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HPVワクチン、今では「うっかり忘れ」の人がほとんど 小児科クリニックの挑戦

子宮頸がんの原因となるウイルスへの感染を防ぐHPVワクチン。実質中止状態が続く中、接種してもらうよう地道に取り組む開業小児科医に取材しました。

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を予防するHPVワクチン。

日本では小学校6年生から高校1年生の女子が公費で接種できる定期接種となっているが、国が対象者にお知らせを送る「積極的勧奨」を差し控えてから7年以上経ち、実質中止状態だ。

毎年1万1000人が診断され、3000人が命を落とすこのがんを防ぐ手段を広めたい。そんな思いから、予防接種する小児科医も動き始めている。

栃木県真岡市の西真岡こどもクリニックでHPVワクチンについて地道な啓発活動を繰り広げている院長の仲島大輔さんにお話を伺った。

HPVワクチンに限らず行ってきた予防接種の啓発

HPVワクチンに限らず、小児科医としてこの10年間、ワクチンの啓発にずっと関わってきた。

「(公費でうてる)定期接種が始まると、そこで問題が必ず起きるのです。因果関係がなくても、副反応報道はHibワクチンでもありましたし、1985年前後の様々な訴訟で日本のワクチン行政は停滞してしまいました。現場の医師の啓発だけでは難しい行政の問題があります」

その中でも、HPVワクチンについて、むしろ行政は頑張ったのではないかと感じていた。

「公費でうてる定期接種には踏みとどまりました。ずっと公費でうてるままなのに、積極的勧奨が控えられているため、対象者にお知らせが来ない。自分なりにこのワクチンについて伝えていかなくてはと思ったのです」

副反応騒動については、2013年当時からこれがワクチンの成分による副反応だとはあまり思っていなかった。

「他国でもたくさんうたれているワクチンなので、ワクチンのせいとは考えにくかったのです。日本だけなぜこんなに問題になるのだろうと思っていました」

体調不良を訴える子どもへの対応 医療者側にも問題

ただ、テレビで「被害」を訴える親子を見て、何かできることはないかともずっと感じていた。

「何が問題が起きた時に何かの責任にしたいと思うのは普通の反応だと思います。子どもがこれだけ苦しんでいるのは何かに問題があったに違いないと思うでしょう。そこできちんと説明できなかったり、親に不安を抱かせた医療者側の問題は大きいと思います」

「僕はそういう不安を感じた親子に『反ワクチン』というレッテルは貼りたくない。もし自分の患者さんならじっくり話を聞きたいなと思っていました。ただ、薬害として情報番組で取り上げるのはおかしいと疑問に思っていました」

そして、接種後の体調不良を訴える子どもたちが、思春期によく見られる症状と近いことも気になっていた。

「小学校6年生で2種混合ワクチンをうつ時も、『この子はなんとなく問題が起きそうだな』ということはわかるのです。先日も不登校で神経過敏な子どもがいて、最初から寝かせて採血しました。それでも起き上がる時にふらついた。『大丈夫だよ』と説明して落ち着いてもらいました」

「海外渡航前のワクチン接種で、大人でも手が震えるなど不定愁訴を訴える人はかなりいます。なぜ起きたかはわからないのですが、こういう検査をしてみましょう、症状があったらいつでもきてくださいねと話すとだんだん落ち着く」

「真摯に向き合うことが大事ですし、『何でもない』『ワクチンとは関係ない』と突き放すと、不安が解消されず症状が続いてしまうのだろうなと思います」

不安軽減のために 予防接種専門棟を設置

ただでさえ、注射の痛みに子どもは怯える。原則、健康な状態でうつのがワクチンのため、これでもし体調が悪くなったら、という親の不安にも配慮が必要だと感じている。

まずは仲島さんは2015年にクリニックに予防接種だけに特化した建物を作った。

「予防接種の人だけを診る専門外来棟を作りました。せっかく病気の予防のために来るのに、待合室でと風邪をひいた子たちと一緒なのは不安だと思います」

新型コロナが起きて、通常の外来は患者が減ったが、予防接種は全く減らないのもこの配慮が功を奏していると感じている。

また、予防接種は保護者の不安をケアする大事な機会でもある。

「ワクチンを最初にうつのは生後2ヶ月の時ですが、産後うつも出る頃なので、お母さんの心のケアも必要です。育児不安がないかどうかもみてあげる必要がある。ここで信頼関係を作って、これからの成長の過程で小児科が関わるきっかけ作りにもなるので、ワクチンをうって『はい、終わり』ではないのです」

