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将来の子宮頸がん予防よりも、目の前の不安を優先 お母さんたちは人間らしい選択をしている

上田豊先生の講演詳報、最終回。どうしたら目の前のワクチンに対する不安から、将来の子宮頸がんの予防意識に変えていくか、行動経済学の視点からその方策を探ります。

子宮頸がんを治療してきた産婦人科医として、病気で苦しむ女性を少しでも減らすために、HPVワクチンの効果や、接種がストップしていることの影響を研究してきた大阪大学産科婦人科学講師の上田豊さん。

講演詳報の最終回、第3弾では、このワクチンに不安を抱える対象世代の親子がどうしたら受ける気持ちになるのか、インターネット調査や行動経済学の観点から考えます。

HPVワクチンを娘にうたせていない母親2060人に調査

最後にどうしたら日本で子宮頸がんの対策を実効性高くやっていけるのかという話をしたいと思います。

現状、ワクチン接種が止まっていますが、ワクチンを接種しないという意思決定はどのようになされているのか、2015年5月にインターネットでアンケート調査をしました。

対象は、ワクチン対象年齢(小学6年生〜高校1年生)の娘さんがいるお母さん2060人です。

娘さんにワクチンをうたせる条件を聞いてみたところ、条件なく接種しますという人は0.2%でした。これはまさに今の接種率に近いものです。

積極的勧奨を再開して、知り合いが接種したら21%がうちそう

国が「積極的勧奨」(自治体から対象者に個別にお知らせを送るようにすること)を再開したら接種させるという方は3.8%でしたので、今後、積極的勧奨が再開されると4%ぐらいは速やかに接種が戻ると予測されます。

次に、周りや知り合いが接種したら接種するという人が16.9%おられました。

勧奨が再開されるとじわっと進んで、最大限、これらの合計の21%ぐらいに自然波及する可能性があるだろうと言えるわけです。

ところが、50%以上の人は、「同世代の多くの子が接種しないと接種しない」と考えています。

行動経済学から考えると、「同調効果」が鍵を握る

この同世代の多くが接種したら、というのは行動経済学でいうと、「同調効果」と呼ばれています。

日本人は、隣人の行動を見て自分の意思決定をする傾向にあります。「空気を読む」なんていうのは日常的に使われている用語です。いかにも日本人らしい考え方です。

みんながワクチン接種するまで意思決定できない心理というのをもう少し行動経済学的に考えてみたいと思います。

本来ワクチンを接種するかしないかというのは、ワクチンの副反応のリスクと、その先にあるワクチンを接種するメリットを比較して判断するということです。ワクチンのメリットは、子宮頸がんにかかるリスクを60%下げられるということです。

では副反応のリスクはどうかというと、厚労省に報告されている「重篤な副反応疑い」(副反応と確定したわけではない)がすべて副反応だとしても0.007%程度です。

少ない確率ほど、自分に降りかかってくるかもしれないと感じる心理

ただ、少ない確率、ゼロに近い確率というものを、人間は高く感じてしまうわけです。

副反応は0%ではないから、誰かはあんな風になってしまうのではないかと心配してしまいます。これは行動経済学では、「確率加重関数」と言われています。

逆に高い方の確率、子宮頸がんが60%予防できるというのも、「100%防げるわけじゃないんでしょう?」ということで実際よりも低く見積もられてしまうわけです。これが人間というものです。

テレビで見かけた「副反応のかわいそうな子」が浮かんでしまう

さらに「利用可能性バイアス」という概念があります。

思い浮かびやすい事柄を優先して評価してしまう心理です。

例えば、CMに出てくるから、高品質や割安という証拠は全くないわけですが、つい私たちはそれを買ってしまいます。何かを判断する時に、パッと思い浮かぶこと、それで行動を決めてしまう。

HPVワクチンに関して言うと、副反応報道は繰り返し行われました。

多くの方々はHPVワクチンというと、「副反応でかわいそうな子がいつもテレビに出てくる、あれでしょう?」という風に思ってしまう。これも人間であります。利用可能性バイアスというものです。

どちらの「損失」を避けたいと思うか? 「現在バイアス」の問題

さらにもう一つ「損失回避」という概念があります。

ワクチンに関する損失の一つ目は、「重篤な副反応」です。ワクチンを接種すると、もしかするとおこるかもしれない重大な副反応という損失です。

もう一つは、ワクチンを接種しなかったら一定の割合でがんになるという損失です。この二つの種類の損失があるわけです。

「副反応が起こる損失」と「頸がんになる損失」を天秤にかけて、どう判断するかということなんですが、ここで「現在バイアス」という概念を紹介したいと思います。未来の利益より、目の前の利益を優先する心理です。

「今の健康を守りたい(副反応を避けたい)」という思いと、「将来の子宮頸がんを防ぎたい」という思い。お母さんたちは、この選択を迫られているわけです。

そうすると、やはり娘さんの今の健康を守りたいとお母さんが思ってしまうのも、今の日本の状況では止むを得ないんじゃないかと思います。お母さんを責められるわけではありません。これが人間なんです。

選択の基準を変えるにはどうすればいい?

