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HPVワクチン、なぜ8年間も「空白」が放置されたのか? 感染症学が専門の森内浩幸さんが振り返る

8年以上もの長い間、国が積極的干渉を差し控え、実質的な中止状態が続いてきたHPVワクチン。定期接種にする際の資料を作った感染症が専門の小児科医はどう振り返るのでしょうか? 長崎大学の森内浩幸教授に聞きました。

日本で毎年約1万人が新たにかかり、約3000人が亡くなる子宮頸がん。

その原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)に感染するのを防ぐために接種するHPVワクチン(※)は、効果と安全性が広く認められているにもかかわらず、日本ではほとんどうたれなくなって8年以上が経つ。

そこには様々な問題があった。

接種後に訴えられた症状を「薬害」であるかのように報じたマスメディア、積極的勧奨を差し止め続け、対象者の女子に情報さえ届かなくさせた厚生労働省、接種や正確な情報提供に消極的だった医療者、自治体ーー。

積極的勧奨を再開する方向で厚労省の副反応検討部会が始まった今、小児感染症が専門の長崎大学小児科学教室主任教授、森内浩幸さんにこの8年間、何が起きていたのかを振り返ってもらった。

※日本では2013年4月から小学校6年生から高校1年生の女子が無料でうてる定期接種となっている。同年6月に国が積極的勧奨を差し控える通知を出してから、対象者にお知らせが届かなくなり、接種率は70%から1%未満に激減した。

「長かった...」 8年で積み上がった知見、理解

ーーHPVワクチン、厚労省の積極的勧奨差し控えの決定から8年3ヶ月の時を経て、再開の審議が始まります。どう受け止めていますか?

長かったな、と思います。8年というと、その頃に生まれた子どもが小学校に通っているぐらいの年月です。

ーーその頃対象になっていた女子は大人になっていますね。

実際、その時の対象者が、今になってこのワクチンがあることを知って受けようと思っても、定期接種から外れているので結構なお金(3回接種の自己負担額は約5万円)がかかります。

世の中も不況ですし、今、チャンスを逃した方が一番悩まれていることは、金銭的負担です。

ーー8年前と比べてHPVワクチンに対する社会の空気は変わっていると感じますか?

変わっていると思います。それこそ8年前のことですから、「そんなことがあったっけ?」という人も増えました。

この8年間に名古屋スタディ(※)など色々なエビデンスが日本からも出ています。

※名古屋市の女子3万人を解析し、ワクチンを接種していない女子も接種した女子と同じ症状があることを明らかにした疫学調査。HPVワクチンの安全性を示した日本を代表する調査の一つ。

WHOも、予防接種が関連したストレスが色々な症状を引き起こすという「予防接種ストレス関連反応 Immunization Stress Related Responses (ISRR)」という考え方を打ち出すようになりました。一般の人にはあまり知られていませんが、医療従事者には浸透してきています。

また、新型コロナのワクチンでも思春期への接種が進むにつれて、アメリカなどで血管迷走神経反射(※)がたくさん出ています。日本でもワクチンの成分そのものではなく、接種に関わる色々なストレスでこうした症状が起きるという理解は広がってきたと思います。

強い緊張やストレスなどで、血圧の低下、脈拍の減少が生じ、ふらつきや失神などを起こす反応。

放置されてきた患者たちへの理解が進んだ8年間

ーー8年前はそうした理解が不十分だったのですね。

案外、日本では小児神経を専門とする医師たちでも、「機能性身体症状(※)」に理解がない人がいたのですね。

※繰り返し診察や各種検査を行っても身体の器官に明らかな異常や病変が見つからないのに起きる身体症状。HPVワクチン接種後に訴えられた症状の多くは、機能性身体症状だと言われている。

