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障害者だって恋をするし、セックスもする

「社会に革命の火炎瓶を投げ込みたい」 全く新しい恋愛映画のモデルとなった熊篠慶彦さんインタビュー

「障害者だって恋をするし、セックスだってしたい。聖人君子なんかじゃない。ただの人間なんです」

こんなセリフが印象的な恋愛映画「パーフェクト・レボリューション」(松本准平監督)が9月29日から全国公開される。主人公は重度の身体障害を持つクマと、精神障害の一種「パーソナリティー障害」を抱える風俗嬢ミツ。この映画のモデルとなった熊篠慶彦さん(47)に、障害者の恋愛や性への思いを聞いた。

初めて真正面から障害者の恋愛と性を取り上げた映画

構想から約4年。障害者の性をテーマにした国内外の映画をウォッチしてきた熊篠さんにとって、企画・原案を務めたこの作品の完成は感慨深いものとなった。

「日本では障害者が恋愛したり、性欲を抱いたり、セックスしたりするということが気づかれてさえいない。そんな日本で、障害を持つ人の恋愛や性を真正面から取り上げた初めての商業映画ではないかと思います。すごく嬉しいのですが、モデルが自分となるとどうもこっぱずかしい(笑)」

現実でも感じてきた偏見や差別の壁

1969年に仮死状態で生まれた熊篠さんは、脳性まひで手足が自由に動かない障害を抱え車いす生活を送る。障害者の性を支援するNPO法人「ノアール」代表として、体が不自由でも使えるマスターベーション用具の開発や、障害者の性的な行為を支援する活動などをしてきた。

その熊篠さんが数年前に経験した恋愛をベースにして、この映画は誕生した。障害者にも性欲があることを社会に認めさせようと活動する熊篠さんに惚れ込み、一心に飛び込んできた彼女。現実の二人はその後別れたが、映画の中の二人は、周囲の偏見や無理解の壁を乗り越え、二人で幸せになるという「完全な革命」を起こそうと戦う。

「現実でも偏見や差別はありますよね。映画の中で親戚に反対されるように、世間だけでなく身内もそんな目で見る。だから、当事者はその見方に飼い慣らされることもあるんです」

熊篠さんの育った家庭でも、母親は「外で色々な経験をさせたがった」が、父親は「あまり外に出したがらなかった」。

熊篠さんは、うちに閉じ込められそうになっていた自分を、「座敷犬」という言葉で例える。

「飼い主に家にいろと言われたとして、ご飯を用意してもらい、雨風もしのげるのだからと諦めて言う通りにすることもできるでしょう。しかし、外にある自由を知ってなお、座敷犬に甘んじていられるかというと、そうではない」

その壁は、自身の心の問題でもある。

「しょうがないと諦める気持ちを、どこまで受け入れるか。僕自身、今の身体の状態はこれ以上は良くならないし、今後は少しずつ重くなって進んでいくでしょう。そういう状態に置かれ、どこまでしょうがないと思うかで、その後の人生は決まっていくのだと思います」

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(C)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会 / Via YouTube

「パーフェクト・レボリューション」の予告編

愛があれば全て解決するか?

熊篠さんが好きなシーンとして挙げるのは、彼女が別れ際、遠くから感極まったようにかすれた声で「大好き」と告白する場面だ。少し離れた場所で段差を乗り越えるのに躊躇していたクマの車いすに駆け寄って飛び乗り、段差を二人で越える。愛が障害の壁を乗り越える、と言う映画のテーマを象徴する前半のクライマックスだ。

「愛が障害を乗り越える原動力になるということを表しているのだと思います。でもあの段差、自分ではとてもじゃないけれども降りられない」

愛の持つパワーが映画のテーマになるが、「徹底的なリアリスト」と自称する熊篠さんは、自身の活動にも絡め、「愛で全ては乗り越えられない」と冷めたことを言う。映画の中でも、前半、思いを確かめ合った二人がつながりたいと思っても、周りにバリアフリーのラブホテルがないとクマがさりげなく告げる。

「障害者の性的な支援を考えた時に、車いすユーザーでラブホテルに段差がある時に、愛があるとかないとかは関係ない。だから、ノアールでやるのは、そこにスロープが必要なのか、人海戦術で担ぎ上げるのか、安全な迂回路を探すのかということなんです。現実問題、愛で段差は超えられない」

ノアールでは、昨年から、「添い寝介助」という支援を始めている。多くの人が、性的な行為を求める障害者に支援者が添い寝するサービスを予想するが、全く違う。

「9割9分の人がそう想像するのですが、うちは絶対にしない。それをし始めると、際限がなくなるからです。じゃあ何をするかと言うと、男女共に首と手先だけが動く難病のカップルが添い寝をするのを支援する」

二人が「添い寝したい」「キスしたい」「手をつなぎたい」と願った時に、作業療法士や介護福祉士が二人の体の状態を適切に評価して、それを実現できるように体位を考えたり、くっつけてあげたりする。

「二人に愛はあるのでしょうけれども、壁をなくす支援をしているこちら側は愛で動いているわけではない」

「逆に障害が原因で愛や恋が手に入らないというのも違うと思うんです。それは本当に身体障害が原因ですか?と問いたい。障害があってもパートナーがいる人もいない人もいるし、恋愛できるかどうかは障害に起因しないんです」

笑えて、ポップな映画に お決まりのストーリーから逃れて

クマ役は、私生活でも親しく付き合う友人の俳優、リリー・フランキーさんが「どんな役でも関わりたい」と演じ、撮影に使われた車いすは、実際に熊篠さんが使う愛車、通称「赤い彗星」。細部にリアリティーが宿った。

「喋り方もそうかもしれませんが、リモコンでテレビをつける時に手が伸びないから、体ごと押す。ああ言う仕草を演じているのを見て、この感じはそっくりだと驚きました」

映画の中でテレビの取材を受ける二人は、「かわいそうなカップル」として描こうとするディレクターの意図を拒む。将来の夢を聞かれて、「立ちバック」と答えるギャグも、熊篠さんの実際の持ちネタだ。

「障害者と向き合う時はかしこまらなくちゃいけないという感覚があるけれども、そんなことはない。笑わせたいという思いはありますよね。24時間テレビ的な、お決まりの障害者のストーリーを見たいと思っていて、それに乗っかってもいいよという障害者がいるならば、それはそれでいいでしょう。でも僕はもうお腹いっぱい。この映画はそういうストーリーではなくなったと思います。だってこの映画で泣けないでしょ?(笑)」

映画で「革命」を起こせたら

「完全な革命」という意味の映画のタイトル。熊篠さんはこの映画で、障害者に対する世間の見方を打ち崩せればと期待している。

「革命ほど大げさじゃないにしても、とんかち頭な人たちの考え方を変えたい、変えてもらわないと困りますよという思いはあります。障害のある者が恋愛するのも、障害者に性欲があるんだと語っているのも、とんかち頭は気づいてさえいない。洗脳したいですよ。世の中を変えようなんて思わない。100人中3人だけでも変わってくれて、老後になってもっと体が動かなくなった時に、僕が困らなきゃいい」

彼女と別れて以来、「つまみ食い程度」の色恋沙汰はあったが、本気の恋愛からはしばらく遠のいている。

「ジェットコースター的な恋愛はもう十分。冥土の土産として、この映画で世の中に火炎瓶をぶち込めたらいいなと思うんです。障害者が主人公で、下の話もちょくちょく出てくる、そんな等身大の映画や描かれ方が広がって、現実世界も少しずつ変わっていけばと思います」