• medicaljp badge

「女性医師では回せないと言うなら、回す努力をしましたか?」 日本女性外科医会代表が問いかける

東京医科大学の女子受験生一律減点問題を受けて、日本女性外科医会代表世話人で東京女子医科大学・心臓血管外科助教の冨澤康子さんに、女性医師の働きやすい職場環境作りについて伺いました。

東京医科大学が医学部医学科の一般入試で、女子受験生の得点を一律に減点し、合格者数を抑えていたと読売新聞が報じた問題。

関係者は同紙の取材に、「結婚や出産で医師を辞めるケースが多く、男性医師が大学病院の医療を支えるという意識が学内に強い」と背景を説明している。

実際はどのような状況なのか。

特に当直勤務や長時間の手術などが必須の外科系は男社会で、女性医師を敬遠する空気があると昔から言われている。

女性医師が働きやすい環境作りを考えてきた日本女性外科医会代表世話人で、東京女子医科大学心臓血管外科助教の冨澤康子さんにお話を伺った。

子育てしながら働きやすい職場作りは? 

まず、東京医大の女子受験生、一律減点については、「言語道断で女性差別がベースにあると考えて間違いない。女性医師では回せないというならば、女性医師がいても回る職場環境作りに努力したのかと問いたい」と冨澤さんは強く批判する。

2016年の医師・ 歯科医師・ 薬剤師調査では、女性医師の割合は21.1%。2018年の医師国家試験の合格者に占める割合は34%を占めている。

だがやはり、冨澤さんらが就業構造基本調査から分析した報告によると、女性医師では結婚、妊娠・出産が離職希望に大きく影響していることが明らかになっている。

子育てをしながら働きやすい職場環境作りは進んでいないのだろうか?

日本外科学会男女共同参画委員会の一員として冨澤さんらが2013年に全国80医学部(当時)・医科大学付属病院の本院と、外科がある分院の病院130施設病院長に行ったアンケート(114施設回答)によると、妊娠中の当直免除の規定があるのは、半分以下の43%のみ。私立の方が36%と割合が低かった。

育休中の代替要員の確保態勢は、41%の施設がありと答えていたが、国公立では72%だったのに対し、私立では17%と極端に低い。

女性医師が妊娠・出産で通常勤務を免除される代わりに仲間の負担が増え、本人はいたたまれなくなる原因の一つだ。

日本医師会男女共同参画委員会などが昨年、全病院(8475施設)に勤務する女性医師3万323人に行った調査結果(有効回答1万373人)では、1か月以上休職した理由としてもっとも多い理由は出産・子育てが84%となった。

この調査によると、子育て中では、宿日直(夜間の勤務や休日勤務)やオンコール(呼び出し待機)はなしで日勤のみの勤務形態を選ぶ女性が半分以上を占める。

そして、仕事を続ける上で必要と思う支援として、「人員の増員」や「複数主治医制の導入など主治医制の見直し」「宿直・日直の免除」など、勤務環境の改善を求める声が多かった。

冨澤さんは、「特に産休・育休中は欠員を埋めるために人を増やす判断をしなければ、同僚がその分の当直や外来を代わりに担うことになり、現場の不公平感を生み出しています。人事や勤務のルールを決める教授、部長、院長などの上層部のマネジメントの問題が大きいと思います」

出産後の育児支援も手薄

出産後の育児支援も手薄だ。前出の日本外科学会男女共同参画委員会の調査を見てみよう。

院内の保育施設があるのは86施設だが、当直や緊急手術の時に夜間でも預けられる24時間保育を持つのは42施設。子供の急な病気による呼び出しは、命を預かる仕事をしている医師には余計大変なことだが、病児保育が院内にある施設は39施設のみだ。

女性医師の継続就労を支援する制度を設けているのは102施設で、時短勤務制度(72施設)、当直免除(45施設)、時間外勤務の免除(55施設)などがあった。

「どこの大学もそれなりに努力はしていると思います。ただ、本院にあっても分院や関連の市中病院には保育施設がなかったり、定員が埋まっていたりして、現実的に利用できない女性医師も多い。ある病院では、女性医師が異動を命じられた先の保育施設が利用できなかったので、人事を組み直した、という話も聞きました」

「時短勤務では院内保育園が利用できないところも多いのです。女性の就労支援策なのに、それをフルに利用できない制限が設けられているのは残念に思います」

さらに、女性医師がキャリアを積むためには、専門医資格の取得要件にもなる学会活動が必要だ。

「学術集会で託児所を設ける学会は増えてきましたがまだ少数ですし、大会長が男性で子育てをした経験がなければ、そのような必要性にさえ気づかない。妊娠・出産できる時期は限られていますが、専門医の資格を取得する時期とも重なるので、女性はキャリアか子育てかを早い段階で選ばざるを得ない状況に追い込まれています」

