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「低気圧の時は頭痛がひどい」「寒い季節は関節が痛む」 天気の変化に伴う「気象病」はどこまで解明されているのか?

低気圧になると頭痛が悪化する、寒い季節には関節が痛むーー。天気の変化にともなう不調は「気象病」とも「天気痛」とも呼ばれていますが、どこまで解明されているのでしょう。研究者や医療者に対処法も聞きました。

「低気圧になると頭痛がひどい」「梅雨時は体がだるい」「寒い季節になると関節が痛む」

そんな天気の変化に伴う不調を感じたことはないだろうか?

俗に「気象病」や「天気痛」と呼ばれるこの現象。古くから数多くの人が悩まされているにもかかわらず、メカニズムははっきりしていない。

これから台風の季節が到来する。何がどこまでわかっていて、予防法や治療法はあるのか。

長年、気象病について研究している内田洋行健康保険組合の産業保健師で、慶應義塾大学医学部の非常勤講師も務めている舟久保恵美さん、薬剤師の児島悠史さん、慢性痛の専門家で医師、北原雅樹さんにお話を伺った。

きっかけは母の不調「気のせいだよ」で片付けられる症状

そもそもこの取材を思いついたのは、7月初めに雨が続き、「どうも体がだるくやる気が出ない」と同僚たちにつぶやいたところ、「私も」「俺も」という声が集まったからだ。

「これはもしや、梅雨前線に伴う低気圧が関連しているのではあるまいか」「いや、ただ悪い天気が続いて鬱々しているだけ?」

Facebookに投稿すると、医療者たちからも「天気と体調不良の関連は感じている」と声が上がった。それならば、医学的にどうなのか検証しようと思ったのだ。

舟久保さんにまずなぜ気象病や天気痛を研究しようと思ったのか尋ねたところ、舟久保さんも個人的な体験がきっかけだったと知る。

「中学生の頃、交通事故でむち打ち症になった母が、それ以降、天気が崩れると頭痛や吐き気に苦しむようになりました。病院に行っても医師から『気のせいだよ』とあしらわれてしまう。けれども現実に症状が出て苦しんでいるのです」

「症状が出ると倒れ込んで仕事ができないほどになるので、とても心配でした。医療からはないことにされてしまい、メカニズムもわからない。それなら私が調べよう、と思って大学の看護学部を卒業後、大学院で研究の道に進んだのです」

論文を探したが、メカニズムに言及しているものはなかなかない。

唯一見つかったのが、名古屋大学の環境医学研究所での研究論文だった。そこにいた佐藤純医師(当時助教授)の門をたたいた(現・中部大学生命健康科学部 教授)。

「気象病」「天気痛」とは?

そもそも「気象病」とは何を指すのだろう。

舟久保さんは「一般的には天気の変化に伴う体調不良は全てそう言えます。低気圧による頭痛や寒さによる体の痛みだけでなく、広く捉えたら熱中症や花粉症も入ります」

人によっては気象の変化だけでなく、東京タワーや東京スカイツリーなどの高いビルにエレベーターで急速に上るだけで頭痛が出る人もいるという。

昔から、片頭痛や関節リウマチ、腰痛などの慢性の痛みが、低気圧に伴って悪化することが度々報告されてきた。

国内でも京都大学の関節リウマチ患者のデータベースを用いた大規模調査では、気圧の低下と腫れや痛みに関連があることが示されている。

静岡県西部の薬局チェーンで調べたところ、平均気圧が低下すると頭痛薬の売り上げが上がるという研究報告も出ている。

愛知県の大規模調査では、慢性痛がある人の約半分が寒さで痛みが悪化し、4分の1は雨や雪、台風などの天候悪化で痛みが増すと答えている。

一方、思い込みやこじつけだと結論づけている報告もある。

「それでも現実に季節の変わり目や台風の時にぜんそく発作が起きやすいとか、低気圧になるとうつっぽくなるのは、みなさんよく経験していると思います。私たちはまず心理的な要素に左右されない動物を使った実験をしました」

ネズミの実験で気圧と気温の影響を調査

名古屋大学の環境医学研究所にある低圧・低温環境を再現する装置を用い、佐藤医師らと舟久保さんは、後ろ足の坐骨神経を縛って神経痛と似た症状を起こすようにしたネズミ(ラット)を使って、気圧や気温の変動に対する反応を調べた

具体的には、気圧や気温を変動させながら強さの異なる針を使って足を10回ずつ刺激し、足を引っ込める動作の回数を調べて痛みが増したかどうかを判定する。

大型の台風が近づいている状況に近づけるため、27hPa低下させたところ、直後はいずれの刺激でも足を引っ込める回数が増した。つまり、「痛みが強まった」と解釈できる。

