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「夢の治療法」「副作用なし」 怪しい免疫療法になぜ患者は惹かれるのか?

「主治医への不信感も、私たちが代替医療に向かった大きな要因の一つだと思います」

手術、抗がん剤、放射線ががんの3大療法として知られるが、これに近年、「第4の療法」として期待が高まっているのが患者の免疫に働きかける「免疫療法」だ。しかし、免疫療法には、治療効果が科学的に証明されたものと、明らかになっていないものがある。

だが、効果が証明されていない「免疫細胞療法」などの免疫療法が日本では高額な自由診療で提供され、広く宣伝されている。それに患者が飛びついてしまうのはなぜなのか。BuzzFeed Newsは、効果不明な免疫細胞療法を受けて亡くなった、すい臓がん患者の遺族に話を聞いた。

告知の時からこじれた主治医との関係

静岡県磐田市に住み、膵臓がんの患者・家族会「パンキャンジャパン」静岡支部長を務める石森恵美さん(55)が、中学校校長だった夫、茂利さん(当時57歳)の異変に気づいたのは2010年5月のことだ。夜、風呂上がりに着替えていた夫の皮膚が異様に黄色くなっているのに驚いた。

本人に痛みなどの自覚症状はなかったが、翌日行ったかかりつけのクリニックで「深刻な病状だと思う」と告げられた。その翌日には紹介された地元の大きな総合病院に即入院。精密検査を受け、入院3日目には肝臓や十二指腸にも転移した末期のすい臓がんと告知を受けた。

「若い主治医だったのですが、告知の場所も個室ではなくナースステーションの片隅で、『手術はできない状態です。月単位の命だと考えてください』と重大なことを機械的に告げられたと感じました。ショックを受けている私たち夫婦に何の配慮もなく、サクサクと用件を済ませるという印象で、特に夫は不信感を持ったようでした」

主治医を替えてほしいとお願いしたが、「チーム医療をしますから」とやんわり断られた。結局、夫はたった5ヶ月となった闘病中、最期まで主治医と信頼関係を築くことはなかった。

「『外泊していいですか?』と尋ねたら、『外泊して何が楽しいんですかね』と言われるなど主治医の一言一言に傷つけられました。主治医への不信感も、私たちが代替医療に向かった大きな要因の一つだと思います」

「冷静におろかだった」 聞きかじりの知識で代替療法を検索

当時、すい臓がんには2種類の抗がん剤しかなく、1種類ずつ使っていく治療方針が決まった。二人の息子はまだ中学1年生と受験を控えた3年生。子供達には病状を伏せ、告知された日の夜、自宅に帰った石森さんは、一人インターネットで「すい臓がん 末期」などの言葉を検索し、何かできることはないか必死に探した。

「私はアナウンサーで健康番組もよく担当していたので、聞きかじりの医療の知識はありました。検索ではアガリクスや免疫療法、フコイダンなどの代替療法ばかりが表示されます。『病院と連携しているサイトで紹介されているから確かだろう』などと、今振り返ると冷静に愚かな判断をしていました」

最初に取り組んだのは、医師が勧める玄米菜食の食事療法と、海藻のヌメリ成分に含まれるフコイダンのドリンク。本屋の健康本のコーナーにたくさん平積みされていたその食事療法の本を買い、「医師が言うのだから根拠がある」と信じた。夫が一時退院し、勤務先の学校に再び通えていた間も給食は食べさせず、手作りの弁当を持たせ続けた。

風水や「遠隔気功」も試した。そして、ネット検索で上位にあらわれる免疫療法を調べ始めた時、偶然、テレビのワイドショーで効果が証明されていない「免疫細胞療法」が「夢の治療法」として紹介されているのを見た。

「番組では医師も登場して効果があると話していました。紹介されていたクリニックをネットで検索すると、ホームページに効果があったというがん患者の事例が掲載されています。すい臓がん患者は一人しか挙げられていなかったのですが、『でも一人は治ったんだ』と都合よく受け止めました」

費用は最低数百万円 「外車を一台買ったと思いましょう」

「少ない副作用で、体にやさしい免疫治療」とうたうそのクリニックは片道約1時間の名古屋にもあった。問い合わせの電話で「テレビ放映されたので、予約は2週間待ち」「費用も最低数百万円かかる」と告げられ、夫と相談した。

