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大麻「使用罪」は必要か? 健康影響は? 刑罰の効果は? これまでの議論を振り返る

大麻「使用罪」創設が検討されている厚生労働省の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」。いよいよ取りまとめが始まるので、これまでの議論やデータを振り返ってみました。

厚生労働省の「大麻等の薬物対策のあり方検討会」で続けられている大麻「使用罪」創設の議論。

大麻の成分を使った難治性てんかんの薬を日本でも使えるようにするために、関連法を整理するという大義名分もある。

海外では非犯罪化や合法化の動きが進む中、欧米よりも使用者が極端に少ない国で、なぜ日本で刑罰を広げる必要があるのか。刑罰はそもそも薬物依存症のような危険な状況を防ぐ効果があるのか。

4月23日、検討会ではこれまでの取りまとめの議論が始まる予定だ。これまで示されてきたデータや議論を紹介する。

若い人の検挙は増えているが、欧米よりも使用率はかなり低い

まず、日本での大麻の使用状況だが、6年連続で増加していることが示されている。

そして30歳未満の占める割合は57%と過去最多になっている。ただしこれらは「検挙数」なので、取締りを強化した結果として増えていると見ることもできる。

海外と比べたらどうだろうか。G7各国における違法薬物の生涯経験率を比較すると、全ての薬物で日本は断トツに経験率が低い。最も多い大麻でも、アメリカやカナダ、フランスが4割を超えているのに対して、日本は1.8%だ。

推計すると生涯経験者数は約161万人で、過去1年の経験者は約9.2万人とされている。

検討会で何を検討?

それではこの検討会では何を検討するというのだろう?

大麻に含まれ、薬物として使われる主な成分として、「THC(テトラヒドロカンナビノール)」と「CBD(カンナビジオール)」がある。

「THC」は幻覚や妄想などの精神作用を起こす成分だ。これが主に問題になっている。

「CBD」は精神作用を起こさない。

日本では植物としての大麻草を取締る「大麻取締法」と、成分を取締る「麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)」で大麻を規制している。

成熟した茎や種子には有害な「THC」はほとんどないことから規制対象外とされている。ところが、成熟した茎から分離した樹脂は規制対象となるが、この「樹脂」が何であるかは明確に定義されていない。

日本には成熟した茎から麻繊維を取ったり、七味唐辛子などに入っている麻の実を食べたりする伝統文化がある。これにもわずかながらTHCが入っており、収穫時には「麻酔い」と言われる症状が出て、尿検査に引っかかる可能性がある。

こうした人を取り締まるわけにはいかないこともあり、これまで「使用罪」は設けられてこなかった。大麻取締法では現在、所持、譲り受け、譲り渡しのみが規制されている。

また、「CBD」を含む医療用大麻「エピディオレックス」が難治性てんかんの治療薬として期待がかけられ、日本でも治験が始まろうとしている。

ところが、大麻取締法で規制されている部位から作られている薬のため、日本では「違法」という位置付けとなっている。

医療上有益な「医療用大麻」を日本でも使えるようにするために、適切な使用とそうでない使用を法的に整理するというのが今回の検討会の検討案件の一つとされている。

そこで、適切でない使用、つまり大麻「使用罪」も議論されているという位置付けだ。

日本では、現時点で承認済みの医療用大麻はない。海外ではてんかん治療薬だけでなく、がんの鎮痛剤、抗がん剤治療の吐き気止めなどとして医療用大麻が使われている。

アメリカではエピディオレックスは規制対象外とし、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダは医療目的の大麻使用は全面的に合法だ。海外ではTHCを含む医療用大麻もある。

大麻の健康への影響は? 若い頃の使用は依存症やうつや自殺リスクを高める

それでは、医療用大麻以外の、大麻の健康への影響はどうなのだろうか?

米国医師会雑誌(JAMA)の精神分野専門雑誌「JAMA Psychiatry」に掲載された2つの論文がある。

2016年に3万4653人を調べた論文によると、大麻を使っている人は使っていない人に比べて、大麻で9.5倍、アルコールで2.7倍、大麻以外の薬物で2.6倍、ニコチンで1.7倍、依存症を起こすリスクが上がった。

「大麻の使用はいくつかの物質の依存症のリスクと関連している」と結論付けている。

11の研究を調べて10代からの大麻使用とうつ病、不安神経症、自殺との関連性を調べた2019年の論文では、若い頃に大麻を使った人は使っていない人に比べ、うつ病が1.37倍、自殺企図が3.46倍となった。

ただし、全年代で調べると関連ははっきりしなくなり、もともとうつ病の傾向があった若者が大麻を使ったという逆の因果関係の可能性も指摘されている。

また、オーストラリア・ニュージーランドの調査では、17歳より前に大麻を吸っている頻度が多ければ多いほど、卒業や単位取得に悪影響を与え、28〜30歳で大麻やその他の薬物の依存症や自殺未遂のリスクが高くなった。

日本では国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんが71人の患者を分析した研究がある。THCの濃度が高い薬物を長く使っていると、依存症になる人が多いという結果が出ている。

各国の非犯罪化・合法化の状況は?

