大麻「使用罪」を創設するか国の議論が進む中、患者の回復を信じて、薬物を再使用しても通報しないことを約束して診療に当たる医師がいる。
大麻に新たに「使用罪」を設け、刑罰の範囲を広げることについてはどう考えるのか?
「回復とは信頼関係を築いていくこと」と語る埼玉県立精神医療センター副病院長の成瀬暢也さんに話を聞いた。
大麻だけで受診する患者はほとんどいない
ーー現在、大麻への対応について厚生労働省で検討会が開かれていますが、大麻だけの問題で来る患者さんはほとんどいないと著書に書かれています。
大麻だけでは激しい問題にならないからです。大麻を使っていて、統合失調症を誘発して、幻覚・妄想を見るようになった人はたまに来ます。それも「大麻誘発性統合失調症」という診断になることが多いです。
大麻を通過して来ている人はいますが、大麻単独で受診する人は少ないわけです。
ーー行政の薬物の啓発キャンペーンでは、大麻は若い人で増えており、ゲートウェイ(入り口)ドラッグで覚せい剤などより依存性の高い薬物に進んでいくからここで止めないといけないと説明しますね。
僕も昔そう言っていました。確かに一部それが通用する人がいるかもしれないです。でも薬物に依存するのを避けるためには、人とのつながりを作っていく社会にするしかないのです。
依存症になるリスクの高い若い人たちに支援が届く形を作ることが大事です。彼らは「大麻をやるな」と言ったら余計やる人たちです。大人や社会を信用していないからです。言われた逆をやりたくなります。
「ダメ。ゼッタイ。」と言われたら、「じゃあやってみようか」と考える人が依存症のハイリスクな人たちです。その人たちには人のつながりを作る支援が必要です。
繰り返しますが、薬物依存症患者に共通した6つの特徴があります。
- 自己評価が低く自分に自信をもてない
- 人を信じられない
- 本音を言えない
- 見捨てられる不安が強い
- 孤独でさみしい
- 自分を大切にできない
こうした問題を悪化させないような支援を、未成年のハイリスクな人たちに届けたらいいのです。
ドラッグに手を出さない「良い子」は「ダメ。ゼッタイ。」と言われたらやらないでしょう。一方、生きるのが苦しい子や大人に不信感がある子たちはダメと言われても響きません。
つまり、依存症のリスクが高い人たちを、「ダメ。ゼッタイ。」は最初から排除しているのです。相手にしていない。
ハイリスクな人への薬物乱用防止対策は「孤立させないこと」ですが、それは全く考えられていません。
不寛容な社会が求める厳罰化 治療拒否する医療者もまだ多い
ーー若い人の大麻使用が増えていて止めたいならば、大麻を使うに至った原因に手を付けないとダメだよという反論ですね。
そうですね。そちらの対策の方がよほど大変です。国民全体に偏見がある状況では、どこに行っても支援を受けられません。
医療者や相談支援者も「薬物」というと構えてしまうのが現状です。医療機関も「うちは診ませんから」でおしまいです。困っている人が助けを求める場所がないのです。助けを求めたら捕まってしまう。これが問題です。
ーー医療者で未だに通報する人は多いのですか?
通報しないまでも「うちでは診ていないから来ないでくれ」という診療拒否は多いです。僕の患者さんで、「昔、覚せい剤をやっていた」と告げたら、「次から来なくていいから。そんな人はうちじゃ診ない」と言われた人がいます。精神科医が平気で言うのです。
ーー今回、大麻でも「使用罪」を設けて違法の枠を広げることは、社会のスティグマをさらに強めることになるのでしょうか?
逆に日本では社会がそういう厳罰化を要請しているのかもしれません。「そんなのは甘やかしてはいけない。厳しく取り締まれ」というのが一般社会での見方です。
海外では非犯罪化、合法化の流れが進んでいます。それさえも「海外は違法薬物にまみれてどうしようもなくなっているからだ。日本のようなクリーンな国はお手本であり、ヨーロッパの真似をする必要はない」という声の方が大きいですね。
ーー社会全体に余裕がないからか、つまづいた人は叩いていいという不寛容な空気が強まっていますね。
それに加えて、薬物依存症の中で孤立が強まっているのも感じます。少し前までは仲間と一緒に使っていた人が多かったのですが、今はネットで買って、1人で家にこもってやっている人が多いです。
覚せい剤はかつてセックスドラッグとしても使われていましたが、今はひとりでマスターベーションしながら使う人が増えています。薬物によるつながりさえも薄まっている。みんなバラバラになっている気がします。
ーー殺伐とした光景ですね。
はい。殺伐としています。
「犯罪」がくっつくだけで相談支援につながりにくい
ーーその中で人とのつながりをもう一度取り戻すというのはかなりハードルが高いのでは?