では、お母さんたちの選択の基準、副反応の観点を重視している選択の基準をどうやったら頸がん予防の観点に変えてもらえるか。

ワクチン接種を行わない意思決定においては、ワクチン接種は今の健康を害するものと認識されています。すなわち、「損失局面での意思決定」ということができます。

一方、ワクチンを接種する意思決定においては、ワクチンは将来の健康を守る「利得局面での意思決定」ということができます。ということは、損失局面の意思決定から利得局面の意思決定に判断基準を動かせばいいというわけです。

どうやったら動かすことができるのか、私たちは今、インタビュー調査とか、インターネット調査を行なっています。

ワクチン接種は今の健康を害するものと認識されています。すなわち、「損失局面での意思決定」という風に呼ばれます。

一方、将来の頸がんから守ることができるというのは、将来の健康を守る「利得局面での意思決定」です。ということは、損失局面の意思決定から利得局面の意思決定に動かせばいいというわけです。

どうやったら動かすことができるのか、私たちは今、インタビュー調査とか、インターネット調査を行なっています。

大事なのは、子宮頸がんの重大な病気であること、身近であることを伝えること

その手段の一つとして、子宮頸がんが最近すごく増えてきているんですよというお話をする、あるいは出産前にもこんなに多くの人が子宮頸がんになり得るんだというお話をする、あるいは妊娠中に赤ちゃんが入った子宮ごと取らないといけないことがあるというお話をする。

そんなことを切実に伝えていくということが、大切だと考えています。

まとめると、ワクチン接種を控えている意思決定は、「確率加重関数」「利用可能性バイアス」「現在バイアス」「同調効果」といった行動経済学的概念で説明できます。

つまり、親御さんたちは極めて人間らしい選択をしてしまっているのです。

HPVワクチンの普及には、子宮頸がんの身近さ、重篤さなどの理解を深め、こういうバイアスを乗り越えて、接種を将来のメリットを考える局面から検討できるような環境にすることが大切だと思います。



ここに私たちが果たすべき役割があると考えています。

2020年、子宮頸がんが希少がんになる国と、増えていく日本と

最後に2020年問題に一言だけ触れたいと思います。

オーストラリアでは2020年には子宮頸がんが希少がんになり、2028年には排除の域に入ると予想されています。

2020年にオーストラリアで子宮頸がんが希少がんになる時、日本で何が起こるのでしょうか。

ワクチンを差し控えてしまった2000年度生まれの人が20歳の検診に入ってきます。日本では、またここで、検診の異常者が激増するわけです。

やっと減った検診での異常者が、また2020年から日本では急増するのは目に見えています。オーストラリアでは希少がんになる子宮頸がんが、日本ではまたここで増えていくということです。

WHOはこういう状況を、ワクチンの勧奨を控えなければならない問題はないとし、日本を名指しして、「弱い根拠に基づく政策決定が将来の真の害を生む」という声明を出しています。

積極的勧奨を再開した後も様々な課題がある

私たちはこういう事態を前に、こういう提言を出しています。

  1. ワクチン接種を見送り対象年齢を越えた女子への接種機会の提供
  2. 9価ワクチンの導入
  3. 男子への接種
  4. HPVワクチン積極的勧奨一時差し控え継続による健康被害(将来の子宮頸がん罹患)の軽減のための子宮頸がん検診受診勧奨の強化
  5. 行動経済学手法を駆使した接種勧奨によるワクチンの再普及
  6. メディアへの正確な情報提供


一刻も早いワクチンの積極的勧奨の再開は当然です。

しかし、それだけでは不十分です。接種を見送り、対象期間を超えた女子への接種機会の再提供や、男子への接種、子宮頸がん検診の受診勧奨の強化も必要でしょう。

あるいは行動経済学的な手法を使ったワクチンの再普及、メディアへの正確な情報提供もやっていかなければいけないと考えています。

以上、全体をまとめます。

日本において、若い人の子宮頸がんの増加は大きな問題となっています。HPVワクチンの有効性は国内外で広く示されています。

しかし、積極的勧奨の中止が継続されていて、生まれ年度によって将来の子宮頸がんの罹患リスクが大きくなることは全く不合理なことです。HPVワクチンと検診による効果的な子宮頸がん対策が急務であると考えます。

(終わり)

【上田豊(うえだ・ゆたか)】大阪大学医学部産科婦人科学講師

1996年大阪大学医学部卒業。2005年National Cancer Institute(NIH)でPostdoctoral fellow、日本学術振興会海外特別研究員、大阪大学産科婦人科学助教を経て、2018年4月より同大学産科婦人科学講師。