普段、便利にネットで買い物をしているのに、野菜やお肉、魚などの生鮮食品だけはわざわざスーパーまで買いに行く。ネットでポチッと買って即配達してくれたらすごく楽なのに…と思う。
一応「ネットスーパー」というサービスをいろんなスーパーが展開してはいるものの、ずっと前に使ってみて挫折したことがある。どうも使い勝手に良い印象がない。
「もっと便利にならないの? 最近のネットスーパーはどうなのよ」
そんな疑問を、スーパーのEC化を支援する事業「Stailer」(ステイラー)を展開する株式会社10Xの代表・矢本真丈さんにぶつけてみました。
矢本さんはイトーヨーカドーをはじめ数々のネットスーパーとアプリを立ち上げた「デジタル×スーパー」のプロ。おすすめ商品なんかも教えてもらいましたよ。

なお、この取材はClubhouseというSNSの中で“公開取材”という形で行われました。約1時間にわたるインタビューの模様はほぼ全編ノーカットで矢本さんのPodcast「ゼロトピック」にアップされています。
全部記事にするには長すぎるためカットした部分がたくさんあります。よかったら上の再生ボタンを押して元音声のほうを聴いてみてください(なお記者と矢本さんはお互いに音声の公開を了承しています)。
注文後に「やっぱりありませんでした」が起きるサービスだった
ーーいきなりですけど、ネットスーパーって10年以上前に使ったことがあって、そのときはどうも使いづらいと思って、すぐに離脱しちゃったんです。
矢本:それはめちゃくちゃわかります。
鳴海さんが以前利用されたとき、たとえば具体的にどういうところに不便さを感じましたか?
ーースマホのブラウザか何かでアクセスしたらログインの仕方がやや複雑で、かつ、いつ届くのかも、送料がいくらなのかもわかりづらくて、サイトから買える商品も少なかった。これならスーパーに行ったほうが早いと思ってしまい、あまり使いこなせなかったです。
矢本:全部そのとおりですね。まさにそのあたりが、ネットスーパーがずっと世の中のスタンダードになりきれなかった理由だと思っています。
たとえば、最初に利用するときの会員登録フォームはめちゃくちゃ長いし、住所も電話番号も聞かれるし、クレカの番号も登録する必要がある。利用する前になんでこんなに情報を入れなきゃいけないの?みたいな。
あとは、今もまだそういうところは残っているんですけれど、ネットスーパーだけは注文した後でも「やっぱりありませんでした!」と言われがちなサービスなんです。
たとえば、明日の献立は何にしようかなと考えて、玉ねぎとほうれん草と豚肉とか、いろいろな食品をカートに入れる。だいたい平均二十数点くらいは入れるんですけれど、最後に注文してクレジットカードでチェックをするじゃないですか。
そうしたら、お店の人から次の日に電話がかかってきて、「すみません、玉ねぎがきれてます」みたいな。ふざけんな、という(笑)。
ーーそれはもう、最悪の体験じゃないですか。
矢本:ネットスーパー以外にはほとんど起きないですよね。Amazonで本を買っても、本が届かないなんていうことはないじゃないですか。
ーーないですね。
矢本:これが今までのネットスーパーでした。では、これをなくすためにどうしたらいいのかということが、まさに僕らが取り組んでいるところ。たとえば在庫の連携。まずは、お店にある在庫を正確に把握できるようにするためにはどうしたらいいのか。

そして20点〜30点注文があったとしたら、それを代わりにピックアップしてあげるんです。数万点の商品の中から。それはめちゃくちゃ大変。
それがゆえにコストがかかるとか、配送料が高いと思われてしまう。会員登録もまだ無駄が多い。
こういうものを全部まるっと見直す必要があって、僕らがまさにStailerで取り組んでいるところです。すでに直せている部分もあるし、まだ直せていない部分もあるんですけれど、基本的には今後よくなっていくと思っています。

スーパーの入口に必ず野菜売り場がある理由
ーーイトーヨーカドーのアプリを実際に使ってみると、いろんな改善点が見えました。10Xがネットスーパーのアプリをつくる際に、特にここを意識しているというものはありますか。
矢本:あります。ネットスーパーを使われる方は、店舗に来店するような気持ちで使われているんです。
スーパーって自動ドアが開いたらまず果物があって、それから野菜があって、それからお肉とか鮮魚があって…。

