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がん告知後、私の主治医をどう探す? 腕の良さだけでない大事なポイント

信頼とビジネスを両立させるにはどうしたらいいのか?

ある日、乳がんを告知されたら、まず何を考えるだろう。 

「どの病院で治療を受けようか」「いいお医者さんはどこにいるの?」

やみくもにインターネットで検索しても、玉石混交の情報が出てきて何を基準に選んだらいいのかわからない。自分の命を預ける病院や医師は信頼できないと困る。

そんな患者の思いに応えられないかと、乳がんの病院・医師検索サイト「イシュラン」は作られた。2014年に愛媛版からスタートし、16年には全ての都道府県で使えるように。今年7月には血液がん(愛媛版)にも広げた。

8月2日現在、1173病院、3565医師の情報を検索でき、無料で利用できる。

WELQ(ウェルク)やヘルスケア大学問題などネットの医療情報への信頼がぐらつく事案が相次ぐ中、医療情報を扱うサイトはどうあるべきか。

本業の傍ら、将来の事業化を目指しながらも、理想を追う”課外活動”としてこのサイトを運営しているチームに試行錯誤の様子を聞いた。

命がかかっているのに 意外と知らない基本情報

このサイトを思いついたのは、医療コンサルタントをしている鈴木英介さんが、知人からがん治療の相談を受ける中で、残念に感じることが多かったからだ。

「情報リテラシー(読み解く力)の高い人たちなのに、『検診先で紹介されたから』『親戚や知り合いに勧められて』『大きい病院だったから』と、とても安易に選んでいる。聞いてみると、がん診療連携拠点病院でさえないし、専門医もいない病院なんです。医療業界で働いていると当然、考慮すべきだとわかっている基本情報が、一般の人には全く知られていないのに驚きました」

がん診療連携拠点病院とは、診療体制などの要件を満たし高度ながんの専門治療ができると認められた病院で、4月現在、全国で400病院が国に指定されている。

「専門医」は学会が、必要な知識や技術、経験を備えた医師に認める資格で、乳がんであれば日本乳癌学会が認定する「乳腺専門医」などの専門資格があることが望ましい。

こうした情報はネット上で探そうと思えば探せるが、1か所に集めて検索しやすくできないか。そう考えた鈴木さんは、以前から仕事で付き合いのあるソフトウェア開発会社「ソニックガーデン」と共に、2014年から計画を始動した。

乳がんに特化したのは、人数が多く比較的若い人がなること、治療期間が長く、病院や主治医との長い付き合いが重要になること、薬や医療機器だけでなく下着やカツラ、後遺症対策などビジネスにつながる要素がたくさんあることからだ。

「若い世代はネットとの親和性も高いですし、治療期間が長いので良い病院や主治医と巡り合う価値が他のがんよりも高い。患者に役立ちながら、持続可能性のあるサービスを作ることを考えるとまずは乳がんで取り組みたいと思いました」

個々の医師のコミュニケーションタイプも紹介

鈴木さんは、いい病院や医師を探すためには二つの要素が必要だと考えている。一つは、腕の良さ(技術)。もう一つは、自分と相性がいいことだ。

腕の良さや技術は、乳腺専門医なのか、がん診療連携拠点病院なのかという客観的な情報を見ればある程度わかる。その上で、治療期間が長くなる乳がんでは、主治医と思うようなコミュニケーションが取れるかが患者さんの納得に強く関わります」

「ある大きながんセンターの先生が、『患者とのトラブルの9割5分はコミュニケーションの問題』と言っていたことが印象に残っています。自分と合う先生はどんな人か、顔が見えるような情報を掲載したいと思いました」

イシュランは、病院情報だけでなく、医師個人の情報も掲載しているのが特徴だ。その中で「医師のコミュニケーションタイプ」を、「学究型」「リーダー型」「聴き役型」「話好き型」の4種類に分けて掲載し、サイトを訪れる患者に実体験に基づいて投票してもらう。

「あなたはこういう治療を受けるべきだと指示してくれる先生を頼もしいと思う人もいるし、最新の研究成果を細かく説明してもらって自分で決めたいという人もいる。悩みに耳を傾けてもらいたいという人もいるでしょう」

「コミュニケーションタイプの違いは、医師の良し悪しではなくて、人によって合うタイプが違うということです。投票結果を見ることで、事前にどんなタイプの先生かがわかり、ミスマッチを避ける一助になるのではないかと思います」

乳房再建の説明の仕方についても投票してもらう。

実際にその医師の治療を受けた患者が詳しい口コミも投稿できるようにし、承認制で掲載するようにもした。

情報の信頼性を保つために

掲載する病院は、乳腺専門医がいる病院、もしくは年間症例数が10人以上の病院を対象とした上で、鈴木さんが全病院のホームページの内容をチェックして決めている。

「科学的根拠が明らかでない治療を提供している病院は掲載できません。副作用がない、再発はないとうたって、免疫細胞療法や温熱療法などの代替医療を提供しているような病院は患者の不利益につながる恐れがあります」

特にウェブでの検索では、医療機関のサイトであっても、怪しい治療法のバナー広告が仕込まれていることが多く患者を惑わせる。そうした怪しげな治療広告は一切排除することを方針に掲げた。

