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コロナ禍で気づく大事な生活の彩り ひとを想う詩、そして一人立つとき

岩崎航さんの新作の詩集『震えたのは』はコロナ禍で編まれました。友人との交流や外出ができなくなる中で、改めて感じた生活の彩りの大切さ。恋愛詩を思わせる詩や、一人立つことへの思いも聞きます。

新しい世界に踏み出す時の心の震えを言葉にした岩崎航さんの第二詩集『震えたのは』。

これまでにはなかった恋愛詩を思わせる詩も登場し、お酒を飲んだり、ひげをはやしたり、生活を楽しむ姿が映し出される。

コロナ禍で友人との交流や外出ができなくなり、人との関わりが狭められた世界の中で、岩崎さんは何を見い出してきたのだろうか。

コロナ禍でも守る生活の彩

今作は2年かけて編まれ、ほとんどの期間が新型コロナウイルスの流行時期と重なっている。人工呼吸器を日常的に使う岩崎さんが感染すると命取りになる。友人たちの訪問はやむなく避けられ、街中への外出もできなくなった。

一人暮らしを模索し、ヘルパーを十分に確保するために自分自身で専属のヘルパーを募集して、介護体制をつくっていく方式にも挑戦していたが、コロナ禍で限界を感じて、断念せざるを得なかった。


なにもかも

一人で引き受けなくても

よかったのだ

ゆだねてゆだねずの

新たな 道


「コロナもあって方針を変えざるを得ませんでした。元からできないことばかりだったのに、コロナのせいでまたできないことが増した。そうはありつつも、自分のできることや、生活を大事にすることは捨てたくないと思いました」

「感染対策を優先的にやっていくと、生活にとって欠かせないことができなくなることもあります。周りが周到に感染対策をしてくれて初めて無事に生きていられるわけですが、その中でもできることとして、最近、散歩を始めました」

「家の周りをごく短い時間、行ってすぐ帰るだけですが、それでも風を感じたり、日の光を浴びたりできる。これも自分の暮らしを手放さないということだと思います。わずかな時間であってもそういう時間は生きる支えになるし、大事なことだと改めて思います」

「『生存』と『生活』は違う。やはり生活を続け、手放さないこと。ほんの小さなことですけれども、私の中では大きなことになっています」

お酒を飲むことや髭を生やすことも、ここ数年で始めた。障害があることで、聖人君子のように思われたり、修行僧のように思われたりするのは苦痛だ。


ぼくのこの髭

あなたに見せたくて

生やした

伸びてくると

愉快に踊りだすのだよ


生まれて一度も

酔ったことがないんだ

あなたと呑んで

酔ってみたい

わたしの小さな願いです

(『震えたのは』より)

「具合が悪くなければ、ごく少量、毎日飲んでます。最近は白ワインやロゼワインをちびちびと。1日3回経管栄養を入れますが、夜ご飯に当たる経管栄養を流しながら飲む。何かお腹に入れておいたほうがいいかなと。別に誰かから教えられたわけでもないのですが、なんとなくそういうものなのかなと思って(笑)」

「本来、自分らしく生きていくことは修行ではない。苦しくて大変なこともありますが、暮らしを楽しみ、心がどんどん動いて今があります。生活の彩を味わうことで世界が広がるので、コロナ禍であっても手放したくないです」

恋愛詩を思わせる歌も

そして今作では「三色すみれ」「雨上がりの光」と恋愛詩を思わせる歌が盛り込まれた。これも、前作にはない変化だ。


鎧は

すぐに外れないと

思ってたのに

君の前するすると

衣になって


笑っている顔を

見ていたとき

泣いている顔を

見ていたとき

君に差し出す花がある

(『震えたのは』より)


「『その一人の人に』という詩を前作で書いていますけれども、誰か1人に贈る詩も入れたかった。大事な人に宛てる詩。詩集の色々なところに散りばめられています。個人をうたう詩なのですが、いろんな人にそういう人がいるわけですから、普遍的なものが光っていることが表せればいいなと思います」

「心の重しになっているものを取り外して、人と深く関わっていく。生きていく中で心を開いて誰かと関わり、支え合っていくことは必要だと思います」


あなたのために

生きる力を

われに与えよ

雨上がりの

光りを見つめる

(『震えたのは』より)

「『あなたのために生きる』とはすごい言葉ですね」と言うと、岩崎さんはこう答えた。

「人のために生きるというと変な感じがしますけど、それが自分のためでもある。自分のためだけでないと、さらにエネルギーが湧き、生き抜く力が生まれる。大切に思っている人がいることによって、これまで以上の力が出る。その強い思いをそのまま書いているのです」

今回、性に関する詩を盛り込んだのも冒険の一つだ。


おんなのまるみに

ふれてみたい

やわらかさに

ふれてみたい

やはり、男であるな


それは命のこと

人生のこと

大事なこと

「性」は

本来、心が生きると書く

(『震えたのは』より)


「一冊の本で生きるということを書いていくなら、そういう詩も必要です。あるのが自然です。生きるということには、性もやはり含まれていますから。ちょっと控えめすぎるかもしれませんけれどもね」

それぞれの灯火を感じながら、一人立つとき

『震えたのは』の最後に置いたのは、「一人立つとき」という16編の詩だ。


命綱を握るのは

どこまでも自分である

無力を転じる

生き抜く力

明け渡さない


どうせまた

何も変えられないと

恐れていること

宿命が

人を不幸にするのではない

(『震えたのは』より)


生き抜くという決意が、改めて力強い言葉で綴られていく。

「一人立つ」と言っても、それは孤立ではない。最後に置いた詩はこれだ。


誰でもそうなんだ

世界に対して一人立つとき

火がもえる

生きているんだ

そこから見えるあなたの灯火

(『震えたのは』より)


「一人立つと、やはり一人立っている他者の思いも見える。他者の中にもいろんな光があって、震えながら立っている。そういう人の姿がより一層見える。感じる。一つの決意のもとで立つと、いろんな思いを抱えて、震えながら1人立っている他者の気持ちとつながることもできる」

この詩は、クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見て、自分の思いを重ねて書いた。

「孤独な気持ちになってしまう時も、踏ん張って自分の意志、使命に基づいて立っている人には、灯火に感じられるものがあるのではないでしょうか。それは大切な人かもしれないし、誰かから贈られた言葉かもしれない。大事にしている思い出かもしれません。一人のようでひとりではない」

「この詩集を読んでくれた人も、震えながら一人立ち、生きていく時に、響き合うものがあればと願います。少しでも力になったら嬉しいです」

(終わり)

【岩崎航(いわさき・わたる)】詩人

筋ジストロフィーのため経管栄養と呼吸器を使い、24時間の介助を得ながら自宅で暮らす。25歳から詩作。2004年から五行歌を書く。ナナロク社から詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』、エッセイ集『日付の大きいカレンダー』、兄で画家の岩崎健一と画詩集『いのちの花、希望のうた』を刊行。エッセイ『岩崎航の航海日誌』(2016年〜17年 yomiDr.)のWEB連載後、病と生きる障害当事者として社会への発信も行っている。2021年6月15日に、第2詩集『震えたのは』(ナナロク社)を刊行した。

ウェブサイトは「航のSKY NOTE 」。Twitterアカウントは@iwasakiwataru BuzzFeedでの寄稿はこちら