ーーたしかに、感覚でわかるんですよね。どこに何があるか。
矢本:そうなんですよ。それから総菜があって、こっち側には調味料があるだろう、みたいな。そういう並びがあって、自分のお気に入りの品物がどこにあるかというのがわかっている。それを順番にめぐっていくという体験じゃないですか。
実はあれって、ものすごく研究されてつくられているんです。
たとえばお野菜と果物は旬があります。野菜、果物、魚。このあたりは旬が強い生鮮食品です。旬があるということは、52週間、1年中おすすめが変わるんです。

やっぱり僕ら消費者って、新規性のあるものとか、レコメンドのトップになるものがほしいじゃないですか。だから、野菜とか果物は一番前に立っているんです。
ーー へー!面白いですね。
現場から進化したスーパーの売場の世界
矢本:そして奥に行くとだいたい総菜売り場があります。総菜というのは、だいたいのスーパーさんの場合において、お店の中で加工するんです。
加工するということは、調理のにおいが発生します。それをお店の奥から出したいんです。今はこういうものをつくっているよ、とお客さんに知らせるために。
できれば調理の様子も見えるようにしたり、換気の具合でお客様ににおいが伝わったりするように設計してあるんです。そして大事なことに、実は粗利が高い。
なので、お野菜を理由に入ってきてもらって、奥のほうで粗利が高いものに惹きつけられて買ってほしい。それがスーパーの店舗設計の戦略なんです。それがあまりによくできているので、どの会社さんもそれをやっているということです。
ーーなるほど。スーパーって本当に考えられているんですね。入口からの順番とか、あの呼び込みくんの音楽とか。
矢本:たぶん、これは現場の力だと思うんです。カリスマ店長と呼ばれているような人達が、こうやってここに棚を置いてみよう…って。
1950〜1960年くらいがスーパーの第一創業期なんですけれど、そのくらいの時期にめちゃくちゃ頑張ってきた人、それこそイトーヨーカドーさんの伊藤さんのようなレジェンドの人達がつくってきた売り場なんです。
そのノウハウを上手くデジタル上でトレースできるように、僕らがUIとかUXの設計をして提供しています。そのうえで、デジタルだからこそできることって何だろう?と常に考えて付け足しています。
意外と便利な「1週間後の買い物予約」
ーーデジタルだからこそといえば、イトーヨーカドーネットスーパーのアプリを触ってみて地味に便利だと思ったのが、3日後とか、1週間後とか、「未来の予約」もできるところでした。

矢本:実はこれは、去年の8月くらいに出た、肝いりの機能だったりするんです。
それまではイトーヨーカドーさんも、今日と明日の分しか予約できなかったんです。今では1週間先の分まで予約できます。この日は家族でこれを食べたい、この日は人がたくさん来るからお肉をたくさん買っておきたい。
そういった準備を事前に予約しておくという使い方ができるようになっています。
あと、ネットスーパーはお店から発送している会社が多いんですけれど、お店から発送しているがゆえに、お客様のものを荷詰めするのは直前なんです。なので、ある時間までは注文したものをお客様が変更するということを許容しているんです。
たとえば、今日のうちに注文して、明日の何時に届けてね、ということで注文したんだけれど、だいたいスーパーに行くと買い忘れをするじゃないですか。
ーーよくします。だいたいレジを通った後に思い出すんですよね。
矢本:そう。それがネットでも起きるんですけれど、ネットスーパーでは注文を変更するということができるんです。なので、ネットスーパーを使い始めてから買い忘れがなくなったという声は、地味にめちゃくちゃあるんです。
会社によるんですけれど、だいたい届く6時間前くらいまでは変更可能です。たとえば今日夕方に注文しておいて、翌朝の9時に「あ、牛乳を入れるのを忘れてた!」と気づいたら、すぐに牛乳を入れてチェックアウトをし直すと、午後の同じ便で牛乳も持ってきてくれる。
ーーそれはすごくいいですね。
矢本:明確に便利ですよね。そういう声はお客様からよくいただきます。