各国の取締り状況はどうなのだろうか?

アメリカでは、連邦政府としては医療目的や嗜好目的での大麻使用のいずれも認めていないが、バイデン大統領となって合法化の動きが進む。

州レベルでは、医療目的での大麻使用については既に36州と4つの地域で認め、嗜好目的での大麻使用については15州と3つの地域で合法化している。

国立精神・神経研究センター薬物依存研究部依存性薬物室長の舩田正彦さんは、21歳以上の使用を認めているコロラド州などで使用率や交通事故、救急搬送、組織犯罪が増えたというデータを示した。

カナダでは、2018年に、18歳以上の人が医療以外の目的の大麻製品を製造・販売することを認める「大麻法」を可決している。いわゆる大麻合法化だ。

検討会の中で「合法化でカナダの18歳未満の使用は増えたか」という質問があったが、オンタリオ州での過去1年の使用率は、2017年が19%、2019年が22%でだったものの、それ以前も20%を超える時期があり、ほぼ変わっていないことが紹介された。

「使用罪」は抑止力になるか?

それでは「使用罪」を設けることは、大麻使用の抑止力になるのだろうか?

日本も加盟している1961年の国際条約「麻薬に関する単一条約」では、大麻の吸引などの使用については締約国に罰則の制定を求めていない。先進諸国の多くは所持罪はあっても使用罪はない。

「使用罪」がないことについて警察庁が、大麻の単純所持で検挙された631人に尋ねた興味深い意識調査がある。

「大麻の使用が禁止されていないことを知っていた」のは74.8%に上ったが、「使用罪がないことを知っていたことが、大麻を使用する理由となった」人はわずか5.7%。その知識が「使用に対するハードルを下げた」と答えた人は15.3%と、合計しても2割だった。

逆に73.3%が「使用が禁止されているか否かに関わらず大麻を使用した」と答えており、「使用罪」が抑止力としては弱い可能性がうかがえる。

日本で大麻を使う若者はどんな境遇?

若い年齢から吸い始めるほど依存症になるリスクが高くなることは前述した通りだが、それでは日本ではどんな子どもが大麻を吸い始めてしまうのだろう。

検討会の構成員でもある国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部 心理社会研究室長の嶋根卓也さんが全国240の中学校の7万1351人から回答を得た調査では、こんな状況に置かれた子どもが大麻を吸うリスクが高かった。

学校生活では「相談できる友達がいない」「親しく遊べる友達がいない」「学校生活が楽しくない」など孤立し、家庭生活でも、「悩み事があっても親にほとんど相談できない」「大人不在で過ごす時間が長い」と孤立している。

そして、大麻使用を友人や知人から誘われても断る自信がなく、実際に大麻を使うことを誘われた経験もあり、実際に使っている人が身近にいるという状況だ。

中学生の頃から、孤立し、不利な環境に置かれていたことがわかる。

刑務所に入れば入るほど、再犯率は高くなる

では肝心の逮捕や刑罰が薬物使用を止め、当事者が健康を回復する効果はどうなのか。

検討会構成員の一人で、薬物依存症の患者を診ている国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、松本俊彦さんはBuzzFeed Japan Medicalの取材にこう大麻取締法の中で「使用罪」を設けることについてこう反対意見を表明している。

「治療や回復支援に携わる立場からすると、ただでさえ薬物依存症の方たちは、違法薬物を使った犯罪者ということで医療へのアクセスが悪かったり、再使用してしまった時に治療からドロップアウトしてしまったりする問題があります」

「犯罪化というのは、社会全体のスティグマ(負のレッテル貼り)にも関係しますし、本人たちの内面的な『セルフスティグマ』にも関係します」

その松本さんは第3回目の検討会の中の発表で、大麻ではないが、覚せい剤と刑罰に関する興味深い論文を二つ紹介した。

一つは千葉大学教育学部教授の羽間京子さんが、法務省のデータを元に覚せい剤で捕まって仮釈放された1807人のデータから、再犯を確率を高める危険要因を分析した論文だ。

47.5%の人が薬物で再び逮捕されており、以下の要因が再犯率を高めていた。

  • より年齢が若い
  • 服役回数が多い
  • 刑期が長い
  • 仮釈放期間が短い
  • 精神障害を診断されている

論文の中で、羽間さんはこう述べている。

「服役回数が多く、刑期が長いことが再犯率を高める危険因子であることから考えると、覚せい剤使用者、特に使用を繰り返す人を監禁することは、薬物関連の再犯を減らすのに効果がないことを示唆している」

松本さんはこの論文を紹介しながら、こうコメントした。

「刑務所に入れば入るほど、つまり長く入れば入るほど、数多く入れば入るほど、再犯のリスクが高まってしまう。その一方で、むしろ仮釈放を長くして地域で処遇したほうが再犯防止には役立つかもしれないというようなことが分かっています」

「ただ、精神科医である私からすると、この研究結果で、一番深刻な知見は、薬物の問題とは別に何らかの精神疾患が合併している方ほど再び捕まって刑務所に戻りやすい、つまり、病気の人ばかりが刑務所に蓄積してしまっている、という事実です。これはかなり厳しい現実を示しています」

