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「卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」はそもそも起こしてはいけません 不妊治療が保険適用になって懸念されること

不妊治療の副作用で卵巣が腫れ上がる「卵巣過剰刺激症候群」。どんなことに気をつけたらいいのか、不妊治療のスペシャリスト、菊地盤さんに聞きました。

不妊治療の薬で卵巣が腫れ上がり、時には命に関わる合併症を引き起こす「卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」。

この副作用報告が増えているとして「医薬品医療機器総合機構(PMDA)」が注意喚起をしたのを、不妊治療医たちは驚いて受け止めた。

医療行為によって引き起こされる副作用のため、予防することが基本であり、万が一起きても軽症で抑えることが可能であるからだ。

どんなことに気をつけて治療に臨むべきか、不妊治療に詳しいメディカルパーク横浜院長の産婦人科専門医、菊地盤さんに聞いた。

注射薬「hCG」で卵子を成熟させる方法はOHSSを起こしやすい

——PMDAの注意喚起を見てどう思いましたか?

hCG(ヒト絨毛性性腺刺激ホルモン)という採卵の前にうつ注射は卵子を成熟させる作用があり、OHSSを悪化させるリスクがあります。

この注射は作用が消えるまでの時間が長いので、うつとしばらく刺激が続いてしまうのです。だからさらに卵巣が刺激されて腫れてしまいます。hCGをうたなければ、OHSSになることはまずないのです。

採卵前に、卵巣を刺激して卵子を育てる方法はいくつかありますが、最近は「アンタニゴスト法」や「PPOS」という点鼻薬「スプレキュア(一般名:ブセレリン)」で排卵に持っていく方法が主流になってきています。

今回、不妊治療で保険適用になったのは先発薬だけでスプレキュアしか使えず、全国で不足しています。現場は困っているので後発薬も保険で使えるようになってほしいところです。

点鼻薬はhCGと比べて作用が消える前の時間が短いので、卵巣の中で成長した卵胞(卵子の入っている袋)がたくさんあったとしてもリスクが低くなります。

PMDAからの注意喚起に載っていたOHSSの典型例は、すべてhCGをうった例でした。HCGの投与が必要な「ショート法」を用いたのではないでしょうか?通常、OHSSのリスクが高い患者さんには用いることは少ないと思うのですが。

今は卵巣機能が落ちている人にこの刺激方法を使うことはあまりありません。特殊な理由があったのかもしれませんし、点鼻薬の不足でやむなくhCGを使っているのかもしれません。

もしかしたら地方の医療過疎地域を一人で守っているような先生が、忙しくて知識をアップデートする時間もなくてやっている結果なのかもしれません。背景がよく分かりませんが、不妊治療の専門家から見ると不思議な症例ばかり紹介されていました。

AMHの値が大きい人、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)はハイリスク

——そもそもOHSSを起こしやすい人はいるのですか?

OHSSの重症化を予防する方法として、リスクを把握しておくことが大事ですが、日本生殖医学会の「生殖医療ガイドライン」では、

  1. PCOS(多嚢胞生卵巣症候群)の人
  2. AMHが高い人
  3. 卵胞が24個以上


が挙げられています。

まずはPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)ですね。排卵できずに小さな卵胞が数多く卵巣にできてしまう病気であり、卵巣刺激により卵胞がたくさん育ちやすくなる病気でもあります。卵巣刺激によりOHSSのリスクが高くなりますので、刺激法の工夫が重要です。

そういう人に対しては卵子を成熟させるのは点鼻薬にして、hCGを使わなくても済む方法をとる方が安全です。

また不妊治療の保険適用の流れで、アロマターゼ阻害剤の「フェマーラ」が多嚢胞卵巣症候群に対する卵巣刺激の薬として追加承認されています。その薬を使用することも一つの方法だと思います。

またはそんなに卵胞を育てないようにするか、手術をして卵巣に傷をつけて卵巣の機能を落として卵を採る方法もあります。これは保険適用になっています。

——PMDAが例に挙げているのは40個採卵したとか、60個採卵したという事例ですが、これは多過ぎませんか?

多嚢胞の人だとこれぐらい採れることはあります。逆にそれぐらい採れるということは、最初からOHSSのリスクがあるということです。卵巣刺激も慎重に行うべきです。

——多嚢胞性卵巣症候群など卵胞が多く、リスクが高い人を事前に知る方法はありますか?

