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「国は根拠をもった薬物政策を」 健康被害がそれほどない大麻を目の敵にする理由

日本初の大規模な大麻の健康被害調査で、使用後に救護が必要な症状を経験した人は0.12%と非常に低いことがわかりました。何のために国は規制を強化しようとしているのでしょう。二人の医師が疑問を投げかけます。

厚生労働省が「使用罪」創設を目指し、規制を強化しようとしている大麻。

日本初の大規模な大麻の健康被害調査で、大麻使用後になんらかの救護が必要な症状を経験した人は0.12%と、非常に低いことも明らかになった。

働きながら使っている人が多く、健康被害も合法薬物であるアルコールほど高くない大麻の規制を強める根拠は果たしてあるのか。

調査した研究グループの中心メンバー、医療用大麻の啓発団体「一般社団法人Green Zone Japan」代表の医師、正高佑志さんと、国立精神・神経医療研究センターの薬物依存研究部部長、松本俊彦さんに話を聞いた。

救護が必要なほどの症状0.12%  アルコールやたばこと比べて規制強化必要?

ーーこの調査では、大麻誘発性障害として、救護が必要なほどの重症な人は0.12%と非常に低いことが示されています。厚労省はウェブサイトで、大麻を使ったら健康被害が大変という内容を強調していますが、今回の調査のデータからはあまりそれが見えてきません。

正高 まさにそういうことだと思います。そもそも松本先生が行った71例の先行研究は、日本国内で薬物依存症を見ているトップの9施設で一生懸命、調査対象者を募った結果、71人しか調べられなかったのです。

これは逆にそれだけ大麻使用で医療を必要とする人が少ないことを示していたと思います。それを今回の調査は、もっとわかりやすい形で提示していると思います。

大麻の急性の精神症状は確かにあります。警察に逮捕されるのではないかという妄想があったり、ゲーゲー吐いてしまったりということはもちろんあるのですが、それはお酒の飲み過ぎで頭が痛かったり、吐いたり、意識がなくなって気がついたら財布がなかったりすることと、似た概念です。

刑罰を科してまで止めなければならないほどの危険なものではないことが明らかになったと思います。

ーー大麻を使った後になんらかの不快な症状を発症した経験のある人は4割程度いますが、これは少し休んでいたら回復する症状なわけですね。

正高 そういうことです。寝て覚めたらなくなる程度のものです。

ーー0.12%は誰かの手を借りたり、救急車を呼んだりしなければならないほどの重症例だと出ています。この0.12%をどう捉えるかですね。

正高 それを多いと見るか少ないと見るかです。

松本 お酒でも時々、若い人で急性アルコール中毒で救急車に運ばれる人がいますね。今回の調査結果で何かを断定するのではなく、予想よりは少ない感じがするとしておきましょう。

アルコールやニコチン、あるいはカフェインなど社会的に許容されている他の精神作用物質との比較を考えながら、きちんと議論していくべきだと思います。

精神作用物質の議論をする時に、どうしても日本政府にはアルコールと別の扱いにしようという姿勢がありました。ただ依存症関連の国際学会などに行くと、そういう国の方が稀なんです。

「なぜ、アルコールがデータとして入っていないのか?」と聞かれることも多くて、どちらも同じ精神作用物質として見られています。いい部分も悪い部分もあるという扱いなんです。

実際、依存症の臨床の中でもアルコールはれっきとした薬物です、と教育していますし、アルコールを薬物から除外することは、アルコールが引き起こす深刻な健康被害を過小視することにもつながりかねません。

そういうデータとちゃんと比較して、精神作用物全体の中で大麻がどんな位置づけなのか把握しながら、真に国民の健康・福祉向上のための施策に役立てていくことが大事だと思います。

この研究の限界は?

ーーこの研究の限界についても論文では触れています。

正高 この研究の最大の問題点は、回答者が大麻に好意的である人に偏っている可能性があることです。そういう人たちが空気を読んで、本当は働いていないのに働いていると答えることが起きていないとは限らない。

でもアンケート調査は全てそういう限界を抱えています。人は見せたいイメージに沿って答えるものです。逆に調査員が突然来て「あなた薬物を使っていますか?」と尋ねたら、本当は使っているのに「No」と答える可能性だってあります。

そのバイアスは考慮して読む必要がありますが、全ての研究にはそのような限界はあります。

また、セルフチェックで診断をつけているので、医学的な診断と比べての正確性は疑問の余地はあると思います。

ただ、大麻使用障害に関して言うならば、真の値はこれよりも高く出ることはない。広く取る質問項目をぶつけて2項目当てはまった人は全員使用障害にしているので、実際に医師が診たらそうではない人もいるでしょう。これは高めに出た数字と考えていいと思います。

松本 大麻に肯定的な層が参加している可能性がある、という偏りは1点あります。

あとは自分で書く方式の限界です。今回の調査では、質問に回答するかたちで診断基準にどのくらい該当するのかを調べて、「使用障害が○○%」といっていましたが、これは本当の意味での精神医学的診断とは異なります。

それから、妄想をもっているけど病識がない人、つまり、自分では気付いていない人は「妄想がある」と書かない可能性もあります。

そこは慎重に解釈すべきですし、診断は医者が臨床的に判断するものなので、自分で記述する方式の診断はあくまでも参考情報で、確定的なものではありません。

ただ、それは限界でもあるけれど、強みの部分でもある。従来、日本で行われた一般人口への調査は対面式の調査です。例えば、リストカットや自殺念慮に関する調査をする時に一番正確に把握できるのは、対面式ではなく、自分で記述する方式だと言われています。

社会的に見てネガティブな印象のあるものに関しては、対面式だとなかなか正直に申告できないところがある。そういう意味で、自分で記述する方式については弱点でもあるけれど、強みである可能性も否定できません。

このデータを元に大麻政策の議論を

ーー最後に、大麻の「使用罪」創設の動きがありますが、新たに加わるこのエビデンスはどのようなインパクトを与えると見ていますか?