自分たちの専門領域で様々な訴えを持つ人たちを診てきた中に、「そういう患者さん、以前にもいたな」と後で思い至るようになっています。

機能性の麻痺や、てんかんの重い発作に見えるのに脳波の異常がなく、監視モニターをつけると人がいない時には症状が起こらない患者がいる。

自分の意思とは関係なく勝手に体が動いてしまう「不随意運動」も、脳波やMRIを撮ってもまったく原因が見つからない。もちろんこれらは詐病(仮病)ではありません。

よくよく考えると昔から知られた症状なのに、今までは、「自分が診るべき患者ではない」と早い段階で門前払いしていたので、あまり意識に上っていなかったのだと思います。

これまで小児科と内科の間にいて、身体の器官に異常が見つからない患者の中には、医師から「関わっている暇はない」と思われている患者が少なからずいました。

その「間」に落ちた患者のことが今はよくわかるようになってきて、そこにも目を向けるようになってきたこともこの8年の積み重ねの結果でしょう。

ある意味、そういう診療の大事さに気づかせてくれた8年だとも思います。

この8年で多くの女性に子宮頸がんのリスクを抱えさせた責任

ーー子宮頸がんのように、ウイルスに感染してから発症まで10年近くかかるような病気だと、ワクチンの恩恵はなかなか気づかれにくいです。実質的な中止状態だったこの8年間も子宮頸がんになるリスクを持った女性たちが積み重なってきたと思いますが、どう考えますか?

産婦人科の先生たちもきちんとデータを出されているので、残念の一言ではあります。

確かにイギリスにおける「MMR(麻疹・風疹・おたふく混合)ワクチン」騒動(※)のように、接種が止まるとすぐに麻疹が流行るというわけではないので、その問題は気づかれにくいです。

※イギリスの医師、ウェイクフィールド氏が「MMRワクチンをうつと自閉症の子どもが増える」とする論文を発表し、接種率が激減した騒動。後にこの論文は捏造が明らかになって撤回され、ウェイクフィールド氏は医師免許を剥奪された。

しかし、子宮頸がんが発症するまでの前の段階は検診をきちんと続けていれば見つけられます。ワクチンを接種しない影響は子宮頸がんになる前から出てきますし、8年間はその影響が出てくるには十分過ぎるぐらいの時間だと思います。

ですから今からでもできることをしなくてはいけません。積極的勧奨を再開するだけでなく、この8年間で接種しそびれた人たちに今からでも再チャンスを与えるキャッチアップ接種をやり、接種に金銭的なサポートをしなければならない時期に来ています。

この問題に関しては皆が色々なレベルで責任があります。

私たち医療従事者ももっとこのワクチンの有効性や安全性を理解し、説明しなければいけませんでしたし、この問題から腰が引けたことで世論や国に訴える力が弱かった。そのためにこれだけ時間がかかったのだとしたら、大きな責任です。

定期接種化を検討する時の「ファクトシート」を作成

ーー先生はHPVワクチンの定期接種化を検討するために科学的知見をまとめた「ファクトシート」を作ったところから関わっていらっしゃるのですね。

そうですね。あるワクチンを日本で使っていくかべきか考える上では、エビデンス(科学的根拠)をきちんと整理しなくてはなりません。

そのワクチンによって防ぎ得る病気がどのようなものなのか、どれぐらい社会に負担を与える病気なのか、そのワクチンによる予防が私たち国民に対して意味を持つのか、をファクトシートでは示します。

また、そのワクチンの有効性や安全性のデータもきちんと出します。どんなワクチンも、その病気の影響とワクチンの効果や安全性とのバランスの中でどうするかを決めます。

例えば、天然痘のワクチンは、人類にとって恐るべき病気を根絶することに成功しました。天然痘は放っておけば誰でもいつかかかる病気でした。しかもかかると2割から5割が死んでしまう非常に怖い病気です。

それを防ぐ種痘は、有効性が非常に高い。ただ、安全性については、100万人に接種すると数人から十数人ぐらいワクチンのせいで亡くなるワクチンです。今だったら認可されないかもしれません。約10万人に一人は亡くなるワクチンですから。

ただし、放っておけばみんなかかり、かかれば2割から5割が死ぬのに、「10万人に一人が死ぬのだからこんなワクチンは絶対に使ってはいけない」と言えば、みんなから叩きのめされるとも思います。

