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一人の加害者の陰には380人の被害者が  性犯罪は防げるのか

仲間と一緒に衝動をコントロールするすべを学ぶ再犯防止プログラム

フリージャーナリスト詩織さんのレイプ告白、千葉県の女児強制わいせつ致死事件、痴漢を疑われた男性の相次ぐ線路逃走——。性犯罪の厳罰化などを盛り込んだ刑法改正案が衆議院を通過したが、一人の性犯罪加害者の陰には平均380人の被害者がいるとも言われている。

再犯を防ぐことは可能なのか。BuzzFeed Newsは、10年以上前から日本で先駆けて性犯罪再犯防止プログラムを行なっている都内の精神科クリニックを取材した。

グループセッション終了後の会議室。ロの字型のテーブルに参加者がぐるりと座って行われた。

スーツ姿のビジネスマンが目立つ参加者たち

サラリーマンが家路を急ぐ頃、「榎本クリニック」の会議室に、十数人の男性が三々五々、集まってきた。スーツやワイシャツにビジネスバッグ姿の人も多く、年齢も若者から高齢者まで様々だ。

街ですれ違っても見た目では気づかないだろうが、それぞれ強姦、強制わいせつ、痴漢、盗撮など何らかの性犯罪で捕まった過去がある。これ以上繰り返さないために、週3回行われているプログラムに通い続けている。

プログラムの柱は、自分を犯行に促す状況や悪循環、問題行動の引き金を洗い出し、それを抑えるための具体的な対処法を書き込む再犯防止計画、通称「リスクマネジメントプラン」の作成だ。

参加者はこれを紙やスマートフォンの待ち受け画像などの形にして持ち歩き、再び陥りそうな”落とし穴”を意識して生活する。プログラムに通う中でその計画が守られているかを常に振り返り、効果のある対処法は残し、ないものは省く見直しを習慣とする。こうした作業を通じて再び犯罪に手を染めないようにするのだ。

後述するが、その他の多彩なプログラムも、この計画を実効性のあるものにするために組み立てられている。

この日は、参加者の一人が新たに作成した計画書を発表し、これまでの生活を振り返りながら、グループで意見交換するセッションだった。

プログラムディレクターである斉藤章佳さん(精神保健福祉士、社会福祉士)の指導で、最初にペアになって自己紹介し、互いの実名を呼び合いながら肩をもみ合う。顔見知りになっている人もいるようだ。場がほぐれ自身の問題を語りやすい空気が生まれたところで、この日はスーツ姿のビジネスマンが前に出てきた。

再発防止計画のサンプル。自分がどんな時に衝動を感じ、それを抑えるために何ができるかを自己分析しながら書き込む。状態が下に進むほど強い衝動となり、再犯につながりやすくなる。

過去を責められる キーパーソンである妻が症状悪化のきっかけに

40歳前後に見えるこの男性は、痴漢で何度も捕まったことがあり、実刑判決を受けて、刑務所で服役した経験もある。優秀なビジネスマンで、普段は人を指導する立場にいたため、解雇されなかったという。

発表では、自分の再犯防止を支援してくれる「キーパーソン」として妻や上司を挙げながら、状態を悪化させる人物としても同じ二人を選んだ。

上司についてはノルマ達成率が悪い時に、妻については過去の事件で責めるような言動があった時に、問題行動の引き金になりやすいと自己分析する。

「先日も、妻と二人でテレビを見ている時に、痴漢が線路に逃げたというニュースが流れ、複雑な表情をして自分をにらむ妻にイライラしてしまいました」

それを聞いて斉藤さんは、「たぶんみなさんの家族でも起こり得ることですね。家族が昔の事件のことを思い出し責められた時、自分の感情ばかり見てしまいがちですが、一歩引いて、家族が今どういう気持ちで責めているのだろうと想像力を働かせることが大事です」と投げかける。

男性は、対処法として「まずは深呼吸」「素直に謝り対話する」「運動や趣味で気分転換」などを書き込んでいた。人によって「保冷剤を握る」「手袋をする」「手首に巻いた輪ゴムを弾く」など様々な行為が衝動を抑える対処法となる。

「その時もチャンネルを替えようとしたら、『替えないで! ちゃんと見て!』と言われてしんどかった。でも以前なら怒って席を立ったり、家から出ていってしまったりしたと思うのですが、最近は深呼吸をして、とどまって話を聞くようにしています」と振り返り、妻の思いを想像して自分の行動パターンを変えようと努力していることを明かした。

他の参加者とのやり取りも、自身の考え方や行動を変えていく重要なヒントとなる。

男性は、「酒を飲んで電車に乗ること」「女性が薄着になる季節」が、性衝動が起きるきっかけであることを書き、対処法として「電車に乗る前に妻に乗る時間、到着時間などを連絡する」などを示していた。

それに対し、別の参加者からは、「お酒を飲んで電車に乗る時、自分は絶対一人で乗らないようにしている」「人が密着する満員電車に当たった時は仕事に遅刻してでも降りるようにしている」など工夫が明かされた。