正高 大原則として、薬物の問題は医療の領域です。健康の話であり、エビデンスをベースとして医療の世界は運営されるべきで、それが定説になっているはずです。医療政策の一環として、科学的根拠に基づいて政策決定をするのが筋です。

エビデンスに基づいた政策決定、EBPM(Evidence-Based Policy Making)という言葉があります。

大麻の健康被害と薬物で罰することによる社会的ダメージを天秤にかけて政策を考えるべきなのに、これまでは大麻の健康被害についてのデータが欠落していました。今、ここに出したので、完璧なものではないにせよ、このデータを元に議論をするべきですし、政策は決定されるべきだと思います。

ただ単純に学術論文として終わるだけでなく、実生活や政策に直結すべきデータであり、研究論文だと思っています。

松本 これまでのわが国の薬物行政は、必ずしも十分に説得力のあるエビデンスに基づいて行われてきたとはいいがたい部分があります。

先日の厚労省の大麻の検討会でもエビデンスレベルが一番低い1例報告などに基づいて議論が進むなど解せない点が多い。健康被害に関する症例報告論文は、大麻よりもはるかに市販薬の方が多く、その点で矛盾があります。

大麻に関する一番の健康被害は、身体医学より精神医学の領域に集中しています。精神医学の中できちんとした調査が行われていないにもかかわらず、有害性が強調されたり、海外における交通事故が増えたというデータを無批判に紹介したりしていました。

今回のデータを出すことによって、実はわかっていないことがすごく多いということを意識してほしい。他の薬物に関してもそうです。

また、これだけ就労して税金を払っている人たちを、刑罰に処する。司法の手続きにもお金がかかるし、刑務所に入れることで年間300万〜400万円の費用がかかります。それが国家全体の財政を考える上でどうなのかを考えるべきだと思います。

しかも海外では寛容な政策がどんどん進む中で、若者たちは海外で勉強し、グローバル化する中で、外交問題に発展する可能性もあります。やはりきちんとエビデンスに基づいて考える必要があります。

新型コロナウイルス対応で国の財政は悪化しています。次年度の厚生労働科学研究費も大激減します。僕は非常勤の研究者や事務の人たちを雇い止めしなければならないかもしれない状況です。

それだけ財政が逼迫する中で、大麻の使用罪を作ることになれば司法関連の支出は増えます。それは本当に今、日本が優先すべき事項なのか、考えてほしいと思います。

アカデミアとストリートの声が交差した論文

松本 薬物のエビデンスは、海外ではいろいろな調査が行われているのです。うちでは厚労科研費で調査員が調べる形しかなかったのですが、薬物ユーザーたちがエビデンスを作っていくとか、調査を仕掛けていくのは、「ハームリダクション(※)」の文脈では当たり前のことです。

※薬物をやめさせることではなく、本人の健康被害を減らすことを目的として支援する考え方

メンタルヘルス領域でも、むしろユーザーたちや当事者がデータを使って、国や研究者の研究手法にケチをつけるのはある意味で普通の流れです。

その意味でも今回の研究は、ユーザーフレンドリーな正高先生が行った画期的なものです。

正高 ユーザーたちの気持ちを代表してやっているところはありますね。

松本 こういう研究がちゃんと学術論文として刊行される。さらに願わくば、施策の企画立案の基礎資料になっていく。民主主義のあり方としては望ましい研究のような気がします。

正高 どこの研究組織にも所属していない人間が、松本先生の力を借りて研究チームを発足して、明け方のマクドナルドでキャバクラやホストの人たちの隣で書いた論文です。Twitterのアンケート機能にヒントを得て、草の根の活動で行ったのです。

アカデミックな分野で実績を積んできた松本先生と、ストリートの人々の意思が交差した一つの成果だと思います。ぜひ人々のために、政策に生かしてほしいと思います。

(終わり)

【正高佑志(まさたか・ゆうじ)】内科医、一般社団法人 GREEN ZONE JAPAN代表

1985年京都府生まれ。熊本大学医学部卒業。日本臨床カンナビノイド学会理事。2017年に医療大麻に関する科学的根拠に基づいた一般社団法人GREEN ZONE JAPANを設立し、研究・啓発活動を続けている。

著書に『お医者さんがする大麻とCBDの話』(彩図社)がある。

【松本俊彦(まつもと・としひこ)】国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部長、薬物依存症センター センター長

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1993年、佐賀医科大学卒業。2004年に国立精神・神経センター(現国立精神・神経医療研究センター)精神保健研究所司法精神医学研究部室長に就任。以後、自殺予防総合対策センター副センター長などを経て、2015年より現職。日本精神救急学会理事、日本社会精神医学会理事。

『薬物依存とアディクション精神医学』(金剛出版)、『アルコールとうつ・自殺』(岩波書店)、『自分を傷つけずにはいられない』(講談社)、『よくわかるSMARPP——あなたにもできる薬物依存者支援』(金剛出版)、『薬物依存症』(ちくま新書)、『誰がために医師はいる』(みすず書房)など著書多数。