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「自分の主張を貫き通す美学?」「命乞いのパフォーマンス?」植松被告の初公判 有識者はこう見た

相模原事件の植松聖被告の初公判が8日に開かれました。法廷での様子を聞いて、この事件に関心を持ってきた有識者たちは何を感じたのでしょうか?

相模原市の知的障害者入所施設「津久井やまゆり園」で元職員の植松聖被告(29)が入所者19人を刺殺し、職員を含む26人に重軽傷を負わせ、殺人罪などに問われている相模原事件。

1月8日に横浜地裁で裁判員裁判の初公判が開かれた。この事件に関心を寄せてきた著名人は初公判をどう受け止めたのか、話を聞いた。

初公判の内容は?

NHKなどによると、植松被告は起訴事実について認め事実関係に争いはないが、弁護人は、植松被告には精神障害があり、障害の影響で刑事責任能力が失われていたか、著しく弱っていたとして無罪を求めている。

一方、検察側は「弁護士は被告の責任能力が大麻精神病や妄想性障害などの強度の影響下にあって、心神喪失か心神耗弱だと主張しているが、検察は完全に責任能力があったと主張する」と述べた。

その直後、謝罪の言葉を述べた植松被告が暴れだすなどしたため、開始20分ほどで傍聴人が全て法廷の外に出される事態となり、午後まで一時休廷となった。

これから3月16日の判決まで集中して開かれる裁判で、事件の謎はどれほど解明されるのか?

自分が否定した心神喪失者とされた弁護方針への葛藤?

植松被告への面会を重ね、知的障害者の命を無用とした植松被告に疑問をぶつけてきたノンフィクションライター、渡辺一史氏はこの日、植松被告が刑務官に取り押さえられ、予定より早めに閉廷したため、午後からの傍聴の機会を逃した。

渡辺氏は、被告人の罪状認否で、植松被告が“右手の小指をかみ切るような”不可解な行動をし、刑務官に取り押さえられたついてこう感じたという。

「全く予想はつかなかった行動ですが、これまで植松被告と12回の面会を重ねてきた私が感じたのは、彼はこの裁判を最後まで乗り切る気力を失っていたのではないかということです」

というのも、植松被告とのやりとりで、彼は精神障害などによる心神喪失や心神耗弱を理由とする刑の免除や減刑を規定する刑法39条を繰り返し否定していたからだ。

  • 第39条 心神喪失者の行為は、罰しない。
  • 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。(刑法より)


「彼はつねづね、精神障害があるから無罪という刑法の規定は間違っており、心神喪失者こそ死刑にすべきだと言ってきました。彼の犯行動機が『意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべきだ』という主張であった以上、そう考えないと整合性が取れませんよね」

ところが、弁護士は大麻などの薬物使用で、植松被告が事件当時、心身喪失か心神耗弱の状態にあったため責任能力はなかったと主張する弁護方針を取った。

「自らを心神喪失者と認めることは、すなわち、『お前こそ安楽死しろ』と言われても仕方ないわけです。彼はその矛盾をどう心の中で整理して、弁護方針に従うのか、あるいは自分の主張を貫き通すのか注目していました」

自分の主張を貫き通す美学?

初公判で弁護人が、「植松被告は精神障害があり、その影響により心神喪失、心神耗弱であったと主張します」と述べた後、いったん席に戻された被告が再び弁護人にうながされ、「皆様に深くおわびします」と頭を下げた直後の行動だった。

「法廷ではまず最初に謝罪する、ということは面会時に聞いていましたし報道各社にもそのように言っていたので、それ自体は驚きませんでした。でも、その後の行動は、彼なりの大きな葛藤の中で起きたことなのではないかと思います」

傍聴していた人によって、「指をくわえた」「舌を噛み切ろうとした」「手首を噛もうとした」などと様々な見方がされ、何が真実なのかは明らかになっていない。しかし、渡辺さんは彼が自殺を図ろうとしたとしても無理はない精神状態にあったのではないかと推測している。

「彼には特有の“格好良さ”への憧れがあり、公衆の面前で自分の主張を貫き通す姿を見せることに美学を感じたとしても不思議ではありません。ぶざまに刑務官に取り押さえられた彼が、今後もどのような姿で法廷に立つのか、今後も裁判のゆくえをしっかり見届けたいと思っています」

「命乞いのパフォーマンス?」 雨宮処凛さん

事件を他人事とせず、日本社会に広がる「内なる優生思想」について考察した対談集『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』(大月書店)を2019年9月に出版した作家の雨宮処凛さんは裁判を傍聴した。

植松被告の入廷時間には間に合わず、表情は見られなかったというが、起訴事実の認否を問われた時に答える声が、か細いのを聞いて、驚いた。

「事件直後の万能感やギラギラした感じが全くなく、肌もくすんだ感じであの事件を起こした犯人と同一人物とは思えませんでした」

そして、 彼が見せた不規則行動については、何が事実かはわからないとした上で、「傍聴した人と話したところ血が出ていたという話も聞いたので、舌を噛み切ったのではないかと思いました」と語る。

ただ、それは自殺の意図があったかどうかは疑問に感じているという。

「彼のこれまでの言動から見ても、劇場型のパフォーマンスなのではないかと思いました。結局、あれでいったん休廷になりましたし、審理はあれで止まりますから、判決を先送りしたい、彼なりの命乞いの行動なのではないかと思ったのです」

