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「再発したら...」不安につけいる血液クレンジング 「主治医になんでも相談できる関係を」

科学的根拠がないのに著名人らがこぞって拡散し、医療者から批判を受けている「血液クレンジング」。再発予防のためとがん患者が引き寄せられる問題も起きていますが、背景には不安の中で患者が置き去りにされている状況があるようです。

科学的根拠が乏しいのに、著名人が体験談を拡散し、批判を浴びている「血液クレンジング」。がんの予防やがん患者も対象とうたわれているため、がん患者が引き寄せられる問題も指摘されている。

この療法について、過去に患者から7件相談を受けたことのある卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂さんに、患者が代替療法に惹かれる理由や、対処法を伺った。

「やれることはやらなくちゃ」という患者の気持ちにつけ込む

片木さんが最初にこの療法を知ったのは、7年前、がん患者の相談がきっかけだった。再発に怯えた患者が、芸能人のブログでこの療法を知り、「がんの予防をうたうこの治療で再発を防げないか」と尋ねてきたという。

『主治医は普通に生活をしてくださいと言うけれど、普通に生活してがんになったのだから、再発を防ぐために何かしたい』と話していました。そんな必死な思いでたどり着いたのが血液クレンジング療法だったというのです」

遺伝性のがんなど一部のがんを除いてがんの原因は特定できず、確実な予防法や再発防止策がないために患者は不安にかられる。

「特に卵巣がんのようながんは再発したら、治療をしてもがんが見えなくなる寛解に持ち込むのは難しいので、患者さんは『再発したら終わり』という不安に追い込まれています」

そして、予防医療やそれ以前の「未病」対策を行政が打ち出すことも増えた昨今、患者はがんになると、「自分が悪いことをしたからがんになってしまったのではないか?」という「罪悪感」「自責の念」を抱きがちだという。

「働き過ぎたから、ストレスを溜め過ぎたから、食生活が悪かったからなど、自分の生活に原因を探してしまう。その気持ちは、『何か対策をしなければ』と闇雲な情報収集に走らせ、周囲の人に『有名人も健康維持にやっているなら良さそうだから勧めよう』と安易な気持ちを起こさせます」

最近では、芸能人のブログやSNSだけでなく、それを引用して記事にしたまとめ記事を読んで、情報を得る人も多い。

「先日は元野球監督の大島康徳さんが丸山ワクチンを検討しているというブログをまとめた記事を読んで、患者さんが相談してきました。特に治療法の有効性を確認することもなく安易に情報を流してしまうメディアは罪深いです」

「『がんは怖い病気だからやれることはやらなくちゃ』と、科学的な根拠が全く検討されていない状態で、患者さんたちは代替療法に惹かれてしまうのです」

ニセ医学のトレンドは「再発予防」 結局良いのは地道な生活習慣

数々のがん患者の相談を受けてきた片木さんが感じるのは、血液クレンジングに限らず、免疫細胞療法や丸山ワクチンなどの代替療法のターゲットが、再発予防に傾いてきていることだ。

「以前は、もう治療の術がなくなった末期の患者さんが、できる限りのことをしたいと受けることが多かったのですが、最近では、治療説明会でも再発予防を全面に打ち出しているクリニックが増えている印象です」

相談を受けて、科学的根拠がないと説明する片木さんは、「それならどんなことをしたらいいの?」ともよく聞かれる。

「信頼できる先生に相談すると、結局、生活習慣病にならないことが重要なんですね。高血圧や糖尿病があると治療の選択肢が狭まりますし、先日、太っていた患者さんが、危険だから手術ができないと言われたことがありました」

「『禁煙し、バランスのいい食生活をして、歩くのが一番いい血液クレンジング』と言った医師がいましたが、その通りなんです。再発したとしても治療の選択肢を狭めない体作りは地味ですが一番大事。地道な努力を嫌い、金で何とかしようとする人に耳障りよく語りかけてしまうのが、代替医療なのだと思います」

なぜいい治療なら臨床試験をしないのか?

