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特養でおやつにドーナツ→入所者死亡 配った准看護師が無罪になった理由

特養でおやつのドーナツを提供した准看護師に過失はあったのか? 全国の介護関係者が注目していた控訴審判決で逆転無罪判決が出ました。

多くの人にとって食べることは人生の喜びの一つだ。だが、高齢になると飲み込む機能が低下して、喉に詰まらせたり、誤嚥しやすくなったりする。

特別養護老人ホームでおやつのドーナツを食べた直後に入所者が倒れて死亡したのは、おやつを配った看護職員に過失があったのか?

全国の介護関係者たちが注目していた控訴審判決が7月28日、東京高裁であった。

大熊一之裁判長は「ドーナツで被害者が窒息する危険性や、これによる死亡の結果の予見可能性は相当に低かったといえる」として一審判決を破棄し、被告人の准看護師の女性(60)に無罪判決を言い渡した。

一審・長野地裁松本支部判決は、おやつの形状の変更を確認するのを怠った注意義務違反があるとして准看護師に罰金20万円の支払いを命じ、准看護師は控訴していた。

この裁判を巡っては、「介護中の不慮の死で職員に責任が問われれば、介護現場は萎縮する」として、介護関係者が無罪判決を求める70万人以上の署名を東京高裁に提出していた。

木嶋日出夫弁護団長は「こんなことで起訴されて有罪判決を受けて、全国の介護者は萎縮している。流動食しか与えられないでそれが本当の介護ですか? そういう不安を今回の判決が払拭する機会を与えてくれた。今後は介護施設でこういうことがあっても捜査に入らない、萎縮させるようなことを刑事当局はしないということを表明すべきです」と強く批判し、上告しないよう求めた。

判決後の会見で、女性は「本日、真実が証明されました。6年半という長い時間、本当に支えていただきありがとうございました。検察も真実を受け入れてほしいと思います」と声を震わせながら語った。

どんな判断がなされ、今後の介護現場にどのような影響を与えそうなのだろうか?

争点は?

判決などによると、准看護師は2013年12月12日の午後3時15分ごろ、長野県安曇野市の特別養護老人ホーム「あずみの里」の食堂で、人手が足りなかった介護職員に手伝いを申し出て、通常食のドーナツと飲み込み機能が弱い人向けのゼリー系のおやつを配った。

当時、17人の入所者がおやつを食べ、介助していたのは介護職員と准看護師の二人。准看護師が別の入所者に食事介助をしていた同じテーブルで、ドーナツを食べていた入所者の女性が意識を失った。

別の仕事を終えて食堂に入ってきたもう一人の介護職員が女性がいすにもたれてぐったりしているのに気づき、心臓マッサージなどをした後、病院に運んだが女性は約1ヶ月後に死亡した。

争点は二つだ。

  1. 女性が死亡したのは本当にドーナツを喉に詰まらせたことが原因なのか
  2. 准看護師に過失はあったのか


一つ目の争点については、検察側はドーナツが喉か気管内に詰まったことで窒息し、心肺停止状態に陥って、これによる低酸素脳症などで死亡したとし、一審判決もそう認定していた。

これに対し、弁護側は女性入所者の頭部のCT画像や女性が意識を失った時にむせこんだりしなかった証言などを証拠として、「ドーナツによる窒息死ではなく脳梗塞によるものだ」と主張していた。

二つ目の争点については、検察側は当初、食事中に入所者を注視して窒息事故を防止するべきだったのに怠ったという犯罪事実(訴因)を主張していた。

しかし、初公判から1年以上経った後に、介護職の会議で女性は6日前に通常のおやつからゼリー系のおやつに変更していたのに、准看護師はその確認を怠ったという別の訴因を追加した。

一審判決では、「他の利用者もたくさんいるのに、女性だけ特別に注視することを求めるのは困難」として元の訴因は認めず、通常のおやつを提供すれば危険だと予見できたとして、おやつの形状の変更を確認しなかった過失があると認定していた。

これに対し、弁護側は「そもそも女性に嚥下障害はなく、ドーナツで窒息すると予測はできない。介護職員から変更も知らされていなかった」と准看護師の過失を否定していた。

高裁の判断は?

一つ目の争点について東京高裁は、女性には窒息の要因の一つである飲み込み機能の障害は認められず、1週間前までドーナツを含む通常のおやつ(おやき、いももち、今川焼、ロールケーキ、まんじゅう、どら焼き等)を食べていたとして、「本件ドーナツで被害者が窒息する危険性の程度は低かった」と認定した。

ただし、弁護側が「脳梗塞」を主張して出した医師の意見書などの証拠は採用せず、死亡の原因が何であるかの判断は避けた。

二つ目の争点については、判決では、介護職の会議で決められたおやつの変更は介護職で共有する介護資料にしか記されておらず、看護職がチェックする申し送り資料には書かれていなかったことを指摘した。当日、一緒におやつ介助をした介護職員からも変更を知らされていなかった。

そして、施設の利用者が65人もいることから膨大な介護記録を遡って確認する義務は認められないとし、変更を確認しなかったことは「職務上の義務に反するものであったとはいえない」と認定した。

また、そもそも過失の前提となる、女性にドーナツを食べさせれば喉に詰まらせて窒息してしまうと予見することが可能かどうかという「予見可能性」について、一審判決が「抽象化」しているとし、

「特別養護老人ホームには身体機能にどのようなリスクを抱えた利用者がいるか分からないから、ゼリー系の指示に反して常菜系の間食を提供すれば、利用者の死亡という結果が起きる可能性があるというところまで予見可能性を広げた」

