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「これって私も対象じゃない?」 彼女が前がん病変を抱えながらHPVワクチン接種を決めた理由

子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルスへの感染を防ぐHPVワクチン。前がん病変である異形成の経過観察をする女性が、9価ワクチンをうち始めました。うった方がいい理由は何なのでしょうか?

子宮頸がんは、主に性的な接触でヒトパピローマウイルス(HPV)が感染することによって起きる。

しかし、感染してすぐにがんになるわけではない。細胞に異常が見られる「異形成」という前がん病変を経て、一部が徐々に進行してがんになる。

ひとたび異形成になると、経過観察してがんになる直前に手術するしか対処方法はない。自然に消えることも多いが、消えない場合は不安を抱えながら生活することになる。

軽度異形成と診断されたれいさん(仮名、30歳)もそんな女性の1人。

経過観察の心理的な負担から予防の大切さに気づき、HPVへの感染を防ぐHPVワクチンをうったれいさんに話を聞いた。

25歳で軽度異形成と診断、経過観察をすることに

初めて子宮頸がん検診を受けたのは23歳の時だった。住民票は実家に残したまま遠く離れた大学に進学したため、20歳から2年に1回受ける子宮頸がん検診の知らせが手元に届かなかった。

「大学時代に出会った相手とそういう関係になった時に、相手から『チェックしたことないの?』と言われて、性感染症一式の検査を受けることにしました」

そこに子宮頸がんの検査も入っていて、その時の結果は全て異常なしだった。

その後、入社した会社の健康診断に子宮頸がん検診も入っており、異形成の疑いがあるグレーゾーン「ASC-US(アスカス)」と判定された。精密検査を受けるように言われたが、面倒で延ばし延ばしにして、4ヶ月後に婦人科を受診した。

「がんになりやすいHPVのハイリスク型に感染していることもわかりました。大きい病院でさらに検査してくださいと言われて、精密検査を受けることになりました」

ここで拡大鏡(コルポスコピー)で子宮頸部を診ながら組織を取って調べる組織診を受け、軽度異形成と診断された。25歳の時だ。

ハイリスクな型のうちどの型に感染しているか特定する検査も受け、特にハイリスクな16型・18型ではない別の2種類の型に感染していることもわかった。

「先生からは『16・18型ほど進行は早くないから半年後でも4ヶ月後でもいいですよ』と言われて経過観察をすることになりました。そこにたどり着くまでの長い期間、『もしかしたらがんかもしれない』と不安でいっぱいだったので、『がんではなかった』とほっとした気持ちはありました」

「もしかしたらこのまま消えるかもしれないとも言われたのですが、異形成になる人も少ないでしょうし、これからずっと経過観察をしなければいけません。『選ばれてしまった』というショックも感じていました」

経過観察の不安 中等度と軽度を行ったり来たり

経過観察の間の期間は忘れて暮らしていることも多い。しかし、検査をして結果が出るまでの2週間は、どうしても「がんになっていたらどうしよう」という不安が強まった。

「検査の日は、先生の顔色や口調も気になりますし、緊張します。消えるかもしれないと最初は思っていたのですが、ずっと異形成は残り、途中で進行もして、検査の結果を聞きに行く度に不安を感じていました」

異形成は軽度、中等度、高度と進行し、それ以上進むと浸潤がんとなる。そうなると、子宮を摘出する手術を受けることが必要だ。

それを避けるために、高度異形成の段階で、子宮頸部の一部をくり抜く「円錐切除手術」を受ける人もいる。

れいさんは、2017年まではずっと軽度異形成だったが、2018年6月に初めて中等度異形成と診断された。

「そこでかなり青ざめ、気分が一気に落ち込みました。私が感染している型はそんなに進行しないと言われていたのに、悪い方に選ばれてしまったと思いました」

その頃、決まったパートナーはいなかったが、いつか妊娠や出産はしたいという希望はあった。円錐切除手術でも、流産や早産のリスクが高まる。

「一段階進んでどうなるか不安でしたし、医師によって高度異形成まで進んだら手術をするか、中等度でもハイリスク型に感染していたら手術を考えるか意見が分かれると聞きます。私の担当医は『中等度だし、特にハイリスクの16型や18型ではないから今すぐ考える必要はない』という説明でした」

その次の検査では軽度異形成、そのあとは中等度異形成に逆戻り。2020年以降は軽度異形成が続く。

「先生からは『異形成は上下するものだからね』と説明され、採取した場所にもよると言われました」

「HPVワクチンを受けたい」 性交渉を始めていても対象では?