片木さんが問われていつも答えに詰まるのは、「なぜそんないい加減な治療なら、駅前にクリニックを開業できるのですか?」などという質問だ。

「インチキだったら開業できるはずはないと患者さんが思うのは当然ですし、科学的根拠のない自由診療を、歯医者における銀歯とセラミックの違いぐらいに捉えている患者が多い。『贅沢品の治療』というイメージですね」

アメリカでは未承認の薬を使う時は、臨床試験で行わなければならないという法規制がある。日本では野放しだ。

「もし、血液クレンジングがそんなに効果があり、国民の健康に寄与したいと思っているならば、推進している先生たちに臨床試験をやっていただきたい。医師主導の治験も以前に比べ、かなり手続きが簡素化しやりやすくなっています」

「7万人もこの治療を受ける人がいるならば、臨床試験なんてすぐできますし、結果が出れば、患者さんも保険診療で受けることができるようになります。血液にオゾンを混ぜてがんや心筋梗塞、HIV、生活習慣病など万病に効果があることが証明できれば、ノーベル賞ものだと思いますよ」

片木さんはこうした療法をキャッチする度に厚労省に通報しているが、担当者の反応は鈍い。「被害者からの声は届いていませんよ。そんなに被害があるんですか?」と言われたことがあるという。

「ニセ医学にだまされたと話すのは、自分の見る目がなかったことを認めなくてはならないことですから、患者にとって辛いことです。クリニックのホームページも読んでよく吟味したつもりなのに、ニセモノをつかまされたとは認めたくない。だまされた人は声をあげにくいし、泣き寝入りしてしまうのです」

ニセ医学は適切な治療をする機会を奪う 国は根本的な対策を

血液クレンジングを広める学会のウェブサイトには、がんの予防や治療の効果を証明する根拠は全く示されていない。

片木さんは嘆く。

「『自分の健康を守るため』なのに、根拠が示されていない治療に飛びつくのは危険だと思いませんか? なぜならそれが『全く効果がない』どころか『健康を害する場合』もないとは言えないからです」

相談を受けた場合は、「あなたのがんの専門医や主治医に相談してみてはどうか」と伝えているという。しかし、特に一度、がんが見えない状態まで治療を終えた患者は、再発への不安を誰にも相談できずにいる。

「がんになったことは記憶から消えないし、再発の恐怖も常にあるのに、病院も患者団体もその不安の受け皿になれていないのです。そこにつけこむ代替医療に救いを求めてしまいます」

片木さんはまず主治医となる医師たちにこう願う。

「がんが見えなくなったから、患者さんはハッピーなんだと思わないでほしい。全ての不安に向き合えとは言えませんが、『何か気になることがあったら聞いてくださいね。私はあなたの体を一番診てきたのだから、一番よくわかっています。最初の窓口として頼ってほしい』というメッセージを送ってほしいのです」

そして、患者の立場の人たちにも、ネット検索にすがる前にまず主治医や専門医に相談できる関係を作ることを勧めている。

「残念ながら血液オゾン療法だけではなくインターネット上には科学的根拠のない治療を行う施設の情報があふれています。患者さんやご家族は、どうか飛びつく前にいったん立ち止まり、主治医やセカンドオピニオンで専門医に相談し、本当にそれだけの価値があるものなのか確認してほしい」

そして、このような治療法について、日本では医師の行う治療法について規制が緩いことが根本的な問題だと指摘する。

「科学的根拠に乏しく有害かもしれない治療が野放しになっており、国民が金銭的、時間的な損失を被って、適切な治療の機会を奪われています。このままでいいのか、国や厚労省には本気でこうした問題への対策を検討してほしいです」

【片木美穂(かたぎ・みほ)】 卵巣がん体験者の会スマイリー代表

2004年、30歳のときに卵巣がんと診断され手術と抗がん剤治療を受ける。2006年9月、スマイリー代表に就任。2009年~14年 婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構倫理委員、2009年~北関東婦人科がん臨床試験コンソーシアム倫理委員(現職)、2011年厚生労働省厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会委員、2012年、国立がん研究センターがん対策情報センター外部委員、2014年厚生労働省 偽造医薬品・指定薬物対策推進会議構成員。

2010年12月、「未承認の抗がん剤を保健適応に ドラッグ・ラグ問題で国を動かしたリーダー」として、日経WOMAN主催の「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2010」にて「注目の人」として紹介された。ドラッグ・ラグ問題での経験を活かし、臨床研究の必要性や課題、医薬品開発についてさまざまな場所で伝える活動が評価されIGCS(国際婦人科腫瘍学会)ブラジル大会において世界で最も患者のために貢献した患者会として第1回2019 IGCS Distinguished Advocacy Award受賞。