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厚労省のトラウマ、メディアの罪...... HPVワクチン問題を汚点ではなく、より良い予防接種の教訓に

HPVワクチンの接種率が1%未満になってしまった背景には、予防接種をめぐる様々なレベルの問題がありました。 厚労省のトラウマ、メディアの罪―― 。より良い予防接種のためにHPVワクチンの教訓を考えます。

毎年新たに1万人がかかり、3000人が死亡する子宮頸がんを防ぐHPVワクチン。

日本ではほとんど接種されなくなったが、その原因の一つとなった厚生労働省による積極的勧奨の差し控えを、8年ぶりに解除する議論が始まった。

小児感染症が専門の長崎大学小児科学教室主任教授、森内浩幸さんにこれまでを振り返ってもらうインタビュー第3弾は、再開に向けて動き始めた日本の動きと、ワクチンへのためらいを引き起こす日本の様々な問題を掘り下げる。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

「HPVワクチンを汚点ではなく、より良い予防接種のための教訓に」と話す森内浩幸さん

積み上がるエビデンス、広がる理解

ーー積極的勧奨の差し控えから長い空白期間を経て、2020年から、それまで承認されていた2価、4価ワクチンよりも効果の高い9価ワクチンの承認、男子への接種拡大、対象者への個別通知の送付の再開など、一気に前向きな動きが出てきました。この動きをどう評価していましたか?

少しずつではあるけれど、色々なエビデンス(科学的根拠)が浸透してきたことが背景にあるのだろうと思いました。

世界中で前がん病変だけでなく、子宮頸がんそのものもワクチンによって減らすことができるというスェーデンのデータが出てきました。

そして、だんだんHPVワクチンの「副反応」と言われてきたものがどういうものなのか、の概念も整理され、周知されるようになってきたことも影響しています。

そういうことが一つ一つ積み重ねられていったことは大事だったのでしょう。

日本だけどうやらガラパゴスになっているのだ、ということが徐々に理解されて行きました。

どれか一つがホームランを打って決着をつけたわけではなく、時間と共に、当初、症状を訴えていた人たちの影響もだんだん薄れていったのだと思います。

ーーこのワクチンに反対している人たちは、「前がん病変の異形成は防いでも、子宮頸がんを防いだエビデンスがないじゃないか」と主張していましたが、スウェーデンの研究が出てきて、その反論も難しくなりましたね。

色々な薬の認可を受ける時に、「プライマリーエンドポイント(主要評価項目)」「セカンダリーエンドポイント(副次的評価項目)」と色々な段階の評価をします。

例えばある薬によってどれぐらい死ぬことを防げるのか、を評価項目にしようと思ったら、その研究はとても長い期間、相当の数の人を見ないことには答えを出せません。

しかし、血圧をコントロールできていれば、その先に重症化して死ぬことはないのだとわかっていれば、血圧だけ評価項目として見ればいいのだとなり、早い段階で決着がつきます。

HPVワクチンの治験でも、いい加減な評価項目を設けてごまかしているわけではありません。どんな薬品の治験でも、評価項目は確実にその先につながるような指標を使います。

HPVワクチンの場合は、前がん病変である異形成は、子宮頸がんになる前に必ず通る段階です。評価項目として正しいものを使っているのに、それに難癖をつけるならば、世の中で認められている薬のほとんどは問題があることになります。

デマは短いフレーズ 正しいことはくどい説明が必要

例えば、新型コロナに対するmRNAワクチンという新しいタイプのワクチンでは、治験で必要なステップである第1相試験も、第2相試験も、第3相試験も全てやっています。

ただ今までは、第1相試験を終えて十分評価した後に第2相試験を始めていました。色々な医薬品は3万分の1しかものにならないし、第1相試験でコケてしまう場合があるのに、第1相が終わらないうちに第2相を始めるとお金がかかります。無駄なお金を使うリスクを避けるために、順番にやっていくしかないのです。

でもコロナワクチンについては緊急性があるため中間評価の段階で次の段階に進むことができるように、米国は治験手続きに迅速性を持たせたり、強力な資金のバックアップしたりしました。だからあっという間に進めることができたのに、必要な治験がなされていないというデマが広がりました。

