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女優の妊娠インタビュー記事がなぜ問題なのか? 「マタ旅は危険だし、かっこ悪い」

「マタ旅よりも産後の子連れ旅を」 産婦人科医の宋美玄さんは勧めます。

女優の相武紗季さんが初めてのお子さんを妊娠し、ママ向け雑誌「mamagirl2017年秋号 」(エムオン・エンタテインメント )のインタビューに答えました。

ところが、この内容に、産婦人科医の宋美玄さんがツイッターで異議を唱えました。

やめて!こういうインタビュー '出産前にやっておきたいことには「やっぱり旅行!」とあげ「今は国内も海外も駆け込み気味に旅行に出て、思い出を作りたいなと思っています」と胸を膨らませている' 相武紗季、初のマタニティーライフ&妊活を語る https://t.co/HmWkPT0Qk5

「やめて!こういうインタビュー」と書いた後に、出産前にやっておきたいこととして相武さんが答えたこのような言葉を紹介しています。「やっぱり旅行!」「今は国内も、海外も、駆け込み気味に旅行に出て、思い出を作りたいなと思っています」

妊娠中の旅行は、「マタ旅」というキャッチーな名前をつけられて、近年、急速に広がりました。有名人がおしゃれな行為として体験談を公表し、それをメディアが好意的に取り上げ、一般人が憧れて真似をするという流れもできています。

しかし、マタ旅は、常に急変する可能性がある妊婦や胎児には危険がつきまとう行為です。それに対応する観光地の産科医療にも迷惑をかける恐れがあります。宋さんにじっくりお話を伺いました。

マタ旅のリスク 1分先は闇なのが妊娠

そもそもマタ旅のリスクとはどういうものなのでしょう。

「まず皆さんに覚えておいてもらいたいのは、妊娠中は1分後に何が起きるかわからないということです。たとえ健診で順調ですと言われても、その直後に早産しかかったり、赤ちゃんがお腹の中で成長や心臓が止まったりということは十分あり得ることなんです」

そして、急変した時の妊婦や赤ちゃんの運命を分けるのは、すぐに対処できるかどうかです。

「出血や腹痛など何か問題が起きた時に、自宅や自宅周辺にいればすぐにかかりつけ医のところに行けます。これが沖縄の離島など、産科医療が手薄な観光地にいたら対応が遅れることが考えられます。夜間でもうフェリーの時間がないなんてことになったら、大きな病院に運ぶこともできないし、ベストなタイミングでベストな医療が受けられないでしょう。まして海外であったらその国の医療の水準によって、受けられる医療の質も左右されるでしょうし、言葉の問題も、医療費の問題もある。1億円請求されたという話も聞きます」

さらに、余裕がない現地の産科医療の負担になる問題も指摘します。

「沖縄の八重山諸島で唯一お産ができる県立八重山病院に勤めていた先輩医師も、『マタ旅妊婦が多過ぎる』と疲れはてていました。現地の妊婦さんを診るだけでも精一杯なのに、その上、どうしてマタ旅の妊婦の急変に24時間対応しなければならないのでしょうか? マタ旅を煽るメディアや旅行業者は、自分たちの商売が地域医療を圧迫することにつながるという自覚を持ってほしいです」

何より問いたいのはメディアの姿勢

それを踏まえ、あのインタビュー記事は何が問題だったのでしょうか。

「今まで芸能界で活躍されてきた相武さんが、マタ旅が社会問題となっていることを知るのは難しかったのかもしれません。私が最初からおかしいと思って批判しているのは、本人の言葉をそのまま載せ、マタ旅を肯定的に伝えているメディアの問題意識の低さです」

妊娠中の旅行をメディアが肯定的に伝える動きは今に始まったものではありません。宋さんが最も古いものとして覚えているのは、2008年11月に文藝春秋が発行した女性誌「CREA」の記事。アナウンサーの千野志麻さんが双子の妊娠中に7ヶ月でパリへ、8ヶ月で石垣島に出かけたことを、記念写真と共に紹介しています。

