『スマホを落としただけなのに』著者、いま一番落としたくないものを語る

    作家の志駕晃さんに聞いた。

    ミステリー作品『スマホを落としただけなのに』の第二弾映画が公開中。著者の志駕晃さんは普段はラジオ局に勤務しながら48歳で小説を書き始めたという遅咲きのベストセラー作家だ。

    そんな志賀さんに、商売道具とも言うべきスマホのこと、副業でヒットを生み出す秘訣について聞いた。

    ーー『スマホを落とした〜』シリーズが代表作ですが、ご自身はスマホを落として困った経験はあるんですか。

    志駕:ええ。年に2回ぐらいコンスタントに落としていまして。

    ーーそれは……結構多いですね。

    志駕:携帯電話時代は本当によく落としていました。それなりにお酒を飲むので、飲んでタクシーの中で電話してそのまま降りちゃうみたいなのが圧倒的に多くてですね。

    幸いにも、殺人鬼に拾われることはなかったですけどね。ちゃんと返ってきていることが多いです。ただそのときに、スマホがないともう何もできないなみたいな経験があったんで、それは作品のヒントには使いました。

    あと、どうやって探し出すかみたいなところにも結構ノウハウがあって。そういうのはネタにしましたね。

    ーー今だと「iPhoneを探す」機能とかで場所はわかっちゃいます。

    志駕:そうなんですよ。最近は簡単にわかるようになっていて小説になりづらいなぁ…と。

    48歳から書き始めた小説。朝2時間の執筆でコツコツと

    ーー小説を書き始めたのは48歳からと、かなり遅いんですね。

    志駕:何か物を書くっていうのは昔からやっていて、小・中学生のときに短編の小説を書いて、漫画も描き始めてるんですよ。一応商業誌デビューもしたんですけど、やっぱり漫画とサラリーマンってさすがに両方できなくて。

    ずっとラジオ番組をつくる仕事をしてきたんですけど、ちょうど40代後半くらいで一度、制作側から離れる時期がありました。

    そのときに「小説だったらサラリーマンやりながらできるんじゃないか」と思って書き始めたら、意外と書けたんです。それが運よく『このミステリーがすごい!』大賞の<隠し玉>作品に選ばれて、いまに至るという感じです。

    小説は漫画と違って絵がいらないんです。その分早く書けるし、3〜4カ月書けば1冊の長編になるんですよね。漫画って3カ月やっても本にならないですからね。小説は効率がいいなと思っています。

    ーー仕事をやりながら、どういうスケジュールで書かれているんですか。

    志駕:基本的には朝起きて2時間書く。それだけですね。校正とか二校・三校の作業になってくると、それ以外の時間も使ったりするんですけど。結局、人間って、あんまり長い時間集中できないじゃないですか。

    だからたぶん専業作家になったところで6時間も8時間も書けない。一番集中できる朝に2時間ずつ書いて、翌日までに次の展開の調べものとか、資料を見たりとかやっています。それで毎日コツコツ書いていく。

    長編小説って基本マラソンなんですよ。いきなりスパートかけると絶対駄目で。ちょこちょこちょこちょこ書いてると、意外と溜まっていくっていう。

    ーーそれで出した本がいきなり賞を取られて。

    志駕:そうですね。でも本当にデビュー作が映画になったっていうのが一番ラッキーでした。しかも映画が当たったっていうのが、ダブルでラッキーで。

    本当にキャスティングが良かったんです。当たった途端に、パート2もやるという話になって。そこから先は本当に予想を超えてますね。ビックリしています。

    若くして作家になるのは大変。理想は定年後?

    ーーそうしたヒットを生むにあたっては、ラジオ局で番組をつくってきた経験も生きてるんですか。

    志駕:最初に『スマホ』を書いているときに、本になれば売れるなとは思っていました。これはヒットするだろうなと。こういう小説ってありそうでなかったから。本になったら当たるだろうと思ってたので、そんなに違和感はないんですよね。

    僕がラジオ番組のディレクターでこの原作があったら、ラジオドラマにしたいなと絶対思うだろうし、ほかの小説とはちょっと次元が違うなと自分でも思っていました。自分のマスコミの経験値は結構参考にしています。

