麻原彰晃(本名・松本智津夫)死刑囚の死刑が6日朝、実行された。
地下鉄サリン事件、松本サリン事件など、かつて社会に対するテロ行為を繰り返したカルト教団のカリスマの死をどう受け止めたらいいのか。
新宗教も専門にする宗教学者、上智大学グリーフケア研究所所長の島薗進さんに聞いた。
ーー死刑執行のニュースをどう受け止めましたか。
最近、「事件の真相は解明されていない」と死刑執行に反対するグループが出てきて、それを批判する江川紹子さんらの識者も出ていましたが、私はどちらかというと後者の立場でした。
麻原死刑囚の最近の様子を聞く限り、今後、回復して新しい情報を語り出すとは考えられない。原則、死刑反対の立場ではありますが、特にオウム真理教の事件に関しては、凶悪で人の命を簡単に殺める思想を広め、実行したという意味で人の道にもとり、人の心を救済するという宗教の体をなしていなかった。
麻原は、カルト教団のリーダーとして「ポア」などという教義を掲げて信者に犯罪行為をそそのかし、集団殺戮を行いました。これについて弁明することはできていませんし、弁明できるということもありえません。責任は免れないと思います。
麻原と部下の罪の重みは違う
ーー他にも教団幹部ら6人の死刑が執行されるという情報もあります。
麻原死刑囚と一緒に、一度に多数が死刑に処されることには疑問を感じます。麻原と他の死刑囚と、罪の重みは違います。部下の責任については、なお社会の評価が明確でないところがあります。
また、そもそも死刑の是非という重い問題があります。麻原の罪については審理が尽きており、死刑に相当すると考えられますが、弟子たちの罪の重さはそれぞれ違うと思います。全て死刑でいいのかという不確かさが残る。この件を通して改めて死刑制度についても議論が進み、認識が深まるといいと思います。
ーーオウム真理教は解散されましたが、「アレフ」と改名して活動する元信者たちは残っています。死刑執行でどんな影響があると考えられるでしょうか。
アレフは麻原崇拝が基軸の宗教団体ですし、アレフの教義には明らかに麻原死刑囚の教義は引き継がれているわけです。したがって、「オウム真理教」の影響を解くということはできなかったのだと見ています。アレフは現在も麻原死刑囚の影響下で活動していると言っていい。
今回、死刑執行されたわけですが、カリスマ的なリーダーが死後にさらに理想化され、影響力を強めることはよくあります。アレフが一定の勢力を保っており、今でも引き寄せられる人がいる以上、死がカリスマの偉大さをさらに高めるような言説が出てくることは警戒しなければなりません。
私は解散すべきだと思っています。
ーー死刑執行が「信仰への弾圧」と信者に受け止められ、社会への敵視を強めたり、新たな攻撃が起こされたりという心配があります。
現在の法体制の中で、常に警戒はなされており、それは過剰に心配することはないと思います。ただ、今後の動向について警戒はすべきです。
精神文化の拠り所を失った社会
ーーカルト教団が殺人を繰り返す事件は海外でも過去に見られてきましたが、オウム真理教は、改めて何を背景に生まれたのでしょうか。
バブル崩壊時期で、日本社会全体が自信喪失に陥っていた時だと思います。そして、若い人、エリートが入信することも多かった。日本の精神文化の拠り所を失い、迷っている人たちが吸い寄せられたということだと思います。
ーー今はさらに経済の衰退が進み、自信喪失に陥っていますが、こうしたカルトが勢力を増す恐れは今も続いているのでしょうか。
時は流れて、1980年代〜90年代のようにある特定の宗教集団が大きく、危うくなっているということは現在は特に見られません。
今はむしろ、右傾化や行き過ぎた国家主義を憂慮すべきだと思います。日本社会の内部というより、中国や韓国など外部に敵意が向けられ、その”信仰”を反対する勢力に対しては、「自分たちが正しい」と過激に主張しながら攻撃する動きが強まっています。
今はこうした動きをむしろ警戒する時代なのかもしれません。
【島薗進(しまぞの・すすむ)】上智大学グリーフケア研究所所長
1948年、東京都生まれ。72年、東京大学文学部・宗教学宗教史学科卒業。東大文学部・同大学院人文社会系研究科教授を経て、2013年から現職。政府の生命倫理委員会委員・生命倫理専門調査会専門委員(1997〜2004年)も務め、生命倫理、医療分野で積極的に発信している。専門は、比較宗教運動論、死生学、生命倫理学、スピリチュアリティなど。
『精神世界のゆくえ--宗教・近代・霊性』(東京堂出版)『スピリチュアリティの興隆--新霊性文化とその周辺』(岩波書店)『現代宗教とスピリチュアリティ』(弘文堂)、『いのちを"つくって"もいいですか? 生命科学のジレンマを考える哲学講義』(NHK出版)など著書多数。