これが「風邪を防ぐワクチンができました」という場合、10万人に一人が亡くなるなら接種するでしょうか? たぶん受けないでしょう。

だから、ワクチンで防ごうとしている病気はどの程度重いのか、ワクチンはどれぐらい有効で安全なのか、データをきちんと示さない限り、私たちはそのワクチンを受け入れるべきなのか、接種を進めていくべきなのか決められません。

そのために必要な科学的知見をまとめたものがファクトシートです。

HPVワクチンであれば、HPVは子宮頸がん以外の色々な病気の原因になるウイルスですが、とりあえずは子宮頸がんに焦点を当てて日本でどれぐらい起こっているのかをまとめました。

そしてワクチンの有効性、安全性のデータを色々な治験を元にまとめて、日本にこのワクチンを導入することに十分意義があるのか、結論を出すための材料に使ってもらう資料を作ったのです。

ーー先生の当時の評価はどうでしたか?

特に問題があるとは思いませんでした。ただ痛いワクチンだという懸念はあり、痛みによって血管迷走神経反射のような急性のストレス反応によるトラブルが起きることは避けなければいけないと考えました。

思春期の女の子という一番、血管迷走神経反射の出やすい人たちを対象としていることを考えると、そこは心配していたのです。

ただもっと長引くトラブル、「機能性身体症状」のようなものは、当時は海外の治験でも出ていませんでしたし、日本で実施する上でも特にそこに注意しようとは考えませんでした。

それ以外の安全性の懸念はほとんどなく、当初予想したよりも遥かに有効なワクチンだったので、良い意味での驚きがありました。

いずれにしても当時の評価としては、このワクチンは非常にいいワクチンで、日本に導入すべきものだなというのが、関わった人たち皆の感触だったと思います。

HPVワクチン急ぎ過ぎた? 「むしろこれまでが遅かった」

ーーHPVワクチンは2013年4月に、Hib(インフルエンザ菌b型)ワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンと同時に定期接種化されました。HPVワクチンは急ぎ過ぎたのではないかという懸念も聞いたことがありますが、どうお考えですか?

私の感じ方としては、むしろそのぐらいのスピードが当たり前であって、逆になぜHibや小児用肺炎球菌ワクチンがこんなに時間がかかったのだろうと思っていました。

子どもたちに必要な幾つものワクチンの定期接種化について日本小児科学会は訴え続けてきたのに、対応はスローペースでした。やる気を出せばできるじゃないか、なぜ今までやる気を出してくれなかったのだ、とも思いました。

だからHPVワクチンがすごく早かったという印象はないです。

ワクチンについて慎重すぎるのは、我が国における予防接種の歴史的な経緯もあるので厚労省ばかりを責められません。

それでも、その遅さがワクチンギャップを生み、多くの子どもたちの命が失われ後遺症が残ったことへの憤りは強かったです。

相次いだ「副反応報告」 その背景は?

ーー定期接種化した直前から、「副反応報道」が目立ってきました。けいれんや痛みなどを訴える女子が報道されるのを見て、何を感じてましたか?

まず新たな予防接種が始まる時には、ワクチンと直接関係があるかないかにかかわらず、色々な「有害事象」が起こることはわかっていたことです。

その「有害事象」をもとに原因や因果関係を探ったり、どれぐらい実際に起こっているのか統計を取ったりしなければならないだろうとは思っていました。

Hibや小児用肺炎球菌ワクチンが登場して複数のワクチンを同時に接種しないと回らなくなりましたが、当時は二つのワクチンを同時にうつだけでも「とんでもないことをする」という意識がありました。

四つ、五つ同時にうつ同時接種は世界中で普通にやっていることです。それをいくら言っても、当時の開業医にとっては二つ以上のワクチンを同時にうつ緊張感から「ウェーバー効果(※)」が生じ、次から次へと副反応報告が上がりました。

新しい薬の出たての時は過敏に反応して有害事象の報告が増えること。

突然死も何例も報告されて、厚労省もすぐに接種を一時中止しました。ただこれは2週間程度ですぐに再開しました。

「乳幼児突然死症候群」は乳児の死因の3位であり乳児の突然死は明らかな統計があるので、同時接種がスタートした後で急に増えたかどうかを冷静に評価できたのです。

最初はHPVワクチンでも、似たようなことが起こっているのだろうなという受け止め方でした。

ただ、思春期へのワクチン接種なので、ストレス反応が起こりやすく、赤ちゃんにうった時の突然死とは違う形で起きていましたし、機能性身体症状は日本では統計がありませんでした。