「必要な手続きを踏んでいない」とか、「こんな副作用が出ている」という訴えは短いフレーズで簡単に言えるのですが、正しいことを説明しようとするとくどい説明になってしまいます。

そして、残念ながら多くのマスメディアはくどい説明を聞いてくれません。

「もう少し短くなりませんか?」「15秒しか尺がありません」とか言われると、「説明するのは無理だよ」とこちらも諦めてしまいます。

そうするとワクチンに反対する人ばかりがそういう報道に顔を出して、短いフレーズでインパクトのあることを言い、視聴率も発行部数もアクセス数も増えます。きちんと言葉を尽くして説明すべきことは読むのに時間もかかるのでみんな敬遠してしまうし、説明する側も尻込みをしてしまいます。

HPVワクチンの効果を示す研究では「異形成」が減ったことは正しい評価項目であると丁寧に説明できなかったことで、「いい加減なステップで、一刻も早くワクチンを導入して儲けようとしていた」という根拠のない批判にさらされてしまいました。

もっと上手に説明する努力を、私たち専門家もしていなかったと思います。

ーー国会で当時の厚労省が子宮頸がんを防ぐエビデンスはないと答弁したことを、ワクチンに反対する人がよく取り上げていました。

あれも失言だと思います。その言葉自体は間違いではないですが、さらに説明すべきことがあるのに、それだけ終わってしまうと、エビデンスがないように受け止められてしまいました。なぜそこで説明を止めるのだと歯がゆく思っていました。

治療薬は好きなのに、ワクチンを敬遠する国民性

ーーそもそも、HPVワクチン以前から、厚労省はワクチンの副反応の訴えについて様々な訴訟を起こされて負けていたことで、日本人に根強いワクチン不信があったのではないかと思います。この影響はどう考えますか?

日本は今回の新型コロナでもそうですが、治療薬を期待するのです。治療薬は大好きなのに、ワクチンはなんとなく得体の知れないもの、と捉えているところがあります。

例えば、日本に「生命保険」が入ってきた時に、掛け捨て型はほとんど加入されませんでした。何かあった時のためにお金を出しておく、何も起こらなかったら払い損、と捉えてしまうのです。

掛け捨てが大事だという認識があまりなく、貯蓄型のように「必ず後で戻ってくる」ことで初めて保険に入る。

ワクチンは完全に掛け捨てです。特にワクチンの開発なんて掛け捨てもいいところです。新興感染症のワクチンの開発は完全に掛け捨てです。効果がなかったら完全に無駄になる、それに高いお金を出すのか、という議論です。

いざという時のために準備しておくものにお金を払うのはもったいないと思うし、それで何か起こったら、「とんでもないことをしてくれた」となってしまう。治療薬であれば認めてくれる副反応でも、ワクチンであればそれよりはるかに低い確率でも認めてくれない。

それが日本の特徴です。

MMR(麻疹、おたふく風邪、風疹混合)ワクチン中止(※)の時も、普通に考えれば、おたふく風邪にかかった時に起こる無菌性髄膜炎よりも、桁が違うぐらい少ない確率でした。

※1989年に導入されたが、1993年4月、接種後に無菌性髄膜炎が相次いで報告され中止された。おたふくかぜワクチンの成分が原因とされ、健康被害を訴える訴訟で国が敗訴。現在はMRワクチン(麻疹、風疹混合ワクチン)が使われ、おたふく風邪ワクチンは任意接種のまま。

放っておけばおたふく風邪にはかかります。「そのリスクを考えれば、このくらいの副反応は許容できませんか?」と問われても、ワクチンによってそれが起こるのは認められないという国民性です 。

厚労省のトラウマ、みんなで作った風土

でも結果的に国と製薬会社の責任になり、それなりにみんなが認めてきたワクチンで国が責任を負わなくてはならなくなった経験は、厚労省のトラウマになりました。

日本の役人の世界は減点主義で評価されます。「ワクチンを導入しなければ減点がない」「ワクチンを導入して本当はワクチンのせいではないのに問題になった時に、役人として日の目を見ないで終わる」という考えがあります。