「夫は『どうなのかなあ。お金も高いし』と心配しましたが、私が『男の人って一生のうち一度は外車に乗りたいって言うじゃない。外車1台買ったと思いましょうよ』と説得しました。夫も抗がん剤を始めたばかりで気弱になっていた時だったので、『これに賭けてみよう』という思いになったようです」

とはいえ、夫婦で勝手に決めたわけではない。事前に主治医にも「免疫療法をやりたいのですが、先生はどう思われますか」と相談した。食事療法などとは違い、新しい医療を受ける不安があり、クリニックから過去の治療データを持参するように求められていたこともあった。

「主治医はフフンとせせら笑って、『データはいつまでに用意したらいいですかね?』と言っただけでした。突き放された気がしました。もしそこで、『なぜ免疫治療をやろうと思うのですか?』と私たちの思いを聞いてくれ、『効果はないと思いますし、お金もたくさんかかりますよ』などと、医学的な立場からちゃんと相談に乗ってくれたら思いとどまったかもしれません」

効果はなくても、後悔はしていない

夫が通った免疫細胞療法は、患者から血液を採取して免疫細胞を培養し、がんを狙い撃ちする機能を強化して体に戻し、がん細胞を攻撃させるとうたうものだった。臨床試験を行って効果が証明された治療ではなく、保険も適用されていない。

クリニックの医師は、「数十回分は培養した免疫細胞を注射することができます」と説明したが、結局、体調が悪化する方が早く、3回しか打つことはできなかった。3回でも合計約300万円。途中から、石森さんも「これは効果がないだろう」と薄々気づいていたが、「後悔はしていない」と話す。

「夫は免疫療法のクリニックに行くのを楽しみにして、帰る時はいつもニコニコしていました。こうした怪しい免疫療法を批判する医師は、『そんなお金があったら世界一周旅行でもしたらいい』とよくおっしゃるのですが、患者や家族が求めているのは、普段と変わらない日常が続くこと。免疫クリニックは医師から受付の女性まで皆、夫の日常を支えるという姿勢を見せてくれました」

免疫クリニックの医師は、食事療法についてじっくり耳を傾けて、「奥さんは味も工夫してくれているんですね。それなら食事が楽しみですね」と食生活も気遣ってくれた。病院の主治医が「食事療法? やりたければやったらどうですか」と突き放したのとは全く違う態度だった。

いつも名前を呼んで迎えてくれた免疫クリニックの受付の女性は、最後になった3回目の受診の帰り、衰弱していた夫に、「運動会はいつですか?出られるように頑張りましょうね」と声をかけてくれた。

「教師の仕事が大好きだった夫は、『そんな風に言ってもらったよ』ととても嬉しそうでした。受付の方まで夫という人間をみてくれていたのは辛い闘病生活の中で心が温かくなる思い出です。夫の葬儀を済ませた後、私は主治医ではなく、免疫クリニックの受付の女性に『夫は運動会の話、すごく喜んでいました』とお礼を言いました」

絶対に人には勧めない治療 押しとどめるために何ができるか

夫が亡くなって7年。石森さんは、免疫細胞療法について「効果はない」と冷静に判断し、相談に来る患者や家族に絶対に勧めることはない。

「悪徳商売をやっているからせめてもの罪滅ぼしに優しく対応をしようという医師もいるでしょう。支払えなくなった患者に、『もうやることはないから出て行って』と見捨てたという話も聞きます」

しかし、高額な治療だからこそ、患者は自分たちなりに納得の上で選んでいるという。なぜ科学的に根拠があり、その時点で最善と評価されている「標準治療」より、そちらを信じてしまうのか。

今、冷静になって振り返ると、その頃は、突然末期のがんと宣告され、「抗がん剤治療だけでは不安。もっと治療を受けたい」という焦りや不安があった。そして、今、石森さんが治療の相談に乗っているすい臓がんの患者や家族も、そうした不安から、「上乗せの治療」「特別な治療」を懸命に探すという。

「『もしかしたら自分にだけは効くかもしれない、ここでできることを全てやらないと後悔する』と藁にもすがるのが患者の心理です。主治医が反対するだろうからと内緒でやる人もいますが、すぐに決断できずに私たちのように主治医に相談する人も多い。その不安に主治医が応えてくれなかったら、患者や家族はよそに救いを求めてしまう」

そして、石森さんは、患者が怪しい免疫療法に流れていくのを押しとどめるためにまず、国が効果の証明されていない治療に規制をかけることが必要だと考えている。さらに、主治医や医療者が患者や家族の不安に寄り添うことが大事だと訴える。