仕事を優先して、危険な時でも電車に乗ってしまうという男性は大きくうなずき、そのやり取りをうなずきながらメモする参加者も見られた。

社会の中で孤立させない支援

この計画を発表するグループセッションのほかに、

(1)専用のワークブックで性依存症について体系的に学び、性的欲求に対処する方法を学習するセッション

(2)心理教育や運動療法、適切な自己主張を身につけるための訓練を通じて自分を見つめ直す1日がかりのプログラム

(3)性犯罪で刑務所に服役している人との手紙での交流

(4)外部の自助グループで回復している「先行く仲間」から、どのようにやめ続けているかなどの体験談を聞くセッション

などが組み合わされる。

いずれもグループセッションだ。家族からも冷たい目で見られがちな加害者にとって、同じ経験をした仲間の中で、安心して自分の問題行動や悩みを語り合える場になっている。

「先を行く仲間」や、刑務所を出所したばかりの「新人」と関わることで、自分が変わっていくイメージをつかみやすくすることもグループセッションの狙いだ。

斉藤さんは「再犯リスクの高い加害者を野放しにしてはいけないと監視を強めることを求める声も多数ありますが、加害者を社会から孤立させるとストレスが増し、かえって再犯リスクを高めることになる。結局は人とのつながりがストッパーになるので、社会から排除しない支援を続けることが重要です」と語る。

こうしたセッションに、一部の患者は十分な説明と同意を得た上で性欲の抑制などを目的とする薬物療法を組み合わせることもある。

再犯防止プログラムはなぜできたか

きっかけは、2004年11月に起こった小林薫元死刑囚による奈良小1女児誘拐殺人事件だった。この痛ましい小児性犯罪を機に国内での議論が始まり、06年5月に刑務所や保護観察所内で再犯防止の指導をする「性犯罪者処遇プログラム」が始まった。

それとほぼ同時に、依存症治療を専門とする榎本クリニックでも民間の医療機関では日本で初めて、カナダの再犯防止プログラムをモデルにした「性犯罪及び性依存症グループ(通称SAG:Sexual Addiction Group-meeting)」を手探りでスタートした。

2012年からは、性依存症に加え、統合失調症や発達障害、アルコール依存症など他の病気も重複しているハイリスクな人たち専門のプログラムも始めた。

こうした当事者プログラムとは別に、2007年からは、事件に傷ついていながら、自分も責め、社会からも責められがちな加害者家族の支援にも力を入れ始めた。

2013年には、家族の強い要望から、妻、母親、父親の支援グループは分けて運営するようになった。

斉藤さんは、「夫に怒りを感じながら、被害者と同じ女性としての苦悩も抱える妻や、自分の育てかたが間違っていたのだろうかと悩む母親、息子と向き合えずに妻のせいにしてしまう父親とは、それぞれ抱えている悩みが違うのです」と家族支援グループを分けた理由を語る。

継続は難しく、被害者視点の不足も課題

参加者の多くは弁護士や家族からの紹介でつながり、昨年までの10年間で900人以上が受診した。痴漢が半分ぐらいで、盗撮や小児性犯罪、覗きや露出狂がそれに続き、強姦加害者は最も少ない。

初回だけで来なくなる人が約半数で、3年以上継続して参加し続けている人は30人にとどまる。ただ、長い人は7年以上通い続けているという。

「一人の性犯罪者が生涯に出す被害者は380人というのはアメリカの強姦中心の報告ですが、痴漢や盗撮、子供への性犯罪も含めると日本はもっと多いと考えられます。30人だけでも継続した再犯防止ができているなら、被害者を減らせているのかもしれません」と斉藤さんは語る。

斉藤さんは毎回のプログラムの冒頭で、最近起きた性犯罪について参加者に話すのを決まりとしている。

アルコールや薬物の依存症治療と違い、性依存による性犯罪は他者の心身の健康を破壊する行為で、加害者の陰には今も苦しむ被害者がいる。加害者が再犯を防止できただけでは解決しない重い問題であることを理解してもらいたいからだ。

今回のグループセッションの冒頭には、詩織さんのレイプ告白について触れ、「皆さんの計画にも被害者のことをどう入れていけばいいのか考えてほしい」と語りかけた。

さらに、自身が捕まった時のことを語り合う時間を設け、「皆さんがここに来るのは事件を忘れないためで、忘れないことが再び事件を起こさないことにつながる。最近、思い出していなかったという人がいるのでは?」と問いかけると、うなずく参加者がたくさんいた。

「正直、捕まった事実を忘れたいという思いもある」「事件のことを思い出すとすごく惨め」「他の人に話したことで思い出せてよかった」という率直な感想も飛び交う。

斉藤さんは「やはり被害者に取り返しのつかない傷を負わせたということから目をそらす人が多い。家族や職場に迷惑をかけて申し訳ないという思いはあるのですが、被害者の視点は加害者の中に根づきにくい。自分や自分の身内のことばかりを考える自己完結型の計画になってはいけません」と話す。

今回発表した男性も、最後に反省点として、「被害者について今回の計画でも盛り込めなかった。どこか逃げているのかもしれませんが、ネットで性犯罪被害者の声を読んでみるところから始めたい」と語った。

斉藤さんは、「参加者には常に、『あなたが傷つけた被害者がこの計画を見た時に、これならば再発しないだろうと納得できるような計画を作ってほしい』と伝えています。被害者の感情や性犯罪に対する世の中の動きに関心を持って、本人のこれからの生き方に取り入れてほしい」と今後の課題を話している。