足下を見れば所属医局も… そして介護問題も

冨澤さんが東京女子医大の心臓血管外科の医局に入った時、歳上の女性医師は二人いたがいずれも独身だった。その後数十年経ったが、大学病院で働きながら出産し、現場に戻ってきた女性医師は一人もいない。

「一人、妊娠した同僚は、外の病院に出ることになり、しばらく子育てしてから戻ってきました。今は宿直明けの日は早めに帰ることができるなどルールが変わってきていますが、昔は手術後の重症患者がいれば、当直勤務でなくてもチームで交代で泊まり込んで観察するのが当たり前でした」

「外科の手術は長ければ8時間ぐらいかかることもありますし、オンコールでの呼び出しもしょっちゅうかかる。それなりの覚悟を持って入られなければ一線で働けない労働環境が続いてきたので、女性医師が最初から避けているところもあります」

冨澤さんは、現在、自宅で寝たきりの実母の介護に当たっている。朝7時20分の医局のカンファレンスに間に合うためには、1時間前に家をでなければ間に合わず、ヘルパーを5時に迎えるために毎朝4時半に起きる毎日だ。国内の学会出張はどんな遠隔地でも日帰りする。

「介護問題も今後深刻になります。お金で施設に入れて解決する医師も多いと思いますが、少子高齢化がますます進む中で、施設もいつまで空きがあるかわかりません。今、育児や介護で仕事をセーブする医師に対応できる職場環境を作っておかないと、10年後は辞めざるを得ない人が増え、医療現場が持たなくなると思います」

制度を動かす上層部に女性が少ない

こうした職場環境があるからか、外科志望の女性は少なく、労働環境を左右する権限のある上層部にも女性は少ない。

冨澤さんらが日本医学会所属の123学会(2015年当時)に行ったアンケート(回答率100%)によると、全学会の女性会員の割合は21.4%だったのに対し、外科系は7.3%だった。

さらに学会で議決権を持つ評議員(代議員)数は、全体で8.2%に対し、外科系学会では1.3%、役員数に至っては、全体で4.7%に対し外科系では0.5%と極端に女性が少なかった。

「学会だけでなく、どこの大学でも教授の数は男女比率に比べて女性が非常に少なく数人レベルです。外科系ではそれが顕著。決定権を持つ上層部が男性なので、いつまでたっても労働環境や制度を変えられないし、意識改革が進まない。これがもっとも大きな原因です」

なぜ男性は育児をしないのか? 上層部の意識改革を

そもそも、出産は女性しかできないが、育児は父親でもできるはずだ。なぜ女性医師ばかりが、育児の負担を背負いこむことになるのか。

「女性外科医の夫の7割は外科医。外科では他の診療科よりも、夫の家事参加は多いとされていますが、そもそも男性医師は『お手伝いはしなくていいから勉強してなさい』と育てられてきた人が多い。家事や育児に進んで自分から参加しないのです」

「家庭科は女子だけが学ぶなど、幼い頃からの男女教育も含め、日本社会の男女の役割分担意識の強さが背景にあります。当事者である女性医師にも染み込んでおり、根深い問題だと思います」

さらに、男性社会の医療界では、制度改革に決定権のある”重鎮”に子育て経験がなく、男性医師が育児をすることに抵抗感を持つ上層部も多いという。

「笑えない話ですが、外科学会の男女共同参画委員会の初代委員長は、会議の席で、『保育園や学校の運動会に行きたいので休みをが欲しいなんていう甘い男性医師がいる』と発言して唖然としたこともあります。委員長をやめる頃には理解されていましたが ...」

2009年に女性外科医の継続的な就労を支援するために冨澤さんたちが設立した「女性外科医会」の会員は200人を超え、3分の1程度は男性会員だが、東京医大の男性医師は参加がなく、東京女子医大さえも男性医師は参加していない。

「今は、男女とも私生活を重視する若い医師が増えてきており、上層部の意識改革が必要です。しかし、それを待っていたらいつまでたっても変わらない。学会評議員で女性の比率を一定程度高めるクオーター制度を設け、役員も女性枠を設ける、大学や病院での昇任を不公平感のない客観的な評価で行うなど、思い切った策を打たなければ、医療の労働環境は時代の変化に遅れ、患者にしわ寄せが行くことになります」

さらに、医師の人数が限られている中、妊娠・出産、育児で一時的に医療現場から抜ける人員の穴埋めをするために、業務の効率化を考える必要があると言う。

「医師は医師にしかできない業務に集中させて、他の医療職に任せることを進めないと高齢化が進む今後を乗り切れません。海外のように、一部の診療業務ができるナースプラクティショナー(診療看護師)や、フィジシャンアシスタントを本気で導入し、書類作成などは医療クラーク(医師事務作業補助者)に任せるなど根本的な業務の見直しが必要です。これは、女性医師に限らず、過度な業務負担に喘いでいる男性医師のためにもなる改革のはずです」