「病気がある私たちを後回しにしないで」 大学病院のコロナワクチン接種の枠を動かした患者の声

    優先されるはずのがん患者の接種がどんどん後回しになるーー。新型コロナワクチンの接種対象が拡大される中、高齢者の次に優先してうてるはずだった病のある患者が不安を抱いています。通院する病院に働きかけ応えてもらえた好事例を紹介します。

    接種拡大の動きが加速する新型コロナウイルスのワクチン。

    できるだけ多くの人に早くうつ流れは望ましいところだが、その陰で「優先されるはずだったのに、いつまでもうてない」と不安を抱えている人がいる。

    愛知県名古屋市に住む、乳がんの転移で薬物治療中の患者、加藤那津さん(42)は通院している藤田医科大学に働きかけ、その声に大学も応えてくれた。

    今週から、薬物治療中のがん患者は接種券なしでも個別接種枠で接種できるようになったのだ。

    加藤さんは「優先されているはずが、いつの間にか後回しにされてしまい不安でした。全国で同じ思いを抱えている患者さんが、柔軟な対応をしてもらえるようになるよう願っています」と話している。

    通院にも「感染したらどうしよう」と募る不安

    加藤さんは、2009年に31歳で右胸に乳がんを発症し、13年に再発。16年に肝臓への転移が、19年に骨への転移がわかり、今は通院でがん細胞を狙い撃ちする分子標的薬の治療を受けている。

    がん患者で薬物治療中の人は病原体への抵抗力が下がり、新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクも高い。

    加藤さんも2020年から新型コロナが流行し始めてからは、「感染したらどうしよう」と不安を感じるようになった。仕事をしていた昨年は「通勤を減らしてほしい」と職場に頼んだが受け入れてもらえず、仕事を辞めざるを得なかった。

    「その後も手洗いうがいをして、マスクをし、なるべく人混みを避けるなどの基本的な感染対策はしてきましたが、通院しなければならないので外出を控えるのは難しい。病院はもちろん院内感染の対策を徹底していますが、紛れ込みの患者もいるかもしれません。通院も怖いと感じていました」

    「早くワクチンをうちたい」。

    そう強く願うようになっていたが、大規模な企業の職域接種や大学での接種など対象者が拡大する中、優先接種のはずの自分がどんどん後回しにされる気がして、焦りを感じていた。

    がん患者で42歳の自分より、元気な64歳以下の方が先にうてる?

    ワクチン接種の優先順位は、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会で決まっている。

    1. 医療従事者等
    2. 高齢者 (2021年度中に65歳に達する、昭和32年4月1日以前に生まれた人)
    3. 基礎疾患を有する者、高齢者施設等の従事者


    という順だ。

    通院している藤田医科大学病院では、通院中の患者の個別接種を行っているが、予約には自治体から配られた接種券が必要だ。

    しかし、 加藤さんの住む名古屋市のスケジュールでは、年齢の高い人から年代ごとに接種券の発送日が決められ、加藤さんの年代では発送日は8月10日となっている。

    「届き次第、基礎疾患のある人が予約でき、その1週間後から一般の人が予約という年代ごとの『優先』はあるのですが、この配り方だと健康な64歳以下の人の方が若くて病気のある私のような人よりも先に接種できることになります」

    「これでは基礎疾患がある人を優先するとしている意味がないし、接種券が早く配られる他の自治体に住む患者は早くうてても、名古屋市民であるがためにまだ2ヶ月も待たなくてはいけません」

    「職域接種や大学での接種は、接種券がなくても接種できます。元気で働いている人や大学に通う人は優先されて、若くて病気で働けない私のような人はどんどん後回しになるのです」

    知り合いの名古屋市議を通じて、名古屋市に問い合わせてもらったが、「名古屋市は基礎疾患の有無に関係なく年齢で区切って送付するので仕方ない。接種券なしでもキャンセル待ちでうてる医療機関もあるので聞いてみて」と言われた。

    病院の主治医に相談しても、「接種券がないと…」と主治医も困っていた。

    藤田医大が迅速に対応 小児患者の付き添い、薬物療法中のがん患者に個別接種

    最後の望みで相談したのが、愛知県の大規模接種会場の一つとなっている藤田医科大学病院で責任者となっている副院長、岩田充永さんだ。テレビや新聞で取材に答えている姿をよく見かけていたので、Facebookの知り合いを通じて問い合わせてみた。

    相談を受けた岩田さんの方もちょうど、もっとワクチン接種を進めたいと考えていた。院内の個別接種と大規模集団接種で1日1100人の接種を予定していたが、さらに多くの接種が可能だ。

    「ワクチンを接種したいと考えている人の中でも、医学的に考えて早期の接種が必要な人に接種を拡大できないかと考えているところでした」

    まず広げていたのは、1ヶ月以上の入院が必要な子どもの患者に付き添って泊まり込む保護者への接種だ。愛知県内4大学の小児科とあいち小児保健医療総合センターの協力で、約200人の保護者を藤田医科大の大規模接種会場のキャンセル待ち枠や、余剰枠で接種していた。

    次に、近隣の職域接種か大学に広げるかどうかを考えていた時に、加藤さんから6月10日にこの相談を受けた。

    感染症科の土井洋平教授、臨床腫瘍科の河田健司教授にはその日のうちに相談し、愛知県、看護部、事務方の了承も取り付けた。

    「接種券が配布されていない通院患者で、薬物療法を受けており主治医が必要だと判断した場合は、65歳未満でも院内の個別接種枠で接種できる」

    そんな案を作り、翌11日には院長の許可が降りた。

    薬物療法をしているがん患者をまず優先した理由はこうだ。

    「薬によっては血小板や白血球の数値が下がるなど免疫が落ちる時期があり、主治医も『このタイミングで接種してほしい』という希望があリます。地元の自治体でタイミングよく入れるのが難しいので、医学的な事情を考えて、こうした患者を優先することにしました」

    6月14日には院内にその旨が掲示された。約600人の患者が対象となる見込みだ。

    「がん治療中の方は明らかに免疫が落ちて重症化しやすい。治療でここまでがんばってきた患者を、コロナで失いたくないというのは医療スタッフの共通の思いです」

    「コロナの流行は、治療中の患者さんに不安要素を加えています。1日も早く受けたいという患者さんと、1日も早く接種したいという医療者の思いがつながったのは本当に嬉しい。どこであってもこういう対応が広がってほしいです」

    22日に初回接種の予約 「同じ立場にある患者も受けられるように」

    この決定を受け、加藤さんは15日に受診して、外来薬物療法センターで、接種予約をするための「藤田クーポン」を受け取った。22日には最初の接種を受ける。

    今は、院内の掲示を見た患者しか申し込めない状況だ。

    「せっかくチャンスを作ってもらえたので、該当する患者さんが一人でも多く恩恵を受けることができるよう、院内掲示の他にも情報提供の方法を考えていただきたいです」

    そして、住んでいるところ、通っている病院に限らず、重症化リスクのある基礎疾患のある人はきちんと優先してうてるようにしてほしい。

    「私はたまたまいい先生がいる病院で、早く対応していただけて幸運でした。でも、当事者が声を上げないと、国で決めた優先接種が徹底されないのはおかしいことです。困っている患者は全国にたくさんいるでしょう。他の場所でも、今回のこの対応を参考にしてもらえたらと願っています」