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「HPVワクチンのせい」として深刻な問題を見逃す恐れも 原因究明だけにこだわるのは危険

北海道大学で「HPVワクチンの副反応」を訴える患者を診てきた児童精神科医の柳生一自さん。講演詳報第2弾では、症状を長引かせる要因や、「HPVワクチンのせい」だとして他の原因を見逃す恐れについて語ります。

HPVワクチン接種後に体調不良を訴える女の子を診てきた北海道大学病院「HPV副反応支援センター」の児童精神科医、柳生一自(かずより)さん。

日本産科婦人科学会の勉強会で行った講演詳報の第2弾は、原因究明にこだわる危険性について伝えます。

症状を長引かせる要因は? 親の治療拒否、ドクターショッピング......

検査や身体の診察で原因が明らかにならない「機能性の症状」に対して、その後の治りにくさ(予後)とその要因(予後因子)を調べた研究がなかなかないのですが、症例のシリーズ検討があります。

23人の機能性腹痛を調べた研究です。検査をしたが、異常は見当たらなくて、おそらく心理的なストレスだとか、家族の背景があってそういうことが起きているんじゃないかと、治りにくさの原因を調べています。1年以上症状が続いている人たちですから、それなりに大変な方ですね。

まず一つ目のリスク要因としては、「親の心理的な治療拒否」が挙げられました。これはよくあることかなと思います。

次に、いわゆる「ドクターショッピング」ですね。3か所以上の医療機関を渡り歩く人は症状が持続する。

それから、家族が医療機関に対して「操作的な訴え」をすることも挙げられています。要するに、その場その場で親や家族が、自分たちが作り上げたストーリーを訴えるということですね。それから、心理社会的な洞察力が欠如しているということが、ハイリスクな因子として挙げられていました。

また、長期の見通しとして、子どもの頃に機能性の身体症状がある人は、成人になってからの機能性の身体症状だけでなくて、うつや不安症など精神科の合併症を起こしやすいということはいくつか報告されています。

医療機関の対応、家族の不仲も長引かせる要因に

「身体症状症」を考えた時に、色々な原因、要素が絡んできます。

もともとその子が持っている性格、不安が強いということもあると思いますし、親御さんが子供のストレスを十分に受け止めきれない、不安になりやすい場合、あるいはうつなどの精神疾患があったりするとリスクも高まります。

そういったことが色々重なり合って機能性の身体症状が出て、そこにさらに急性のストレス因子が重なると大変です。学校でいじめられたとか怪我をしたというようなことがあると、身体症状症がよりはっきりと出てくると思います。

症状を長引かせる要因として、繰り返し検査をしてしまう医療機関側の問題もあると思います。ああでもない、こうでもないと色々な病気の説明が行われたことも影響を与えているでしょう。

家族の関係も問題になることがあります。家庭内の不和がこういった症状を維持する因子になったりします。子供自身がうつや不安症が強いことで持続することもあります。

メディアの報道も引き金になった

また、今回のHPVワクチンの問題に関しては、メディアがトリガー(引き金)になったところもあるんじゃないかなと思います。

やっぱり、副反応としてテレビや新聞で紹介されたあれだけの情報や映像を見ると、何千万人が見たと思いますし、症状を引き出した可能性はあります。

私が一番ショックだったのは、私の母親に「あれはひどいよね。子宮頸がんワクチン知っている?」と言われたことです。「これはどうしようかな、困ったな」と思ったのですが、私の母も知るぐらい、それほどいろんな人が多くの情報を見ていたということです。

それを考えると、メディアの方や教育、行政の方は、ぜひ正しい知識を広げてほしいと思います。

望ましくない対処法 「精神科に行って」

こういう患者さんが来た時に望ましくない対処法は、「検査をした結果、異常はありませんので、私たちの科の病気ではありませんよ。精神科へいってください」と言うことです。

これだけは、できれば言わないでほしいなと思います。まるで、原因が検査や身体の診察で明らかな器質的疾患以外は病院に来る必要がないと言っているように受け止められやすい。たらい回し感、見捨てられ感が生じやすい対応です。

現代でも、子どもが精神科にかかることのハードルは高いと思います。

私は今、児童精神科として診察していますが、もともと小児科です。どちらの科で診てもいいのですけれども、小児科でも外来を担当しているので、親御さんから「小児科で診てもらえませんか?」と言われることがあります。

診る医師や診察は同じでも、精神科にかかるのは当然心理的なハードルがあるのだろうなと思います。

また親は潜在的には心因性を疑うのかもしれませんが、同時に否定したい気持ちもあるのかもしれません。

また、そういう身体的な病気ではないことを言うと、子どもは、自分が嘘をついていたと言われたような気分になったり、大げさに言っているように感じたりすることがあります。

そうすると子供の面目は潰れますし、両親も、子供の訴えを真に受けたことをバカバカしく思ったり、腹立たしく思ったりして、逆に自分が病気であることに固執したりすることもあります。症状への固執・悪化につながることなのです。

そういう専門家の軽蔑的な、批判的な態度には非常に敏感なことが多いですので気をつけなければならないなと思います。

心身二分論に固執するのは危険

それからこういった症状を扱う時に、「心身二分論」がかなり問題になるんじゃないかなと思います。親も専門家も、両極端になりやすい危険性があります。

一つは原因を深く追及して、この子には絶対に何かあるに違いないと追求する態度です。学校で何かあったんじゃないかとか、心理学的に解明することに過度にこだわってしまう恐れもあります。

