育児の世界では何かと悪者にされがちなスマートフォン。
保護者の子育てを楽にすることが子供のためにもなるという発信を繰り返してきた小児科医の森戸やすみさんが、日本外来小児科学会のシンポジウムで「スマホが豊かにする子育て」というタイトルの講演をしました。
講演内容の詳報、後編です。
妊婦や親にとってのスマホの利点
妊婦や子育て中の親がスマホを使うのは、こういう利点があるからです。
まず出かけなくていいため、手軽です。
営業時間や診療時間を気にする必要がありません。
ほとんどのサービスが無料か、とても安く利用できます。
他の人の子育てを垣間見ることができるので、安心感や連帯感やライブ感があります。
また、様々な意見を知ることができます。
そして、取捨選択を自分でできることが一番大事です。自分の親とか義理の親から子供について何か言われたりすると、本当に実行しているかをチェックされることがあります。
しかし、自分でスマホで調べていれば、そういう煩わしさがありません。
妊婦や親にとってのスマホの問題点
一方、妊婦や子育て中の親にとってのスマホの問題点ですが、誤情報の責任の所在が曖昧で、ソーシャルメディアでのデマの拡散もあることから、「インフォデミック」を引き起こす場合があります。
インフォデミックというのは、ネットで大量な情報が氾濫した状態を言います。その情報の中に噂やデマも含まれるため、多過ぎる情報が現実社会に影響を及ぼす現象があります。
誤った情報を、なんらかの目的をもって、あるいは善意から、思いついたり広めたりする人がいます。
デマが拡散した場合、言い出した人の責任もありますが、広めた人の責任もあります。
ワクチンは危険、子供が寝ない、サイレントベビー、インフォデミックの罠
例えば今、新型コロナウイルスワクチンを子供にうつか否かという議論がネットでも盛んです。
ここに取り上げた絵は2018年から出回っているものです。「子供のワクチンにはこんなに色々恐ろしいものが入っている」と訴えているものです。
SNSで繰り返しシェアされて、2021年現在は新型コロナワクチンの中身に改変されて出回っています。
例えば、入っているものを見てみると、塩化カリウム、ホルムアルデヒド、アルミニウム、グルタミン酸ナトリウムとあります。実際に入っているものもありますが、量の概念を考慮しておらず、まるで危険なものかのように書いてあります。
それから「野生のウイルス」とか「細菌」とか「動物の細胞」が入っているとされていますが、デマです。
左のイラストはさらに付け足されていて、「マイクロチップが洗脳のために入っている」とか、「5Gにつながってしまう」というデマが加えられています。これは荒唐無稽過ぎると思います。
左のイラストの下には、DHMO(Dihydrogen Monoxide)が入っていると書かれています。(爆発)と書いてあります。DHMOとは一酸化二水素(H2O)、つまり水のことですが、付け足した人もツイートで拡散した人も意味がよくわかっていないのだと思います。
ワクチンの誤情報を否定するための発信
こういった間違った情報を否定するために、私は2018年にアピタルでワクチンの中身について書きました。
2019年には予防接種の本『小児科ママ&パパのやさしい予防接種BOOK』(内外出版社)を一般向けに書きました。
他にもワクチンに関するわかりやすい本はたくさんありますし、NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会もウェブサイトを持っています。
最近は厚生労働省が積極的にデマを打ち消す活動をやっています。「新型コロナワクチンQ&A」というサイトを作っていまして、ここの中の情報を厚労省自身がTwitterやFacebookで共有しています。
「睡眠のゴールデンタイム」というデマ
インフォデミックのもう一つの例として、出所がわからないのですが「睡眠のゴールデンタイム」が言われています。
「子供が頻繁に風邪をひくのは、母親が働いていて寝かしつける時間が遅いからだ」とか、「夜早く寝ないとキレる子になる」という記事があります。
ゴールデンタイムは夜10時から午前2時までとされていて、「この時間に寝ないと成長ホルモンが出ないため、色々な不調が起こる」との主張です。
子供が眠ってくれないことは親たちをとても不安にさせることです。
でも、睡眠のゴールデンタイムというのは実は誤解から生まれた説で、実際には眠ったら成長ホルモンが出ます。どの時間に寝ても出ます。分割で睡眠を取っても成長ホルモンは出ます。
「サイレント・ベビー」の真実は?
