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つまようじ束ねてトントン アトピーのかゆみに効果ありって本当?

皮膚科の専門医に聞きました。

我慢できなくてかきむしってしまうアトピー性皮膚炎のかゆみ。この病気を持つ誰もが悩んでいることだが、6月28日、「皮膚科の先生に聞いたこと」として、ある”解決法”がツイートされた。

つまようじを輪ゴムで束にしてまとめたもので、かゆいところをトントンすると、「爪でかきむしるより遥かに小さなダメージでかゆみが治る」という指摘だ。7月14日現在、10万回以上リツイートされ、多くの人に拡散されている。

しかし、過去にアトピー性皮膚炎の取材をした経験がある者として、「皮膚に刺激を与える行為はかゆみを余計強めるとして、避けられているはず」と頭に浮かぶ。本当のところはどうなのか。

結論から言うと、これは決してやってはいけない方法だ。余計かゆみが増してしまう恐れもある。

アトピー性皮膚炎のかゆみのメカニズムに詳しい皮膚科専門医で、製薬会社「ネスレ スキンヘルス」のメディカルディレクターでもある生駒晃彦さんに取材した。

痛みは確かにかゆみを抑える

まず、生駒さんは、「かゆみは痛みの刺激によって抑えられる、というのは、一般的にも知られていること」と認める。

「例えば、蚊に刺された時に、掻く代わりに爪を立てたり、つねったりしてかゆみを抑えた経験のある人は多いでしょう。この掻く、つねるという『機械的刺激』だけでなく、熱い湯に触れるような『熱刺激』や、酸やトウガラシの成分のカプサイシンクリームを塗るような『化学的刺激』でもかゆみを抑えることはできます」

なぜ、そのような痛みによって、かゆみが抑えられるのだろう。

「体に傷害となるような刺激に反応する神経が活動することによって、脳に痛みを感じると同時に、かゆみを脳に伝える神経の活動が抑えられると考えられています」

そして、今回話題に上がっているつまようじでつつく刺激は、機械的な痛み刺激の典型例として、よく実験に使われる「Pinprick刺激(ピンでつつく刺激)」に相当するという。

「この刺激は、瞬間の鋭い痛みと、一瞬遅れて長く続くヒリヒリした痛みを起こします。多数のつまようじを束ねることで、痛みを生じる部分が点ではなく、面となるところに工夫があるのでしょう。これは結局、掻くのと同じ効果をもたらす行為だと思います」

掻くよりも、束ねたつまようじの方が皮膚への害は少ないか?

生駒さんは「確かに、掻くという行為は、一般的に皮膚を傷つける行為であると考えられている」とするが、「束ねたつまようじで皮膚への傷害を格段に減らせるということもない」と判断する。

そして、「健康な人であれば、皮膚のバリア機能が保たれているので、掻いても、つまようじでつついても、皮膚の一番表層部分が少しめくれるぐらいでたいした傷害は起きない」が、「皮膚のバリア機能が壊れているアトピー性皮膚炎を持つ人の場合、二つの意味で、この対処法には問題がある」と指摘した。

どういう問題があるのだろうか?

1、皮膚にひどい傷害が出るまで刺激を止められなくなる

例のツイートを見て、「アトピー性皮膚炎の人は、長時間掻き続けるので、皮膚が壊れてしまう。つまようじでつつけばそんなことは起きないのではないか」と考えた人は多いだろう。確かに長時間かきむしって、症状が悪化する人は多い。

「アトピーの人がなぜ掻き続けるのかを知るには、掻き止めるのがいつかを理解する必要があります」と話す。

「かゆいところを掻くとある種の快感がありますが、この快感は、かゆみと痛みを同時に感じている時に生じるものです。かゆみだけでも、痛みだけでもこの快感はありません。掻き続けると、いつしか痛みが主体になって快感を感じなくなり、そこでようやく掻くのを止めるのです」

