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ノーベル賞受賞で相談殺到 誤解してほしくない免疫療法

免疫療法は夢の万能薬ではありません。保険で受けられるものを選んでください。

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日本中がお祝いムードに包まれた京都大学特別教授、本庶佑(ほんじょ・たすく)さんのノーベル医学生理学賞受賞。

ノーベル医学生理学賞の受賞が決まり、記者会見をする本庶佑さん
時事通信

ノーベル医学生理学賞の受賞が決まり、記者会見をする本庶佑さん

その研究成果は、免疫療法の一種であるオプジーボなどの「免疫チェックポイント阻害剤」開発に結びつき、がん治療に新たな道を開いたと華々しく報じられた。

ところが、研究成果や受賞会見の報道で、患者を含めた一般の人に、免疫療法に対して危うい誤解が広がっているのではないかという懸念が患者団体や医療者からあがっている。

患者団体代表やがん治療に詳しい腫瘍内科医に、気をつけるべきポイントを伺った。

「私も受けられるところはないか」「うてば再発しないと宣伝するクリニックはどうか?」

10月1日夜、ノーベル賞受賞の知らせがテレビやネットで報じられて以来、スキルス胃がん患者会のNPO法人「希望の会」に、相談の電話が殺到している。

「ノーベル賞でオプジーボのことを知ったのですが、どこに行ったら受けられるのしょうか?」

「なぜ最初からオプジーボが受けられないのでしょうか?」

電話を受けた同会理事長の轟浩美さんは、患者の気持ちを受け止めながら説明する。

轟浩美さん(右)と夫の哲也さん。哲也さんは免疫チェックポイント阻害剤の治験を受けた直後の2016年7月に希望の会主催の緩和ケア公開講座に登壇し、この3週間後に亡くなった。
轟浩美さん提供

轟浩美さん(右)と夫の哲也さん。哲也さんは免疫チェックポイント阻害剤の治験を受けた直後の2016年7月に希望の会主催の緩和ケア公開講座に登壇し、この3週間後に亡くなった。

現在、胃がんでは他の化学療法後に進行・再発したがんにしか効果が証明されておらず、一次治療や二次治療には使われないこと。どんな患者でも受け入れる高額な自由診療のクリニックは、適切な使い方もしない上に、副作用の管理もしてくれず命の危険さえあることーー。

夫の哲也さん(享年54)が亡くなる直前、免疫チェックポイント阻害剤の治験を受けたことがある。甲状腺の機能が悪化して中止し、その2か月後に亡くなった。スキルスがんの一部に効果が見られたという学会報告があったようだが、残念ながら、希望の会の仲間で効果があった人はまだいない。

「治療法がないと言われた人ほど、冷静ではいられないので、ノーベル賞のお祝いムードで『夢の治療法』などと紹介されると飛びついてしまいます。自由診療のクリニックは、おそらくこれ幸いとばかりに『これはノーベル賞を取った画期的な薬です』と宣伝を始めるでしょう」

「問い合わせてくる人は、標準治療がどのように研究を積み重ねて効果が証明されたかがわかっていないので、言葉の響きから並みの治療だと思っています。お金さえ出せばもっといい治療があるはずと自由診療に流れたら、大きな副作用もある薬なので心配です」

夫は治ることは叶わなかったが、将来の患者に治る道を開く研究のために献体もした。薬は、夫も含め一人一人のがん患者が祈りを込めて臨床研究に参加したことで作られる。そんな手続きに基づかない効果不明の治療をのさばらせたくはない。

「免疫チェックポイント阻害剤」以外にも「免疫療法」を名乗る治療法

ノーベル賞で話題になったオプジーボなどの「免疫チェックポイント阻害剤」は、がん細胞が免疫細胞にかけたブレーキを外すことで免疫の力を回復し、がん細胞への攻撃力を強める薬だ。

本庶さんらの研究グループは、ブレーキ役の「PD-1」という分子を発見し、マウス実験でこの分子の働きを抑えることで免疫が活性化し、がんへの攻撃力が強まることを証明した。

この成果を元にして2014年に承認されたオプジーボ(一般名・ニボルマブ)以降も、本庶さんと共同受賞したジェームス・アリソン教授が発見した別の分子「CTLA-4」を標的とした「ヤーボイ(同・イピリムマブ)」などが開発され、日本では6種類の免疫チェックポイント阻害剤が承認されている。

問題は、臨床試験で効果が証明された「免疫チェックポイント阻害剤」とは別に、効果不明な「免疫細胞療法」なども、「免疫療法」という名前で一括りにされていることだ。

自由診療のクリニックが効果が証明されていない治療を高額な自己負担で行い、患者が標準治療を受ける機会を逸したり、副作用が出ても放置されて体調が悪化したりというトラブルが相次いでいる。

卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表、片木美穂さんのもとにも、一夜明けた2日、「免疫療法をしたら再発しないですか?」と患者から相談の電話があった。ノーベル賞報道を見て、「オプジーボ 再発予防」というキーワードでネット検索し、自由診療のクリニックが再発予防をうたう説明を見たようだった。

やはり相談電話を複数受けたという片木美穂さん
Naoko Iwanaga / BuzzFeed

やはり相談電話を複数受けたという片木美穂さん

「最初の治療として標準治療を受けている最中の人だったのですが、まだ子供が小さいので死ねないと検索して行き着いたようです。これはインチキですと伝えると、とてもがっかりしていました」