次に本から広がった誤った育児情報ですが、「サイレント・ベビー」というのは、1990年に一人の小児科医が提唱した説です。
母親がテレビを見ていたり、育児グッズで楽をしたりするので、子供に異変が増えている、と書いてあります。
「表情が乏しく、発語も少ない静かな赤ちゃんを私は『サイレント・ベビー』と名づけました」(『いま赤ちゃんが危ない サイレント・ベビーからの警告』(柳沢 慧より)
とあります。
最近のママサイトではさらに、「親がスマホを見ていると、サイレント・ベビーになったり、発達障害になったり、引きこもりになったりしてしまう」と改変されています。
こうした情報から、いまだに多くの母親たちは、泣いている子供をすぐに抱っこしたりあやしたりしないと、サイレント・ベビーになってしまう、と思っているわけです。
便利な機器は子育てに悪影響?
サイレント・ベビーの本が書かれた頃、1990年当時、すでにカラーテレビとビデオデッキが普及していたころです。
この頃はテレビやテレビゲーム、ウォークマン(携帯用音楽プレーヤー)が子供をダメにすると、盛んに言われていました。
ウォークマンの出荷台数をグラフに重ねてみます。1990年代はこういう時代でした。
普及し始めたものが子育てに悪い影響をもたらすという話は繰り返されています。
スマホの急激な普及が2010年から始まると、2014年ぐらいから今度は「スマホが危険だ」と言われるようになりました。
日本小児科医会のリーフレット『スマホに子守をさせないで』が作られたのは、2017年です。
インフォデミックができるまで
インフォデミックができるまでには、まず漠然とした不安があります。
「ワクチンは不安だ」とか、「子供が寝なかったらどうにかなってしまうのではないか」とか、「スマホは危ないのではないか」という不安です。
そこに新しいものへの恐怖として、「今までになかったmRNAワクチンは怖いし、スマホも怖い」というものが出てきます。
そこにわかりやすく「この新しいワクチンは危ない」断言する人が現れると、「やっぱり危なかったんだ」とみんな腑に落ちた感じがします。
そこで多くの人が善意から、「周りの人に教えてあげなくちゃ」と考え、SNSを介して広がっていきます。
「スマホ脳」? スマホの害は証明されているのか
今、『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン)という本がすごく売れています。
スウェーデンではベストセラーになって、日本では45万部売れているそうです。
「近代技術によって私たちは情報の洪水に溺れ、自分で考えることができなくなる」と言った哲学者がいた、とこの本に書いてありましたが、これは16世紀の印刷技術について言われていたことだそうです。当時は印刷技術が新しかったようです。
そして「研究には時間がかかるから、スマホの害はまだ全容がわからない。警戒するように」とこの本で言っています。
- SNSのために人生の満足度が下がる
- 子供がバカになる
- 若者が睡眠不足、精神不調、孤独になる
- 集中力が減少する
こういうことが書いてあります。
普通の人が「こんなことが起きるのではないか」と漠然と不安に思っているようなことが書かれています。
ジョブズは子供にスマホを使わせなかった?
一方、スマホの開発者自身が自分の子供には使わせていないじゃないかという説があります。
噂なのですが、これはスティーブ・ジョブズ子供たちにiPadを触らせなかったという記事をもとにしています。
2010年4月に初代iPadが発売されました。
噂の元となるインタビューはその年の後半に行われます。
- 2010年4月 初代iPad発売(子どもたちは成人、19歳、15歳、12歳)
- 2010年後半 インタビュー「iPadは使っていない」
- 2014年9月 「ジョブズはローテクな親」という記事
そのインタビューから4年経った2014年の9月にニューヨークタイムズに記事が発表されました。「ジョブズは自分の子供にiPadを使わせなかったローテクな親だった」という記事です。
ジョブズが亡くなったのは2011年ですから、本当のところはわかりません。
2010年後半のインタビューだと、初代iPadの発売からいくらも経っていません。真偽のほどはどうかなと思いますし、ジョブズはインタビューでも「子供たちは使っていないよ」と言っているだけで、禁止していたわけではないようです。
大体の記事やジョブズのこの話を伝えている本は、このインタビューをもとにジョブズは子供にiPadではなく、スマホを禁止していたという話になって出回っています。
私はジョブズはローテクな親ではなかったのではないかと思います。
スマホの影響の全容解明まで使用を避けるべき?
私たちは、スマホに対する懸念が全容解明されるまで使用を避けるべきなのでしょうか?