「ドーナツによる窒息の危険性ないしこれによる死亡の結果に対する具体的な予見可能性を検討すべきであるのに、原判決はこの点を看過している」と、リスクを一般化し、広く捉えすぎていることを批判した。

これについて、弁護団の上野格弁護士は、「こういう施設で事故が起きた時は『この時にこうしたら防げたじゃないか』と、『准看護師が配らなければ、確認すれば防げたじゃないか』となりがちだったのですが、弁護団は『予見可能性がしっかり問われなければいけない』と強く言ってきました。それに対して高裁は具体的に予見可能性を検討して(一審判決を)否定してくれた。刑法的にも意義のある判決です」

「介護の現場にとってみれば、具体的に利用者の状況を見据えて危険かどうか判断していれば、刑事罰は問わないのだということにもなる。介護施設に対する萎縮効果を見事に払拭した。(利用者を)きちんと見てリスクを判断してやっていれば刑事罰には問われませんよと言ったことがすごく大きなことだと思います」と判決を高く評価した。

どこまで情報は共有すべきなのか?

ただ、気になるのは、ドーナツが死因でなかったとしても、女性の身体の状態を考えてゼリー系の飲み込みやすいおやつに変更していたはずなのになぜ、その情報が共有されていなかったのかということだ。

女性はそれまで食事を丸呑みして二度ほど吐いていたことから、消化能力が落ちているとして、介護職は嘔吐を防ぐ目的でおやつの形状の変更をしている。

高裁判決でも「被害者の丸呑み傾向は、嘔吐だけでなく、誤嚥の原因にもなり得るものとして把握されており、誤嚥は場合によっては窒息につながる可能性もあることからすれば、嘔吐防止に併せて誤嚥を防止し、さらには窒息の防止も副次的に目的としていたと認められる」と認定している。

それほど大事な変更であれば、なぜ介護職から看護職に情報が共有されていなかったのか。

高裁判決では「介護職の責任者において、(おやつの)形態変更に関する情報を看護職にも周知させるべきである」とも指摘している。

一方で、この判断は「介護士らが医師等の専門的知見に基づかないまま、主目的に嘔吐防止に併せて誤嚥、さらには窒息の危険性をより低減させる判断をしたにすぎず、間食について窒息につながる新たな事態が生じたために行われたものではない」と、変更情報の意味付けについて曖昧だ。

これについて弁護団は、この施設では食形態を13段階ぐらいに分けてきめ細かく提供していることに触れ、入所者の食べ方に問題がある場合は、管理栄養士、看護師、言語聴覚士などの専門職が関与しているが、女性は専門職の関与が必要なほど飲み込みの機能は衰えていなかったとした。

情報共有については、「介護職の間で必要な情報共有はきちんとされていた。看護師は基本的に(食事介助をする)立場ではない。飲み込みに問題がある場合は関与するが、そうでないと看護師の業務範囲がものすごく広がって、とても仕事が回らない。食形態について看護師も共有できれば理想かもしれないが、65人の入所者に対して3人の看護師の現実の人的体制では不可能」と述べた。

食事やおやつは人間に必要 ゼロリスクは不可能でも

今回の判決では、たとえ窒息や誤嚥のリスクがあったとしても、介護を受ける人に食事がとても大きな意味を持つことに触れたことも注目された。

(検察側証人の)根本医師があらゆる食品が窒息の原因になってもおかしくない旨指摘し、山田好秋教授が、ゼリーについても窒息の危険性を完全に排除できるわけではないと述べていることを踏まえるならば、被害者について窒息の危険性を否定しきれる食品を想定するのは困難である。そして、窒息の危険性が否定しきれないからといって食品の提供が禁じられるものではないことは明らかである。


他方で、間食を含めて食事は、人の健康や身体活動を維持するためだけでなく精神的な満足感や安らぎを得るために有用かつ重要であることから、その人の身体的リスク等に応じて幅広く様々な食物を摂取することは人にとって有用かつ必要である。したがって、餅等のように窒息の危険性が特に高い食品の提供は除くとしても、食品の提供は、身体に対する侵襲である手術や副作用が常に懸念される医薬品の投与等の医療行為とは基本的に大きく異なる。(高裁判決より)

一審判決を受けて、刑事責任を問われるリスクを避けるために、おやつをやわらかいものだけに変更している介護施設も出てきているというが、司法がリスクはゼロにできないとしても食の喜びは人間に必要なものだと伝え、食事提供を行う職種を後押しするメッセージになっている。

木嶋弁護団長は、「全国の介護を担っている皆さんが苦しんできた。危ないことはやらないという意識に捕らわれている。本当はこういうことをやってあげたい、こういうおやつを与えたい。家族が持ってきたものは無条件で食べさせてあげたいのは当たり前なんですが、それも危ない。風呂も危ない。安全性だけが金科玉条のように叫ばれる。日本の社会の風潮でしょう。安全第一。危ないことはみんな手を引く」とリスクを回避する意識が日本社会で加速していることを語った。

その上で、今回の判決が与える影響についてこう述べた。

「それに大きな歯止めを今回の判決はかけた。安全第一、結果が起きたら誰か責任を背負うべきだ、監獄に行くべきだという風潮に決定的な歯止めをかけてくれた判決。少し危なくてもいい介護をするためにやるべきことをやる。それで罪に問うようなことはしないという意味で、警鐘を鳴らしてくれたのではないかと思います」