「公認不倫」は結婚生活を守るのか? 渡辺ペコさんが漫画『1122(いいふうふ)』で問いかける幸せの形

    わたしたちはいびつな夫婦かもしれない でもそれでもいい

    著名人の不倫が激しくバッシングされながら、不倫ドラマはヒットし、日本の夫婦の半分はセックスレス——。「幸せな結婚生活」とは何かが見えにくくなっているこの時代、漫画家渡辺ペコさんが、「公認不倫」という形を選ぶ夫婦を描いた新作『1122(いいふうふ)』(講談社)を発表し、話題を呼んでいる。

    「夫婦」とは、「家族」とは何か? 私たちは何のために結婚するのか? 過去の作品でも家族やパートナーシップのあり方を問い続けてきた渡辺さんにじっくりお話を伺った。

    『1122(いいふうふ)』1巻の表紙。主人公は仲良し夫婦だが・・・

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    不倫ゴシップ、伝統的な「家族観」の圧力がきっかけに

    主人公は30代半ばで、仲良しだけどセックスレスの共稼ぎ夫婦。夫は妻公認で外に子持ち既婚者の恋人がいる、というのが物語の設定だ。「公認不倫」という、世間では認められなそうな選択をしながら結婚生活を続ける夫婦を描こうと思ったのはなぜだろう。

    「次の連載の準備をしていた頃、世間では不倫のゴシップがいくつも話題になっていました。でも、私は不倫そのものより、後ろにある結婚の方に関心が向いていました。自身も結婚生活が6年ぐらいたち、その経験や周りで見聞きする夫婦の話が自分の中で溜まっていたこともあります」

    「また、自民党の憲法改正案が発表されて、結婚について規定した24条についての議論をネットで見聞きし、結婚を個人と個人の合意という形から、家という単位を重視する伝統的な価値観に戻そうとする圧力を感じていた時でした」

    漫画の冒頭には婚姻について規定した憲法24条が掲載されている

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    「私は自身が問題のある家庭で育ったので、『家族は良いものである』とか、『家族は助け合うべきもの』という画一的な価値観を義務として課されることには違和感を持ちましたし、不安や疑問がありました。色々な形の家族がいるし、家族は必ずしも幸せをもたらすものだとは限らない。家族とは、結婚とは何なのかをもう一度考えてみたいと思ったのです」

    結婚生活を維持するための解決策?

    著名人の不倫は、他人のことにもかかわらず、世間から激しくバッシングされた。しかし、渡辺さんは今回の作品で「公認不倫」を、二人が結婚生活を維持するために考えた解決策の一つとして肯定的に描く。

    「『うまいことやりやがって』とヤジを飛ばしたくなる心情はわからなくもないのですが、現実的な話、結婚生活を長く続けているとお互いに不満がない状態ってかなり少ない。冷え切った関係かもしれないし、力がある方のモラルハラスメントとして現れるかもしれないし、そのひずみの出方の一つが不倫ということもある。それが表に出るとすごく不快なものとして映るのだと思います。『結婚はセックスも込みの契約なんだからその中で全て済ませるべきだ、私たちはルールを守っているのにずるい』と思わせるのかも」

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    「ただ、婚姻関係にある二人の間でズレがあって満たされないものがある時、結婚生活を維持するために、話し合いをしてそれぞれに合った方法を試してみるのは悪いことではないと思います。外での恋愛やセックスを公認するというと、嫌悪感を覚える人もいますが、パートナーを欺いて外でする方が二重にないがしろにすることになる。それよりは前向きな形ではないかと考えました」

    漫画の冒頭で、渡辺さんは日本家族計画協会による夫婦のセックス調査結果を掲載した。セックスレスの夫婦の割合は毎年増え、2016年には47.2%がセックスレスだった。

    日本家族計画協会の調査では、日本の夫婦の約半分がセックスレス

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    「どんな夫婦でも生活と恋愛感情を両立していくのは難しい。それでも、世間では、特に女性の間で、恋愛して盛り上がってロマンスの帰着として結婚がある、というイメージが根強いですよね。でもそれはハードルが高いし、みんなもそれを本気で信じているわけではないと思うのです」

    「恋愛感情と結婚生活の相性はあまり良くないのでは? 恋愛感情は起爆剤にはなるけれど、維持には向きません。でも、夫婦は、恋愛感情や男女としてのときめきが減っても違うところで積み重なっていくものがある。だから、離婚はせずに、結婚生活を維持しようと思う人たちも多いのではないでしょうか」