HPVワクチンをうつことを考え始めたのは、がんの社会的な課題に産官学で取り組む「CancerX」のボランティア活動で、「HPVワクチン」のセッションに関わった2020年の暮れからのことだ。

「それまでももちろんHPVワクチンのことは知っていたのですが、私の年代は定期接種ではありません。大学に入った時に『HPVワクチンうった?』と友達と話したことがありましたが、その頃には既に性交渉は始めていたので、うっても意味はないのではないかと誤解していました」

当時、仲が良かった友達1人は接種したが、自分には関係ないものだと思い、それ以降は関心も持たなかった。

「社会人になるまではまともにニュースも見ていないし、新聞も読んでいません。知識がほとんどなく、『世間が騒いでいるワクチンなんだな』としか思っていませんでした」

そして、これまで定期の経過観察をしてきたいずれの病院でもHPVワクチンについて情報提供はされてこなかった。

「私は16型、18型は感染していないことはわかっていたのですが、その感染を防ぐHPVワクチンについては一度も先生たちから提案されることはありませんでした。性交渉を始めた人はうっても意味がないと勘違いしていたので、こちらから調べたり、尋ねたりすることもなかったのです」

しかし、「CancerX」の打ち合わせでHPVワクチンについての新しい情報を聞くうちに、「特にハイリスクな16型、18型に感染していない自分は、このワクチンを受けた方がいいのではないか」と思うようになった。

「資料を読んだり、打ち合わせの話を聞いたりしているうちに、これって私も対象じゃない?と気づいたのです。自分が感染していない型への感染を防げるなら、うちたい、リスクを下げたいと強く思いました」

90%以上の子宮頸がんを防ぐ9価ワクチンを接種

日本で承認されているHPVワクチンは特にがんになりやすい16型・18型を防ぐ2価ワクチンの「サーバリックス」、それに加え良性のイボの原因となる6型・11型も防ぐ4価ワクチンの「ガーダシル」、それに加えやはりがんになりやすい31、33、45、52、58の5つの型も含めた9つの型への感染を防ぐ9価ワクチン「シルガード9」がある。

「9価ワクチンも承認されたばかりで、2月に接種が始まるという情報も流れてきたので、だったら9価をうとうと思いました。国内で承認されていれば、何かあった場合に補償もしてもらえる。1回約3万円のワクチンを3回うつというのは費用も大きいですが、具体的に検討し始めました」

れいさんは、交際相手が変わる時にはハイリスクのHPV型があるかどうかを調べている。ハイリスクのHPVが検出されない状態になったタイミングで、ワクチンを接種することにした。

「効果が高い9価ワクチンをうてるクリニックを探したのですが、意外とうてるところが少ないのに驚きました。トラベラーズクリニックとか自由診療をしているクリニックが多く、婦人科のかかりつけ医になるようなところがなかったのです」

「信頼できるクリニックなのかは不安でした。評判はわからなかったのですが、同世代のインフルエンサーがうったというクリニックに行くことにしました」

3月半ばのある日、待合室で順番を待っていると、受診している人が20代前半ぐらいの若い女性たちばかりなのに驚いた。みんなHPVワクチンを受けにきている。

「名前を聞いていると中国人の子が多いようでした。先生に『意外とみんな接種しに来ていてびっくりしているのですけれども』と話すと、『留学生の子でうちにきている子が多い』と言われました」