ただ、やはりみんな求めているんですよ。もういいかげん諦めようとしながらも、最初はいやいや受診していた人が、拒否しないで関わっているとだんだん変わってきます。表情も緩んでくるし、なんでも話してくれるようになる。
薬物をやったかどうかを診察中ずっと聞かずに終わることもあります。そんなことは治療上どうでもいいことだからです。
薬が止められない人は止められないでもいいから、それによって苦しい症状が出ていないか、死にたくなっていないかが一番大事です。今、使うのが止まらないのはしょうがない。良い関係が築けなかったら、手放せるものも手放せません。
「それまでは捕まらないでちゃんと来てね」とだけお願いしています。捕まって良くなるならば捕まればいいけれど、捕まったらさらに傷つくし、社会復帰するのが大変になる。僕らの治療関係もぶった斬られます。
とにかく安全に通える。そんなスタンスの場所がいっぱいできるといいなと思います。
「薬物」という要素がその人にくっついているだけで、相談支援につながりにくくなっています。受ける側も身構えてしまうし、行く側も「犯罪」だという負い目がある。それが治療や回復支援の一番大きな壁です。
1人じゃ回復できない病気なのに、「犯罪」というものがくっつくと、お互い邪魔になって当たり前の支援につながらないのです。
信頼と癒しを広げていけるように
ーー本人の心の壁にもなっているのですね。
本人の引け目も大きいです。何度も傷ついていますし、支援する側も慣れていなかったら、覚せい剤で刑務所に何回も行っている人に対して緊張してしまう。
そんな人も気持ちが通じたら変わるのです。診療していて、本当の悪人なんて見たことがありません。通い続けてくれたら良い顔を見せてくれると僕は信じてるんです。
楽観的に関わることができるようになると依存症診療は楽しいです。僕を信用しようとしてくれて、それで変わっていってくれたら本当に嬉しいし、心が通じ合った時にはお互いが癒されます。
癒された彼・彼女がまた診察室の外で誰かとつながって、癒しを広げていくかもしれない。それを日常的にやっているのがダルクなどの回復支援施設や自助グループでしょう。
信頼を広げる第一歩が僕の外来から始まれば嬉しいし、そういう場がいろんなところにできると、社会も優しい場所に変わるのではないかなと思います。
ーーそのためには治療者や支援者がその人の回復を信じることが大事だということですね。
周りの人と信頼関係を築けない医師が患者とどうやって患者と信頼関係を築けるでしょうか?
支援する側・される側で変な力関係が働くと、救世主になろうとしてみたり、この人は自分がいないと生きていけないという関係にしようとしたりします。歪んだ関係になるのです。
治療に来てくれるなら嬉しい。でも来るか来ないかはあなたが決めたらいい、来てくれたら本当に嬉しいよと一本の線がつながったら、他の職種にもその信頼を広げ、自助グループやダルクにつながればもっと強力になっていく。
そういう風に信頼のつながりを広げていく社会になったら、生きやすくなるのではないかと思います。
逮捕が懲らしめを与えるなら改悪 支援につながるきっかけにすれば意味もある
ーーそういう意味で、大麻「使用罪」を新たに作って取締りを強化するというのは、信頼を広げる社会作りとは相容れなそうです。
逆行しています。捕まえた後にプラスに働くような支援がセットになっているならまだしも、犯罪者というレッテルを貼って、見せしめのようにしています。
患者の回復を望む立場からするとまずい方向に向かっているとしか思えない。非犯罪化や合法化を進める世界の流れにも、本人の回復のためにも逆行します。
もちろん捕まっても、執行猶予になってきちんと支援に繋がるきっかけになるならプラスの面もあるでしょう。しかしただ捕まえるだけなら、犯罪者のレッテルを貼って社会から排除するだけです。
「この人はダメだ」というレッテルを貼って、異物を除外し、反省と懲らしめだけを与えるなら、司法制度の改悪です。刑務所の中で治療しても長く社会から隔絶されていることのマイナスの方が圧倒的に大きいと思います。
ーー逮捕が治療や回復支援につながるきっかけになることはあるのですか?
