末期がんの人権活動家 獄中から愛の詩に託したもの

    君に明るい朝をあげるのが 僕のねがいと義務なんだ

    中国共産党の独裁に抵抗して投獄され、獄中でノーベル平和賞を受けた人権活動家、劉暁波氏(61)が末期の肝臓がんと診断され刑務所外の病院に移送された、というニュースに、世界中が衝撃を受けている。

    劉氏は2008年、民主化を求める「08憲章」を起草し、国家政権転覆扇動の罪で懲役11年の実刑判決を受けた。服役中に決まったノーベル平和賞の授賞式の代理出席さえ認められず、妻の劉霞さんも厳しい監視下に置かれ、面会もほとんど許されない状況が続いていたという。

    1989年の天安門事件でも民主化運動を率いて投獄され、その後も政府への批判を弱めることなく、不屈の活動家として知られていた劉氏。詩人としての顔も持つことはあまり知られていない。2014年2月、日本で初めて出版された詩集『牢屋の鼠』(書肆侃侃房)には、妻に宛てた激しい愛の詩が73篇収められている。

    かつて君は僕に言った

    「すべてわたしが引き受けるわ」

    君は頑なに目を太陽に向ける

    失明して火炎になってしまうまで

    炎は海水を全部溶かして塩にするだろう


    愛する人よ

    暗闇を隔てて君に伝えたい

    墓に入る前に

    君の骨灰で僕に手紙を書くのを忘れないでくれ

    冥土でのアドレスを書いておくのを忘れないで

    (「引き受ける——苦難の中の妻へ」より)

    翻訳した出版社代表で詩人の田島安江さんは、2010年、ノーベル平和賞受賞を報じる新聞記事でこの詩を知り、「ここまで強く深い悲しみに満ちた詩を書く人はどんな人だろう」と強い関心を持った。

    唯一、劉氏の詩集を刊行していた香港の出版社から許可を得て、中国人翻訳者の助けを借りながら訳し、日本初の詩集出版にこぎつけた。本の帯には、「骨がきしむほどの愛の詩に触れることは、世界のかなしみに近づくことではないだろうか」と記した。

    国内で唯一出版されている劉暁波氏の詩集『牢屋の鼠』

    「彼の詩には同志のような存在である妻への強い愛があることはもちろんですが、世界の人々への思いを愛の詩で代弁しているところもあります。人間が人間を支配する悲しみ、怒りが、愛の詩に託されている」と語る。

    一通の手紙で十分だよ

    それですべてを超えてゆけるし

    君にも話しかけられる


    吹き過ぎていく風にあたりながら

    夜半に僕は自らの血で

    秘めた一つの言葉を書く

    覚えておいてくれ

    一つひとつの文字を

    そのすべてが最後の文字と思って


    君のからだの中の氷が

    火の神話で溶けだしてきて

    悪人の視線が見守る中

    怒りを石に変えるだろう


    二本のレールが突然重なり

    灯火に飛び込んで行く蛾は

    永久にそのままの姿で

    君の影になってついていく

    (「一通の手紙で十分だ——霞へ」)

    「僕は生涯君の囚人だ」と題する詩には、「親愛なる人よ、独裁者の監獄に入れられたとしても、時間をかけて抵抗し続ければ、自由を手にする日は必ずくる。しかし、君の囚徒には期限がない、永遠に囚われ続けることが僕の本望だ」と前文がつく。

    愛する人よ、僕は生涯君の囚われ人だ

    生まれたがらない赤ん坊のよう

    温かい子宮を懐かしみ

    君の呼吸を通して僕が呼吸する

    君の安寧を通して僕は安らかさを得る


    ああ、僕は赤ん坊のような囚われ人

    君の体の奥深くひそむ

    アルコールやニコチンでさえ

    僕は君の寂しさに毒されてしまうこともいとわない

    僕には君の毒素が必要だ、とても必要だ


    君の囚われ人になってしまえば

    もしかして永遠に日の目を見ないことになるかもしれない

    だけど、僕は信じるよ

    僕の宿命は暗いけれど

    君の体の中にいさえすれば

    すべてよしだと

    (「僕は生涯君の囚人だーー霞へ」より)

    田島さんは今回、劉氏の病状を報道で知り、衝撃を受けた。

    「あと2年で服役は終わるかなと思っていて、できることなら会いたいと願っていました。かなり厳しい病状だと報じられていますが、これほどにならないと外に出られないなんてひどい話です。生き続けてほしいと切に祈ります」

    田島さん自身、6月に日韓中の詩人の交流会が中国で開かれたが、劉氏の詩集を出版していることから、漠然とした不安を感じて参加を諦めた。

    こうした「自由にものを言えない空気」は、国内にも広がっていると感じる。

    田島さんは、「残念ではありますが、このような形で劉氏に注目が集まっている今こそ、劉氏が詩に託したメッセージを多くの人に受け取ってほしい。詩の力を信じたいですね」と話す。

    僕の詩は君へのはじめての朝の光

    毎日同じ時間に君の顔を照らす

    軽く撫でながらやさしく潜り込む

    まだしっかりと閉じられた目

    夢の中の暗黒に

    少しの光を与えてあげる

    すると君はゆっくりと目を覚ます

    脳から指の先まで

    足の指から心臓まで

    君に明るい朝をあげるのが

    僕のねがいと義務なんだ

    だからけっして太陽が昇る前に起きないで

    僕の詩を取り逃さないで

    取るに足りない詩だけれど

    ただ君だけがじっくりと読む資格がある

    (「君への詩——霞へ」)

    朝日新聞によれば、劉氏は妻と海外に移住することを希望したため、中国政府は欧州のある国と出国に向けて交渉を進めているという。