待ち時間の間に、HPVワクチンについて説明した紙を読むように言われ、接種後の体調の追跡調査の同意書にもサインをした。

医師から簡単な説明を受けた後、実際にうってみると、確かにインフルエンザの予防接種より痛みは強いと感じた。

「うった瞬間よりも、30秒ぐらい後からじわじわ来るような痛みが強かった。でもその後に痛みが続くこともなくて、30分待合室で様子を見た後は普通に帰りました。その後も何もないです」

若い世代は費用を出せない 国は重く受け止めて

1回目の接種は社会人生活6年目になってからで、財布にも多少余裕ができた頃だ。これが学生時代だったら、難しかったと思う。

「学生時代だったらうてる費用ではないです。私は下宿して仕送りも受けていましたし、バイトはしていましたが最低でも3回5万円かかるワクチンに回せる金銭的余裕はありませんでした」

「今は幸い、お金に対する不安はなく仕事もあるのでワクチンに対する優先順位を下げることもありません。趣味に関わるお金を削ればいいだけです」

しかし、金銭的に余裕のない同世代の女性はたくさんいる。

「同じ会社の中でも一般職の女性は総合職の私よりも給料が少ないですし、ワクチンに10万円を出すかといえば、おそらく出す余裕はないでしょう」

副反応への不安はあまりない。

「HPVワクチンのセッションも見て稀なことだと理解していましたし、それほど心配ではありませんでした。万が一起きてしまったら仕方ないかなぐらいに受け止めていました」

現在、副反応への不安などで、無料で受けられる小学6年生から高校1年生までの女子がほとんど受けていない現状についてはどう感じているのだろうか。

「すごくもったいないし、残念だと思います。チャンスを逃した子も無料でうてるように女子大学生がアクションを起こしていますが、経済的な理由で受けられない人がいることを国は重く受け止めてほしいです」

男女共に、性感染症予防について語り合えるように

以前、れいさんが年下の女性たちとランチをした時、婦人科系の検査で引っかかった経験のある子が3人いた。

「普段、話すテーマではありませんが、ふたを開けてみたら結構います。性的な話題は日本ではタブー視されているところもあり、なかなか話しにくいところがあります。HPVワクチンが口コミで広がりにくいのはそのためかもしれません」

「CancerX」のHPVワクチンのセッションでは、現在、再発した子宮頸がんを治療中のYokoさんの体験談が胸に迫った。

「当事者に近い立場からすると、当事者の言葉がすごく重く響きました。体の変化やパートナーとの関係性の変化など初めて聞く話が多くて、パートナーにうつす可能性まで考えているのも凄いと思いました」

「私は、今は一度でも性交渉の経験があれば感染する可能性があるウイルスだと理解していますが、『色んな人と関係を持ってきたんでしょ』と捉えられてしまう不安がよぎった時に、相手にも言えなくなっていました」

「私たちの下の世代と話をしていると、私たちよりも情報収集が容易になり判断力も上がっていると思います。親世代が情報収集できていないために、『国が勧めていないからうたせない』と決めてしまうのはもったいないです」

自分はたまたまHPVワクチンについて知る機会があった。しかし、多くの女性は適切な情報を受け取れていないと感じている。

「新聞、テレビ、かかりつけの先生、国などの公的機関は適切な情報を提供して、もう少し当事者が親とワクチン接種について対話できるようにしてほしい。正しい情報をもとに判断できれば、接種後に何か起きたとしても後悔が減ると思います」

自身は1回目のワクチンをうっただけで安心感が生まれたと言います。

「HPV感染を理由に性的な活動を止めたくないという思いがあるので、自分や相手を守る安心材料が少し加わったかなと思います」

HPVは男性もかかる中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどの原因にもなり、男女関わりなく感染し、うつし合う。海外では男性も公費接種となっているが、れいさんは日本でも、男性も女性同様に接種するようになってほしいと願う。

「女性だけ防げばいいウイルスではなく、男性が女性に感染させる可能性が高いのに、なぜ女性だけの問題のように捉えられているのでしょう。男女ともにHPVワクチンをうつことが当たり前の社会になってほしいと思います」