そして日本は役所に専門家を作りたがりません。

アメリカではこの道何十年というワクチンの専門家が役所にいます。日本は数年ごとにコロコロ異動します。そうなると自分が担当している数年間、一生懸命知らん顔をしておけば、それで済むことになります。

「できるだけワクチンを導入しなければいい」。そんな役人の意識が日本のワクチンギャップを生んでしまったのだろうと思います。

でもそうなったのは、役人が一生懸命取り組もうと思っても、何かあった時に、国からも「お前たちのせいだ」と責められ、世論からもボロクソに言われることがあるせいです。そうなって当たり前の土壌があります。マスメディア、アカデミア、厚労省、そのような風土を作ってしまったみんなに責任があります。

そのような風土にもかかわらず、HPVワクチンはいいワクチンだということで一生懸命10〜20年遅れのHibワクチンなどと一緒に定期接種に入れたのに、スタートでコケてしまいました。

「そら見たことか。やっぱりワクチンなんかに関わるといいことはないのだ」と思う人が役所の中で増えると、当然、その後のワクチン行政にも響いてしまうだろうと思います。

メディアの罪 「水戸黄門」が一番強い構図

ーーそういう風土を後押ししてしまったのが、有害事象と副反応を区別しないで一般の人の不安を煽ったメディアの報道だったと思います。メディアの責任についてはどう考えますか?

ワクチンに限ったことではないですよね。

かつてもかなり影響力のあるキャスターが視聴率の高い番組で、「ステロイドの塗り薬は危険だからすぐにやめましょう」というキャンペーン報道をして、とんでもない影響が出たことがあります。

最近もステロイド絡みで間違った情報を伝えた番組がありましたね。

やはり影響力のあるメディアが取り上げるのは、それなりの責任があることだと知ってほしい。

どうしてもマスメディアは「弱者の味方」に立ちたがり、何かを訴えている市民の声があるとそれを大きく取り上げます。それは当然の姿勢だろうとも思います。

ただし、その「弱者に抵抗する悪い奴」として、科学的な検討もしないで政府や学会や製薬会社を持ってくるのは、いかがなものかなと思います。

日本は「水戸黄門社会」だなと時々思います。「弱きを助け、強きをくじく」と言うのですが、「正しい」か「正しくないか」の観点が抜けている。そして、その「強きをくじく」人が実は一番強い。悪代官ぐらいのちょうどいい強さの奴は潰せばいいという態度ですが、もっと強い人がのさばっています。

メディアは悪代官ぐらいの政府関係者や製薬会社やアカデミアを一生懸命潰して、いい気になって「自分は水戸黄門だ。正義の味方だ」と思っている。でも一番の強者はメディアです。

そしてその力で、結局はもっと大変な被害をもたらしているのに気付いているのか、と思ってしまう時があります。

どうしても報道は旬が大事なので、「こんな訴えがあります。もしかしたら大きな問題になるかもしれません」ぐらいの姿勢であれば、すぐに取り上げるのはいいでしょう。

「これが本当かどうかは注意深く見守っていく必要があるし、学会、政府の担当者もこの訴えが本当かどうかをきちんと探っていただきたい」。これならいいと思います。

その上で、後で被害を訴えた人たちはどうやら別のことで苦しんでいるようだ、それもサポートが必要だがワクチンが原因という証拠はないようだ、とフォローしてほしいのに、そのフォローがない。

旬のものをすぐに取り上げるのはいいことですが、それはまだ明らかではないという姿勢を同時に示すこと、そして後で明らかになったことを同じぐらい大きく報じてほしい。訂正記事を載せてくれれば随分マシですが、たいていの場合気づかないくらいすごく小さい記事ですよね。

みんなの心にグサッとくるものを植えつけてしまった後の、フォローが必要です。HPVワクチンは引っ込みどころがないぐらいメディアは騒ぎました。後からエビデンスが出ようが、知らん顔で済ませちゃえと思っているのでしょう。

矛の納めどころを最初から作る努力をマスメディアもするべきです。

新型コロナワクチンでは姿勢が変わったマスメディア

ーーコロナワクチンでは副反応疑いの報道が比較的冷静にできていると思います。報道も変わってきたと感じられますでしょうか?