ところがその気圧の環境にしばらくの間置かれていると、回数が減った。

舟久保さんは「そのままの気圧にいると体が慣れて、反応しなくなったと考えられます」と解説する。

一方、気温を7度下げた場合、直後も、しばらく置いた後も時間が経つにつれ痛みは増し続けた。

「じわじわ体が冷えていき、血流が悪化し続けるため痛みは増し続けたと考えられます」

次に、佐藤医師氏らは、人でも慢性痛のある患者に気圧の変化を体験してもらい、痛みを測定した。すると痛みは気圧を下げると強まる傾向がみられた。

メカニズムは? 内耳も影響か?

それでは、気圧はどのように痛みに関わっていると考えられるのだろうか?

舟久保さんらは気圧をキャッチする器官として、まず同じネズミの鼓膜を破壊してみたところ、低気圧で痛みが増す傾向は変わらなかった。

ところが、さらに奥にある「内耳」を破壊してみると、気圧を下げても痛みは強くならなかった

「この結果により、内耳に気圧センサーがある可能性が示されました」

内耳は平衡感覚を保つための器官で、中を満たすリンパ液が鼓膜によって伝えられた振動を電気信号に変え、神経を通じて脳に伝える。

「気圧が低下すると内リンパと外リンパで圧力の差が生じることが過去の研究からわかっています。これによって外リンパを通じて脳に刺激が伝わり、痛みが生じるのではないかと考えられています」

同じように内耳を破壊したネズミに対し、気温を下げても反応は内耳が正常なネズミと変わらなかった。低温による痛みの悪化には内耳は関係していないこともわかった。

さらに考えられているのは、低気圧が自律神経系に影響を与える可能性だ。

気圧が下がると、心拍数が増え、血圧が上がることもネズミで実証できた。リラックスする副交感神経よりも、興奮や緊張をもたらす交感神経が強くなる。

「ただ、片頭痛は発症メカニズムがよくわかっていません。気圧低下中は、だるさや強い眠気など、副交感神経優位のような症状が出ることも多く、矛盾します。さらなる研究が必要です」

予防法や治療法は?

気象病に関する研究はほとんどが動物実験で、メカニズムは明確になってはいないものの、気圧や気温の変化が体調に影響を与えそうだということは言えそうだ。

そして、いざ症状が出たら対症療法しかない。舟久保さんらは現在の知見から、予防法や対処法として以下のことを勧めている。

  1. 天候の予測アプリや天気予報などを利用して心構えをしておく
  2. ストレスをためず、睡眠や休息を十分にとり健康的な生活を心がける
  3. 体を冷やし過ぎないように調節する(ただし片頭痛では温めないようにする)
  4. 飛行機に搭乗する時に使うトラベル用の耳栓をする


「いきなり体調が悪くなるよりも、あらかじめ今日は危なそうだなと心構えしておくだけでも、心理的な影響はかなり違います。気圧を予測するいくつかのサイトやアプリもありますからうまく活用してください」

ストレスをためず、健康的な生活を送って自律神経のバランスを保つことも不調の軽減になる。

「睡眠不足はもちろんですが、睡眠は取りすぎても頭痛の原因となります。仕事や人間関係のストレスにも自律神経は影響を受けます」

さらに、内耳への影響を軽減するため、市販の乗り物酔いの薬やめまいに効果のある漢方を飲んだりしておくことも理論上は効果がありそうだと話す。

「臨床研究をしているわけではなく、エビデンスが確立しているわけではないことに注意が必要ですが、酔い止めに含まれる抗ヒスタミン剤は内耳の神経伝達物質を抑えます。我々の仮説に理屈上は合っています」

「酔い止めの薬のほか、めまいを抑える漢方も期待できると言われています。ただ、これも確立した治療法ではないので、必ず事前に医師や薬剤師に相談してください」

また体を冷やし過ぎないように衣服やエアコンなどで体温調節をすることも大事だ。その他、気圧変化の影響を抑えるために、トラベル用の耳栓も効果があるのではないかという。

市販薬に詳しい薬剤師の見解は?