再犯回数が高いほど依存度は強く、社会的に孤立

もう一つは、嶋根さんの論文「覚せい剤事犯者における薬物依存の重症度と再犯との関連性:刑事施設への入所回数からみた再犯」だ。

入所回数が多ければ多いほど、つまり再犯の回数が多ければ多いほど、薬物依存度は高くなるという結果が示されている。

興味深いのは全体でも80%が薬物依存が疑われるが、初回の入所だけに限っても71.2%が薬物依存と考えられる数値だったことだ。

嶋根さんは論文の中で「この結果は薬物事犯として刑事施設に初めて入所した時点では、多くの者がすでに薬物依存の状態であると解釈することができる」と分析する。

つまり、初めて刑務所に入った人でも、何らかの治療や回復支援が必要な状態である可能性が高いということだ。

さらに、入所回数が増えるとともに、「社会的問題」のスコアが増えている。

具体的には、

「あなたの配偶者が、あなたの薬物使用に対して愚痴をこぼしたことがありましたか ?」

「薬物使用のせいで友達を失ったことがありましたか?」

「薬物使用のせいで、家庭をほったらかしにしたことがありましたか ?」

という問いを認める割合が増えており、「再犯を繰り返すことで、薬物使用に伴って生じる社会的な問題が深刻化している様子を示す結果」と解釈する。

さらに5回以上入所した人が仕事を持つ割合が極端に低くなっていることについて、加齢の影響も指摘しつつ、薬物による受刑歴が求職活動に影響している可能性も否定できないとする。

嶋根さんは論文の中で「『薬物事犯者に不寛容な社会環境』が結果として、薬物依存から抜け出せない孤立した状態を生んでいるという因果関係が考えられた」と書く。

刑罰がさらに薬物使用者を孤立に追い込み、さらに薬物を使わざるを得ない悪循環に追い込んでいることが研究でも明らかにされているのだ。

弁護士らも犯罪化に反対意見を表明

こうした知見は制度にも反映されている。2016年には刑の一部を執行猶予する制度ができ、社会の中で治療、回復支援を促す取り組みが始まっている。

ところが、保護観察の状況になってから治療・支援につながっている人はまだ少ないことも検討会では示された。

法務省保護局によると、2019年度に薬物事件で保護観察対象となったのは8096人。そのうちのわずか7%、566人だけしかつながっていない状況だ。回復支援や治療がまだ弱い中、刑罰を広げることが議論されるといういびつな状況になっている。

亀石倫子さんら、薬物事件の弁護に関わる弁護士有志は、薬物の取り締まり強化や、新たに『大麻使用罪』を創設することは、国際的な薬物政策の流れに逆行しているとして、反対の署名活動を行っている。

その呼びかけ文の中で、台湾やマレーシアでは大麻を非犯罪化することで健康被害や依存症の数が激減したことを紹介。

世界約20か国で個人的な使用のための違法薬物所持に対する罰則が撤廃され、大麻についてはおよそ50か国で非犯罪化されていることを示し、「大麻等の薬物の使用や所持を犯罪として扱うのではなく、むしろ、処罰を軽減していく、できれば撤廃して、治療や回復、支援に力を入れていくべきです」と呼びかける。

亀石さんはBuzzFeed Japan Medicalに、以下のコメントを寄せた。大麻についての社会的制裁の大きさが本人の人生に与えるダメージを指摘する。

これまでに数多くの薬物犯罪の弁護をしてきました。もっとも多いのは覚せい剤で、依存性が強いため、再犯に及ぶケースが男女問わず非常に多く見られます。このように規制薬物に依存してしまっているケースは、刑罰を課すことに再犯を防止する効果がほとんどないと実感します。

何度刑務所へ行っても、出てくればまた繰り返してしまい、家族との関係が壊れ、仕事を失い、『薬物仲間』とのつながりしかなくなってしまう人たちをたくさん見てきました。

また、覚せい剤ほど依存性の強くない大麻などの規制薬物については、再犯を繰り返すケースをあまり見たことがありません。初犯であればほとんどの場合は執行猶予がつきます。

しかし、逮捕されたり、場合によっては実名で報道され、長期間勾留されるなど、『犯罪者』のレッテルを貼られることにより、学校や会社を辞めさせられたり、家族や友人との関係が著しく悪化し、経済的に困窮したり、うつ状態になるなど計り知れない精神的ダメージを受けます。

社会的制裁があまりにも大きく、執行猶予判決により社会に戻ることができても、元通りの生活に戻ることはできない人たちがたくさんいます。

私は、規制薬物の自己使用については、「犯罪」として取り扱うのではなく、依存症の治療をしたり、精神面のケアを行うなど、薬物を使用することによる健康上の害を減らしたり、経済的な問題、人間関係の改善を解決するサポートをするべきだと考えています。

刑罰を与え、あるいは『犯罪者』のレッテルを貼って社会から排除したり、多額の税金を刑事手続きに費やすよりも、彼らが社会のなかで健康に生きていくための支援をすることのほうが、より良い社会に近づくように思います。


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