AMH(アンチミュラー管ホルモン)の検査が体外受精で保険適用になりましたが、通常この値の3倍ぐらい卵は取れます。つまりこの値が10を超えると、30個以上採れます。卵巣刺激と排卵誘発の方法を工夫すべきだと思います。

——卵子がたくさん採れるからいいというものでもないのですね。

卵をたくさん採れた方が確かに良い卵を選べて良い面はあります。その代わりOHSSのリスクは出てきます。そこを気をつけて卵巣刺激と排卵誘発をやってくれるかどうか、治療医に事前に相談した方がいいと思います。

——AMHは俗に卵巣年齢検査とも呼ばれていますね。

僕はそれは違うと思うのですよね。たくさん採れても質は分かりません。あくまでも採れる個数の予測なのです。

確かに年齢が上がるにつれて下がる値です。しかし、20代でAMHが低い人と、40代でAMHが高い人を比べたら、やはり20代の方が質がいいことが多いので、結果が出る可能性は高いです。

OHSSになった場合の対処法は?

——2つ目の注意喚起として、OHSSの症状が見られたら中止するなど、適切に対応することを呼びかけています。先生はどういう対応をしていますか?

OHSSになるとお腹に水が溜まるので、私の場合はリスクの高い方には、腹囲を測ることを指示したりすることはあります。いつも着ているズボンが入らないなどの症状がある場合は気をつけた方がいいです。

お腹に水が溜まるだけでなく、肺の周りに水がたまることで命に関わることもありますので、注意が必要です。

また、症状が悪化すると尿が出にくくなります。水分がお腹に溜まっていくのですが、血管内は脱水になる。血管の外に水が溜まって腹水や胸水が溜まるにもかかわらず、血管の中は脱水になるので、おしっこの出が悪くなるわけです。血液濃縮と腎臓の血流減少が起こり、下手をすると命に関わります。

昔はOHSSで入院して、腹水を抜いたりすることもありましたが、卵巣刺激法が発達してきたため、そのような患者さんは減っていると思います。何より、卵巣刺激法をどのように選択するか、治療医の選択が重要になります。

——どんなに気をつけていても起こりうることではあるのですか?

ゼロにはできませんが、気をつけていれば最小限にはできます。多嚢胞性卵巣症候群でも採卵を行わなければいけませんし、なるべくたくさん卵子を採りたいのも事実です。そのため、OHSSのリスクはついて回るのです。リスクとのバランスを取りながら治療をすることが大事です。

リスクをゼロにするのは不可能ですけれども、限りなくゼロに持っていくように卵巣の刺激法をうまく選んでいくのが治療医の責任だと思います。

リスクのある人は新鮮胚移植は原則行わない

もう一つ、大事なのは、採卵した卵子を受精させて胚を移植し、妊娠すると、さらにOHSSのリスクが上がることです。妊娠するとhCGが体内で出て、OHSSが悪化してしまいます。せっかく不妊治療で授かったのに、命に関わるので中絶しなければならなくなる可能性もゼロではありません。

だからたくさん卵が採れる人は、その周期は全部凍結することが原則になります。新鮮胚移植(受精させた胚を凍結せずにその周期に移植すること)は厳禁です。

近年は凍結保存技術の進歩で凍結胚移植の成績は良いわけですから、OHSSのリスクが高い方は新鮮胚移植ではなく、凍結した胚を使って、卵巣が落ち着いてから胚移植を行うことが良いと考えます。

基本は医原性の病気(医療が原因で起きる病気)なので、起こさないようにするのが原則です。まずは、卵巣の刺激法を上手に選択し、OHSSを起こさないようにコントロールすることが重要です。

【菊地 盤(きくち・いわほ)】メディカルパーク横浜院長、順天堂大学医学部産婦人科客員准教授

1968年、高知県生まれ。1994年、順天堂大学医学部卒。同大学順天堂医院産婦人科准教授、同大学順天堂東京江東高齢者医療センター産婦人科先任准教授、同大浦安病院産婦人科先任准教授、順天堂大学浦安病院リプロダクションセンター長を経て、2019年5月より現職。

日本産科婦人科学会専門医。日本生殖医学会生殖医療専門医。がん生殖医学会理事。

UPDATE

一部表現を修正しました。