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高齢がん患者どこまで治療するか 手術も抗がん剤もしない選択

75歳以上は、部位や病期によって体の負担が重い治療をしない傾向が明らかに

日本人の死因トップのがん。高齢化が進むにつれ、がん患者も高齢化しているが、今、議論が始まっているのが、「高齢の場合どこまで治療をするか」だ。

歳を重ねれば、臓器の機能も衰え、糖尿病や心臓病など、がん治療が体に大きな負担となる持病を抱えることが増える。副作用が生活に与える影響や個人の死生観を考えて、積極的な治療を控える選択も生まれる。

8月9日に公表された国立がん研究センターの全国集計でも、75歳以上ではがんの部位や進行度によって、治療の負担を減らす傾向が見られた。高齢になったら、がん治療はどう選べばいいのだろう。

増える高齢患者、避ける治療の負担

公表されたのは、専門的ながん治療を行える施設として国に指定された「がん診療連携拠点病院」等が治療した患者の登録情報を全国集計したデータ。2009年から集計しているが、2015年にがんと診断された例の集計(427施設、約70万件分)が新たに加わり、国立がん研究センターがん対策情報センターは、今回初めて、増加する高齢がん患者について12部位のがんに対する治療のデータ(2012〜15年)を分析した。

登録患者の施設別の平均年齢は2009年に67.2歳だったのが、2015年には68.5歳に増加。施設別にみた75歳以上の患者の割合の中央値(全ての数値を並べて真ん中に来る数値)は09年には33%だったのが、15年には36.5%に増えた。

さらに、各部位の病期ごとに年齢別に選択した治療法を見てみると、75歳以上では、それより若い年代と比べ、部位や病期によっては、がんの根治を目指す治療を行わなかったり、手術のみ行って体の負担が重い抗がん剤治療などを行わなかったりする傾向が見られた。

例えば、大腸がんの場合、進行度が最も低いI期でも、他の年代と比べ、85歳以上では手術や抗がん剤治療を避ける「治療なし」が最も多く、2015年には40〜64歳の「治療なし」が1.6%だったのに対し、85歳以上では18.1%だった。

それより進行したⅡ〜Ⅳ期でも同様の傾向が見られ、Ⅲ期では75歳以上で手術のみ行う人が若い年代と比較して、かなり多かった。

分析した同センター院内がん登録室研究員の奥山絢子さんは、「高齢者の治療では体の負担が少なく、日常生活が改善される見込みがある治療を希望する傾向にあります。例えば、大腸がんで腸閉塞がある場合は、食事が取れるように手術をすることがありますが、食事が可能な患者さんは本人や家族の希望で手術をしない選択をすることもあります」と話す。

こうした傾向について、同センターのがん対策情報センター長の若尾文彦さんは、「現在、高齢者のがん治療について指針があるわけではなく、医師が個々の状況に応じて判断していると思うが質はバラバラだろう。高齢患者が今後ますます増えることが予想される中ガイドラインを作っていくことが必要だ」と話す。

高齢者のがん治療には何が必要か

高齢者のがん治療ではどんなことを考慮する必要があるのだろうか。BuzzFeed Newsは、高齢者のがん治療に詳しい杏林大学内科学腫瘍科教授の長島文夫さんに話を聞いた。

まず、高齢者のがん治療は若い人と何が違うのだろうか。

「通常ならば、患者の身体状況や臓器機能を評価して治療方針を決めますが、高齢者の場合は心身状態の個人差が大きく、若い人と同じように決めた場合、問題が起きる可能性があります。元気であれば標準治療が可能な人もいるでしょうが、対症療法だけの方がいい人、減量治療の方がいい人の割合も若い人より多くなります」

「歳をとると腎機能や肝機能が落ち、薬を吸収して排出する代謝がうまく働かなかったり、糖尿病や高血圧など持病の薬との相互作用があったりして副作用が強く出ることがあります。元々の身体状態によっては、がん治療の負担が認知機能や身体機能を落とす危険もあります」

「認知機能が落ちていれば治療の意思決定や、通院治療が難しかったり、薬を決まった通り飲み続けられるかどうかにも影響したりします。療養を支える家族がいるか、独居なのかなどソーシャルサポートの問題、貧困などの社会的な側面も治療計画を左右するでしょう」

日本のがん研究者が集まる日本臨床腫瘍研究グループの高齢者研究委員会委員長も務め、高齢者のがん研究の方針作りに携わった長島さんは、そもそも日本では高齢者のがん治療について研究が蓄積されていないと指摘する。

「がん治療の臨床研究はほとんど75歳未満が対象になっており、高齢者のがん治療の科学的根拠はほとんど作られていません。そもそもその治療に医学的なメリットがあるのか、デメリットの方が大きいのか、認知機能の問題や意思決定のサポートをどうするか、明確な基準もないまま現場の医師は悩みながら治療方針を決めているのが現状です」

ガイドライン策定や社会の対応を

今回の国立がん研究センターの統計は日本の高齢者がん治療の実態を反映しているが、高齢患者がさらに増えることが予想される今、高齢者のがん治療の基準を作ろうとする動きが始まっている。

がん治療の専門家が集まる日本臨床腫瘍学会は、高齢者のがん薬物療法のガイドライン作りに着手し、来年早々にも公開される予定だ。また同学会では、医師向けに高齢者のがん治療をどうすべきかの教育プログラムを作成することを決めた。

「今回、高齢がん患者が増加している現状が示され、どのように対処していくべきか社会に広く問題提起されたはずです。身体機能や栄養、精神機能や持病への処方状況など、高齢者の心身の機能評価を適切に行うことはもちろんですが、治療方針の決定には本人や家族の死生観や希望も関わります。遅すぎた感はありますが、がん医療に関わる専門家だけでなく、社会全体で高齢者のがん治療をどうするべきか考えていかなければなりません」