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介護施設でどうしたらHIV陽性者をスムーズに受け入れられるか? U=Uの可能性

標準的な感染対策で十分なのに、なぜか介護施設で受け入れをためらわれることが多いHIV陽性者。福祉施設の施設長としてこの問題を研究してきた山内哲也さんが、どうしたら受け入れが進むか、U=Uの可能性も含めて報告します。

HIVに感染しても薬を飲み続けていれば、検査でウイルスを検出できないほど抑え込める。さらにこの状態を半年以上維持していると、コンドームなしでのセックスでも相手に感染させないことが大規模な研究で明らかになっている。

「U=U(Undetectable/ウイルスを検出できない = Untransmittable/感染しない)」と呼ばれるこの知見が、新しい常識として広がりつつある。

日本エイズ学会の学術集会でこれをテーマにしたシンポジウム(座長=ぷれいす東京研究部門・山口正純さん、東北大学大学院 医学系研究科准教授・大北全俊さん)が11月21日に開かれた。

介護施設を運営する社会福祉法人武蔵野会の総合施設長を務め、HIV陽性者の受け入れをどうやったら進めることができるか考えてきた山内哲也さんの報告をお伝えする。

「社会福祉が受け入れる必要があるのか?」という声が上がった2008年

私は社会福祉の立場からお話しします。社会福祉法人武蔵野会 リアン文京というところの総合施設長をしています。

HIV陽性者の受け入れについて研究し始めたきっかけは、2008年に比較的規模の大きな私たちの社会福祉法人でエイズをテーマにした研修をしたことでした。

感染症マニュアルにHIV陽性者についての項目が入るということで研修したところ、まず「スタンダードプリコーション(感染症の標準予防策)」について非常に不安の声があがりました。

「そもそも社会福祉でHIV陽性者を受け入れる必要があるのか。医療の分野じゃないのか」という声が、2008年の頃、私たちの法人の中で特に看護師さんの意見としてあがってきました。

最も大きな声は施設の看護師さんたちの「責任を持てない」という不安の声で、予想以上に大きいものでした。HIV陽性者の受け入れをしていく時代なのに、これはまずいなというのが最初の問題意識でした。

その後、国立病院機構大阪医療センターHIV/AIDS先端医療開発センター長・白阪琢磨先生の、HIV感染症や合併症の課題克服のための研究の分担研究として、陽性者の受け入れにおける福祉施設の課題と対策に関する研究をしました。

昨年度まで、色々調査をしたり、調査に基づいたマニュアルによる研修などをしてきたところです。

知識を得ることがマイナスに働くことも

これはHIV陽性者の受け入れを拒否する時、どういうことと因果関係があるかを分析した図です。

当初、HIVの研修をすると、受け入れに逆にマイナスに働くことがありました。HIVの研修をいくらしても、そもそも受け入れる気がないと言い訳に使われることがあるのです。

「万が一ということがあるでしょう?」とか、「うちは体制が整いません」などです。

1102人の方に聞いた調査では、受け入れには社会的使命感やリーダーシップが非常に大事だということがわかりました。

知識を取得すること、HIVのメカニズムなどをいくら説明しても、それでは不安感が取りきれない。かえって壁を作る可能性があると推定しています。

「HIV陽性者を受け入れる」という意志が最初に必要なのだろうと思います。

偏ったイメージを持つ施設と、簡単に受け入れてくれる施設との違い

福祉施設の施設長40人ぐらいを対象に、受け入れについてのインタビュー調査もしました。

最初は多くの施設長が「偏ったHIV / エイズ像」を持っています。今もそうですが、70軒〜80軒の施設に受け入れ要請をしても、相変わらず断られる現状があります。

反面、「いいですよ」と簡単に受け入れる施設もあります。

この違いは何なのかずっと考えていて、HIV / エイズに関する知識不足もありますし、過剰な防衛意識もあります。今回の新型コロナウイルスもそうですが、正しく知識を知って怖がることは大切ですが、やはり過剰な防衛が働くことがある。

陽性者の数が少ないので前例が少ないということもあります。そういうことで躊躇している。

受け入れ要請はかなり切迫した状況で来ます。何日までに受け入れてほしいなど、タイミングが間近です。そういう時間制限がある中で、受け入れ可否の判断が迫られるわけです。

基本的に社会的使命感や基準がある施設は、「どうやって受け入れていこうか」と、色々な受け入れ攻略を考えていくことになります。そして受け入れのための重点研修が行われます。やはり福祉施設なので人権擁護とスタンダードプリコーションを行います。

このスタンダードプリコーションについて、福祉施設は言葉もわかっていますし、B型肝炎やC型肝炎、ノロやインフルエンザもありますのでやってはいるのですが、「あの人は大丈夫かな」「この人は大丈夫かな」と不安が残るのです。

その不安を解消しないと、受け入れ体制に関わってきます。

逆に受け入れの時は非常に気を遣ったり、不安になったり、一時パニックになったりしますが、受け入れてから3ヶ月や4ヶ月ぐらいすると、逆にポジティブな方向に切り替わっていきます。