情報の吟味をするのは誰なのかも利用者にわかるよう、運営メンバーは顔写真を掲載して所属会社も示し、サイトをどのような方針で運営しているのかもHP冒頭に明記した。情報の質管理を中心になって担う鈴木さんは、自身の医療知識の更新を怠らないようにしている。

「がん関連の学会はできる限り出るようにして、進歩のスピードが早い医療の世界で、常に新しい情報を取り入れるようにしています。ただし、人間ですから常に間違わないとは言い切れない。こういう考えで情報を選んでいるという姿勢を理解してもらうために、常に新たな発信を利用者に提示し続ける必要があります」

そのために、読者とのコミュニケーションの手段としているのがメールマガジンだ。サイト内のすべての情報を見るために、利用者はメルマガ登録をする必要があるが、登録者には、鈴木さんが学会や学術誌などで仕入れた最新の治療情報や研究情報を書いて送る。メルマガの読者は現在約4600人まで増えた。

「病院や医師選びは1回使ったら終わりになるので、利用者とつながりを保ち続けるためにもメルマガを続けています。確かな情報を発信し続けることで信頼を築き、患者にも役立つ。そして、ここでできた薄いつながりは一定数を超えると一つの足場となり、ビジネスにつながるのではないかと考えています」

信頼とビジネスの両立は?

チームによると、現在、医療情報サイトでビジネスが成り立っているのは、医師を対象にしたごく一部のサイトだという。

「医師を一定数集めて、製薬会社の情報発信や医療機関の人材紹介につなげる形態は儲かりますが、患者さんに役立ちながら、ビジネスとして成り立たせるのは実は難しい。利益を生み出すことを急ぐと、安易に誤った情報を量産して利用者を集めたウェルクのようになる。医療のような人の命が関わる分野では、倫理的に正しくないことをして一時は稼げたとしても、どこかで必ず信頼が地に堕ち、最終的には続けられなくなります」

ビジネス化に向けて、チームは試行錯誤を続けている。

病院や医師のデータが増え、患者からの口コミも蓄積されたのをデータベースとし、チームは半年前から、7つの質問に答えると自分に合った医師の名前を5人紹介する「医師マッチングサービス(テスト版)」の機能を追加した。

「告知を受けたばかりの人は頭が真っ白でこれからのことがなかなか考えられない。検索する手間も省いたら、患者の役に立つのではないか」という発想で作った機能だ。現在、このサービスの利用者は800人を超え有料にすることも検討したが、わずかな利益のために、利用しづらくするのは避けたいと無料のままだ。

今夏には、メーカーから依頼を受けた調査の対象者をメルマガで募る取り組みを始めた。患者の口コミを分析データとして販売する道も模索している。

「患者に役立つという基本理念を守りながら利益も出すのは、とても狭き門です。僕らにとっても大きな挑戦で、走りながら探している状況です」

正のサイクルを回したい

ビジネスとして成り立つにはまだ時間がかかりそうだが、チームは大きなやりがいを感じている。そのやりがいの一つとなっているのが、掲載医師へ患者が感謝の手紙を書いたものをつなぐ「サンキューレター」の増加だ。これまでに179通届いた。

いつもお世話になっております。先生のお陰様で、再発、転移の兆候も無く、術後5年の節目も見えて来ました。

告知後暫くの日々は、ショックで泣き暮らして居りましたが、穏やかな口調で激励を頂いたり、再発、転移に怯え暗い顔で伺っている時に、「なんだかケラケラっとしている人は、完治されてますね~」と、心の持ち様の大切さを、さり気なくアドバイス下さった時などは、ハッとして、心を前向きに切り替える、本当に良いキッカケを頂きました。本当にいつも感謝しています。

(サンキューレターの一例。本人の承諾を得て掲載しています)

技術者としてサイトの運営に関わるソニックガーデンの藤原士朗さんや川村徹さんも、「主治医の名前を検索してサイトにたどり着く患者さんも多く、『先生にお礼が言いたい』と、日々、サンキューレターが届きます。それを和紙に貼って医師に送っているのですが、あの手紙を読むと、純粋にこの仕事に関われてよかったと報われる気がします」

今年2月には初めて、「日本の乳がん治療医“Warm 30”」を発表した。患者の投票数やサンキューレターの数などをポイントに換算して、上位30位の医師を「患者さんやご家族との間でポジティブな関係を築くことに特に成功している先生」と称えた。よく雑誌やテレビなどに登場する「名医」とはラインナップが違い、実際に治療を体験した患者の口コミが基準であることに重みがあると考えている。

口コミサイトというと、辛辣な意見や批判の声で荒れてしまい、言われた方も掲載を拒否したり、読者が減ったりという負のサイクルが回ることが多い。イシュランが目指すのは「正のサイクルを回すこと」という。

「患者に『ありがとう』と言ってもらえば先生もやりがいが増すでしょうし、コミュニケーションタイプの投票で自分はこんな風に患者から見られているんだとわかれば、患者との向き合いかたも工夫して、次の患者さんにプラスになるかもしれない。信頼できる情報を届けながら、そういう前向きなサイクルが回っていく場を作り、日本のがん医療を良くするビジネスを目指したいと思っています」

イシュランの血液がん、東京・神奈川版はきょう3日に追加公開される。