    ただ、その変化は、二人同じタイミングやスピードで起きるわけではなく、ズレが生じてしまうのがややこしい。

    「夫婦といえども他人なので、性的な欲求についても相手への関心であってもズレが生まれますよね。そこでおそらく、欲求や感情が強い方が外に関心を向けるわけですが、そのズレをパートナーにすごく軽んじられたり、ずっと無視されたりすることが続くと恨みが蓄積されて修復不可能となる。だから煮詰まる前に何かしら二人で歩み寄ることが必要で、物語の二人の場合は婚外恋愛を許可するという形で歩み寄ったのだと思います」

    「長年一緒にいる夫婦が不倫したという設定だと、不倫の方がメインで取り上げられることが多いですが、私は二人の積み重ねを守ろうと努力する夫婦のあり方の方に興味があるのです。ドラマ性には欠けるかもしれませんが、とても重要だし、それぞれの個性が出る部分かと思います」

    夫婦や家族に求めるものはそれぞれ違う

    セックスレスの関係を取材していると、「外で解消してきて」と「婚外セックス」を公認する夫婦は中高年でよく見聞きしてきた。しかし、今回描くのは、恋愛も込みでの公認不倫だ。となると、夫婦や結婚生活に残るものは何なのだろう。

    「いわゆるセフレ(セックスフレンド)や風俗でスパッと割り切れる人だと別の物語になると思いますが、それができない人もいる。確かに恋愛も込みだと大きな部分が婚外に割かれると思うのですが、夫婦や家族には、それをおいても他に色々な要素があるのではないかと思ったんです。心地よいと思う生活を二人で送ることだったり、精神的、経済的な安心感だったり、気が合うということ、互いへの信頼もあるでしょう」

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    「『外で不倫するようなパートナーを信頼できるのか』と批判する方もいっぱいいると思うのですが、別の次元の信頼もあり得ると私は思っていて。結婚生活に優先するものはそれぞれ違い、恋愛やセックスの要素が限りなく少ない時期を夫婦で保つ努力をするというのはどういうことかをこの作品で考えているところです」

    物語の中で妻は、仕事で落ち込んだり、家庭内暴力を振るっていた亡き父親とそれを容認していた母親との関係で落ち込んだりした時に、夫に支えられる。そこでかけがえのない相手として夫を再認識する場面が繰り返し描かれる。

    「夫婦は男女の対なわけですが、主人公の彼女の場合、男性であるとか夫であるという役割よりも、自分を庇護してくれる人としての役割を求めている。両親から得られなかったものです。夫の方も、弱っている時は支えたいと思うタイプの人として描いています。実際にそういう組み合わせもあり得るんじゃないかと思いますし、夫婦や家族に対して何を求めるかというのは人それぞれ違うので」

    それでも割り切れない感情

    物語の中で妻は、それでも夫が恋人と会ってウキウキしていると、心が波だったりもする。恋愛よりも信頼を優先しているとはいっても、スッキリは割り切れない。

    「やはり頭で考える部分と感情の部分は整理しきれないし、人間の利己的な部分も現れてしまいますよね。それは彼女が愚かとか幼稚だからというよりは、人の感情や行動は割と整合性がつかないものですから」

    「婚外恋愛許可制」をとる二人だが、恋に夢中になるパートナーに心が波立つことも。

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    そして、理性的にバランスをとっているように見えるこの関係も、このままでは終わらない予感を漂わせる。

    「多分、夫は恋をしたくて、既婚者である相手の女性には子供もいるし、離婚して一緒になるという解決は簡単なことではない、隙間で付き合うべきだという前提で始まっている関係です。ただ恋愛は感情でするものですから、ブレーキが効かなくなり、バランスが崩れていくということはある。なんとか夫婦としてバランスを保っていこうという二人と、制御がきかない恋をしている二人の関係が物語を動かしていくと思います」

    現代女性にかかる様々なプレッシャー

    ウェブデザイナーという設定の妻は、35歳。セックスレスは妻の拒否から始まった。女子会や通勤、仕事など様々な場面で、世間から「こうあるべき」という様々なプレッシャーを受け、疲れ果てている姿が描きこまれる。

    「現代の女性は、子供を産むか産まないかとか、女性性や母性を大事にとか、仕事も充実しながら身ぎれいであれとか、年を取っても若く見えた方がいいなど、女性誌や電車のつり広告からも様々な圧力を受けていますよね。結婚したら夫婦仲もうまくやるべきで、セックスも信頼関係も経済関係も家の中でうまく収めてね、というメッセージは、男女ともに重いのでは。トライアスロンみたいですよね(笑)。男性は男性でしんどいと思いますが、女性はより、圧力を受ける項目が多いように感じます」