最初のケースカンファレンス(患者の事例検討)はHIVの医学的な知識の話、感染するしないだけに特化されています。しかし数ヶ月経つと、普通のケアプラン、個別支援計画に移っていく。

つまり日常的なケアでうつらないということが実感されてくると、その人の持っている他の属性、人間関係の問題とかリハビリの問題とか、そういう方向に切り替わっていくのですね。

そのあたりから「自分たちのやることは変わりなくやっていけばいいのだ」ということに気づいてきます。その方との人間関係やコミュニケーションも取れるようになってくるので関係が深まっていきます。

ただ組織には非常勤の方も含めて人がたくさんいて、専門職や事務員や清掃などのスタッフも含めて、色々な方が出入りをします。人員の入れ替わりもあったりする中で、「万が一を考えると不安」だとか、「気が抜けない」という声もちらほらあります。

それは払拭しきれずに、なんとなく馴染んでいく、というのが受け入れ施設から見えてきたところです。

受け入れに積極的な施設と消極的な施設

受け入れに積極的な施設と消極的な施設はどう違うのでしょう。赤が実績のある施設です。

事例が少ないので、同業者間で「どうしていますか?」と聞けないことがあり、個人情報保護の問題がありますので、事例検討会などでもあがってこないのです。そういうことで、受け入れ要請時には衝撃や戸惑いやパニックが生まれます。

逆に施設理念や社会的使命感が高い組織は、比較的受け入れがいいです。

「未経験の壁」はありますが、未経験でも受け入れている施設はどうしているか見ると、やはり別の受け入れ困難事例を地域から受け入れている類似経験があります。初めての経験でも組織の中でどうにかやっていこうという自己効力感(ものごとをうまくやり遂げられるという自信)が非常に高い組織であると思います。

そして、「面倒臭いという壁」があります。どうしようか考えた時に、「他に待機している方もいるし、認知症の方もいらっしゃるし」ということで、受け入れに関する掘り下げをやめてしまう。それで体のいい「うちでは難しいです。前例がありません」という言葉で断る。

受け入れている施設は社会的使命と合わせてリーダーシップを発揮します。

「U=U」はどう関係するか? 負のイメージと不安のスパイラルを解消?

「U=U」と関係するのは、負のイメージを介して強い不安のスパイラルに陥りやすい消極的な施設の姿勢です。過去のマスコミの報道内容や、万が一感染したらどうするかといういろんなイメージが不安を強めていきます。

HIV陽性者についての医療情報は、感染症ということだけに目がいきます。その感染対策はうちでは無理だという話になります。

しかし実績のあるところはそれだけを見ません。生活の問題やいろいろな要素も含めて、バランスよくその人を見る。HIV陽性ということを特別視していないし、一つの属性に過ぎないと思っている。ゆとりがあり、懐が深い。

受け入れを拒否する施設はそういう考えに巻き込まれていきます。オタオタしてしまって、どうしようどうしようとなってしまう。根拠のないマイナスのイメージを持ち、過去に見知ったいろいろなイメージが出てくる。偏見と差別が立ち現れやすくなります。

受け入れの時の質問でも、自身や組織が自覚していない差別や偏見が見えてきます。スティグマが見えてきます。

結局は、援助者自身が受け入れ困難感をどんどんと生み出していくのです。チーム効力感が高い施設は、施設でどうにかしていこうという意識があります。

消極的な施設は、HIV陽性者の受け入れを自分たちの業務領域として考えていません。身体障害者手帳を持っていても、障害施設や介護施設の問題だと思っていません。

研修はどうする?

こういう現状があるところで福祉施設に対するHIV陽性者受け入れのための研修を始めました。

これは私が作った福祉従事者向けのHIV陽性者の受入れマニュアルの冒頭部分です。大阪医療センターの白阪先生のメッセージが書いてあります。

日常的なケアでは感染する心配はありませんとまず伝え、正しい知識とスタンダードプリコーションを伝えます。

そして自分たちの差別・偏見に気づいて、合理的配慮に基づいて対応する、ということを伝えます。

研修をすると、HIV陽性者を受け入れると言った時に、「他の利用者やご家族にお伝えしなければならないのか」などとよく聞かれます。10年前に比べれば少しはマシになってきましたが、相変わらず出てくる質問です。

よくお伝えするのは、「皆さんのところで、B型肝炎やC型肝炎の患者さん受け入れていますか?」ということです。どこもほぼ問題なく受け入れています。

でも、その方達の感染情報は他のご家族にも関係ない職員にも伝えることはしていないわけです。「感染力がB型肝炎やC型肝炎と比べてそれほど強くないHIVでなぜそう考えてしまうのでしょうね」というところから研修が始まります。

