ライオンズの価値や魅力を今後も向上させると同時に、企業として健康経営を推し進めていく必要があります。その中で、選手やチームのこと、コーチングやマネジメントのノウハウを深めることはもちろんですが、当然ビジネスのことも深く理解していなければなりません」

    球団単体でビジネスを確立させようという動きがパ・リーグの球団中心に起こり、収益面でも好調のようだ。西武ライオンズも主催試合への来場者は2018年が176万3174人、2019年は182万1519人と右肩上がり(2020年はコロナの影響で減った)。

    球場も昔とはだいぶ変わった。いまはご飯がおいしいし、トイレはきれい。スマホがチケット代わりになり、以前より若いお客さんが増えたように感じる。

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    2021年も間隔を空けながら野球観戦を楽しむファンがいる

    最後に聞いた。球団職員になってよかったですか?

    「もちろんです。幼い頃から見ていたライオンズが今も強いライオンズとして存続し、またその社員として働かせていただいていることに感謝しています。ひとりでも多くの方にライオンズファンであることを誇りに思ってもらえるように、今やるべきことを全うしていきたいと思っております」

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    プロ野球はゲーム以外も面白い。

    球団はどのように運営されているのか、そのビジネスの仕組み、具体的な日々の業務などは意外と知られていない。

    この『プロ野球チームの社員』という本は野球ファンだけでなく、すべてのビジネスパーソン、あるいはこれから仕事を始める若い人におすすめできる「社会を知る本」だった。

    もちろんこれを書いたのは元プロ野球選手・髙木大成氏ーー。ビジネス書としても、1人の野球人の自伝としても楽しめる。

    当時の活躍を知る人ならきっと胸が熱くなる1冊だ。