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    「セックスしたり子供を産んだりすることが女性としていかに重要で、それを怠っていると女性として危ないという脅し文句も蔓延しています。教育をしっかり受けて仕事もしっかりしている人が、子宮系のスピリチュアル団体などに傾倒していたりする。有識者や活躍している女性でも、味方のように見えて優しい言葉でじわじわと追い詰めてくることもある。特に耐性のない女性は、そういう圧力をかわしたり折り合ったりしながら生活しないといけないので大変だろうと思います」

    働く女性だけでなく、物語の中では、夫の不倫相手である専業主婦の女性も、子育てや夫との力関係で苦しむ様子が描かれている。

    「すべての男性ではないですが、奥さんが専業主婦であれば、うまく家庭や育児を切り盛りすべきだと考える人も多い印象を受けます。俺は稼いでいて食べさせているのだから、家の中は妻の仕事だと。お金を稼いでいないから対等ではないという力関係をベースにして、対等でないから向き合う事も諦めている夫婦は多いような気がします」

    「いい夫婦」はどこにもいない

    渡辺さん自身もワンマンな父親が母親や子供たちを見下げる、という家庭環境で育ち、世間で言う「幸福な家族の形」がわからなかったという。

    「父親が母親を見下している姿をずっと見せられていたので、夫婦や家族というものがわからなかった。私は典型的なアダルトチルドレンで、若い時は恋愛依存気味で、無理をしながら一緒にいてストレスで体調を崩し、最後は関係をめちゃくちゃに破壊して憎しみあって終わるという恋愛を繰り返しました」

    「男性との間で自分をのびのびと出し切ることができなかったので、結婚も全くしたいとは思っていませんでしたが、今の夫はリラックスできて一緒にいて楽しかった。心身ともに健やかでいられることが驚きで、その後色々な経緯があって結婚しました。結婚は色々便利なところも多い制度ですが、結婚制度というより、相手が良かったのです」

    ©︎渡辺ペコ/講談社

    物語の主人公は、自分の育った家庭環境に心の傷を抱え、「自分で選んだ人と自分たちのやり方で家族になる」という願いを抱いている。

    「私自身もそういうところがあるんです。幸せな結婚のイメージや幸せな家族というイメージがフィットする人はそれが望ましいわけですが、それを持たない人もいます。固まった理想像があるわけではなく、基本的にそれぞれのカップルが決めていくことで、自由であるべきだと思っています。ただ、自由って良いものに聞こえるけれど面倒だし、自分で責任を引き受けないといけない。それでも周りや世間のノイズや脅しになるべく惑わされないで、自分で選んでいきたいと思います」

    「それに、夫婦は他人同士だし、子供が生まれたり、双方の親が弱って介護が必要になったり、家族に様々な要素が増えると、その都度関係を作り直さないといけない。それは不倫の恋とかドラマチックな盛り上がりではないかもしれない、割と地味な、面倒に感じる努力です。でも、そこをなんとか一緒にやっていくというのも愛情の一つの形だし、ドラマではないかなと私は思うんです」

    「本人たちが真面目に考えて、自分たちなりに関係を大事にしたり、相手を自分なりに尊重したりしているのであれば、外から見ておかしなことであっても、仕方ない。二人にとって、外からの評価は重要ではないですから」

    渡辺さん自身、夫がもしよそで恋をしたとしても、絶望したり嫌いになったりはしないだろうと話す。

    「夫とは20歳の頃から友人として付き合いがあり、長い時間の中で共有してきたものがたくさんある。家族としても彼の人間性を見てきて、唯一無二の相手です。別れたり急に死んでしまったりした時に、そういう相手がいなくなることは、浮気をされるよりずっと怖い気がします」

    「いい夫婦」とは、結局、何なのだろうか。

    「いい夫婦って、どこにも答えはない。自分たちがベストと思える形を、それぞれが模索して見つけるしかない。そのための小さな営みを続けるしかないのかなと。今はそんなふうに思っています」


    BuzzFeed News では、新たなふうふ(組み合わせは男女に限りません)やパートナーシップの形を模索しているカップルの取材を続けます。よろしければ、japan-info@buzzfeed.comに情報提供をよろしくお願いします。


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