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「働き盛りの男性を被害者にも加害者にもしないために」 厚労省が企業向けの風しん対策セミナーを実施

2018年からの流行が未だに食い止められない風しん。国は流行の中心となっている40歳〜57歳の男性に抗体検査や予防接種を無料にする追加対策を始めましたが、働き盛りのこの世代が受けやすくするために、企業に協力を呼びかけています。

2018年夏からの流行が未だに食い止められていない風しん。

国は流行の中心となっている40歳〜57歳(1962年4月2日〜1979年4月1日生まれ)の男性を対象に、免疫があるかどうか調べる「抗体検査」と予防接種の無料クーポンを配る追加対策を今年度から3年間限定で始めた。

しかし、出だしは低調だ。働き盛りで忙しいこの世代が、仕事をしながら検査や予防接種を受ける時間を作るのは難しい。

この世代が検査や接種を受けやすくするために、企業の健康診断などで無料クーポンを利用してもらうよう、厚労省は9月10日、都内で事業者向けに「国の風しん対策活用セミナー」を開いた。

感染力の高い風しんは、大人がかかれば重症化する危険性があり、妊娠初期の女性にうつれば、胎児の目や耳や心臓に深刻な後遺症を残す「先天性風しん症候群」をもたらす可能性がある。

従業員やその家族、取引先や顧客へ感染を広げる危険を予防するのは企業の社会的な責任だとして、約250の企業関係者が熱心にメモを取りながら参加した。

職場での感染が最多 今年も2000人を超える感染者

まず、厚労省の日下英司・結核感染症課長が、風しんの現状を報告した。

2018年夏から感染者が増え始めた風しんは、2019年になっても2000人を超えるペースで増え続けている。

人口が多い都市部を中心に流行している。そして、感染源としてわかっているところでは「職場」が最多だ。一つの職場から複数の発症が確認されたこともある。

従業員が休めば、業務が滞り、家族や同僚、取引先にまで感染が拡大する可能性がある。感染力が高く、しかも、症状が出る前から感染させる力がある厄介な感染症だ。

大人は重症化する可能性があるだけではない。妊娠初期の妊婦に感染した場合、胎児の心臓や耳や目に深刻な障害が残る危険がある。「先天性風しん症候群」だ。

集団の中に免疫を持っている人が多いと途中で感染は収束するが、免疫を持っている人が少ないと次々に感染は拡大する。

今回の流行の中心になっているのは、中年男性だ。女性だけに予防接種をしていた時代に受けられないまま、自然に感染する機会もなかったため、免疫がつかないまま大人になった。そしてこの40〜57歳の男性の2割程度が今も風しんウイルスに対して無防備な状態に置かれている。

今回の流行でも、男性の感染者は女性の4倍。そして、男性患者の半分が40〜50代だ。

国は今年度から3年間限定で、この世代の男性に対し、免疫があるか調べる抗体検査と、抗体検査で陰性(免疫なし)となった人にMRワクチン(麻疹・風しん)接種を無料にするクーポンを送付する事業を始めた。

だが、出だしは低調。今年度末までに少なくとも330万人に検査してもらうことを目標としているが、6月末の段階でまだ34万人しか無料クーポンを使っていない。この世代の男性は仕事が忙しくて受けづらいことが予想されるため、企業の協力が不可欠だ。

企業は何ができるのか? 無料クーポンを健康診断に利用してもらう方法は?

それでは、具体的に企業にはどのようなことができるのだろうか?

これについては、厚労省の賀登浩章・予防接種室長補佐が説明した。

まず、対象世代の男性は、自宅の近所よりも、職場や職場の近くで受けられた方がいいだろう。無料クーポン券は全国どこでも使える。また検査や接種に行く時間を作るのが難しい忙しい世代だから、健康診断のついでに受けられたら楽だろう。そこで健診を行う企業の協力が必要となる。