しかし、午後からの再開では、本人不在のまま法廷が開かれた。

「本人が出席しなくても裁判を進めるという裁判所の強い意思を感じました。もし先延ばししたいと考えたとしても、それは通らないことを思い知ったでしょう」

「思ったよりもかなり重い精神障害があった?」

その上で、午後の法廷で示された検察側の冒頭陳述を聞いて、「植松被告は急激におかしくなったのだな」と新たな印象を受けたという。

「事件の前年ぐらいから、世界の大きな出来事を予言するというイルミナティカードにハマったり、UFOを見たことがあると言い出したといいます。後輩の女性に『俺が世界を変えてやる』『俺は世界中の女を守る』とも話していたそうで、思ったよりも誇大妄想が酷かったし、急速にそんな状態になったのだなと驚きました」

しかし、弁護側の責任能力がないから無罪という主張には疑問が残る。

「思ったよりも凄くおかしい状態だったことはわかりますが、弁護側は大麻の影響も強調しています。でも大麻ではそうはならないとも専門家は言っています。裁判でも専門家による詳しい意見を聞きたいです」

その上で、今後の裁判で明らかにしてもらいたいことについてはこう述べた。

「やはり一番知りたいのは、障害者を殺すべきだという考え方が何をきっかけに芽生えたかです。施設に勤めた当初は、障害者を『可愛い』と言っていたそうですから」

「それに、偏った考えを持つことと実行することには大きな開きがあります。そこに到るまでに葛藤はなかったのか、そして国の金を障害者ではなく別に使うべきだという思想は何に影響されて芽生えたのか。社会で言われていたことに影響されたのか、知りたいです」

岩崎航さん「全て受け止めた上で謝罪を」

筋ジストロフィーで人工呼吸器を使い、生活の全てに介助を必要とする詩人の岩崎航さんも、この事件で「自分も『生きていなくていい』という攻撃を感じた」とする一人だ。

初公判で植松被告が謝罪の言葉の後に、自殺を図るようなそぶりを見せて、一時休廷し、不在のまま再開したことについて、「それだけ大変なことをしたのですから、裁判でのやり取りを、自分で最後まで聞いて受け止めた上で謝罪をするべきだ」と憤りを感じたという。

「暴れたことが何を考えてのものかは定かではありませんが、自分が全国から注目されていることを意図し、自分の信念を優先させるために、見たくないものに目を塞ぐためにそうした行為を図ったのだとしたら許せません」

そして、様々な人が言うように、障害者を殺す思想を持つに至った経緯や生育歴について、「本人の本当の言葉で聞きたい」と言う思いが強い。

「どこかで聞いた言葉を繋ぎ合わせたようなヘイトスピーチばかりです。自分の頭でよく考えたわけでもない言葉を垂れ流すのではなく、自分が何を見てきて、本当にどう思っているのかを話してほしい」

一方で、「彼がおかしな言動を始めた初動の頃に、治療的な関わりや適切な支援があれば、ここまで大きく道を踏み外すこともなかったのではないか」と考えるが、本人に同情すべき事情がわかったとしても、それで罪が軽くなるわけではないとも思う。

「生育歴や背景がどんなものであれ、殺人の罪は軽くはならないし、情状の酌量はすべきではないと思います。それは彼のためにも被害者のためにも社会のためにもなりません」

「この裁判の行方を見つめ続けること自体に苦痛や恐怖を感じてしまう自分もいます」

「しかし、もっとも怖いのは、『生産性の有無』や『安楽死が必要』という考えが広がりつつある中、この裁判で彼の主張が改めて世の中に広がって、支持する人が増えることです。それを押し止めるためにも、この裁判を見つめて、そのうえであらためて一人の障害者として人間としてNOの声を上げていくことが必要だと思っています」

ALS患者の支援者・川口有美子さん「植松被告一人の問題ではない」

ALS患者の生活支援を続けており、重度障害者が地域で自立生活をすることも支援をしているNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会副理事長の川口有美子さんは、初公判について「予想外の展開だった」と驚きの声を寄せた。

「色々な方の接見では、落ち着いて自己主張してきたのに、裁判の場では取り乱しました。演技とも違うように思われます。やはり極刑に怯えているでのしょうか?」

その上で、改めて植松被告の犯行は、それまでの日本社会のあり方を反映しているという。

「事件の前には、政治家による障害者差別発言がありました。生産性で人の価値を評価し、切り捨てるべきだと言っていたのは記憶に新しいところですが、植松被告の思想と全く同じです」

「ただし、自分で手を汚す人はいなくて、政治的に呼びかけたのであって、直接的に殺害した者はいませんでした。植松被告は彼らの思想を『見える化』し、彼らに出来なかったことを実践したまでです」

植松被告がそうした日本社会に蔓延している思想を実行に移してしまったのは、自己顕示欲があると見る。

「彼は英雄になりたかったのだと思います。植松被告の自己顕示欲に事件を読み解く鍵があると感じています。
存在理由を見失った若者が、著名人が言っていることを、命を捨てて実践し後世に名を残したかったに他ならないのではないでしょうか?」

「 彼の犯行は、少数を切り捨てて多数を救済するという経済思想にかなっている。そんな怪物を生み出してしまった責任は、歪んだ社会にあります。

罪を悔いさせなければならず、同類項の発言をした政治家や著名人も反省してほしい」

その上で、裁判で判決が出たからといって、問題は解決しないという。

「植松被告ひとりを裁いても解決しません。時間がかかっても、植松被告の心の闇がどのように生じたのかを明らかにすることが重要です。私は死刑には反対です。

社会の問題であると同時に、これは自らを顧みなければならない私たち個々の言動の問題でもあります」

「他人事ではありません。 金儲けが上手くなくても、秀でてなくてもいい。ただ生きているだけでもいい寛容な社会を実現しないと、次々に植松被告を生み出してしまうのではないかと思います」