スタッフにワクチン教育を徹底 ハードルを下げる

そして、患者や保護者のワクチンに対する心理的なハードルを下げるため、スタッフ教育も徹底している。

医療スタッフや事務員には仲島さんが1時間のワクチン講座を2回にわたって行い、任意接種と定期接種の違い、生ワクチンと不活化ワクチンの違い、各ワクチンの目的や特徴などを学ぶ。

そして、数日後の試験で合格した人だけがワクチンの電話予約などに関わるようにしている。不安を抱えている保護者に曖昧な知識で対応しては、そこで接種する気持ちが萎える可能性があるからだ。

「患者さんに尋ねられた時に、全てのスタッフが即答できるようにしておきたい。もしかしたら恐る恐る電話をしてくれたのかもしれないので、そこで迷わせたり不安を増やしてはいけません。ワクチンへのハードルをなるべく下げたいと思っています」

電話の前には予防接種を予約する時に確認する事項のメモを貼ってある。予約にはアプリは使わず、全て対面か電話で行なっている。

「直接話すとその人の不安やどれぐらい理解しているかがよくわかるのです。お母さんの性格もすごくよくわかる。接種の時に何に気をつけたらいいか、そこからキャッチしていくのです」

HPVワクチン「構えすぎないほうがいい」

2013年の騒動時点では激減し、数年前までは医療者の子どもぐらいしかうちに来る人がいなかったHPVワクチンだが、最近では2〜3日に一人のペースで増えている。

仲島さんはHPVワクチンをうたない人を、「うっかり忘れタイプ」と「副作用が心配で迷っているタイプ」と「ワクチン断固拒否タイプ」と3種類に分けている。そして、最近は「うっかり忘れ」が多数を占めていると感じている。

「最近は、HPVワクチンについては構えすぎない方がいいと感じています。2種混合を予約する時に『HPVワクチンも抜けてますよ』と伝えると、『あー本当ですか? お手紙来ないんですか?』と言われます。お知らせが来ないから忘れているという人が圧倒的に多い」

「お母さんの反応をみながら、副反応のことも説明しつつ、大丈夫ですからねと伝える。他のワクチンと同じです」

他には、小学校6年生以降の対象者が受診した時に、「HPVワクチンうった?」とさりげなく聞くようにしている。

「医療者はこれまでの経緯を知りすぎているので、恐る恐るという態度を出しすぎるのかなと思います。でも名古屋スタディの結果が出るなどして、副反応の問題はクリアになっているので、他のワクチンと同じように対応すればいいはずです」

うっかり忘れタイプや迷うタイプは、丁寧にワクチンについて説明すれば納得して受けてくれることが多い。

「迷っている人にはまずは『不安だよね。わかります』と気持ちを受け止めます。頭ではわかっていても心で納得できない。まずは『自分のことをわかってくれる』と思ってもらうことが重要です。説得しようとは思わない」

「例えば、小学校の時にお父さんが事故で亡くなって、きょうだいも白血病で亡くなったという過去を持つ人は、ワクチンをうつ時も『私だけは何か起きるんじゃないか』と不安を抱えているかもしれない。そういうことは、過去の人生経験を聞かないとわかりません。ワクチンだけの説明では足りないのです。その人の人生を共有するところから始めるしかない」

だから問診にはとても時間がかかる。

「確かに時間はかかるのですが、そういう人がたくさんいるわけではないし、そこに時間をかけるとその後はすごく楽になる。最初の信頼関係構築がとても重要です」

断固拒否、自然派の人にどう対応する?