確かにマスメディアは落ち着いてきたと思います。もちろん一部に変な報道をするところはありますが、全体としてはワクチンで何か起きても「慌てることはない。紛れ込みも結構あるのだから」と冷静に捉えています。

また、私への取材でも「変な形で取り上げるとワクチンに対する風評被害につながるので、表現の仕方を工夫しようと思いますがどうしたら良いでしょうか?」という聞き方に変わってきています。HPVワクチンの時とは全然違うと感じます。

接種後に何か起きたとしてもそれが副反応であるかわからないし、仮に副反応であったとしても、ワクチンの利益と比べてどうなのか、という見方をしているマスメディアの方が今は圧倒的に多いのではないかと思います。

HPVワクチンの教訓をより良い予防接種につなげて

ーーこれから副反応検討部会で積極的勧奨の再開について議論が始まりました。これに期待することや、今後HPVワクチンがどうなってほしいという希望があれば教えてください。

やはり冷静な議論をしていただきたいし、このワクチンに対して拳を振り上げた人のことも蔑ろにしないでほしい。

少なくとも国や製薬会社を相手取った訴訟の原告となった女性や親たちは、真剣に悩んでなんとかしてほしいと思っているし、「同じような被害を他の人にも広げてほしくない」と心から願っているのだと感じます。

その気持ちはしっかり汲み取って、その代わり、その人たちが今、困っている症状から少しでも抜け出ていくためにも、「ワクチンのせいだ」として訴訟をすることではない、本当の受け入れ態勢を整えてほしい。

ちゃんとした医師たちのところで、認知行動療法も含めて治療を受けることで、だんだん自分の日常を取り戻していくことができるようにサポートをしていくべきです。

いずれにしても、今までとはワクチンに対する考え方がかなり違ってきています。有効性と安全性の評価も、もっと冷静に捉えていかないといけません。

ワクチンの有害事象と言われているものの中にも、ワクチンの成分で起こるものもあるし、金属片やゴム片が混じるような作る時のエラーもあるし、筋肉注射が関節に入ってしまったというような手技上のエラーもあるし、ワクチンとは完全に無関係な紛れ込みもあります。

そしてもう一つ、予防接種に関わるストレス(WHO「予防接種ストレス関連反応Immunization Stress Related Responses (ISRR)」)がある。それも全部含めて、予防接種の時に起きるデメリット、と捉えていくべきです。成分だけが問題ではありません。

本人にとっては、血管迷走神経反射で倒れて奥歯が折れたとか、機能性身体症状としておかしな不随意運動(意思と関係ない体の動き)が出て苦しんでいるのも、広い意味での予防接種の副反応です。

それを減らそうと思えば、予防接種への不安感や恐怖感を和らげないといけません。事前にきちんとした説明をしないといけないし、あとで気になることが出た時も門前払いするのではなく、しっかりと受け止めて対応する。

そこまできちんとやることで予防接種の副反応は減らすことができると伝えるなど、以前はなかった接種者の教育に取り組むことが必要です。

私たちはこのトラブルを乗り越えて、より一層高いレベルで予防接種に関する医療をしていくことができるはずです。

有害事象をもっと報告するシステムを作ることで隠れた副反応を見つけられるかもしれないし、困った人たちをちゃんと受け止める仕組みも作る。

何よりそういうことが起きないように、同調圧力をかけて接種するとか、疑問点があっても「そんなの気にしなくていいんだよ」とごまかしてうつようなことはしない。相手が困っていることや不安をしっかり受け止め、解決した上でワクチンを接種する。

そんな、よりステップアップした予防接種医療に日本は向かってほしい。そのために、HPVワクチン騒動を汚点や負の歴史にせずに、より良い将来に向けた教訓にしたいと思います。

(終わり)

【森内浩幸(もりうち・ひろゆき)】長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学)

1984年、長崎大学医学部卒業。1990年以降、米国National Institute of Healthでウイルス研究や感染症臨床に従事し、1999年から長崎大学小児科学教室主任教授。

日本小児感染症学会理事、日本ウイルス学会理事、日本小児科学会理事、日本ワクチン学会理事、日本臨床ウイルス学会幹事、日本小児保健協会理事、日本感染症学会評議員。

Contact Naoko Iwanaga at naoko.iwanaga@buzzfeed.com.

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