「長期間のフライトが心配!と反対されたし、私自身不安は尽きなかったけれど、趣味の海外旅行は当分は無理だと考えて万全の準備をして行ってきました」

「いろいろ我慢を強いられる妊娠中でも興味のあることにはチャレンジしたい!」

「みんなもそろそろ妊娠を考えているようで、女同士で集まる機会も最後かもね?なんて話し合って、思い出旅行に踏み切りました」

いずれも「CREA」(文藝春秋)の「30で母になる 千野志麻さん、出産までの5カ月&ママライフ日記より

宋さんはその記事を読んだ時の思いを苦々しく振り返ります。

「その頃は、大野病院事件(注)をきっかけにした産科医療崩壊が叫ばれていた頃で、医療現場がとても疲弊していた時でした。それなのに、リスクのある妊娠中の海外や離島への旅行を、とても充実したマタニティーライフのように取り上げていた。その後、順天堂浦安病院が、ディズニーランドに遊びに来て担ぎ込まれる妊婦が多いことを学会発表したことがありますが、メディアは妊婦が危険にさらされることや、そのしわ寄せを受ける医療現場を何も考えていないのだなと腹立たしく思っていました」

【大野病院事件】福島県立大野病院で帝王切開で出産した妊婦が死亡し、手術した医師が06年に逮捕された事件。無罪判決が出たが、正当な医療行為が刑事事件として問われたことに医師らから批判が集まり、医師の産科離れが進んだ。

「インスタ映え」「マタニティービキニは定番」誤った認識を拡散する有名人たち

さらに最近は大手メディアを通さずとも、芸能人がインスタグラムやブログなどで、マタ旅を初めとする問題のある情報を直接発信することが目立ちます。クワバタオハラの小原正子さんも、妊娠9ヶ月の時、ハワイでビキニ写真を撮っていたことが話題になりました。

「今や、芸能人が妊娠してマタニティーのビキニ写真を載せるのは定番になっているそうです。そして、実際に私が診察している妊婦さんは有名人のブログやインスタの影響を受けています。有名人がみんな行っているということで、『妊娠したらマタ旅しておかなきゃダメでしょ』ぐらいの認識になっています」

弁護士の大渕愛子さんも妊娠7ヶ月でハワイへ「出張のために」家族で出かけたことをブログで紹介。この中で大渕さんは、「直前のメディカルチェックや、7ヶ月の妊婦もカバーする保険への加入や、ハワイの産婦人科の確認など、結構な苦労があった」と準備していたことを強調していますが、宋さんはこれにも危うさを感じると言います。

「現地で日本と同じような医療が受けられるのかもわかりませんし、急変した時に経過を知らないかかりつけ以外の医療機関を受診するのは日本でも不安なことです。百歩譲ってどうしても仕事で行かなければならないとして、なぜブログで公表しないといけないのでしょうか? 一般の人に与える影響力を考えて有名人の方には発信する内容を考えてほしいです」

「そのほかにも、『あの芸能人が妊娠中はカフェインは取らないと書いていたのですが、飲んだらダメですか』など診察室でもよく聞かれますが、少しぐらいなら全く問題はありません。母乳に影響を与える食べ物があるとか、ワクチンを悪者扱いする発信もある。健康に害を与える情報も医学的にノーチェックで発信されており非常に危険です」

宋さんは芸能人のブログが多いアメーバブログに申し入れをして、健康情報については慎重に発信するように注意を促してもらうようにしましたが、その後も怪しい発信は後を絶たないそうです。

それならどうしたらいいか? マタ旅から子連れ旅へ

さて、再びマタ旅ですが、宋さんはマタ旅が流行る背景には、子供が生まれたら遊ぶ余裕はないと強調し、育児にかかりきりになるべきとする世間の圧力があると言います。

「産んだら行けないから今のうちにと思うわけです。産んでから行ったらいい。ところが私が『マタ旅より子連れ旅』と言うと、外出先で『小さな赤ちゃんを連れ回してかわいそう』と嫌な顔をされたという声を聞きます。そういう世間の圧力がマタ旅を助長しています。熱中症になるような外出は気をつけてほしいですが、子連れ旅行や子供をおいての夫婦旅行へのタブー感が薄まれば、マタ旅は減ると思います。芸能人は子連れ旅行こそをアピールしてほしいです」

また、伝えるメディアについては、健康リテラシー(情報を見極める力)を持って、何を発信するべきか決めてほしいと求めています。

「マタ旅に限らず、リスクの高い自宅出産や水中出産をした有名人を好意的に取り上げることが一般の女性や医療界にどういう影響を与えるのかを真剣に考えてほしいのです。例えば、好感度アップを狙って体験談を紹介している人には、世論の方で『それってかっこ悪いよね』『危険だね』という反応を作っていってほしい。逆効果だとわかれば、そんなことをする人は減っていくでしょう」

UPDATE

インタビュー記事の写真を削除しました。