そして、アトピー性皮膚炎など慢性のかゆみを伴う皮膚炎を患っている場合だと、かゆみに敏感な「かゆみ過敏」がある。

「様々な刺激に対するかゆみの閾値が下がり、ちょっと風が皮膚に当たるだけのような軽い刺激でもかゆみが生じることがあります。このような強いかゆみ過敏状態にある時は、普通ならかゆみを抑えるような痛み刺激でも、かゆみを生じることがわかっています」

そして、かゆみ過敏の状態で刺激を与えると、刺激はエスカレートしがちとなり、止めることが難しくなっていく。

「皮膚が健康な人なら、掻くと比較的早く痛みが主体となり、掻くのをやめますが、アトピー性皮膚炎の人は掻けば掻くほどかゆくなり、いつまでたってもかゆみと痛みが混在し続けます。つまようじでつつく場合、つついた瞬間もかゆみを感じ、それを抑えるためにまたつつき、いつまでもやめられなくなってしまいます」

生駒さんが以前行った研究でも、アトピー性皮膚炎の患者がピンでつつく刺激でかゆみが生じることがわかっている。

それに加え、皮膚のバリア機能が弱くなっているので、同じ刺激でも皮膚が傷つきやすくなっている。

「いつまでも刺激し続ければ、皮膚は深く傷ついていき、その傷害で痛みが強くなると、ようやく止めることができるようになる。つまようじの場合、おそらくどんどん皮膚に強く押し付けるようになり、出血するぐらい刺して痛みが強くならないとやめられなくなります。掻くことと変わらないのです」

2、炎症を起こすと、症状は悪化する

そのようにつついて皮膚を傷つけると、余計、症状が悪化するのも問題だ。

「皮膚を傷つけると、炎症を起こすことになりますから、かゆみを引き起こす物質が出やすくなります。それでさらにかゆみが増し、さらに強い刺激を与えないと我慢できない状態になる。『itch(かゆみ)ーscratch(掻く)サイクル』と呼ばれていますが、悪循環に陥っていきます」

さらに、皮膚が破壊された状態になると、外からの刺激にもますます無防備になる。

「刺激物が皮膚に浸透しやすくなるので、余計かゆみが増すことが考えられます。掻くことであっても、つまようじであっても、結局は皮膚を傷つけ、余計症状を悪化させてしまうので、皮膚科専門医としてはおすすめできないどころか、すぐにやめてほしい対処法です」

それなら、理想的な対処法は?

掻くことも、つまようじでトントンも避けた方がよいことはわかった。それでもかゆみが我慢できない時、どうしたらいいのだろうか?

「科学的には、冷刺激が最も効果的で安全です。皮膚は温度が下がると、かゆみの神経も含めた知覚神経の活動が抑えられることがわかっています。また冷覚を伝える神経の活動が、かゆみを抑えることも経験的に知られています」

「冷やしすぎても皮膚に悪影響を与えるので、保冷剤を冷凍せずに冷蔵庫に入れておき、かゆいところにあてがうとか、体全体がかゆくなってしまった時は、水やぬるいシャワーを浴びるなどして、皮膚を冷やすのもいいでしょう」

クーラーをつけて部屋を冷やすことも効果的だ。

また、リラックスして、副交感神経が働いている時は皮膚の温度が上がるので注意が必要という。

「食事の後や、仕事や学校から家に帰ってほっとした時、眠くなった時など、リラックスする時間をあらかじめ意識して、薄着にしておくとか、ぬるいシャワーを浴びるなど、予防策を立てておくのも良いでしょう」

かゆみ過敏を抑えるために、ゴワゴワ、チクチクした素材の洋服は避け、髪の先端が皮膚を刺激しないよう髪を切ったり結んでまとめたりするのも予防になる。

そして、何よりの予防法は、アトピー性皮膚炎の治療をしっかりすることだ。

「かゆみやかゆみ過敏の原因は皮膚炎そのものです。治療薬を使って、しっかり炎症を抑えるのが基本です。しっかりと薬の使い方を指導してくれる専門医にかかって、正しい方法でかゆみを抑えてほしいですね」