    ただ、そんなに当たらないですけどね。ラジオ番組はほぼ全部当てたんですけど、小説のほうがやっぱりライバルが多いんですよ。

    ーー単純に本を書く人が多いということもありますよね。

    志駕:圧倒的に多い。あれだけ本がいっぱい出てるから、面白くても本屋さんの店頭に何週間、何カ月並ぶか、その間になにかしら火が点かないと売れないんです。

    小説を書いてみて、本を売るのはこんなに難しいんだって本当に実感しました。そもそも作家は若くしてなっちゃ駄目です。なかなか食えないですよ。特に専業作家になったら、結構厳しいです。

    一番いいのは定年になってから小説を書き始めて、楽しい老後を過ごすっていうのが理想的だと思うし、そのぐらいのほうが、たぶんいいものが書けるんですね。

    いま自分の処女作を改稿してるんですけど、最初に書いた作品って、もうなんかいやらしくて駄目なんです。力が入りすぎちゃって。

    ーー力が入りすぎるとは?

    志駕:全然面白くないんですよ。ある程度力が抜けてからのほうが、面白いのは書けると思います。「趣味で書こうかな」ぐらいの感じでやってるほうが、意外といけるような気がしますけどね。

    映画最新作はあの『パラサイト』と比べても遜色ない

    ーー2本目の映画が公開されていますが、ご覧になってどうですか。

    志駕:2本目は、とにかく成田凌なんですよ。この映画は1のときもそうなんですけど。どういうふうに演じてくれるかなっていうところと、2のほうが成田凌役の人の内面だったりとか、いろんな人間的な幅が出てくる。

    本のほうでは叙述トリックを使った大どんでん返しいっぱい入れていますが、映画でもそこは頑張ってくれて、あれだけひっくり返す日本映画ってたぶんないはずです。

    『パラサイト』という韓国映画がアカデミー賞を取りましたけど、全然遜色ないと思っています。自分でもミステリー映画がまた違う段階に入ったなって思えた作品なので、ぜひ皆さんに見ていただいて感想を聞かせてほしいです。

    ーーアカデミー作品賞クラスの出来になっていると。

    志駕:いや、全然遜色ない。むしろ越えてると思います。

    オーディオブックというメディアの優れた点

    ーー原作と映画と、あとオーディオブック版もあります。それぞれ微妙に違ったりするものなんですか。

    志駕:これは全然違いますね。要するに、原作は音も絵もない、映画は音も絵もあるけど文字がない、オーディオブックは音があるけど絵と文字がない。メディアが全然違うんですよ。

    見て一番ガツンとくるのは、やっぱり当然映画だし、オーディオブックはオーディオブックで声優さんの演技っていうのがあって、これがアニメの演技とはまた全然違う。

    なぜかって言うと、アニメっていうのは絵があるから、かなり誇張した演技をする。割とデフォルメして大げさに演じるんですよね。

    オーディオブックの場合は絵がないので、大げさにやっちゃうと嘘くさくなるんです。だから、割と抑えた演技というか、リアルな人間の会話みたいになる。

    そうすると、声優さんって、そもそも声の役者としては超最高峰なので、その作品としての面白さが一気に高まる。

    これは映画を観たあとでも、原作を読んだあとでも、また全然違う味わいがあるので、ぜひ聞いてほしいと思いますし、8〜9時間かけて1作品を聞くっていう体験もそれはそれで面白いです。

    オーディオブックは何か別のことをしながら聞けますから。満員電車の中だとか、ランニングしてるときとか。あんまり能動的に本読みたくないっていうタイプの人であれば、オーディオブックで楽しんでもらうといいと思います。

    一番怖いのは、原稿を落とすこと

    ーー今後の創作活動についてですが、スマホ以外になんか落とすと面白そうだなっていう物、ありますか。

    志駕:落とすと面白そうなもの。なんですかね。原稿、ですかね。

    最近、女性セブンで連載を始めたんです。珍しいでしょ。女性セブンって今まで小説の連載がなかったみたいなんです。

    もう書き始めてるんですけど、週刊連載なので毎週締め切りがあるんですよ。なので面白いというか、一番怖いのは、原稿を落とすことですね。

    ーーじゃあ『原稿を落としただけなのに』みたいな本がそのうち…。

    志駕:出たら、えらく怒られるでしょうね。