このクーポンは健康診断でも使えるが、それには少し手続きが必要となる。会社の費用負担はなく、従業員に検査や予防接種を受けてもらうチャンスだ。

無料クーポンはこんな感じ。1年目の今年は1972年4月2日生まれから1979年4月1日生まれの男性のもとに、7月までにほぼ全ての市区町村が送っているはずだ。

この無料クーポンを健診で使えるようにするには、全国の医療機関と市区町村が一括して交わしている「集合契約」に入ってもらうことが必要になる。

企業の健診として一般的なのはこの3つのパターンだろう。特定の医療機関に健診を委託するパターン1の場合に必要な手続きを紹介しよう。

まず、健診を委託している医療機関に「風しんの抗体検査」も追加することを委託する。

主に企業の健診担当者が確認、調整しなければならないのはこの5つだ。

社内の関係者や実際に受けてもらう従業員への説明は重要だ。あくまでも任意で受ける検査なので、本人がその意義を理解することが必要となる。

厚労省は約2分間の説明動画も作っているので、活用してほしい。

YouTubeでこの動画を見る

youtube.com

この日、説明に使われて、この記事にも使っているパワーポイントデータは以下から手に入る。社内説明でも利用できる。

風しんから社員とお客様を守るために 」「定期健診等でクーポン券を利用できるようにするには

健診委託先に風しんの抗体検査を委託して、集合契約に入ってもらおう。断られたら、抗体検査だけ別の健診機関を探すか、厚労省や自治体に相談だ。

集合契約の手続きはそんなに複雑ではない。委任状1枚を提出するだけだ。

抗体検査の結果は個人情報。事前に受診者に、会社が結果を把握していいか確認しなければならない。会社が結果を把握できるなら、無理強いはできないが、陰性(免疫がない)の場合に、予防接種を呼びかけてほしい。

何よりも大事なのは、陰性(免疫がない)と判明した場合、予防接種を受けてもらうこと。健診の委託先か、個人が選んだ医療機関、または社内で予防接種をする方法がある。

無料クーポンが使える医療機関は全国で4万以上ある。皇居周辺だけでもこんなにたくさん!

先進的に無料クーポンを健診に取り入れている企業も

健診に無料クーポンを先進的に取り入れている企業も報告をした。

世界に3万5000人の従業員を抱えるオムロングループは、「従業員を守る」「従業員の家族、お客様を守る」という社会的責任を掲げて、無料クーポンの対象者のみならず、社員全員に対し、健康保険組合と協力して、健診で抗体検査を実施している。陰性者には上限1万円で予防接種に補助をしている。

やはりグループで2万7230人の従業員がいる武田薬品工業も、無料クーポン券を健診で使えるようにし、陰性の場合は、社内の診療所で予防接種を受けられるよう取り組み始めている。

「感染症は被害者が加害者にもなり得る」

感染症を専門とする東京医科大学病院渡航者医療センター教授の濱田篤郎さんが「風疹対策は企業の社会的責任」と呼びかけた。

濱田さんは「社員本人の感染を防ぎ、企業活動に伴う感染拡大を防ぐ。免疫のある人を増やして社会から風疹を排除し、その結果、妊婦さんにうつらないようにして悲惨な先天性風疹症候群を防ぐことになる。これが、企業としての社会責任という観点から、風疹ワクチンを接種していただきたい理由」と語った。

そして、チフスにかかった兵士が発病して回復するまでを描いたチェーホフの『チフス』という小説の一節を引用した。

意識を取り戻したばかりのクリーモフに家族が冷酷な一言を告げた。

「お前のチフスがうつってね。看病していた妹が死んでしまったのだよ」

「感染症の患者は被害者であると同時に加害者にもなり得ます。企業の社会的責任は被害者になることを防ぐと共に、加害者になることも防ぐこと。とりわけ(感染力が高く結果が重大な)風疹に関しては、社会的責任という面が重要だということをお伝えしたい」

わからないことがあれば、厚労省や事業所のある自治体へ

参加した都内の2000人規模の企業の一つは「健診に組み入れてはいるが、無料クーポンを利用していないので参考になった。今年後半の健診に組み込みたい」と感想を述べた。

また、数百人の社員を対象に抗体検査を健診に組み込んでいるという別の都内の企業は、「検査までは行なっても、MRワクチンは高い。対象世代以外にワクチンを補助する可能性について感触を掴みたかった。勉強になった」と述べた。

厚労省は「風しんの追加的対策について」というページを作っている。さらにわからないことがあったら同省の予防接種室や事業所のある自治体に問い合わせよう。

会場には自身が妊娠中に感染して我が子が先天性風疹症候群となった母たちで風しんの啓発活動を行っている「風疹をなくそうの会『hand in hand』がブースを出していた。代表の可児佳代さんは「この年代の男性は『自分には関係ない』と思ってしまいがち。ぜひ企業の社会的責任として、私たちのような思いをする人がいなくなるよう協力してほしい」と呼びかけた。