28歳、YouTuber、大手商社を辞めて新たな挑戦へ

    「おさとエクセル」の長内孝平さん、28歳。

    大手総合商社に勤務し、順調にキャリアを積み重ねてきたが、あるとき趣味で始めた動画投稿が思いのほか楽しくなってきた。ついには会社を辞め、YouTuberとして独立ーー。

    表計算ソフト「Excel」の使い方を解説する動画で一躍人気となった「おさとエクセル」運営者の長内孝平さん(28歳)だ。

    子どもが生まれたタイミングで青森へ

    ちょうど子どもが生まれたタイミングだった。東京を離れ、両親の住む青森に戻った。いまは実家兼スタジオで動画を撮影する日々。

    その勇気ある決断に、聞いてるほうがハラハラするが、本人は落ち着き払ってこう語る。

    「僕の中では腑に落ちている、必然的な選択なんです。いまはひたすらに動画コンテンツをつくり続けたい。それに集中できる環境をつくるためです」

    奥さんとしてはどうなのか。子どもが生まれたばかりで夫が大企業を辞めて、YouTuberになってしまったのだ。

    「妻は全然ありだそうです。アメリカ人なので、そもそも僕が勤めていた商社自体を知らなかったですし、青森に住むことも『東京にも福岡にも近いし、いいね』って。アメリカの規模で考えればどうってことないみたいですよ」

    YouTubeという図書館にはまだ本が少ない

    動画投稿は2015年頃から始めた。いまでは長内さんの動画チャンネルを購読している人は3万人近くにのぼり、総再生回数は170万回を超えた。エンタメ色の強いYouTuberのなかでは異色の存在で、一躍人気となった。

    将来、YouTubeは動画版図書館のような存在になるはずーー。そう長内さんは考えている。

    しかしその仮想図書館はまだ、例えるならマンガや小説などのエンタメ作品が増えてきた段階。面白くて笑えるYouTuberはたくさん集まってきたが、本屋には当たり前に置いてあるビジネス分野の実用書や人生を本当に変えてくれるような本はまだ少ない。

    「そこのコンテンツを提供できるような一大プレイヤーになりたいな、と思っています。これから粛々と本を並べていくところです」

    動画をつくり始めたきっかけは、学生時代のアメリカ留学だった。動画メディアがいち早く流行っているなかで、自然と自分も何かやりたいと思うようになった。

    意識的に空いてるカテゴリを狙った

    エンタメ系コンテンツはレッドオーシャンに見えたが、一方で自らの得意分野であるスキル開発系のコンテンツが「まだ空いてる」と考えた。目をつけたのは、多くのユーザーを抱えるExcelというソフトだった。

    その選択は功を奏した。従来のテキストだけではわかりづらい実際の操作の動き、生の声を交えた解説で、視聴者に深く刺さっていった。

    Excelはあらゆる業務で使われる基本的なソフトだが、それをしっかりと学びたいと考えている人はかなり多いという。

    長内さんの動画を見ている層は25歳から44歳が60%を占めていて、男女比的には8対2で男性のほうが多い。「Excelの操作方法なんて検索したらすぐ出てくるのでは?」なんて思うのは一部の人だ。

    ググるキーワードが思い浮かばない、調べ方すらわからない。そういう人もたくさんいる、と長内さんは話す。まず本を一冊買って学んでみようかなーー。そう考える真面目なビジネスマンがいまや動画でExcelを学んでいるのだという。

    「できるシリーズ」で動画が本になる

    そんな長内さんに目をつけたのが、長年ビジネス系ソフトウェアの解説書を出してきたインプレスという出版社だ。1994年から約四半世紀にわたって人気を誇ってきた「できるExcel」シリーズに、今年ついにYouTuberを起用した。

    2月に長内さんを著書として「できるYouTuber式 Excel 現場の教科書」が発売された。本のレッスンに記載されているQRコードをスマホで読み取ると、そのまま動画解説も見られるというYouTuberならではの仕掛けが好評で、担当編集者いわく「かなり売れています」。

    長内さんは今後は現在のExcel動画チャンネルを育ててきたノウハウを使って、語学やマーケティング、ファイナンス、企業会計などこれまでの会社員経験を活かせる分野に狙いを絞って展開していくという。

    YouTubeチャンネルのドミナント戦略。

    「いろんな分野のビジネス系YouTuberをスペシャリストとしてどんどん養成しようと思っています。撮影技術や話し方、見せ方の工夫は全部仕組みとして落とし込んでいます」

    ちなみに、まもなく公開する英会話動画に登場するのは長内さんの奥さんだ。英会話コンテンツは多数あるが、ビジネス教育という観点のプレイヤーにはまだ「空きがある」と見ている。

    「いい世の中をつくりたい、究極的には」

    キラキラした表情で未来を語る長内さんに最終的なゴールを聞くと、「いい世の中をつくりたい」という意外な答えが返ってきた。

    「僕はガチガチのミッションベース人間だと思っていて、やっぱり純粋に人の役に立って、いい世の中をつくれたらいいなと思っているんです。まあそれだって自分のためにやっていることなんですけれど、究極的には」

    いい世の中とは何だろうか?

    それはポテンシャルを持った個人が一歩を踏み出してチャレンジできる状態だという。

    「みんなどこか人生に悩んでいると思うんです。何か始めたいけど学ぶ時間がないとか、マーケティングのスキルがなくて表舞台に出られないとか、あるいはトレンドをあまり掴めず機会を捉えられないとか。そういう課題解決を、僕のチャンネル上で提供していきたいです」

    だから、まずは時間を生み出すためにエクセルの効率的な使い方を教えている。長内さんのチャレンジもまた始まったばかりだ。

    「いい世の中って、すごくばっくりした曖昧なイメージですけど、要は各個人が一生懸命がんばれるための手助けができればいいやって思っています。会社名がそんな感じなんです。『Youseful』っていう社名なんですけど、『You』なんですよ。あなたの役に立ちたい、というシンプルな想いを込めています」