有効な当事者の語り

これが研修の内容です。わかりやすいイラストを入れたテキストを使いながら説明しています。

人権の問題も伝えます。「障害者虐待防止法」とか、「障害者差別解消法」で「合理的配慮」をしないことは差別になると説明しています。

「U=U」についても触れているのが今の研修のスタイルです。

最近はコロナで研修もできませんでしたが、構成はこのような感じです。HIV/エイズの基礎知識、社会福祉の視点、人権、特に合理的配慮について話します。

そしてもう一つ大事なのが当事者の語りです。ここにU=Uのメッセージを入れて話をしていきます。

厳重な感染対策でなく、日常の感染対策で十分だということと、「医療モデル」から「生活モデル」へ転換し、生活者の視点で見ていきましょう、とも話しています。

当事者の語りは福祉施設の職員には有効です。なぜかというと、いったん感染ということから離れて、相手を生活者として認識できるからです。

以前、調査をした時に、「今、受け入れはできないとして、現在入所している方が感染していることがわかったらどうしますか?」と聞いたら、「それは普通に受け入れます」と100%の人がおっしゃる。

この違いは何か。

その人物と、HIV / エイズという記号としてある情報が全体として統一されていないのですね。そこに大きな問題がある。当事者の語りを通して共感的な世界を作ることはすごく大事だと思います。

「U=U」はHIV陽性者の理解に生活者の視点を入れる

U=Uは福祉施設の職員に、HIV陽性者の性行為という日常生活を肯定的に伝えています。つまり生活支援をする。日常ケアで感染しない。他の利用者と全く同じ。

足の悪い人、肺の悪い人、慢性疾患を持っている人、いろいろな属性があります。同じようにHIVに感染している人も服薬や定期通院はありますが、日常ケアではうつらないし、普通の生活ができている。

そうするとこの人たちの抱えている生きづらさって何なのか。

もう一つは、社会福祉では利用者ができていることを、ICF(国際生活機能分類)の5因子で全体像を見ていくわけです。

福祉は医療ではありませんので、特にHIV陽性者の「生活レベル」と「人生レベル」、「活動」と「参加」のレベルをどういう風にメッセージとして伝えるかが大事になります。

性の問題、結婚、家族、恋愛などを、U=Uではできているのだ、問題はないのだと伝える。私たちと同じような生活ができる人たちがなぜ施設に入れないのだろうというところから迫っていく。

同じ生活者としての視点から共感的に迫るという意味では、U=Uは非常に大きなツール(道具)になると思っています。

受け入れに必要なステップ 共感性を持った理解へ

これは最近行った調査で、障害者を受け入れている施設の生活支援員の意識と行動の変化を示しています。

これもHIV陽性者の受け入れと同じです。最初はネガティブな感情があって、そこの法人が受け入れの方針を持っていると受け入れが促進されます。専門職のお墨付きも有効です。医療職の「大丈夫ですよ」という説明や受け入れの時の研修が、支援をする力になります。

もう一つは、学校での啓発授業やエイズをテーマにした映画の視聴やHIVの研修を受けたことがある下地があると、いきなり来る受け入れ要請に対してパニックを起こさない。

「前に聞いたことがある」「前になんとなく体験したことがある」

これはやはり大きいのですね。

受け入れ体制の整備があって、生活者の視点から説明を受けながら、一緒に共同行為をしていく。その時間経過の中で、HIVを特別視しない、普通の生活でいいのだということを理解していくのです。

この共感性が生まれることで、自分も差別をしていたことや、利用者が歯科で診療拒否にあって拠点病院と相談することなどから自分も差別を受ける立場だと気づく。そういうことから、地域の中で理解あるネットワークを作っていかなければいけないという思いが芽生える。

このような共感性を持った理解を前倒しで培うためには、受け入れ下地や地域での活動・啓発がすごく大事になると思います。

社会福祉施設の対応は、地域社会の対応に影響する

慢性病の一つとなったHIV / エイズですが、地域でも普通に日常生活を送っています。少しずつ、少しずつ増えて、地域の中にみなさんと暮らしています。

いずれにしても歳をとったり、何かの事情で要介護、要支援になったりした時の受け皿は、私たち福祉施設です。

社会的障壁の問題や共生社会の実現がテーマになりますが、私たち福祉施設自身の態度が、差別や偏見を生み出す社会的装置になっていないか。その点だけは研修の最後にきちんと説明させていただきます。

私たちが問題なく受け入れること、共に生活の中の息苦しさや生きづらさを共感して受け入れていくことが、公平で、公正で、客観的な情報を使いこなすことになると思います。

そういう研修をやってきて、U=Uのメッセージは、全て危ない、リスクがあるという意識からそうではないという視点転換を福祉の従事者に与える意味で、非常にいい内容だと思っています。

【山内哲也(やまうち・てつや)】社会福祉法人武蔵野会リアン文京総合施設長

1957年生まれ。社会福祉士。精神保健福祉士。介護福祉士。社会福祉法人武蔵野会リアン文京総合施設長を務める。児童・高齢・障害者分野の福祉施設で利用者支援を行ってきた経験からHIV陽性者の福祉施設の受入れについて考えている。