ただし、このような「治療法」は一般的になっているわけではない。

市販薬に詳しい薬剤師 で Fizz-DI代表の児島悠史さんは、気圧が低下すると頭痛薬の売り上げが上がるという研究や、低気圧や湿度の上昇でめまいなどのメニエール病のような症状が悪化するという研究から、「天気と頭痛やめまいなどの症状は関係ありそうだ」と推測はする。

ただ、「乗り物酔いの薬や漢方がこうした症状に効果があるという明確な科学的根拠は見当たらず、また、基本的に効能・効果としても認められていないため、薬剤師としては第一選択として示しづらい。他に打つ手がない場合に、処方を提案されたり患者さんから尋ねられたりしたら一度試してみるのはアリかもしれないと考えるかもしれませんが...」と語る。

その上で、もし患者が「低気圧で片頭痛が酷くて」と薬局の窓口で訴えてきた場合はどうするか?

「市販の痛み止めよりも効果の高い医療用の『トリプタン薬』を試すのが良いかなと思うので、医療機関への受診を第一選択として考えると思います」

「 ただ、『片頭痛とまだ確定診断を受けていない』とか『病院へは行きたくない』という状況であれば、片頭痛のセルフケアとしてガイドラインでも選択肢に挙げられている『ロキソニンS』などのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬、痛み止め)か、片頭痛に効果があると報告されている漢方薬の『呉茱萸湯』あたりを提示することも考えます」

ロキソプロフェン(ロキソニンなど)やイブプロフェンが効かない、という患者であれば、別の選択肢も考える。

「市販薬の『エキセドリンA錠(アセトアミノフェン+アスピリン+カフェイン)』の組み合わせが、イブプロフェンよりも片頭痛に効果的という報告もあるので、『ロキソニンやイブは効かないが病院へも行きたくない』という状況であればこういった商品も考えます」

ただし、やはり天候の変化に伴い頻繁にこうした片頭痛を訴えるなら、市販薬に頼るのではなく、医師にかかることを強く勧めるという。

「こうした痛み止めは、月10~15回以上使っていると、薬が原因で頭痛を悪化させる可能性もあります。『低気圧のたびに片頭痛が我慢できなくなるほどひどくなる』ということであれば、片頭痛には定期的に飲んでおく予防薬があることも伝えて、病院受診を勧めます」

その上でこうした「気象病」に対して治療の研究が少ないのは、痛みに複数の要因が絡み、原因を特定しにくいことも影響しそうだと考える。

「あるいは、証明したところで『介入がしにくい(天候を制御できない)』し、『特にビジネスには繋がらなそう』なので、なかなか興味を持たれにくいのかもしれません」

慢性痛を専門とする医師の見解は?

慢性痛(3ヶ月以上続く痛み)を診ている専門医は気象による痛みの悪化についてどのような見解を持っているのだろう。

横浜市立大学附属市民総合医療センター ペインクリニック内科診療部長の北原雅樹さんは、「自分は専門ではないが」と前置きした上で答えてくれた。

「診療している中でも気圧低下や気温低下が痛みの悪化に関係しているという感触は確かにあります。天候気候が大きく変動(寒暖の差が激しい、晴天。雨天が短い周期で来るなど)すると、体調の悪化がおこり、そこから痛みを酷く訴えるのではないか、と感じています」

ただし、気圧や気温の低下以外の影響もあるのではないかとも感じている。

「天候不順だとかかりやすくはなりますが、天候とは無関係に風邪などで体調不良になると痛みを強く訴える人が多くなります。また、日照が少なくなる、外出がしにくくなるなどから、気分が憂鬱になって痛みを強く感じるのかもしれません」

舟久保さんらが提示している気象病のメカニズムについてはどう考えるだろうか?

「気圧や自律神経系が体調全般に関与している可能性がある、というのは、臨床医なら『そうかもしれない』と感じている人が多いとは思われます。ただ、おそらくは複数の因子が関与しており、人によって関与の仕方も違うのでは、と思います」

その上で、こう推測する。

「少なくとも、気圧の他に温度と湿度は関係がありそうです。また、人と痛みの性質によって、『乾燥がダメ』『湿潤がダメ』と様々で、さらに気圧と湿度と温度の間にも関連があるので、簡単には解析はできないのではと感じています」

「最近認識が高まっている、発達障害の方にみられる感覚過敏も関与しているのかもなどと想像もしています」

その上でどのように治療対応しているか尋ねたところ、こう答えた。

「『気象病』について、特段の対処はしていません。おそらく内耳だけでなく多くの因子が複雑に絡み合っているので対処は難しかろうと思っております。日常生活習慣を正常化し、基礎体力をつけることが一番ではないかと思い通常の治療を行っています」

いずれにせよ、天気の変化は人間が抗えない自然現象だ。医療者に相談しながらうまく付き合って、元気に台風シーズンも乗り切りたい。