海外であれば、それなりにこの病気の概念は確立されていて、どれぐらいの頻度で起こるかもわかっていました。このワクチンが登場したからといって、急に増えているわけではないと冷静に受け止めていました。

でも日本では、これまでもそういう患者さんがいたのに、早い段階で門前払いを食らって、専門の医師が診る機会もあまりありませんでした。だからそういう報告が上がってくると、「昔はこんなことはなかったのに急に増えた」という評価になってしまったのです。

「昔いたというなら、そういう証拠を出してみろ」と言われても、統計がないので出すことができません。

だんだん「これは厄介なことになったな」と思うようになりました。乳児の突然死の時とは違って、ワクチンによって増えたことを否定するのは大変だろうなと漠然と思っていたところに、突然、積極的勧奨の中止となったのです。

「積極的勧奨」の差し控え、妥当だったか?

ーー積極的勧奨が差し控えとなった時、どう思っていましたか?

いったん差し控えの方針を打ち出したら、引っ込めるのは難しいだろう、と非常に心配していました。

乳幼児の突然死は統計があるから比較できたけれど、今度は簡単に比較できない。

思春期女子の不定愁訴(原因不明の体調不良)の健康調査などは確かに昔からあるのですが、HPVワクチンの「副反応」とされたような不定愁訴の有病率が元々どれ程度あったのか、どれぐらいの説得力で科学的根拠として出せるレベルの調査なのかはわかりませんでした。

実際は名古屋市の3万人の女子のデータを解析した名古屋スタディのようなしっかりした調査が出て初めて、より強くワクチンと症状は関係なさそうだと言うことができたのです。

ーー副反応検討部会の積極的勧奨差し控えという当時の判断は妥当でしたか?

「何かとんでもないことが起きた」という声が上がってきた時に、はっきりするまでの間、いったん差し止めること自体は止むを得ないのだろうと思います。世界中でずっと使われているからといって、日本だけで起こる特別なことが絶対ないと言い切ることは難しいからです。

ただその時には出口戦略じゃないですが、いつまでに評価をして、新たな事実が出てきたらどうするか、ということを決めておかないと、いつまで経ってもずるずる続くと思っていました。

しかし、少し調べれば何とか検証できる類のものと、少々調べたからといってどうにかなるわけではないものという違いはあります。

正直なところ、積極的勧奨差し控えの決定が出た時にはガクッとしました。

定期接種のまま積極的勧奨を控える 「言い訳ができる状態」

ーー定期接種のまま残したことについてはどう評価していますか?

これは難しいです。定期接種のままで残ったことはいいのですが、悪い見方をすれば、厚労省は言い訳ができる状態を上手に作ったとも言えます。

そして、逆に言えば、そういう状態だとなおさら宙ぶらりんの状態が続く可能性があります。

いっそのこと定期接種から外していれば、「こんなに大事なワクチンが定期接種から外れるとは何事だ!」ともっと真摯な議論が早い段階で始まったかもしれません。そして宙ぶらりんではない決着をつけようとしたかもしれません。

逆に「定期接種だけど、こんなやり方だと誰も接種しないと」いう形で実際に接種率が1%を切る状態が続いた方が、罪深い気もします。

上手に逃げたな、とついつい思ってしまいます。

(続く)

【森内浩幸(もりうち・ひろゆき)】長崎大学小児科学教室主任教授(感染症学)

1984年、長崎大学医学部卒業。1990年以降米国National Institute of Healthにおいてウイルス研究と感染症臨床に従事し、1999年から長崎大学小児科学教室主任教授。

日本小児感染症学会理事、日本ウイルス学会理事、日本小児科学会理事、日本ワクチン学会理事、日本臨床ウイルス学会幹事、日本小児保健協会理事、日本感染症学会評議員。