もちろんその逆もあるわけです。

身体的な病気だから、もっと検査をしなくてはいけないと思うこともあるかと思います。一方で時間をかけて、本人の表出やSOSを待たなければいけないこともあると思います。

ですから、器質性なものと機能性のものという二者択一的な説明を続けることはあまりよろしくないと思いますし、まずは本人・家族の困難の理解に努めて、その中で少しずつ適応的な行動が取れるよう支援していくことが必要です。

思春期は、いろんな症状が出てくる時期で、子育ても大変な時期です。家族間、同世代間でも心理的葛藤が高まりやすい時期でもあります。いろんな悩みを一人抱えていることが多いですね。

こうした中で身体症状が生じる時は、援助希求、つまり子供が何らかのSOSを発している場合があります。援助を求めても最初はうまくいかなかったり、関係性を構築するのが難しかったりすることもあります。「どうせ無駄だろう」「助けてくれないだろう」と思うこともあるんですね。

こういう思春期の心理的な特徴に対して、私たちは理解を持って接しなければいけないと思います。

副反応支援センターで専門家として何をするのか?

副反応支援センターの児童精神科医としては、身体症状による機能の障害や日常生活の困難に対して共感すること、精神的・心理的な支援を行なっています。

そのためにも本人の置かれた状況、学校や家族の状況を理解して、ストレスの原因やその原因を整理する活動をしています。

精神科の診断名は付く場合もつかない場合もあります。

診断というよりは見立てなのですが、見立ては治療や支援のきっかけで、見立てを本人や家族と共有することができるようになると、解決に向かうことが多いです。つまり、「あなたはこういうところが辛かったんだよね」ということを本人や家族と共有するということです。

「HPVワクチンのせい」として深刻な問題を見逃す恐れも

十数年前に、小児科医として診た患者さんのことを少しお話しします。

HPVワクチンが出る前ですから、それとは関係ない患者さんです。

起立性調節障害という、立ち上がるとクラクラと立ちくらみになる思春期に多い病態があります。その起立性調節障害を疑った中学校2年生の女の子だったんですが、学校や家でよく倒れるということで来院したんです。

外来で起立性調節障害を疑って、起立試験をしました。寝っ転がったところから立ち上がって、血圧を測るだけの検査なのですけれども、その時に、起立性調節障害の子供だと血圧が下がってくるんです。場合によっては倒れるのですけれども、その子は全く立っていられないんです。バタンと倒れちゃって。

起立性調節障害にしては重い症状なのかなと思って、入院してもらって、入院生活の中で体をベッドに固定するような形で、体位を変えて血圧を再び測ったんですけれども、全然下がらないんです。

本人はケロリとしていたのですけれども、原因もわからないしどうしようかなと思いました。その病院の児童精神科医に紹介したところ、何がわかったかというと、継父による性虐待を原因とした身体症状で、「身体症状症」あるいは「解離性障害」ということがわかったのです。

もちろんHPVワクチン後に症状を訴えている人が、そういうことが原因であるというわけではありませんが、見立てを間違うと、こういう患者さんを助けられない可能性もあるということなんです。

HPVワクチンが始まる前に診た患者ですが、HPVワクチンが批判されていた時期だったら、もしかしたらHPVワクチンのせいだとご家族は思ったかもしれません。そういう意味で、子どもの回復にとってはまずいことも起きるんじゃないかという危機感は持っております。

「HPVの副反応」という考えに縛られる危険

最後に副反応支援センターで行なっていることをまとめますと、HPVワクチン接種後の症状に対してセンターとしての対応をチームで行なってきました。

ケースカンファレンス(症例検討会)を開いて、治療や支援を行い、今のところ、チーム対応によってたらい回し感、見捨てられ感は防げているのではないかと思います。なんとかつながって、サポートを続けられているのかなと思います。

「HPVワクチン副反応支援センター」という名前が、HPVワクチンの副反応への不安を強化しないかということについては、確かにそういう名前があることで副反応があるんだと思われる患者さんはいるのかもしれません。

ただ、今までの患者さんの中で、HPVワクチンと関連があったかないかということに関しては、医療機関側も断定的なことは絶対言えません。ただ、可能性はあまりないのではないかと思います。

現在までに10数人のHPVワクチン後に何らかの症状のある患者さんが来られています。各科の先生にHPVワクチンによって生じた症状の可能性が濃厚な患者さんがいるか聞いたところ、今のところは、ワクチンとの因果関係がはっきりとした方はいらっしゃらないということでした。

今も車いすに乗ったりして苦労されている患者さんの中には、もしかすると、北大のように包括的な支援を行える適切な医療機関に相談していただくことで救われる方々もいるのではないかと思っています。

(終わり)

【柳生 一自(やぎゅう・かずより)】北海道大学病院 児童思春期精神医学研究部門特任助教

2000年、北海道大学医学部卒業。同大病院小児科、関連病院での勤務後、2014年、同大医学研究科児童思春期精神医学講座特任助教。2018年、米国マサチューセッツ総合病院Martinos Center勤務を経て、2019年より北海道大学病院児童思春期精神医学研究部門特任助教。「HPVワクチン副反応支援センター」で、HPVワクチンによる体調不良を訴える女子を診ている。

小児科学会専門医、小児神経専門医、てんかん専門医