覚せい剤や大麻で逮捕されると、弁護士が薬物依存症を診ている医療機関に行きなさいと指示することが多くなっています。1回目は誰でも執行猶予がつきますが、治療を受けて、自助グループにもダルクにも行き、一生懸命に取り組みます。
治療する場や回復支援の場があることをその時に初めて知るのです。執行猶予を得るために司法戦略として通って判決が出たら来なくなる人もいますが、ちゃんと通ってくる人もいます。
判決が出るまでにいかに関係を作るか、動機付けをしていけるかが大事です。中には実刑判決は確実なのに、「少しでも通っておきたい」と通ってくれる人もいる。「出所したら来ます」と言って出所後に実際に来る人もいるのです。
このように治療や支援につながるきっかけになるのは一つのメリットかなと思います。ただ、刑務所行きとなるだけならデメリットの方が大きいと思います。
回復とは信頼関係を築いていくこと
ーー逮捕が治療や支援につながるきっかけになればまだいいですが、依存症に理解がある医師が十分いない状況では、そもそも受け皿が厳しいのですね。
何も医療機関に限らなくてもいいのです。
そこに来たら何も責められなくて、正直に言えるような環境を整えていて、「薬物を使いました」と言ったら、「大丈夫?」と気遣ってくれて、通報はしない。そんな居場所があればいいと思います。
1対1よりグループの方が力があるでしょう。
そういう場所を作ることを許してくれる社会になるといいなと思います。現状では医療機関の中でさえ反対されるのです。
心理的に安全な場所がどこにもないなら、人はどうやって回復できるのでしょう。家にいても責められるし、居場所がどこにもなかったら、薬物仲間のところにしかいられなくなります。
僕は医療機関でダルクや自助グループが大事にしていることを真似してやっているだけです。回復者が生まれるところに正しいやり方があるはずです。
「気持ちが通じれば元気になって回復する」。そういう場所や支援が広がらないかなと思います。
ーー先生は「ようこそ外来」と自身の外来を名付けているのですね。
はい。「ようこそ、ようこそ」と言って歓迎しています。依存症患者に共通する6つの特徴もこんなポストカードにしています。学会でもこれを配ったことがあります。
この6つの問題の解決が回復だと思っています。そのための突破口は「正直になれること」です。
1個1個とても大変なテーマですが、この6つはみんなつながっていて、解決したら人に癒されるようになって、薬物が必要なくなるよというメッセージです。
この6つの問題は、実は薬物依存に限らず、うつ病でも不安障害でも摂食障害でも僕らでもみんなにあるものです。
でも薬物依存の人だけ、嘘つきで自己中心的で何を考えているかわからない危ないやつというイメージがついています。でも背景にはこういう問題があってしんどい思いをしているのだよということを強調したい。
みんなが手をつないでいる「回復」のカードにはこう書いています。
人を信じられるようになると、人に癒されるようになります。
人に癒されるようになると、薬物に酔う必要はなくなります。
薬物の問題は人間関係の問題です。
回復とは信頼関係を築いていくことに他なりません。
6つの特徴のカードにはこう書いています。
「回復に必要なもの。それは正直な思いを安心して話せる仲間と居場所があることです」
これだけです。僕が言いたいのは結局、これだけなんです。
【成瀬暢也(なるせ・のぶや)】埼玉県立精神医療センター副病院長
1986年3月、順天堂大学医学部卒業。同大学精神神経科入局。90年4月、埼玉県立精神保健総合センター開設と同時に勤務し、97年4月、同センター依存症病棟に配属。2008年10月より現職。
専門分野は薬物依存症、アルコール依存症、中毒性精神病。
主な著書に『ハームリダクションアプローチ やめさせようとしない依存症治療の実践』(中外医学社)、『薬物依存症の回復支援ハンドブック』(金剛出版)、『誰にでもできる薬物依存症の診かた』(中外医学社)、『厄介で関わりたくない精神科患者とどうかかわるか』(中外医学社)
【薬物の問題に悩む当事者の自助グループ、回復支援施設】
・日本ダルク(薬物の問題や依存症の回復支援施設)03-5369-2595 全国各地のダルクの連絡先はこちらから。
・NA(ナルコティクス アノニマス 日本 薬物依存からの回復を目指す薬物依存者の集まり)Tel & Fax 03-3902-8869(新型コロナ感染拡大防止のため、当面は土曜日のみ 午後1時~5時)
【薬物の問題に悩む家族の自助グループ】
・ナラノン ファミリー グループ ジャパン(薬物の問題を持つ人の家族や友人の自助グループ) 電話・ファクス 03-5951-3571(午前11時〜午後3時)
・ファミリーズアノニマス(アルコール、薬物、ギャンブル、買い物、ネット、ゲーム、スマホ、摂食障害etc.ご家族や友人に依存症の問題を持つ方のための自助グループ) 問い合わせフォーム