断固拒否タイプはクリニックにも来ないので、健診のタイミングで保健師がキャッチし、繋いでもらうこともある。

ワクチンを断固拒否する人は、他の薬や治療にも拒否反応を示すことが多い。医療による介入を嫌う「自然派」の人と重なることもある。

「例えば、『お母さん、包丁持ってますか?』という質問から入る。『包丁で検索すると、殺人事件でも美味しい料理を作る時にも出てきます。お母さんは殺人事件の情報ばかりみていたんじゃないかな』などと話していきます」

また、地方の交通事情により、クリニックに来る親子で車に乗っていない人はほとんどいない。

「『お母さんは今日何できましたか?』と聞くと、『車です』と答えますね。『車は便利だけどガソリンを使いますね。自然が一番と言っても、歩いて来ないですよね』などと話をすると、なんとなく自分の都合のいいところだけ自然派だと気づくと、心が揺れて、話を聞いてくれるようになってきます」

大事なのは、そこで責めないことだ。

「自然派の人には、ユーモアをまぶして思い込みを一緒に笑えるようにしています。論理で尋ねて来る人にはこちらも医学の論理で返す。いずれにしても時間をかけて、無理に説得しようとせずに、『じゃあ今日うたなくてもいいからまた話そう』と関係をつないでいくことが大事です」

「時間が経てば、またあせもなど困りごとが出てくる。その時に相談してもらえるように、信頼関係を築くことが大事だと思います。予約を入れていたとしても、今日うちたくないと思ったらキャンセルしていい。お母さんに選択権があるのだとわかってもらうようにして、無理強いされない安心を感じてもらいます」

打つ時には話しかける 信頼関係の積み上げも

子どもは3歳以降になると免疫もできて、ほとんど病気をしなくなる。小児科を受診する機会が減る中、2種混合の時に話して予約を入れてもらう。いよいよ接種する時、何に気をつけているのだろうか?

「とにかく話しかけるようにしています。スタッフも話しかけてくれる。そして、こういう風にしてうつよと流れを伝えて、心の準備をしてもらいます。終わったら、『頑張ったね〜』とみんなで褒めます」

「スタッフの声かけはとても重要です。特に3歳以上はとても重要で、おもちゃのご褒美も用意してあります。HPVワクチンをうつ女の子だと、隣接するカフェで使えるカフェ券をご褒美にあげています。大きくなっても褒められてモチベーションを上げることは重要なんです」

小児科医の中では筋肉注射に慣れていない医師も多い。子どもの定期接種のほとんどは皮下注射のため、筋肉注射で神経を損傷するなどの事故が起きないか心配するというのだ。

「渡航外来をしているとほとんど筋肉注射です。筋肉注射が痛いという人もいますが、受けた人の感想は『思ったほど痛くない』がほとんどです」

「何歳だから我慢しなさい、と言うのは最悪で、痛い、怖い気持ちは何歳になっても同じです。『先生も注射怖かったよ。逃げちゃいたいよね』と共感する。そして本当に嫌だったら受けなくていい、休憩してもいいと逃げ道を作ってあげる。こちらが焦らないことが重要ですね」

また、感染症とアレルギーが多い小児科で、発達外来や肥満外来で、普段から信頼関係を作っておくと、予防接種の時も緊張が薄らぐ。

「ある意味、色々な健康問題を全部診ることができるのが開業医の強みです。全ての不調は互いに絡んでもいるので、それぞれの体調不良に付き合っていく中で、心の悩みや思春期、親や学校、友達、先生の悩みも打ち明けてくれるようになる。そうすると大きくなって恋愛の悩み相談まで来てくれるようになります」

「夜8時まで開けているので、夫のDVに悩んでいるというお母さんも来るし、育児の悩みに行き詰まったお母さんも来る。全てこちらで解決できるわけではないので、他の窓口を紹介する。お子さんだけでなく親御さんに対しても『困ったら来られる逃げ場』になっておくことが大事です」

