妊娠、出産や産後の生活が母親の心身に与えるダメージは大きく、時には死に至ることさえある。こうした実態を正確に把握しようと今年から死亡診断書の書き方が変わった。産後うつによる自殺など、妊娠・出産が影響する死を防ぐ対策に結びつくことが期待される。
妊娠、出産をすると体のホルモンバランスが急激に変わり、血流も増える。産前産後の不安やストレスも重なり、産後うつや、心筋症や脳卒中など循環器系の病気、がんの悪化などを招く可能性がある。
妊娠・出産の影響が軽視されてきた日本
ところが、「妊娠・出産は病気ではない」という古くからの考えが根強い日本では、妊娠・出産、産後の体調不良は軽く見られがちだ。時には家族からも「本人の甘え」や「精神力の弱さ」のせいにされることもあり、適切な支援や専門医療につながるのが遅れる危険も指摘されてきた。
そしてこれまでは、妊娠、出産による影響を、死亡診断書に死因として記載することが徹底されてこなかった。特に、自殺に関しては、妊娠・出産と関連づけて死因を記載するルールもなく、日本では、妊娠合併症の中で最も頻度が高い産後うつによる自殺の実態を把握できていなかった。
順天堂大学産婦人科教授の竹田省さんが東京都監察医務院の協力を得て行った調査によると、2014年までの10年間で、東京23区の妊産婦の自殺数は63人。約半分の原因は産後うつも含めたうつ病や精神疾患で、適切な医療支援があれば防げる可能性もあったという。
そして、もちろんこの数は妊娠・出産が関係する死としては氷山の一角で、全国での実態は誰も把握できていない。
妊娠中・産後1年の死亡は詳細に原因を記載
こうした課題を解決しようと、厚生労働省は今年から、WHO(世界保健機関)が定めた最新の分類基準を適用し、妊娠中や産後1年間の死亡については、妊娠・出産が死亡に影響を与えたか否かがわかるよう、詳細に死因を記載することを求めるマニュアルを作成した。
これを受けて、日本産科婦人科学会(日産婦)は、①妊娠の生理的な影響で悪化したうつや精神疾患、不安状態による自殺は「妊産婦死亡」と認識して診断書を書くこと、②自殺だけではなく、妊娠中や産後1年以内に持病やがんが悪化した場合は「妊産婦死亡」と認識して診断書を書くこと、などの徹底を求める通知を今月、会員や国内の主要23学会に出した。
日産婦周産期委員会委員長でもある竹田省さんは、「産後うつも含めた妊娠・出産の合併症は悪化する前に介入すれば、回復する可能性もある。まずは実態を正確に把握して、防げる死を防ぐ対策につなげていきたい」と話している。