夕方には、仕事帰りなのか外から、「オプジーボ、私にも使えますか?」と相談の電話をしてきた女性もいた。

「卵巣がんは適応がないのに、上司に『ノーベル賞のお薬、ダメ元でやってみたら?』と勧められたそうです。彼女は標準治療の薬を使っているところです。薬を変更して適切な治療の機会を逃したら、重い副作用が出たらどう責任をとるのでしょう。患者さんは涙声で、私も胸が痛くなりました。安易に勧められる薬ではありません」

画期的な薬だが、万能薬ではない

がん患者の治療を日々行う日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授で腫瘍内科医の勝俣範之さんも今回の受賞を祝いながら、「夢の薬」として持ち上げすぎる報道に注意を促す。

「副作用もあり、夢の薬と持ち上げすぎてはいけない」と話す勝俣範之さん
Naoko Iwanaga / BuzzFeed

「副作用もあり、夢の薬と持ち上げすぎてはいけない」と話す勝俣範之さん

「免疫チェックポイント阻害剤は、これまでの治療薬と全く違う作用で、初めて従来の抗がん剤の効果を上回った画期的な薬です。再発・進行がんへの適応がほとんどですが延命効果も明らかになり、悪性黒色腫では手術後の投与で治癒率が上がることもわかっています。今後のがん治療薬で中心的な役割を果たす可能性があるのも確かです」

「しかし、よく効果が出る人は2割程度で、皮疹や甲状腺機能の悪化、免疫に作用するのでリウマチやギランバレー症候群のような自己免疫疾患など重い副作用もよく見られます。期待を持たせ過ぎるのは危険です」

最近では、自由診療のクリニックが、効果の証明されていない免疫細胞療法だけでなく、通常の2〜3割の量でオプジーボを投与して副作用が少ないとうたったり、オプジーボと免疫細胞療法を組み合わせて『アクセル+ブレーキ療法』と効果が強化されているように見せかけたりすることもある。

勝俣さんは、保険診療では免疫チェックポイント阻害剤を受けられないがんの患者が、ノーベル賞報道で期待を持ち、適切でない形で免疫チェックポイント阻害剤を提供するクリニックに引き寄せられるのを心配している。

「免疫チェックポイント阻害剤は効果が出るように使うのが難しいですし、副作用に対応するためにも、製薬会社が施設要件や医師要件を定めています。こうした要件を満たさないクリニックでは適正な使い方もしませんし、副作用が起きた時の対応もできません。患者を食い物にしており非常に無責任です」

日本臨床腫瘍学会は、2016年7月に、不適切な施設が免疫チェックポイント阻害剤を個人輸入して、効果が証明されていないがんにも使っていることに注意を促している。

製薬会社も効果不明な免疫細胞療法と免疫チェックポイント阻害剤を併用し、重い副作用で死亡した患者が出たことを医薬品医療機器総合機構に報告している。

惑わされないためにどうする?

勝俣さんは、「受けてはいけない免疫療法」を見分けるコツとして、3つあげる。

  1. 保険がきかない自由診療であること
  2. 患者の体験談が載っていること
  3. 「副作用が少ない」「がんが消える」などネットで効能効果をうたっていること


「ノーベル賞受賞のニュースをきっかけに検索したくなるかもしれませんが、一つでも当てはまっていればまず危ない免疫療法と考えて間違いないです。メディアもこの違いがわかるように勉強して報じてほしい」

片木さんは、患者の周囲の人や報道の姿勢に注文をつける。

「ワイドショーを見ると、夢の薬のように紹介しているので、効くがん効かないがんがあることさえ知らないまま安易に信じて『オプジーボやってみたら?』と勧める情報弱者がいます。でもそれは、善意とはいえがん患者の幡野広志さんが言う『優しい虐待』です」

「家族が断ると、『お母さんの命を救えるかもしれないのに、金をケチるのか』などと呪いをかける人もいますが、それは絶対にやってはいけないこと。マスコミも不正確な情報や本庶先生の人となりを垂れ流すだけでなく、この誇らしい受賞を機会に、この国が新薬の開発に力を入れ、科学力を高める方向に進むよう報道してほしいです」

轟さんは、「リスクや限界も含めて患者や家族ががん治療について知る機会が必要です」と話す。

月1回程度、希望の会が行なっている勉強会では、講師の医師に「厳しさも治療の限界もオブラートに包まないで話してほしい」とお願いしている。

「真実を知れば、一度は打ちのめされても、その中から本当の希望が見えてきます。標準治療がどのような臨床試験を重ねて作られているか知れば、今回の報道にも左右されないでしょうし、代替療法では治らないことも自分で判断できるようになるはずです。正しい知識を身につけることで今回のような騒ぎにも惑わされることを防げると思っています」

その上で、こう願う。

「今回の受賞を日本ががん研究の素晴らしさに気づき、力を入れていくための好機にしてほしいのです。がん治療の研究に国はもっと予算をつけて、我々のような難治がんも治る未来を作ってほしい」

【参考文献】

国立がん研究センターがん情報サービス「免疫療法」

日本臨床腫瘍学会「がん免疫療法ガイドライン改訂版(案)」

「がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点」「正しい免疫療法のすすめ(上)」(yomiDr.)

「がん診療の誤解を解く 腫瘍内科医Dr.勝俣の視点」「正しい免疫療法のすすめ(下)」(yomiDr.)


訂正

現在、日本で承認されている免疫チェックポイント阻害剤は6種類でした。訂正します。



Naoko Iwanagaに連絡する メールアドレス:naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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