昔、写真を撮ると魂が吸い取られる、と考える人がいました。写真の技術が普及し始めた頃です。
「牛から取った牛痘を受けると、牛になる」という話を信じている人もいました。
でも魂が抜けないとか、牛にはならないと証明した研究はたぶんないと思います。
原始時代、人類は新しいものを怖がる人たちと怖がらない人たちがいたと思います。私たちは怖がる人たちの末裔なので、新しいものが出てきた時にそれを不安に思う、怖く思うのは仕方のないことです。
スマホへの不安の全てが解明されて安心できるような研究や証明はこの先もないと思います。
それでも写真では魂は吸い取られなかったし、ワクチンでは牛にならなかった。「『スマホ脳』の話も心配しすぎだったね」という時代がいつかくるのではないかと私は思っています。
「自分で自分の正解を決めたい」 デマが揺るがす自己決定
こうした「スマホの害」という不安がありながら、どうしてみんなスマホで情報を探すのでしょうか?
人は皆、自分で正解を探して行動したいからです。
自分で自分の行動を決めるという自己決定権は、尊厳です。
誰かに指導されたり、指示されたりせず、人は自分で自分のことを決めたいのです。
その際、デマや正確でない情報があると、良い判断ができません。
もしデマを放置したら、そこに論争が存在するかのような誤解を与えます。正しいことと正しくないトンデモ情報がフィフティフィフティのような印象を与えてしまいます。「どちらが正しいのか結論はまだ出ていない」という誤解を与えてしまいます。
正しい情報に出会うには?
「正しいことさえしていれば、いつか伝わる」のが理想ですけれども、現実的にはそうはいきません。
これが商品だったら、いいものさえ作っていれば自然に売れていくでしょうか?
やはりどういうものなのかを説明したり、顧客に合った紹介の仕方が必要なはずです。
私はよくウェブサイトで正しい情報に出会うにはどうしたらいいか書いてほしいと依頼を受けます。
- 誰が書いているのか
- 誰に取材をしたものか
- 誰が監修した記事か
を調べましょうとお話ししています。
それさえ見ずに信じてしまう人がいます。
また、色々な意見を載せていたとしても、それは意味のある併記なのかを確かめます。
例えばあるママサイトでは、離乳食は早ければ早いほどいいと書いてある記事がありました。「早ければ早いほどいい」「5〜6ヶ月で始める」「遅い方がいい」「遅ければ遅いほどいい」「2歳まで母乳だけでいい」と並べてあります。
それでは満遍なく知識を得たことにはなりません。
また、ワクチンについても、賛成派と反対派がいるかのようにSNSに書いている人がいます。ダメな併記の1例です。
また、確かな医療情報であることを、医師を中心とした団体が認めているかどうかも判断の参考になると思います。
スマホのない時代には戻れない
みなさんには玉石混交の「玉」を増やすことをしていただきたいのです。
正しい行動の元となる情報をインターネット上に医師自身が広げるのも大事だと思います。
なぜならば、もうスマホのない時代には戻れないからです。
便利なものができた後に禁止されてなくなった逆行が起こった例は今までありません。
便利なものを使わずに子育てには手間隙をかけるべきだという人がいます。
でも、依存症になってしまうほど1日中スマホを使っている親はいませんし、もしそんな使い方をしている親がいたら、それは支援が必要な人なのだと思います。
精神的にバランスを欠いているのかもしれませんし、経済的に困っているのかもしれません。社会的に孤立しているのかもしれません。
そんな人にスマホの使用を禁止するだけでは、問題解決にはなりません。
外来で親子を診る小児科医にお願いしたいこと
小児科医は外来では「スマホなんか見るな」と保護者に言わないでほしいのです。
乳幼児健診などで、親に「スマホはあまり見ないように」と指導すると、必ず反発されるでしょう。
「よく相談してくれた」という感謝の態度や、「あなたはとてもよくやっている」という承認を示すことはとても大事です。
真剣に子育てをしているからこそ、独力で調べようとしているのです。
正解のない問題は、ぜひ傾聴してください。
子育てには往々にして正解のない問題があります。でも心配を分かち合うだけで心が落ち着く親がいると思います。
どうか保護者からの相談を一笑に付さないでください。
できましたら、スマホを使って正しい育児情報や育児知識をどう探せばいいかを伝えていただけたらと思います。
(終わり)
【森戸やすみ(もりと・やすみ)】 小児科専門医
1971年、東京生まれ。1996年、私立大学医学部卒。一般小児科、NICU(新生児集中治療室)などを経て、どうかん山こどもクリニックを開業。主な著書に『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』(内外出版)、『小児科医ママが今伝えたいこと! 子育てはだいたいで大丈夫』(同)、共著に『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』(同)など。ツイッターはこちら。
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