震災と友人の死によって、人生観が変わった
ーーもともと矢本さんの起業の背景というのはどこにあったんですか。
矢本:10Xを創業する前は、短い期間ですけれど、メルカリという会社にお世話になっていました。
その前は、スマートフォンで子供服を売るという事業を自分で起業していました。さらにさかのぼると、新卒では商社に入り、そのあとNPOに行ってみたりして、あまりキャリアが一貫していないんです。
個人的な人生的な転機は2つありました。1つは、東北の大学院に行っていたんですけれど、そのときに3.11の地震を経験して友人が亡くなったこと。そして自分も死んでいたかもしれない、という経験があったことです。それ以降、明日死んでも後悔したくないという人生観になりました。
もう1つは、NPOで仕事をしていたときに、Googleさんから資金調達して仕事をするという珍しい仕事をさせてもらっていたんです。
ストリートビューというプロダクトがありますよね。福島県の浪江町という、当時原発の影響で人が立ち入れなかったエリアにストリートビューの撮影車を走らせたんですけれど、その調整をNPOでやらせてもらいました。
そうしたら、そのストリートビューが1時間でものすごい人数に見られたんです。それこそ、世界中からアクセスがあった。それを見た瞬間に「プロダクトで生きていこう」と決めたんです。
それ以降の仕事は、ずっと何らかのプロダクトをつくっています。
10Xという会社も、技術とプロダクトの力を使って、将来必要になる非連続なものを社会につくりたいとの思いで起業しました。
ネットスーパーのプロが実際に買っているものは?
ーー矢本さんのツイートを拝見していたんですけれど、めちゃくちゃレアな「セブンプレミアム」商品がイトーヨーカドーのネットスーパーで売っているんですね。
矢本:売っているんですよ。例えば空輸で届く大間のマグロがセブンプレミアムで売っています。もちろんセブン-イレブンの店舗では買えないです。イトーヨーカドーとネットスーパーだけで買えるものなんですけれど、それがめちゃくちゃ美味いんです。
IYネットスーパーでレベチなマグロが届いたんだけど空輸で仕入れたセブンプレミアムらしい…恐ろしい(うまい
同じように、僕はシメサバも好きでよく買っています。魚が一押しです。イトーヨーカドーはものすごくお魚に力を入れています。
セブンプレミアムのシメサバをネットスーパーで買って、家で炙るとエイトどころかナインプレミアムくらいになる
他にもセブンプレミアムという屋号はついていないんですけれど、お寿司もつくっています。これは裏技なんですけれど、セブンプレミアムの刺身を使って、握ったものが買えるんです。
なので、ヨーカドーは寿司のレベルがめちゃくちゃ高いんです。
ーー「セブンプレミアムの魚を握った寿司」という響きが、もう最高ですね。
矢本:最高ですよね。
コンビニの人気商品もネットで買えば確実
ーーセブンプレミアムって実はコンビニで売っているのは一部で、イトーヨーカドーの店舗とかネットスーパーに意外な商品があるんですよね。
矢本:そうなんです。あとコンビニで売れ筋の商品も、ネットの配送で買えちゃうというのは、実は知られていない価値だったりするんです。
セブン-イレブンでは中本のカップラーメンが売ってますよね。セブンプレミアムの人気商品の1つなんですが、あれもイトーヨーカドーのネットスーパーで買えます。
なので、わざわざコンビニに行かなくても買える。個人的に好きなのは、セブンプレミアムゴールドという、セブンプレミアムよりさらに1個上のシリーズにある、おかきとかピザ。在宅勤務用にたくさん揃えています。
ーーたしかに、好みのセブンプレミアムとかセブンプレミアムゴールドを買う場所としてネットスーパーってありですよね。セブン-イレブンまで歩いて行って売り切れだったときのショックって大きいですから。
矢本:けっこうコンビニでは売り切れてますよね。
ーーそういうときは2、3件まわりますから。
矢本:人気商品が確実に買えるというのは、知っている人だけが知っている大きな価値だと思います。
マグロもぜひ食べてみてください。ただ、卸されている店舗が限定されているので、お住いの地域のヨーカドーにあったらラッキーです。
ーーこっそり記事に書いておきますね。「大間のマグロを全店舗に導入してほしい」って。