地域にもワクチンを啓発

また、地域に根ざすクリニックとして、予防接種の主体である自治体や保健所、保育所や学校などとも関係作りをしておくことは重要だ。

「自分がいくらワクチンは大事だと言っても、他の人がみんな反対していたら説得力がない。やはり普段から保育園や学校の先生と関係を作っておくことは大事です」

「自治体や保健所がHPVワクチンの電話を受けると、『積極的に勧めていないワクチンですが、本当に受けるのですか?』とストッパーになることが多い。そういうことは言わなくていいのですよ、と窓口の人に伝えたりもしています」

学校で肥満や発達障害、アレルギーなどのテーマで講演する時も、必ず最後にHPVワクチンの話題をさらりと出す。

地域のインフルエンサーにもさりげなくHPVワクチンについて伝え、対象年齢の子どもがいる親御さんに流してもらうようにしている。

「開業して10年経つと、美容師さんやヤクルトレディなど地域で口コミ力の高い人がわかってきます。その人にワクチンの話をしておくと、『〜さんから聞きました』と受診してくれる人もいる。地域に根ざして診療する時の強みです」

最近は、TwitterなどでHPVワクチンの情報を発信することも始めている。

「活動初期に地元で理解されなかったとしても、SNSだと同じ志を持つ人が『とてもいいと思います』と言ってくれるので、自信が持てます。日本の中で頑張っている先生たちが言ってくれるなら頑張ろうと思えます」

行政、小児科医、メディアへ言いたいこと

こうした啓発を重ねてくる中で、それでもHPVワクチンはなかなか広がらないとも感じている。

「接種率を上げるという意味では、厚労省が積極的勧奨を再開するのが一番です。B型肝炎ワクチンにしても、今まで散々説明してきましたが、結局定期接種になればうつようになりました。HPVワクチンも対象者にお知らせを送るようにして本来の定期接種の形に戻すことが一番大事です」

「ただ、ワクチンの目的や意味をきちんと知らないと、今回のようなコロナのようなことが起きた時に接種率がガタッと下がる。ワクチンの意味も伝えた上で、積極的勧奨を再開することが必要です」

「厚労省が再開しなくても、自治体は対象者にお知らせは送ることができるので、自治体の長はぜひ決断してほしい。行政の窓口は問い合わせに対して、不必要に『副反応のことは知ってますか?』と止めるようなことを言ってしまう。他のワクチンと同様に対応してほしいです」

小児科医でTwitterで熱心に発信している人も、HPVワクチンについてはなかなか触れようとしないことも気づいている。

「やはりみなさん炎上を怖がっていて、『HPVワクチンに触れると攻撃されるのではないか』という印象を持っています。でも実際は、忘れてしまっている人がほとんどなので、ちゃんと伝えてあげたら伝わる。全く触れないか、行政待ちの医師が多いですが、自分なりの方法で伝えてみると感触がわかります」

「僕も最初は恐る恐るでしたが、意外に反論してくる人はほとんどいません。このワクチンを忘れている人が圧倒的に多いので、目の前の患者さんやクリニックのホームページなどで伝えることから始めませんか?と呼びかけたいです」

ほとんどHPVワクチンの情報を発信しないメディアにも注文がある。

「9価ワクチンが承認されたことすら、報道しているメディアが少ないです。現状の正しい情報を少しずつでもいいので届けてほしい。報道があることによって世論が動いて政治が動く。政治家が動きやすくすることで、積極的勧奨も再開するのだと思います」

【仲島大輔(なかじま・だいすけ)】西真岡こどもクリニック院長

1998年、獨協大学医学部卒業。同大小児科医局長、大田原赤十字病院小児科部長、カナダ・モントリオールのマギル大学神経センター留学、那須赤十字病院小児科部長を経て、2011年4月に開業。予防接種だけでなく、発達外来、不登校、思春期の悩み相談などにも力を入れている。

「西真岡こどもクリニック(@nishimoka0404)」名義のTwitterでHPVワクチンの情報を積極的に発信している。