「まず、医師であれば根拠のない治療でも提供でき、こうした治療が受けられる状況が放置されているのが一番問題です。そして、治らないがん患者の不安を和らげるのは医師の心あるコミュニケーション。医師が少しだけ謙虚に『私の提供する治療では不安ですか?』とか『私の説明だとわからないところがあるのでしょうか?』と気持ちを聞き、一緒に考えましょうという姿勢を見せてくれたら、思い止まる人は多いのではないでしょうか」

効果の証明された薬に便乗 同じ「免疫療法」を名乗り

「免疫細胞療法」は古くから世界中で研究されているが、日本で効果が証明されたものは未だない。患者の混乱に拍車をかけているのは、免疫療法の一種であるオプジーボなどの「免疫チェックポイント阻害剤」の効果が証明され、2014年から悪性黒色腫に始まり、その後、肺がんや腎がんなど一部のがんに保険適用されたことだ。

「免疫チェックポイント阻害剤」は、がん細胞が免疫細胞にかけたブレーキを外すことで免疫の力を回復し、がん細胞への攻撃力を強める薬で、「免疫細胞療法」とは仕組みが全く異なる。

国立がん研究センターがん対策情報センター長の若尾文彦さんは、「免疫チェックポイント阻害剤への期待に便乗する形で、効果不明な免疫細胞療法まで同じ『免疫療法』を名乗って効果があるとインターネットのホームページなどで宣伝し、患者を誤解させる自由診療のクリニックが増えました」と話す。

がんの薬物療法を専門とする日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之さんのもとには、免疫細胞療法に何百万円もつぎ込み、病状を悪化させて駆け込んでくる患者が後を絶たない。

「科学的根拠のない治療で患者さんから貴重な時間や金を奪い、心身にダメージを与える行為はもはや医療ではなく、医師としての倫理観に欠けた人体実験であり、詐欺的な商売です。保険がきかないのは効果がないからで、効果があると主張するなら臨床試験で証明してから行えばいい。臨床試験なら患者の自己負担は原則ありませんから、高額な費用を支払わせて行うことがいかに問題かわかるはずです」と強く批判する。

こうした状況に対し、日本臨床腫瘍学会は昨年12月、「がん免疫療法ガイドライン」で効果のある免疫療法とそうでないものを明示した。がん対策情報センターも、がん情報を提供するサイト「がん情報サービス」で、「免疫療法、まず、知っておきたいこと」「免疫療法、もっと詳しく知りたい方へ」を公開し、患者が惑わされないように情報提供を始めている。

ただ、若尾さんは、患者が怪しい免疫療法に向かう背景には、石森さんが言うように、主治医とのコミュニケーションの問題があると指摘する。

「完治が難しい再発・転移の患者こそ、主治医は十分時間をかけて個人の生活や死生観に沿った治療を共に探さなければいけませんが、医師は忙しく、十分なコミュニケーションが取れていません。いきなり『緩和ケアをしましょう』『もう使える抗がん剤はありません』と言われたら、患者が見捨てられたと感じるのは当たり前。『治りますよ』と心地よい言葉を無責任に放つ免疫クリニックに気持ちが傾いてしまわないように、検査の段階からよくコミュニケーションをとって信頼関係を築いておく努力が必要です」と語る。

標準治療を提供する病院として国から指定された「がん診療連携拠点病院」の「がん相談支援センター」には、免疫療法について適切な情報提供ができる。若尾さんは、「主治医に相談できずに迷ったら、自分が受診していない病院でも相談できるので、がん相談支援センターにアドバイスを求めてほしい」と話す。

患者に届くコミュニケーションとは?

ここ数年、根拠のない免疫療法の相談が増えたという卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂さんも、「標準治療は臨床試験で効果が証明された最善の治療ですが、言葉の響きから『並みの治療』と捉え、お金さえ出せば他にもっと良い治療があるのではないかと考えるのが患者の心理です」と指摘する。

そして、そんな心理状況にある患者に対し、科学的根拠を数字で示して理論で納得させることは難しいと片木さんは言う。

「患者は『大勢の誰かにとって良い治療』を求めているのではありません。『私にとって良い治療かを考えてくれていますか?』と主治医に問い、自分にとって最善と感じられた時に治療に納得します。医師は、完治ができない状況であっても、『目の前にいるあなたのことを考えていますよ』というメッセージを患者に伝えてほしい」と願う。

BuzzFeed JapanNews